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乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です 作者:わい/三嶋 与夢
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愚か者たち

 どんな世界でも女で身を崩す男たちはいるらしい。

 それがこの世界では王太子殿下だった。

 本来であれば聖女である主人公と愛を育むはずだった。時間をかけて周りに認めて貰い、そして幸せな結婚へと続くわけだ。

 性急に事を進めたどこかの馬鹿は、大事なことを見落としていたのだ。

 主人公――オリヴィアさんだから王太子殿下と結ばれたのだ。

 オリヴィアさんの偽物が同じ事をしても無駄である。それこそ、自分自身としてアタックしていた方が結果はマシだったかも知れない。

 ふっ、乙女ゲーの世界で少し考え込んでしまった。

「それで、この私に君の後始末をしろというのかね?」

 現実逃避もここまでだ。

 俺は夏休みを利用してアンジェリカさんの実家――レッドグレイブ公爵家に来ている。

 現当主の【ヴィンス・ラファ・レッドグレイブ】は、灰色の髪をオールバックにした威厳のある男性だった。背は高く鍛えられた体を持ち、眼光鋭い中年男性。

 隣に立つのはそんなヴィンスさんの息子で、アンジェリカさんの兄である【ギルバート・ラファ・レッドグレイブ】だ。金髪碧眼だが、ヴィンスさんによく似た顔立ちだ。

 年齢は二十代前半だ。

 二人とも俺を睨み付けている。

 俺は姿勢を正してお願いする。

「自分では王宮に何の伝もありません。これでは何も出来ない状況です。資金の方は白金貨を用意いたしました」

 積み上げた白金貨は、学園の賭け事で稼いだ金額だ。貴族の馬鹿な子供たちの借金やお小遣いの結晶は、とんでもない額になっていた。

 それを積み上げ、差し出す俺。

 要はお金を出すので守ってくださいとお願いしているわけだ。

 情けない? 金で自分の命が買えるなら俺は買うね!

 何かを言おうとしたギルバートさんを、ヴィンスさんが手で制した。

「成り上がりの男爵にしてはよくかき集めたものだ。確かに宮廷工作には金がかかる。娘の決闘代理人だ。面倒を見よう。だが、あれもこれも守れと言われても困る。君は私の寄子ではないし、同じ派閥の仲間でもない。娘の短慮に付き合わせたが、言い換えれば首を突っ込んだのは君の方だからね」

 本来、俺は関わるべきではなかった。そう言いたいのだろうが……。

 俺は内心でガッツポーズをしたかった。

 まだ学生という身分を最大限に利用し、この危機的状況から望む方向に事を運ぶ。俺の人生はここからだ!

「はい。分かっています。自分の命、そして家族に責任が及ばないようにしていただきたいのです」

 ヴィンスさんが机の上で指を組んでいた。

「……名誉は既に地に落ちた。次は地位を捨てると?」

 決闘で五人をボコボコにしたのは良いとしても、心までへし折るほどに貶した。名誉ある決闘にはほど遠い。

「与えられるはずだった爵位と騎士の称号は返上します」

 今回の一件、大金と爵位、騎士の称号。これらをもってチャラにしてくださいと頼み込んでいるのだ。

 王太子殿下と決闘したことを考えれば安い代償だ。

 ついでに婚活から逃げられる。

 ギルバートさんが俺に問いかけてきた。

「一つ聞きたい。君の本当の目的は何だ? それだけの力があるのなら、あの場をやり過ごして立身出世も可能だったはずだ。一代で子爵家にまで上り詰めた可能性だってあるだろう。それを捨ててまで何がしたかったのか気になる」

 イライラしていた、攻略キャラを殴りたかった、ついでに婚活地獄から逃げ出したかった。

 色々と理由はあるが、どれも言えないのでそれらしいことを口にする。

「あのまま女に騙される殿下を放置できませんでした。国のため、ですかね。誰かがやるべきだと思っただけです」

 ヴィンスさんがクツクツと愉快そうに笑っていた。

「それが本心なら立派なことだ。だが、確かに遊びならまだしも本気では困る。おかげで宮廷や名門貴族たちは大慌てだよ。レッドグレイブ家はアンジェと殿下の婚約も正式に解消した。アレに娘は相応しくない。そうは思わないかね?」

