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 マリエは闘技場に立つ灰色の鎧を見て震えていた。


(何よ。なんなのよ。あんなに強い奴がいるなんて聞いていないわ。私は! 私はこんなの知らない!)


 ジルクを踏みつけていた足をどけると、すぐに係の者たちがジルクを救出する。命に別状はないが気絶しているようだ。


 カイルが驚いていた。


「ちょっと、これって本当に大丈夫なんですか? 四人ともほとんど何も出来ないまま負けちゃいましたよ」


 ユリウスが手を握りしめた。


 自分の白い鎧を見ている。


「――あれほどの相手だとは思っていなかった。だが、俺の鎧は王国最高の技術で作られている。マリエ、心配するな」


 マリエはぎこちない笑みを浮かべた。


(みんなそう言ってボコボコにされて終わったじゃない! 本当に役に立たないわね。そう言えば、こいつら役に立たなくて戦争パートで負けまくるから兄貴にクリアしろ、って押しつけたんだったわ)


 マリエの思考は前世のことを思い出していた。


 こんな現状を認めたくない現実逃避だったのかも知れない。


(大体兄貴が悪いのよ! 旅行に行ったのを母さんに言いつけてそのまま死んで――その後、家族の中で私の居場所がなくなって! 結婚しても式も挙げられなくて、相手に逃げられたのに助けてもくれなくて! 全部兄貴のせいよ! そうよ、それにあのリオンって奴、なんか兄貴に似ていてムカつくわ!)


 ユリウスは上着を脱ぐ。


 すると、全身タイツのようなスーツに身を包んでいた。鎧に入るためには普通の服では邪魔になるため、考えられた服装だった。


 だが、実際に目にすると――。


(なんか馬鹿っぽい。ゲームだと筋肉が浮き出てちょっと興奮したのに)


 ユリウスが鎧の中に入ると、鎧の兜の目の部分が光る。ツインアイになっており、無駄にロボットのようになっていた。


 カイルが白い鎧を見上げて羨ましそうにしていた。


「いいな~。僕もアレが欲しいです」


 マリエは首を横に振るのだった。


「騎士じゃないから駄目よ。それに、貴方はエルフだから動かせないわ」


「やってみないと分かりませんよ。僕はハーフエルフなので可能性があります」


「駄目よ。それに私は鎧を持って――」


 そこまで口にして、マリエは思った。


(あ、あれ? 亜人種と人が交配しても子供が生まれないはずじゃ……まぁ、ゲームだからその辺りは曖昧なのかも)


 ユリウスがマリエを見下ろしていた。


『マリエ、行ってくる』


 そんなユリウスに対して、マリエは頭の中で言葉を思い出す。


(確か、こういう時は――)


「はい。ユリウスの勝利を願っています」


『あぁ、頼む!』


 主人公を真似た台詞や態度。マリエは五人の前で理想の女性を演じていた。


(はぁ、疲れるわ。そもそも、ぶりっ子で頭お花畑の主人公を真似るとかマジできつい)


 第二の人生、主人公の立ち位置を奪うために頑張ってきた。


 出会う場所に張り込み主人公を追い出し、仕草やら台詞を真似て男子たちを魅了した。


 誰がどんな性格か知っているのもあるが、それらは成功していた。


 アンジェリカをかなり早い段階で追い出せそうになったのが証拠だ。しかし、そのためにイレギュラーな存在が出てきた。


 リオンだ。


(とにかくあのモブをなんとかしないと。というか、これって負けたらどうなるのかしら? ゲームだとゲームオーバーだった気がするけど)


 自分の人生がかかっているので、是非ともユリウスには勝って欲しいというのがマリエの意見だった。


(そうよ。この世界をもっと楽しまないと。他にもいろんな男と恋をして、贅沢な暮らしをするの。元の世界なんて酷いことばかり。ようやく私は幸せをつかめるの。あんなモブみたいな男に負けない!)



