表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
綺羅と嘘とその先  作者: 蛍灯 もゆる
嘘つきの転
66/102

それは、ねがいのながさ


帰りついて、ばたんと音を立てて扉を閉めてから、春真は階段上で目を丸くしている姉に気付いた。


「珍しいじゃない。あんたが揺れてるなんて」


少しばかり窘める様子で紡がれた言葉に、春真は肩の力を抜くと玄関に寄り掛かる。


「うまくやってるつもりだったんだけどね」


そう。

上手くやっているつもりだった。

この20年近く、春真はそうやって生きてきたのだ。

その言葉に、姉は酷く呆れたような顔をして階下へ足を踏み出した。


「あんたみたいなお子様が、なんでもやれるなんて思ったら大間違いよ」

「みたいだね」

「まったく、」


とんとんと階段を下りてくると、姉はダイニングへ向かいながら振り返る。


「来なさい。ミルクティー入れてあげるわ」



「こんな風に夜中に話すのは久しぶりね」


湯気の立つカップいっぱいに注がれた柔らかな色をした液体は、記憶の中と変わらないし、多分口を付ければ同じ味がするのだろう。

二つのカップからは同じように湯気が上がって、それは途中でくるりくるりと一緒になって宙に融けていく。

取り留めもなく最近の出来事を口にする春真に、姉を挟まずに静かにカップに口をつけた。

教授に就いて練習している曲のこと。

ヒーローを演じる黄波戸のこと。

学祭で行う予定の劇のこと。

バイト先で出会った人間のこと。

二日後に迫った、サクソフォンとのライブのこと。

こんな風に話すのは、姉がこの家を出てからはなかったことだ。

少なくともこんな風に、春真が内面を語る相手は他にいない。

漸く言葉を止めて暖かいミルクティに口をつけた春真に、対面に座る姉が両手でカップを包んだまま、つと顔を上げた。


「あたしね、永久に訊かないでおこうと思ってたことがあるの」


それは嫌に唐突な言葉だったが、春真には何となく解っていた。

だからこそ、口を挟まずにその視線を受け止める。


「でも、春真が変わろうとしてるなら、やっぱり確かめておくべきだと思うのよね」

「いいよ、なんなりと」


背凭れに重心を預けて、春真は微かに笑った。

小さなダイニングテーブルは、四脚の椅子が並ぶが、所有者が決まっているのは半分だけだ。

春真のものと、彼女のもの。

あとの二脚は客人用で、それから部屋の隅で重ねられて埃を被る四脚のうち、一番下の一脚は、永久に使用使用者を取り戻すことはなかった。

いや、もしかすれば四脚とも全てだ。


「あんた、いつからそんな風に明確に、ずっと子どもで居続けようと思ってたの?」


姉の問いに、春真は珍しく泣きそうに微笑んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