 試されている気がする。

 別によく見せようなどとは思っていない。命が助かり、貴族という身分――婚活から解放されるなら満足だ。

 憂さ晴らしにあの五人をボコボコにして、婚活地獄からも逃げられ貴族でもなくなる。あぁ、俺は望んだ結果に近づいている。

「二人の間を自分が口にすることではありません。個人的には学園でこれから学んで欲しいと思います。立派な王になって欲しいですね」

「……そうか。話は変わるが、一つ頼みがある」

「なんでしょう?」

「娘のことだ。今回の一件、随分と堪えているらしい。やつれて元気がないのは親としても見ていられないのでね。手頃な田舎に休養に出したかったが、家の事情で少々立て込んでいてね」

 寄子や同じ派閥の整理というか、後始末だろう。アンジェリカさんを裏切った訳で、公爵家が黙っているわけがない。

 連日、生徒たちの親兄弟が謝罪に来ており、大変忙しいそうだ。

 取り巻きとして送り出した子供や兄妹が、主人の娘を裏切ったら大問題だ。

 アンジェリカさんに謝りに来る人も多く、どこか手の届かない場所で休養させたいというのだろう。

「君の実家は条件が良いのでね。帰り際に連れて行ってもらおう。世話役を数人つける」

「え、あ……は、はい!」

 娘を男に任せる。それってどうなの? なんて思ったが、公爵令嬢に手を出すなんて俺には無理だし、そんな考えを抱いたなどと思われたら怖い。ここは、旅行ですね、お任せください! 的なノリで引き受けよう。

「ありがたい。では、下がりなさい」

「失礼しました」

 部屋を出たところで、俺は安堵して胸をなで下ろした。これで俺の学園生活は終わってしまうだろうが、気分は最高だ。

 心残りがあるとすれば、師匠にお茶を学べなかったことくらいだ。決闘の際に品がないと怒られたが、おいしいお茶を飲ませてくれた。

「本当にそれだけが心残りだな」

 後はダニエルやレイモンドが気になる。三年のルクル先輩はどうしているだろうか? 学生食堂の人気デザートを全部制覇していないのも残念だ。

 ……なんだ、気が付けば俺も結構学園生活を楽しんでいたのか。



 リオンが去った執務室。

 ギルバートがヴィンスに視線を向けた。

「父上、どう思われますか?」

 ヴィンスは笑っていた。

「お前の言ったとおりだ。自分のことだけを考えているお利口な子供なら黙ってその場で静観しただろう。実際、そういう子は多いのではないかな?」

 リオンが用意した白金貨の山を二人は見る。

「……随分な大金を用意しましたね」

「地位も名誉も捨てて殿下を諫めた。立派な覚悟ではないか。それに引き換え、乳兄弟のご機嫌取りはいかんな。本来はアレが諫めるべきだった。それにしても、学園というのは今も昔も問題が多い。世間知らずの子供が多すぎる」

 学園内は少し特殊な環境だ。

 次世代の貴族たちを教育する場所であるため、建前としては皆を平等に扱うことになっている。そんな事は無理なのに、だ。

 特殊な環境で世間の目を気にしない。内輪の評価にこだわってしまうため、時にこうした事件も起きる。

 世間知らずが集まって出来た箱庭なのだ。問題だって起きる。

 今回の一件は問題が大きく騒ぎになった。そして、夏期休暇で実家に戻った生徒たちは、そこで現実を知ることになる。

 実際、アンジェリカの取り巻きたちも、公爵家に喧嘩を売ったという意味を知ることになる。

「まぁ、他にやり方はいくらでもあったように思いますけどね」

「そうか? 愉快じゃないか。決闘を申し込んだアンジェは浅はかだったと思うが、誰もが敵となり助けない状況で名乗りを上げる……美談ではないかな? 騎士とはそうあるべきだな。表向きは、だが」