 闘技場に降り立つ白い鎧。


 まるで輝いているように見える鎧は、王国最強の鎧の一つだった。後で更に強いバージョンが出てくるが、現時点では最強の一角だ。


 ……他にも最強があるという事は、一番強くないとかそんな突っ込みはナシだ。


『まさか俺まで順番が回ってくるとは思わなかった。誇るが良い』


 尊大な態度を前に、俺は観客たちの祈るような声援が心地よかった。


 もしかしたら全財産を賭けた馬鹿もいるかも知れない。だが、勝つのは俺である。


 俺は小物であるのを自分で理解している。


 そんな俺が決闘に出たのはアロガンツがあるのも理由の一つだが、それは殿下たちがまだ一年生だからだ。


 しかも一学期が終わった段階などまだ成長し始めたばかりに等しい。これから強くなる逸材たちも、今の段階では経験不足で実力不足。


 叩くなら今。俺にとって都合が良かったのだ。


「雑魚を倒して誇っても……ねぇ?」


 煽ってみるが殿下の反応が薄い。


 左手に盾を持ち、そして右手に剣を持った。


 バックパックから両肩にかかるような砲が二門取り付けられており、回転式の弾倉をしていた。


 随分と豪華な鎧は、まさに王子様の鎧と呼ぶに相応しい。


 主人公が本来結ばれるべき相手……だったはずなのだ。


「殿下、一つ質問をよろしいですか?」


『答えられることなら』


「特待生のオリヴィアさんをどう思います?」


 しかし、殿下の反応は薄かった。何故、そんな質問をされるのか分かっていない様子だった。


『オリヴィアというのか? 頑張っていると聞いているが、それがどうした?』


「……そうですか」


 俺もスコップを構える。よく考えるとシュールな光景だ。だが、今からブレードに持ち替えても良いものだろうか?


 ここまでスコップで来たのなら、最後までスコップで戦った方が良いかもしれない。


 審判が少し苦しそうな顔をしていた。


 だが、腕を上げて振り下ろす。


『はじめっ!』


 しかし、開始の合図があっても両者動かなかった。


 殿下は盾を前に出す形で待ちの姿勢を見せている。


 ルクシオンは冷静だった。


『これまでの戦いを見て後手に回りますか。駄目な人ですね。性能差は歴然でしょうに。他の鎧よりも優秀そうですが、本当にそれだけの鎧ですね』


「なら仕掛けるだけだ」


 アロガンツが大きく踏み込み、スコップで盾を突く。すると、殿下は攻撃を受け流して右手に持った剣で斬りかかってきた。


 スコップの持ち手の部分で受け止めると、火花が発生する。


『まだまだあぁぁ!』


 盾と剣を使って連続攻撃。


 それをスコップで受け止め、弾きながら下がる。殿下が俺を押していると、周囲からは熱のこもった声援が送られていた。


「こいつら、賭けに負けたくないだけだろうに」


『マスターが負けることで溜飲も下がるのでしょう。先ほどもそうですが、随分気持ちよく説教をしていましたからね。観客からすれば、マスターは“ウゼェ”のでは?』


「そういう言葉を使うんじゃありません! おっと!」


 殿下の鋭い突きが目の前に迫り、地面を滑るように移動して下がる。それは向こうも同じで、スケートのように地面を滑り移動して斬りかかってくる。


 受け止めると、殿下の声が聞こえてきた。


『俺は負けられない。俺の勝利を願ってくれる彼女のためにも――負けられないんだぁぁぁ!』


 気持ちがこもったのか、刃が輝きを増していく。


 鎧の背中から青い炎が出て殿下の鎧は凄く綺麗だった。


『芸術的な価値を認めます』


「お前にしては褒めるじゃないか。けどね、こっちも引き下がれないんだよ」


 気迫のこもった一撃一撃をスコップで受け止め、弾く。鎧の中身――操縦者の技量はあちらの方が上なのはよく分かる。


「王太子殿下、流石ですね。前の四人より随分と気迫が違いますよ。やっぱり、前の四人は心の中で思っていたんじゃないですか? 一人減れば自分とマリエちゃんの時間が増えるから、殿下消えてくれないかな、って!」


『戯れ言を言うな! お前に俺たちの何が分かる!』


 白い鎧の背負っている青い炎が更に強くなり、勢いを増していた。圧倒的な性能差を覆そうと、鎧に無理をさせているのが分かった。


 それだけ本気なのだろうが……。


「何も分かりませんけどね。このままが良いとは思えないんですよ」


 観客席――オリヴィアさんとアンジェリカさんを見れば、こちらを見ていた。


 両手を組んで祈るように俺を応援しているオリヴィアさん。


 アンジェリカさんは複雑な顔をしていた。俺が殿下と戦っているのが嫌なのだろう。


 俺は殿下と話をする。


「殿下、真剣に他者を愛するってどういう気持ちですか? 俺、そういう気持ちが分からないんですよね」


『だろうな。だから他人の邪魔が平気で出来るんだ。本当に誰かを愛したことがあるのなら、こんな決闘騒ぎなど起こさないだろうさ! 本当に愛しているのなら、潔く身を引けば良い!』


