それは、いつかおもいかえせば
緑川との付き合いはどれくらいになるだろう。
生きてきた時間を考えれば、随分長い間のような気がする。
そんな相手だからこそ、こんな風に何の気兼ねもなく付き合えるのかと言えば、そう言う訳でもないらしい。
「はぁ?」
「だから。紅野君なら、今日はデートだそうですよ」
「デート? 青柳社長の妹か?」
「まさか。違いますよ」
「意味が解らないんだが。お前は事情を話した訳だろ?」
「細かいところまでは、話していませんけど。まぁ、大体のところは」
「それで、どうしてどっかの小娘とデートって話になる? 全く理解してないだろ、それ」
酷く呆れたような緑川に、豪勢な野菜スープをすくいあげようとした雪之丞は首を傾げた。
「何を理解するんです?」
「だから、不真面目な女遊びだろ」
「もともと、紅野君は不真面目な女遊びはしてませんよ」
「はぁ?」
「まぁ、物事は本来なら双方の言い分を聞く必要がありますが、お姉さんのお墨付きもありましたしね」
男だと打ち明けた後、春真の頼みとやらを聞こうとしたところで、酷く楽しそうな様子の夏葉がひょこりと顔を覗かせたのだ。
どうやらタイミングを伺っていたらしい様子に、春真と雪之丞は顔を見合わせて肩を竦めた。
「話はついたみたいね」
「姉さんは、知ってたの?」
「プロを舐めないでよね」
「何の話?」
「あら、彼が”IS”だって話でしょ?」
「あ」
止める間もなく投下された爆弾に、雪之丞がそろりと春真を伺えば、春真は豆鉄砲を喰らった鳩のように目を丸くする。
「雪さんが、”IS”?」
「えぇまぁ」
泣いた、と彼女に聞かされていたから、出来れば言わずに済ませようと思っていたのだが、そうことはうまく運ばないらしい。
そもそも、打ち明け話で修羅場にならなかっただけでも幸運を使い切ったようなものなのだろう。
気まずくて視線を逸らす前に、「本当に?」ぽつりとした呟きが落ちて、夏葉が配ったなみなみと注がれた紅茶のカップが波紋をかいた。
「嘘は、つきませんよ」
「そっか。そうなんだ」
自嘲気味に笑うと、春真は酷く儚げに微笑んだ。
「やっぱり雪さんは、俺の運命の人だね」
「え?」
「春真、それ告白みたいよ?」
至極呆れたような夏葉に、途端に春真は表情を変えてきょとんと瞬く。
「そう?」
「まったく。そう言うのは、女の子に言いなさい。いっくら雪さんが見た目美少女だからって、初めてでもなんでも付き合う相手が男っていうのは、流石に日本じゃ認められないわよ」
夏葉の台詞はいろいろと疑問点が飛ぶものだったが、雪之丞はひとつ気になっていたことを口にする。
「待ってください。紅野君、子どもでいたかった、とさっきおっしゃっていましたけど、本当に女性と付き合ったことがないんですか?」
「ないよ?」
紅茶のカップから唇を離して答えた春真に、夏葉が愚痴るようにカツリカツリと机を叩いた。
「春真はねぇ、買い物に付き合ってとか、遊びに行きたいからついてきて、とかはあたしが頼むのと同じような気安さで全く気に留めずに付き合ってあげるから、つい勘違いされるけど、手を繋ぐことすら、したことないと思うわよ」
「手を? 必要ないと思うけど」
「ほら、ね」
「はぁ? 手を繋いだこともない?」
「だそうです」
いつにないほど、間抜けな顔をして向かいの席で言葉もない様子の緑川に、雪之丞はスープをすくうと小さく笑って口に入れた。