 ギルバートはヴィンスの真意を問う。

「どうされるおつもりですか?」

 ヴィンスはニヤリと笑う。

「娘の恩人だ。尻拭いくらいしてやろう。それに、だ。お前も頼りになる家がある方が良いだろう。取り込めば、レッドグレイブ家は安泰だと思わないか? 今回の一件で、いくつかの家は頼りにならないとハッキリしたからな」

 二人が窓の外を見る。

 そこには、七百メートルを超える飛行船が一隻浮かんでいた。見たこともない作りも気になるが、ダンジョンで発見したロストアイテムというのが二人の心に響く。

 冒険者が尊ばれる世界。

 リオンの功績は男子にとって憧れである。

「名門貴族の男子を容易に倒した実力は高く買います。ですが、どこまで取り込むおつもりですか? 当家の関係者で年頃の娘を用意しますか?」

 ヴィンスは顎に手を当てる。

「それもいいが少し弱いな。耳ざとい連中や目端の利く連中なら喉から手が出るほどに欲しがるだろう。だが、まずは尻拭いからにしよう。宮廷に行く。領地はお前に任せるぞ」

 ヴィンスは立ち上がると、本気で宮廷工作に乗り出すことにした。



 ルクシオンの艤装を再現した飛行船。

 名前は【パルトナー】だ。

 フワフワ宙に浮いている円柱に、手が付いたロボットたちが飛行船の管理をしている。ルクシオンを手に入れる際に壊し、壊れていた機械を回収、修理をして制御させていた。

 丸っこい鎧で足のない防衛用のガーディアンも仕事をしていた。

 甲板に出ると風が気持ちいい。

 俺の横には球体ボディーのルクシオンが浮かんでいた。

『お二人のところには行かないのですか?』

 二人というのは、夏期休暇についてきたオリヴィアさんと――傷心中のアンジェリカさんのことだろう。

 世話役に数名の侍女を付けられたが、俺が関わる二人はオリヴィアさんとアンジェリカさんだけだ。

「何を話せって言うんだ? 俺に気の利いた台詞なんか期待されても困る」

『誰も期待していませんよ』

「お前、俺のことが嫌いか?」

『嫌いではありませんが、好きでもありません』

 ……有能でなければそのボールのような体を掴み、空に投げつけているところだ。

「……はぁ。実際問題、何を言って良いのか分からないんだよ。正式に婚約破棄だぞ。おまけに二人の話し合いも失敗したんだろ?」

 アンジェリカさんは殿下と二人で話をしたが、結局上手く話はまとまらなかった。

 決闘によって殿下とマリエは恋人関係を解消。

 障害がある方が愛は燃えると言うが、本人――殿下は例え関係が切れても愛し続けるし、幸せを祈るらしい。

 純潔を守るとか変なことを言っていた。

 清い体なのか気になるところだ。いや、気にならないな。どうでもいい。待った、やっぱり良くない。

 あいつアレでも王太子だった。世継ぎがいないと困るので、適当な女性と子供を作って貰わないと国が危ない。

「俺が口出ししても解決しないから関わりたくない」

『本当に清々しいほどの駄目人間ですね』



 船内。

 客室らしき場所でベッドに腰掛けているのはオリヴィアとアンジェリカだった。

 アンジェリカは最近更にやつれていた。

 決闘後、ユリウスとの話し合いは上手くいかなかったらしい。

 オリヴィアは夏期休暇とあって、アンジェリカに付き添っていた。

「笑える話だ。私の気持ちは何一つも通じなかった。引き離した女にも負けるのだから、私は相当な愚か者らしい。女としても完敗だよ」

 ユリウスはアンジェリカを拒絶した。

 引き離されようともマリエを愛することは止めないと言われたそうだ。

「アンジェリカさんは間違っていません」

「だろうな。婚約者を奪おうとした女に喧嘩を売ったら打ちのめされただけだ。笑えるよ。試合に勝って勝負に負けたと言うのかな?」

 リオンのおかげで決闘には勝つことが出来たが、結果としてアンジェリカはマリエに負けた形になった。

「結局何の意味もなかった。私のわがままにリオンやお前を巻き込んだだけだ」