「アンジェリカさんのことですか? いや~、殿下を愛していると思いますよ」


『――じゃない』


「え?」


 背中の炎が勢いを増すと、殿下の鎧はスピードを上げた。


 どの相手よりも素早く移動して斬りかかってくる。


 それだけ本気なのだろう。


『あいつの気持ちが愛である訳がない! あいつは俺の気持ちなど察しなかった! 宮廷の女と同じだ。俺に王族としての生き方を強要する! 俺は王族として生まれたくなどなかった。誰も俺を見ない宮廷での生活など――』


 仕方がないじゃない。だってあんた王族だし。


 そう言えれば良いのだろうが、本人としてみれば好きで王族に生まれた訳でもない。


『マリエだけが俺の気持ちに気づいてくれた女性だった』


 宮廷にはいないタイプの女性で、気になっている内にコロッと騙されたわけだ。


 本来縁があったのはオリヴィアさんのはずだ。ゲーム的には、だが。


 転生者のせいで駄目になった結果がこれだ。


 野郎五人が手玉に取られ、とんでもない恥をさらしている。


『偉そうなことを言っているお前も同じだ! お前の言葉は薄っぺらいんだ! 今のお前は、大きな力を手に入れて傲慢になっただけの男だ! 楽しいか? それだけの力で他を圧倒し、上から目線で説教する気分はどんな気持ちだ!』


「――最高だね!!」


『なっ!?』


 殿下の鎧を蹴り飛ばすと、盾で防がれた。後ろに吹き飛ぶ瞬間に、両肩のキャノンで砲撃されたがガードはしなかった。


 アロガンツは揺るがない。傷一つ付かなかった。


「もう最高の気分だよ! あれだけ威張り散らしていた威勢の良いお前らを、圧倒的な力でねじ伏せて説教すると気分が晴れる。言い返せないお前のお仲間もどうかと思うけどさ。まぁ、負けた癖に言い返すしか出来ない姿も惨めさを誘うだけだよな! そして教えてやるよ。俺は確かに傲慢かも知れないが、お前らはそんな俺にも勝てない訳だ。その辺の気持ちはどうだ? 格下に見ていた奴に負ける気分はどうですか、王子様!」


『貴様はぁぁぁ!』


 圧倒的な力で相手をねじ伏せ説教する。


 病みつきになりそうだ。


 しかも、相手は俺を見下していた連中……罪悪感が薄いのもポイントだろう。


 ルクシオンが俺に同意してきた。


 こいつの声は外に漏れない。俺との会話も外に漏らさない。とても有能なのだが……。


『マスター程度を論破できない時点で終わりです。もっとも、負けたショックで言い返せなかったのでしょう。それにしてもゴミみたいな人間性ですね。感服しました』


 左手を振りかぶり、盾を殴りつけると殿下の鎧は左手に負荷がかかったのか煙を噴いていた。


 盾がゆがみ、殿下は盾を捨てる。鎧の指が折れ、曲がっておりもう使い物にならなくなっているのが見えた。


「それから一つ言っておく。お前の気持ちなんか知るか、ば~か! 大体、お前は俺の気持ちが分かるのかよ! それにアンジェリカさんの気持ちだって――」


『黙れぇぇぇ!』


 斬りかかってくるのでスコップで鍔迫り合いを行い、頭部を付き合わせる。重量差があり、大きさもこちらが上だ。


 殿下の鎧が覆い被さられている形に見えるだろう。


「何が王族に生まれたくなかった、だ。お前、変態婆に売られそうになったことがあるのかよ? 女子にペコペコ頭を下げて、嫁に来てくださいって頼んだ経験は? 田舎は嫌だとか、愛人も支援しろと言われたことは? 惨めだぞ。結婚して生活の支援を全てするのに、愛は愛人と育むとか言われた気持ちが分かるかぁぁぁ!」


 マジで言われたし、俺に同意する男子もきっと多いはずだ。


 観客席で頷く、もしくは涙を流して同意している男子たちの姿が見えた。


 みんな……俺、今この世間知らずのボンボンに天誅を下すから、その場から見ていてくれ!


