それは、せけんをとおざける
明け方にかかってきた電話を、一度目は取らなかった。
けれども、二度も三度も鳴り続けるので、仕方なく春真は受話器を上げる。
「居留守禁止って言ったわよねぇ、あたし」
「時差、考えてくれない?」
「そっち何時なのよ?」
「朝の四時だよ」
電話口で仕舞ったと考えているであろう気配が伝わってきて、春真は小さく肩を竦めた。
海外のオーケストラでフルートを吹く姉は、ある意味春真の良き理解者ではあるが、言葉はいつも辛辣だ。
「気づかなかったわ」
「だろうね。それで? 朝から何の用?」
「あたし、結婚するから」
唐突な台詞にきょとんとすれば、姉はそれを何を取ったのか、早口に相手の事をまくし立てた。
驚いたことに、相手は楽団のメンバーでもなければ、音楽関係の人間でもないらしい。
学校の先生、というのが何とも意外だった。
「へぇ」
「なによ。文句あるの」
「自分が良いなら、俺が言うことはないよ」
贔屓目に見なくても、多分姉は美人の部類に入るはずだ。
彼女とはタイプが違うが、街に出れば割と声をかけられていたと聞く。
「まぁいいわ。それで? あんたまだ霞食べて生きてるの?」
「いつから、仙人認識されてたのか気になるんだけど」
微かに苦笑すると、電話の向こうで姉が当然というように指を鳴らした。
「だってあんた、無関心じゃない。音楽以外」
事実ではあるので否定しないで笑うと、呆れたようなため息が届く。
「女の子だって、より取り見取りのはずなのに」
「女の子は嫌いじゃないけど?」
「音楽に関わってる女の子に限り、でしょ。まったく」
我が弟ながら、厄介な体質よね。電話口で姉は忌々しげに呟いた。