 オリヴィアは俯いた。

「そんな事はありません。私は口だけで、結局頑張ったのはリオンさんです。リオンさん、言っていたんです。最初から退学するつもりだった、って」

 アンジェリカは涙を流す。

「私は礼も言わずに殿下の所に行ったんだ。あの場で、ちゃんと礼を言っておくべきだった。やっぱり、私は駄目な女だな。そこまで覚悟をしているとは思わなくて……」

 泣き出すアンジェリカの背中を、オリヴィアがさすっていた。



 ――部屋の外から二人の会話を聞いてしまった。

『心が痛みますね。私に心があるか分かりませんが、これを聞いて何も思わないのですか?』

 ルクシオンの言葉が胸に突き刺さった。

「……勘違いですごめんなさい」

 確かにこのままでは駄目だと思ったが、別に本気でどうにかなるとは思わなかった。婚活が嫌で逃げたくなったのと、あいつらを殴りたかっただけだ。

 そんなに重く考えないで欲しい。

 暴れるのに丁度タイミングが良いかな? と思っただけだ。

『これからどうするつもりですか?』

「中退して親父の世話になる。見つけた島で独立して陪臣にでもなれば、平和に暮らせるだろうさ」

『……上手くいくでしょうか?』

「いや、行くだろ。王太子に喧嘩を売ったんだぞ。大金だって払って謝るんだ。殺されないだろ。あれ? 殺されないよね? どうしよう、不安になってきた。もういっそのこと逃げるか?」

『いえ、そういう意味ではないのですが』

 乙女ゲーの世界。

 ドタバタした時間が終わってみると、少し寂しい気もする。

 ただ、モブの俺にはこの辺りが引き際だ。随分と濃い時間を過ごさせて貰った。もうお腹がいっぱいだ。

 予定は色々と違ったが、ここまで頑張ったんだから良いだろう。

 俺はモブなりに頑張った。



 夏期休暇。

 マリエは学園に残るように言われており、そして王宮からの使者が来るとこれからのことを告げられた。

 使者は文官のような男で、淡々と事務的に話を進める。

 その内容はマリエを唖然とさせるに十分すぎた。

「ま、待ってください。み、みんなが廃嫡ってどういう事ですか?」

 集まったのはユリウスを始め、マリエが付き合っていた攻略対象の男子たちだ。

 文官の男は淡々と告げる。

「聞いての通りです。ユリウス殿下は廃嫡し、王太子殿下ではなくなりました。今日からは殿下でございます。他四名につきましても廃嫡が決定いたしました。王太子殿下……いえ、殿下もレッドグレイブ家と婚約破棄されましたが、他の方々も婚約中だった女性からの手紙を預かっております」

 ジルク、ブラッド、クリス、グレッグ……四人は婚約者たちからの手紙を受け取り、少し悲しそうな顔をしていた。

 手紙の内容は正式な婚約破棄が成立したことを知らせる手紙だった。

 マリエは反論する。

「決闘で負けたからってあんまりよ! こんなの酷すぎるわ!」

 そんなマリエにグレッグが髪をかきながら言う。少し照れくさそうだった。

「いいんだ、マリエ。俺たちは覚悟が出来ていた」

「え?」

 クリスが事実を話す。

「少し前から婚約者に好きな人が出来たと伝えていた。実家や婚約者からも考え直すように言われてきたんだ。だが、今回の一件で見限られたらしい」

 マリエだけが知らなかったのだが、ユリウス以外もけじめを付けようとしていた。

 その結果が廃嫡。

 跡取りではなくなったのだ。

 ユリウスは継承権を持たないただの王子に。

 ジルクも学園卒業後は男爵の地位を保証された騎士になる。だが、治める領地もなければ宮廷での役職すらない。

 他の三人も同じような状況だった。

 四人とも実家からの支援は期待できなかった。

 例外はユリウスで、王家の血を引くために利用価値があると判断されたらしい。言ってしまえば婚姻外交に利用される王子だ。しかも国内では悪評が高く、国外が婿入り先として濃厚というおまけ付き。

