それは、うでまえをあらわす
微かに残っていた残暑を追い立てるためか、唐突にやってきた台風が勢力を上げて、臨時休校が言い渡されたのは、昼食を食べ終えてからだった。
「この時期に台風とか、温暖化の影響か?」
「どうだろうね」
「折角練習室押さえたってのに」
ぽつぽつと泣き出した灰色の空を不機嫌に眺めて、黄波戸は鞄を引っ掴む。
「あ、良かった。まだいた!」
「紺谷?」
バタバタ走ってきて、危うく転びそうになったところで、紺谷は慌てて机を支えにバランスを取った。
「危なかった。転んだら割っちゃうところだったよ。はい、黄波戸」
ほっと息をついて、紺谷は徐に手提げの中から薄いプラスティックケースを取り出す。
きょとんとした黄波戸が、反射的に受け取ってから、ぱぁと顔を輝かせた。
「よし、王子役だろうが道化師役だろうが努めてやるよ」
「それは助かるよ」
くすりと笑った紺谷は、それから春真を振り返る。
「王子も欲しい? 多分、この音源だと思うんだよね」
「音源?」
「童謡」
訝しげな顔をしたのか、黄波戸が噛んで含めるように口を開いた。
「この間、『porch』で聞いた童謡、あっただろ」
「あぁ」
「その音源」
「え?」
「紅野が言ってた、CDを渡してた男が、隣の大学の文学部院生のバッジつけてたんだよ」
「うちの兄貴が其処の院生だから、聞いてもらってわけ」
ブイサインを上げて見せて、紺谷が笑う。
差し出された真っ白なCDは、思ったよりも重い気がした。




