003:不穏な噂
いつものように頭の中を流れていく映像や解説をどこか遠くで俯瞰視していた。
『相変わらず代わり映えのない資料だな。』
調整プロトコル中で身体は動かず、声も出ないような状況である。
流れる映像から目を逸らすこともできない。
学習を強制するという意味では、よくできた教育システムと言える。
だが、俺はこの滑らかな球体の映像については目を逸らすことも無く網膜に焼き付けている。
この球体は文明があった頃よりもよほど美しいと言える。
本来なら調整プロトコルは月に一度でいい。仕事の後に受けることを推奨されているが義務ではない。
だが、義務ではなくてもこの映像だけは網膜に焼き付けておきたいのだ、この茶色く乾いた球体を……。
もっと眺めていたいが、解説は進んで無情にも映像が切り替わってしまう。
……戦争前、一部の良識ある科学者が滅びの可能性を察知し立ち上げたプロジェクト、遥か未来へ文化を残すプログラムがありました。
……Seed Of Last Archives.
通称S.O.L.A.(エス、オー、エル、エー)もしくは文明保護プログラムと呼ばれています。
保存された種は基幹AIと複数からなる補助のAI群により管理され……。
ここからは管理AIの自慢話だ。
自分たちがどれほど優秀か、どれだけ完璧にこのドーム内を管理しているか、管理しているクローン体とアンドロイドの関係は……。
……正直どうでもいい。
俺は依頼を受けて対象である不良のクローン体を処理するだけ。
ただそれだけが俺の存在意義。
そんなことを考えているうちにいつもの決め台詞が再生される。
この星の環境が回復するまでは半径20kmのドームが我らの住処である。我らは守らなくてはならない。文明とヒトという種を…。
◇
いつもと同じタイミングで周囲が白くゆっくりと明滅し始め、俺はゆっくりと目を開けた。
目前に見える硬質ガラスのキャノピーがグリーンに変化し、ゆっくりと開いてゆく。
「C04A、調整完了。もう帰っても構わないだろう?」
俺は半身を起こし、いつも通りに問いかけた。
「もちろんだ。今回の仕事も何の問題もなかった。報酬は支払い済みだ」
管理者の返事もいつも通りだ。
「次の仕事はまた10日後か」
「それはお前の働き次第だ。街中のパトロールを強化せよ、最近外に憧れる不穏分子が複数確認されている」
その返事がいつもと違うのに驚き、思わず聞き返した。
「外?このドームの外か?」
「その通りだ」
ドームの外は死の世界だ。そこに憧れるなど正気の沙汰とは思えない……。
「危険思想の対象IDは分かっているか?」
しばらく待ってみたが返答がなかった。これは確定していないということか……。
「……では確認できたら連絡する。発見の連絡は管理局でいいな?」
「その通りだ。対象が確定したら連絡する。」
そして、沈黙が訪れた……。
調整ポッドのランプのみで照らされた薄暗い部屋の中で俺は服を着る。
対象が指定されない調査か……面倒事だな……。
◇
外に出ると既に天井は薄く白っぽくなっていた、調整プロトコルで一晩過ごし、感覚的には夜明けという時間帯だろう。
今から酒場に行っても大した情報は得られそうもない、アルコールにより意識を無くしたクローン体が転がっているだけだ。
もしその他で当たるとすれば……外に憧れる連中が行き着くところ……一般人が行ける一番の外周、セクター4だろうか。
廃墟が並ぶセクター4なら密談には相応だろう。
好都合なことに、俺が今いるのはセクター4だ。
俺は付近を探索してみることにした。