 ユリウスは項垂れている。

「俺はもうマリエの側にはいられない。だが、ずっと君の幸せを祈っているよ」

 マリエはめまいに襲われた。

 マリエに不幸があるとすれば、その魅力が本物だったことだろう。主人公の真似――オリヴィアを真似ただけでここまで彼らも本気にはならない。

 そうさせるだけの外見的な魅力と、前世の経験がこの事態を作ってしまった。

 グレッグが安心させるために笑う。

「なに、お前の分まで守ってやるよ。それに、生きていこうと思えばどうとでもなるからな。冒険者なんて良いんじゃないか? ロストアイテムの鎧を見つけたら、今度こそリオンの糞野郎にリベンジだ」

 クリスが小さく笑っていた。

「そうだな。悪くないかも知れないな」

 ブラッドが皮肉を言う。

「ただの名ばかりの男爵四人。まぁ、この四人ならなんとかなるだろうけどな」

 ジルクが少し悲しそうにしていた。

「殿下、申し訳ありません。彼を止められていればこんなことにはならなかったでしょうに」

 ユリウスが小さく首を横に振った。

 薄らと笑みを浮かべているが、悲しそうに見える。

「いいんだ。お前たちがマリエを守ってくれるなら、俺はどこにいても安心できる」

 カイルが頭の後ろで手を組んでいた。

「皆さん色々と考えていたんですね。良かったですね、ご主人様」

 本当にそう思っているような笑顔に、マリエは目の前が真っ暗になる思いだった。

「え、えぇ、そうね」

(はぁ? ふざけるなよ、馬鹿! あんたら、なんでそんな風に地位や財産を捨てられるのよ! っていうか、あんたらそれって結局無職よね? それでどうやって生活していくつもりなのよ! 冒険者? その日暮らしなんて絶対に嫌よ! こ、こうなったら金持ちを見つけてたらし込まないと)

 現実的な思考に切り替わったマリエは、笑い合っている男たちを見てドン引きしていた。

 文官の男が去って行く。

「それではこれで失礼いたします」

 まだ仕事をしている分だけ、この文官の男の方がマシだと思いながらマリエは自分の想像していた未来が遠のいていくのを感じるのだった。

 将来無職の予定である四人の彼氏を持っているようなものだ。

 望んだ結果とは違いすぎていた。

(どうしてこうなるのよ! こんなの、私の望んだ未来じゃないわ!)



