強力粉
今日も学校が終わったら、由衣の部屋に集まって活動だ。
俺も真奈美も由衣の家に行かないとできないことがあるわけではないが、一人で自分の家でやっていると、やはりいろいろな誘惑に邪魔されてしまう。
意志が弱いからだと言われればそれまでだが、集まって活動すると互いを監視するわけではないが、自分だけ活動しないのは居心地が悪いから、その間は必ず活動することになってはかどる。
なんて、それらしいことを並べているが、何と言っても楽しいから集まるだけ。
部員間のコミュニケーションは大切ということにもしておこう。
早く部室で活動できるくらいの気候になって欲しいが、まだまだそれは先のようだ。
由衣も真奈美も、次の文化祭に向けた漫画のストーリーを作っていたが、切りのいいところで切り上げて、その前の書華美展に向けてのイラストの下絵を始めた。
こっちを仕上げないと、落ち着いて漫画の方に専念できないらしい。
待ちに待った休憩の時間がきた。
特に、時間を決めているわけではないが、ある程度やって疲れてきたら休憩にする。
今日は紅茶だ。
真奈美が手作りクッキーを焼いてきてくれたから。
「私が焼いたクッキーだから、味には期待しないでよ。」
「ううん、クッキーが焼けるだけでもすごいよ。よく作るの?」
「よくっていうほどでもないけど。たまに無性に作りたくなるのよね。」
「レシピとか見て?」
「そうよ。ネットのレシピ。いっぱいあってどれがいいか悩むよ。」
「何が何グラムとか書いてあるんでしょ?本当に全部その通りに量るの?」
「当たり前でしょ。ちゃんとその通りに分量を量らないと変な味になるよ。」
俺がいらない口を挟む。
「へーすごいな。ってことは電子天秤とかメスシリンダーとか持ってるんだ。」
「メスシリンダーはないけどメスカップはあるよ。電子天秤も持ってる。化学の実験で使うのに比べたらちゃちいけどかなり正確に量れるよ。今は安く売ってるから。」
冗談で言ったのに本当に持ってるなんて。
安く買えるのか、欲しくなったな。
でもそれで何を量るんだ、俺?
由衣が羨望の眼差しで真奈美を見つめている。
「すごいな。私なんか、手作りお菓子なんて作ったことないから。そもそも作ろうなんて無謀なこと考えたこともないし。」
「そうだよな。クッキーって小麦粉で作ることを知ってるかどうかも怪しいいよな。」
「ひどいな。そんなこと知らない人いないよ。」
由衣がムッとする。
いつもならここで機嫌を直してもらうようなことを言うのだが、この前の部長とのことを思い出して仕返しをしたくなった。
真奈美はあの日の翌日、まだ俺が腹の虫がおさまらないのを察知して謝ってきたから許した。
でも由衣はまったくだ。
あの日の翌日も朝から能天気だった
正直言って、ここのところの由衣にはイラつくことが多い。
ここはツッコんでイビってやる。
「じゃあ、クッキーってどんな小麦粉で作るか知ってるか?」
「どんなって?」
「強力粉とかあるだろ。」
わざと強力粉しか言わない。
「それは・・・。」
知らないと言ったらバカにされるのがわかっているから、一か八かの勝負に出る由衣。
小さいころから由衣はよくこれをやる。
そして、かなりの確率でハズす。
「強力粉よ。」
根拠もなく自信をもってハッキリと言い切る。
やっぱりハズレた。
「へー、クッキーに強力粉を使う人がいるんだ。すごいな。じゃあそいつ、薄力粉でパン焼くのかな?」
真奈美が吹き出す。
「あっ、真奈美ちゃんまで、ひどいよ。」
「違う違う、真ちゃんが言ったことが面白かっただけよ。」
「でもそれって、私がものを知らないってことでしょ?」
「そうじゃなくって。」
俺が続ける。
「由衣には何が面白かったのかがわかってないから言っても無駄。お前知らないだろ、強力粉とか中力粉とか薄力粉とか。」
「名前くらいは知ってるよ。」
「えっ?名前だけ?」
大げさに驚いてやる。
「それ以上のことは知らない人の方が多いよ。」
自分が知らないことを正当化しようとしているのが腹立たしい。
「いやいやいや。知ってて当り前、常識でしょそれ。」
わざとふざけた言い方をしてやる。
「真奈美は知ってるよな?」
由衣の手前、小さくうなずくだけ。
「真ちゃんこそ、本当に知ってるの!」
知らずに言ってたら許さないと言った語気の荒さ。
「知ってるよ、100年前から。パンを焼くときは強力粉でうどんやタコ焼きには中力粉、クッキーなんかのお菓子には薄力粉。だろ、真奈美。」
真奈美が驚いている。
「うん。よく知ってるね。料理するの?」
「いや、知ってるだけ。俺は食べるの専門だから。」
バツが悪そうな由衣。
何か言いたそうだが何も言えず口がモゴモゴ動くだけ。
さらに追い打ちをかける。
「いや~こんなことも知らない人に初めて出会ったよ。お前、今日一つ賢くなったな。人前でクッキー焼くのに強力粉なんて言ったら常識を疑われて大笑いされるところだったな、よかったよかった。」
悔しくて、俺を睨みつけながら歯ぎしりする由衣。
ちょっとやりすぎたかな。
でも気持ちはおさまった。
この辺で機嫌を取っておこう。
「ごめんごめん、冗談だよ。機嫌直してくれよ。お前の好きなロールケーキ、明日買ってきてやるから。」
「ほんと?」
もう機嫌が直った。
「うん。で、ロールケーキも薄力粉で作るから覚えとけよ。強力粉なんて言ったら。」
あ、まただ。
ついいらないことを言ってしまった。
でももう遅い。
見る見る不機嫌になる由衣。
「ロールケーキなんていらない!」




