ごめん
土曜日の昼過ぎ。
インターホンが鳴った。
モニターの中に紙袋を持った由衣が立っている。
おすそわけかな。
「愛媛のおばあちゃんが、いっぱい乾麺のうどんを送ってくれたの。食べて。」
「いつもありがとう。」
家を代表してきちんと礼を言って受け取る。
普通はその後は、俺の部屋で話をする流れだが。
休みの日ならなおさらお互いに暇だし。
「じゃ。」
と言って帰ろうとする由衣。
「上がっていかないのか?」
「うん・・・。」
気を遣っている。
真奈美も交えて俺たち元に戻ろうって決めたのに。
学校には一緒に行くようになったが、由衣が一人で俺の部屋に来ることはなくなっている。
そんなに簡単に割り切れるもんじゃないか。
でも俺は元に戻りたい。
黙って立っている由衣を見て、由衣は俺に押されるのを待っているんじゃないのかなんて勝手に都合のいいことを思う。
なら、仕掛けてみるか。
フーと大きなため息をついて
「嫌なんだな。由衣が嫌なんだったらそれでいいけど。」
わざとらしくすねたフリをしてみる。
由衣が少し慌てて
「い、嫌じゃないよ。」
「なら、上がっていけよ。」
少し考えて、由衣がコクリとうなずく。
イタズラっぽく
「そんなに言うんなら上がってあげる。」
俺の部屋に向ってトントントンと階段を上がって行く。
やっぱりそうじゃないか。
何を気を遣っているんだ。
俺たちは長い付き合いの幼馴染だろ。
それに由衣は真奈美公認の幼馴染だ。
いつものようにベッドに座って
「あの日以来かな。」
思い出したくない、あの日のことは。
「マイちゃんのポスター貼らないの?」
無邪気な微笑みで傷ついた心をえぐってくる。
「貼らないよ。もうやめてくれよ。」
「よかった。真奈美ちゃんに報告しないで済んだよ。」
真奈美の名前が出て、なぜだか今までの由衣との関係が頭をよぎった。
特に高校に入る前に自分の気持ちがはっきりしてから、そして高校に入ってから、真奈美とのことがあってから、最後に今のような元に戻るまで。
変わっていったのは俺だけで、由衣はずっと変わらないけど。
言ってもいいだろう。
昔のことだし。
半年ほど昔の笑い話。
そしてどうしても言わなければならないことがある。
「今だから言えるけど、俺、高校に入ったころまで、お前のこと本気で好きだったんだぜ。」
由衣にとってはあまりにも唐突だったんだろう。
しばらく固まってしまった。
「それ・・・ほんと?」
まるで感情が入ってない聞き方。
そして
「いつから?」
「いつからだろう。わからないな。いつのまにか。」
「知らなかった。」
「それはわかってた。お前にはわかってもらえないし、その先もずっとわかってもらえそうにないなって思った。だから。」
その先を話すには少し勇気がいる。
「だから?」
その先を聞きたがっている。
「だから、もうそういうのやめたいって思った。きつくって。」
「そういうのって?」
「一緒に学校に行くとか、互いの部屋に行くとか。」
「それでだったの?もう終わりにしようって言ったのは。」
「うん。いろいろそれらしいことを言ったけど本当はそれだけ。」
「そうだったの。」
「ずっと思ってたんだ。あのときは本当に由衣に悪いことしたって。お前が悪いんだってひどいことを言って何度も泣かせて。本当は俺が悪いってわかってたのに。・・・なかなか謝れなくて。・・・あのときはごめん。」
ずっと心に引っかかっていた。
自分の思い通りにならないもどかしさだけで、由衣を傷つけて何度も辛い思いをさせた。
やっとごめんが言えた。
ごめんじゃすまないのはわかっている。
「何?もういいよ。私、そんなの忘れてた。」
由衣が笑う。
「でも由衣がそれは嫌だって言ってくれたから・・・。」
「当たり前でしょ。あのとき『うん』って言ったら終わってたから。私、こう見えて諦めの悪いしつこい女なのよ。打たれ強いし。」
「こう見えて?見たまんまなんですけど。」
由衣は返事の代わりにフッと笑った。
「お前、俺のことどう思ってた?」
「いつもそばにいてくれる幼馴染。昔も今も。」
用意していたように即答する。
それしかないけど少し痛いな。
「だよな。あのとき、こんなのやめようって言ったけど、今は、これでいられてよかったなって思う。」
「私はずっとそう思ってるよ。私の気持ちはあのときから変わらないから。」
あのときがどのときなのか、いっぱいありすぎてわからない。
ぎゅっとしたときかな。
いや、小学生のときのあのときかも。
あの日に引っ越してきた子が男の子だったら、凄い友情で結ばれたかもしれない。
それの女バージョンってことでいいじゃないか。
こんなのがあること自体、奇跡だし。
恋愛感情なしの幼馴染の関係。
でもかわいいなって思うくらいはいいだろ。
事実、由衣はかわいいから。
マイちゃんみたいなもんだ。
思うだけならいいよな。