 俺の発見した浮島は入学前よりも整備されていた。

 日夜、ロボットたちが頑張ってくれており、それなりの形になりつつある。

 いずれここで独立して、混乱する王国を心配しながら平和に高みの見物をしようと思っているのだが――。

「なんでついて来るかな?」

 ロボットたちが手入れをしている畑の様子を見に来たら、オリヴィアさんとアンジェリカさんまでついてきた。

 アンジェリカさんが綺麗に並んだ畑を見ている。

「良いじゃないか。こういう機会は滅多にないから新鮮だ。男爵の領地はどこも開発途中で見ていると邪魔になるだろうからな」

 実家は俺の投資により今日も忙しくあっちこっちを開発中である。道の整備に水路の整備、他には開拓村も出来ている。

 港の方も拡張していて慌ただしい毎日が続いているようだ。

 オリヴィアさんが真剣な顔つきで畑を見ていた。

 屈んで土の様子やら周囲を見ている。

「凄いですよね。人がいないのにここまで綺麗な土地は見たことがありません」

 アンジェリカさんが首をかしげていた。

「そうか? 人がいないから綺麗だと思うのだが?」

 オリヴィアさんが否定をする。

「何を言っているんですか。これだけ手入れの行き届いた場所に人がいないなんてあり得ませんよ。ロボットでしたか? 凄いですよね」

 俺は頷いておいた。

 色々と説明するのも面倒なので、凄いよねと言って同意だけはしておく。

 アンジェリカさんが顔を上げた。

「なんだ? 変な臭いがするな」

 風に乗って運ばれてきた臭いが気になるらしい。

「あぁ、これは――」



 浮島に用意された露天風呂。

 形だけは整っており、アンジェリカとオリヴィアは開放的な景色を眺めながら風呂へと入る。

 少し熱く、普段の風呂とは少しだけ違う感覚だった。水には変わりないのだが、肌に張り付く感じがある。

 髪を下ろしたアンジェリカの髪をオリヴィアが洗っていた。

「アンジェリカさんの髪は綺麗ですね」

「……殿下が長い綺麗な髪が好きだと言っていたからな。今度は少し短くするつもりだ。手入れが面倒だ」

 オリヴィアがお湯で綺麗に泡を落としていく。

「それにしても良い場所だな」

 リオンが持っている浮島のことを褒めるアンジェリカは、景色を眺めていた。夕日が見えるのだが、その景色を見ながら風呂には入れるというのは贅沢に感じられる。

 オリヴィアも同じ気持ちなのだろう。

「入学前に見つけて自分のものにしたらしいですよ。将来はここで独立して……すみません」

「いいさ。私のせいであいつに苦労をかけている。あいつにはここで独立させてやりたいよ。今の私では願うことしか出来ないのが歯がゆい」

 リオンの独立の話もどうなるか分かっていない。

 アンジェリカは、父が上手く処理してくれることを祈るしか出来なかった。

「それにしてもここまで理想の成功を収めた冒険者は数少ない。これ以上は物語に登場する冒険者くらいだな。いや、何事もなければ冒険譚の一つに加わったかも知れない男だっただろうに」

 今度はアンジェリカがオリヴィアの髪を洗うのだった。

「そんなに凄いんですか? 私からすると冒険者はダンジョンに挑む者という印象が強くて」

「そうだな。平民では初期投資が大変だと聞くからそっちがイメージとしては強いか。だが、ダンジョンで稼ぐよりも、貴族は飛行船で冒険をする方を好む。新しい大地を発見し、未知のダンジョンに挑む。時に遺跡からロストアイテムも出てくるからな。父も兄も、昔はやんちゃで無理をして冒険をしたらしいから、リオンの事は高く買っていると思うぞ」

 アンジェリカはオリヴィアの胸を見た。自分の方が大きいが、そう言えばマリエは小さかったと思い出す。

(胸の大きな女が嫌いだったのだろうか? いや、もう忘れよう)

