第2話「変わらない距離、変わり始めた想い」
休日の朝。
神代悠斗のスマートフォンが鳴った。
画面には「朝倉美咲」の名前。
「もしもし?」
「おはよう、悠斗。」
「おはよう。」
「今日、時間ある?」
「午後なら大丈夫だけど。」
「じゃあ、一緒に買い物へ行かない?」
「もちろん。」
「駅前で待ってるね。」
「了解。」
電話を切ると、悠斗は自然と笑みを浮かべた。
幼い頃から一緒に過ごしてきた美咲と出掛けることは、特別なことではない。
それは二人にとって、ごく自然な日常だった。
◇◇◇
午後一時。
駅前広場。
「悠斗!」
聞き慣れた声に振り向くと、美咲が手を振っていた。
白いブラウスに水色のロングスカート。
普段より少しだけ大人びた服装だった。
「待った?」
「今来たところ。」
「よかった。」
「その服、似合ってるね。」
悠斗が何気なく言うと、美咲の頬が赤く染まる。
「ありがとう……。」
「今日は少し頑張って選んでみたの。」
「そうだったんだ。」
「うん。」
(悠斗に褒めてもらえた……。)
美咲は心の中で小さく喜んだ。
◇◇◇
ショッピングモールへ入る二人。
まず向かったのは生活用品売り場だった。
「洗剤、もうなくなりそうなんだ。」
「この前見た時も少なかったもんね。」
「よく覚えてるな。」
「幼馴染ですから。」
美咲は得意げに笑う。
洗剤、柔軟剤、シャンプー。
必要な物を一緒に選んでいく。
「これ、美咲が使ってるやつ?」
「うん。いい香りだよ。」
「じゃあ同じのにしようかな。」
「え?」
「おすすめなんでしょ?」
「う、うん!」
(同じ香り……。)
そんな小さなことでも、美咲の胸は少しだけ高鳴った。
◇◇◇
次に訪れたのは洋服店。
「悠斗、この服どう?」
「可愛いと思う。」
「こっちは?」
「それも似合う。」
「じゃあ、これは?」
「それも。」
美咲は思わず笑ってしまう。
「全部じゃない。」
「だって本当に似合ってるから。」
「もう。」
照れ隠しに軽く腕を叩く。
店員が笑顔で近付いてきた。
「お二人はお付き合いされて長いんですか?」
「えっ?」
「仲がとても良いので、ご夫婦か恋人かと思いました。」
美咲の顔は一気に真っ赤になる。
「ち、違います!」
「幼馴染です!」
店員は申し訳なさそうに頭を下げる。
「失礼しました。」
店員が離れると、二人は顔を見合わせた。
「びっくりしたね。」
悠斗は笑っていた。
しかし、美咲だけは違った。
(恋人……。)
(そう見えたんだ。)
胸の奥が温かくなる。
同時に少し切なくもなった。
(まだ違うんだよね。)
◇◇◇
買い物を終えた二人は、河川敷へ向かった。
春風が川面を揺らしている。
ベンチへ腰掛け、ジュースを飲みながら空を見上げる。
「今日は楽しかった。」
悠斗が言う。
「私も。」
少し沈黙が流れる。
「悠斗。」
「ん?」
「もし……。」
「将来、お嫁さんになる人がいたら。」
悠斗は美咲を見る。
「料理だけは負けたくないな。」
そう言って照れ笑いを浮かべる美咲。
悠斗も笑顔で答えた。
「美咲なら誰にも負けないと思う。」
「本当?」
「うん。」
「世界一美味しい。」
その何気ない言葉が、美咲の胸に深く響く。
(世界一……。)
(その言葉だけで十分嬉しい。)
しかし、その「世界一」の料理を毎日食べてもらいたい相手が、自分だとは悠斗はまだ気付いていない。
◇◇◇
夕暮れ。
駅まで歩く帰り道。
「また買い物付き合ってね。」
「もちろん。」
「来週はご飯も作りに行く。」
「楽しみにしてる。」
二人は笑顔で別れた。
帰宅した美咲は、自分の部屋へ入り、鏡の前に立つ。
「今日は少しは女の子として見てもらえたかな……。」
鏡に映る自分へ問い掛ける。
それから、ベッドへ腰掛けて小さく呟いた。
「悠斗……。」
「私は、幼馴染のままじゃ終わりたくない。」
その想いは日に日に大きくなっていた。
一方の悠斗は、美咲との楽しい一日を思い返しながら微笑む。
「やっぱり美咲といると落ち着くな。」
まだ彼は知らない。
その「落ち着く存在」が、誰よりも自分を愛していることを。
そして、その恋心が少しずつ動き始めていることを。
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