「小さなボートで新しい島を発見したリオンさんって凄いんですか?」

 アンジェリカはクスクスと笑った。

「あぁ、凄いな。一歩間違えれば自殺志願者と言われても仕方がない行為だ。ここ数十年では一番の功績だよ」

 男爵家の三男が大出世をした。

 それにはそれだけの理由があると言うことだ。

「……お前が羨ましいよ」

「え?」

 アンジェリカはオリヴィアの髪を洗いながら本音をこぼす。

「恋人なのだろう? ずっと一緒にいるからいずれ結婚すると思っていた。私もお前たちのようになりたかった」

 オリヴィアの表情が曇る。

「……私は身分が違いすぎて届きません」

 上級クラスにいてもオリヴィアは一般人。貴族であるリオンは、嫁となると相応の相手と結婚しなければならない。

 それをアンジェリカは思い出す。

「悪かった。そうだな。お前は特待生だったな」

 すると、オリヴィアが言うのだ。

「私は……リオンさんはアンジェリカさんが好きなのかも知れないと思っていました」

「何故だ?」

 お湯で泡を洗い流しながら、アンジェリカはオリヴィアの言葉を待った。

「あそこまでして守ろうとしましたから。それが羨ましくて。私の時はどうなんだろう、って考えると苦しくて」

「……私が? それこそあり得ない。私は酷い女だぞ。でなければ、殿下に捨てられることもなかったさ」

 二人は無言で洗い終わると湯船につかり、そして景色を眺めていた。



 二人が風呂に入っている。

 俺はこのチャンスを逃すつもりはない。

「へへ、待っていたぜ、この時を」

 興奮して目が血走ってきてしまう。

 白い湯気と懐かしき香りに魂が震えてくる。この浮島は俺の庭だ。どこで何をしようが俺の自由だ。

「待ちに待ったイベントだ!」

 近くに浮かんでいるルクシオンが告げる。

『成功したようで何よりです。おかずは焼き魚になりますがよろしいですか?』

「あぁ、早くしてくれ!」

 テーブルの上には白い湯気を出す炊きたての白米。

 まだ味噌はないのでお吸い物を真似た何か。

 川魚の塩焼き。

 きっとあの二人には理解されないだろうが、俺はこの時をどれだけ楽しみにしてきたことか……。

「涙が出てくる」

『良かったですね。幸せをかみしめながら私を崇めて良いんですよ』

「今だけはお前を許せちゃう。さて、食べるか」

 食べてみると味は似ているが微妙に違った。しかし、それでも白米だ。焼き魚を箸でほぐして身を取りご飯に乗せてからかきこむ。

「あ~、幸せ」

『幸せそうですね。おや? 何やら飛行船が近づいてきているようですね』

 食事中にルクシオンが、実家に近づく飛行船を発見した。



 バルカスは朝から慌ただしくしていた。

「リュース、食事の用意は順調か?」

「えぇ、そっちは大丈夫だけど……ほ、本当に泊めるの? 嫌とか言うんじゃないのよ。でも、お姫様を家に泊めるなんて」

 理由は帰省してきたリオンにある。

 リオンの父親であるバルカスは頭を抱えたくなった。

「あの馬鹿、殿下に喧嘩を売ったと思えば今度は公爵令嬢を連れてくるとかどういう事だ。もっと俺の心臓を労れよ。ショック死したらあいつのせいだ!」

 辺境の男爵家に公爵家の娘が来るなど思ってもいなかったため、朝から大慌てで準備をしていた。

 朝早くに飛行船で戻ってきたリオン。

 そこから慌てて準備をしているのだ。

 公爵家の侍女が台所に顔を出す。

「失礼いたします。お借りしたお部屋の用意がすみましたので、こちらのお手伝いに伺ったのですが」

 侍女が来ている服はシックなメイド服だった。

 教育されており、どう考えても上級メイド――簡単に言えば、公爵家に奉公に出ている身分の高い家の娘たちだ。

 陪臣貴族の娘たち。しかし、中には陪臣でも下手な男爵家より大きな領地を持つ家もある。

 バルカスから見れば無視できない相手だった。

「いや、こちらは大丈夫なので休んでいただければ。すぐに部屋の用意を――」

「あんた、それはこの人たちがさっき終わらせたよ」

 朝から忙しいバルカス。

 そんなバルカスにまた災難が襲いかかる。

 台所まで聞こえてくるのは、怒鳴り散らす甲高い声。

「ちょっと、使用人のくせに私の命令が聞けないって言うの!」

 バルカスは両手で顔を覆った。

 台所にいるメイドに謝罪して急いで玄関に向かうと、そこにはゾラの姿があった。ルトアートとメルセも来ており、ゾラとメルセの専属奴隷も控えている。

(どうして今日に限ってこうも客が多いんだ!)

 バルカスが見たのは、公爵家のメイドに詰め寄っているゾラの姿だった。叫びたい気持ちを抑え、メイドの前に出た。

「久しぶりだな、ゾラ! 今日は一体どうしたんだ?」

 ゾラは持っていた扇子でバルカスの頬を叩く。

「どうしたですって! お前の無能な息子がいったい何をしたのか聞いていないのかしら? 王都はもう大騒ぎよ。この責任、どうとってくれるのかしらね?」

 長男のルトアートは長い髪をいじっており興味を示していなかった。メルセもバルカスに興味を持っていない。

「い、いや、それはだな……」

 いったい何から話せば良いのか、バルカスにも分からなかった。

 ここ最近、本当にめまぐるしく日常が変化しており色々とついて行けないこともある。

 現実逃避として「ニックスが早く卒業して仕事を手伝ってくれないかな~」などと考えていた。

 すると、メイドたちが玄関に集まり、並んで自分たちの主人を迎える。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

 ゾラたちが振り返ったところには、髪を下ろしたアンジェリカの姿があった。

 その後ろに隠れるようにリオンがいる。

(お前はもっと前に出ろよ!)

 息子にダメ出しをしたいが、口を出せる状況でもないので黙っているバルカス。

「騒々しい。何事か?」

 目を細めたアンジェリカを見てゾラが眉間にしわを寄せた。

「いったいどこの娘かしらね。それに、そこにいるのは大馬鹿者じゃない。隠れていないで出てきなさい」

 渋々前に出ようとするリオンを、アンジェリカが手で制した。

 リオンを馬鹿にされたので目が険しくなっている。

「お前こそ誰だ? 先に名乗ったらどうだ?」

 ゾラは口の端をピクピクと震わせる。

「待ってくれ、ゾラ。とにかく話し合おう。そうだ、皆さん中に入って。さぁ。さあ!」

 無理矢理話を区切って全員を屋敷に入れたバルカスは、今日という日を一生忘れないだろうと心の中で思い、泣いた。



「ま、まぁ、そうだったの。レッドグレイブ公爵家のお嬢様がこんな田舎に来られるとは思ってもおりませんでしたわ」

 手のひら返しがすさまじいゾラの顔を見れば、焦って冷や汗を流していた。

 内心で馬鹿な奴、などと思いながら俺はアンジェリカさんとゾラの話を聞いていた。

 二人は向かい合って座っている。

「世話になる。しかし、夫人が常に屋敷を空けているというのもおかしな話だ。嫡男が仕事の手伝いをしないのも私からすると理解しがたい。嫡男のルトアート殿は、今は何を? 軍人には見えませんし、文官職で?」

 ルトアートの奴はこの場にはいない。

 ゾラは俯いてしまっていた。

「い、今は王都で将来のために勉強をさせております」

「なるほど」

 ルトアートは二十歳だ。メルセは十九歳。

 二人とも結婚していないで、王都にあるバルトファルト家の屋敷で生活している。バルトファルト家というか……ゾラの家だ。無駄に金がかかっているが、王都ではそれでもランク的に低いらしい。

 ゾラが困っているところを見られるのは良いが、先ほどから親父が視線で「なんとかしろ」と訴えてくる。

「そ、それよりも今回はどういったご用件で?」

 下手に出ているゾラを見るのは珍しい。

 アンジェリカさんが小さく笑っていた。

「ただの観光だよ。今日は新しく発見された浮島に足を運んだ。温泉もあって良いところだ」

 ゾラが喜ぶ。

「喜んでいただけたら幸いですわ」

「あぁ、しばらく世話になるつもりだ」

 それを聞いてゾラは固まった。

「ど、どれほどの日数を予定しておられるので?」

「予定などないよ。実家から連絡が来るまでだろうな。安心すると良い、世話になる男爵家には滞在費を払うぞ。もちろん、男爵に、だが」

 それを聞いて「どうぞごゆっくり」などと言ったゾラだが……翌日には自分の子供たちを連れて王都に戻っていった。

 正直、逃げ帰るゾラを見て嬉しくてたまらなかった。アンジェリカさんに拍手したら複雑な表情をされた。「お前も苦労していたんだな」という言葉に涙が出たが、親父やお袋は俺を冷めた目で見ていたのが理解できない。
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