『そ、そんな事がどうしたというのだ! お前らは自由じゃないか! 良い相手を見つければ良いだけだ!』


 腹が立ったので何回も殴りつける。その度に、白い鎧は揺らされ殿下の耐えるような声が聞こえてくるのだった。


「自由!? 良い相手を見つけろ? 俺みたいに必死に生きてきた男が自由! 馬鹿にするなよ、このボンボンが! お前、純潔の危機を感じながら! 命がけで! 小さな船で! 空に船出が出来るのかよ! あんな美人な婚約者がいて、他の女と遊んでいるのも許されて……何が王族に生まれたくなかった、だ。エンジョイしまくりじゃないか! 出直してこい!」


『遊びではない! 本気だ!』


「なお悪いわ!」


 子爵家の娘ならギリギリ妾とか、愛人でもいけたはずだ。行けたか?


 詳しくは知らないが、公爵令嬢をないがしろにする理由にはならない。


 そもそもの話――こんなのが将来のトップとか、王国は大丈夫なのか?


 将来の有力貴族たちもそうだ。


 みんなで同じ女性を囲っていますとか、問題しかない。


 スコップのフルスイングで剣を吹き飛ばし、腕を掴んで握りつぶした。


 両腕を使えなくすると、距離を取って砲で攻撃を仕掛けてくる。


 それを避け、弾切れを待った。


 弾数にも限りがあるので、すぐに弾切れを起こした。


「はぁ……もういいだろう? 遊びは終わり。お前の相手はあっち。分かった?」


 親指で観客席――アンジェリカさんを指さすと、彼女は悲しそうな顔をしていた。身を乗り出して殿下の言葉を待っている。


 アンジェリカさんは殿下が好きだ。いや、愛していると言って良い。この決闘も、彼女なりに殿下からマリエという女を引き離したかったために起こしたのだ。


 戦えなくなった殿下は――。


『……まだだ』


「は?」


『まだ終わっていない。マリエを奪われるくらいなら死んだ方がマシだ! 俺は絶対に負けを認めない。殺すなら殺せ! これは決闘だ! 俺かお前が死ぬまでこの決闘を止めることを禁ずる!』


 誰にも邪魔はさせない、という意味だろう。


 開き直りやがった。


 王族がどうのこうのと言いながら、誰も止めに入るなと命令しているじゃないか。ダブルスタンダード……自分なら平気でやるが、他人がやるとイライラするな。


 しかし、こうなると相手にするのは面倒だ。


「よし、心が折れるまでいたぶるか」


 小声で呟くと、ルクシオンが呆れていた。


『最低な会話でしたね。しかし、先ほどまでのどんな言葉よりも実感がこもっていました。そこは評価します』


 当たり前だ。俺の実体験だぞ。


 説教で気分爽快! なんて話じゃない。



 ユリウスの白い鎧が両腕を壊しながらもリオンの鎧に殴りかかっていた。


 その姿には必死さを感じる。


 圧倒的な強さを持つリオンに立ち向かうその姿にアンジェリカは手すりを掴み、そして涙を流していた。


「本気……なのですね、殿下。本当にあの娘が好きなのですね」


 自分の気持ちは届かないのだと諦めが付いたアンジェリカは、涙を拭う。


(そうだな。身を引こう。殿下が望まれないのなら私は身を引く)


 視線は円状の観客席の反対側に向かう。


 青い表情をしたマリエの顔を睨み付けた。


(だが、お前だけは認めない。殿下の隣に立つのはお前ではない。お前では殿下の邪魔をするだけだ。それだけは許さない)


 諦めてなお、アンジェリカはマリエをユリウスから引き離そうとする。それがユリウスのためになると思っていた。


 愛人を側に置き、他に四人もの男性と関係を持つ女――単純にそんな女を王妃の座につかせるわけにはいかなかった。


 短期間で五人も籠絡した女だ。


 この後もどんどん男を増やしていくのだろう。


 そんなマリエが王妃になったら、争いの種が激増するのは目に見えている。


 そして、王宮もそれを黙っている訳がない。


 ユリウスがボロボロになるのを見て青ざめ、そして狼狽するマリエをアンジェリカは睨み付けていた。


(例え私がどうなろうとも、お前だけは引きずり下ろして道連れだ。絶対に殿下を好きにはさせない)


 ユリウスが愛していると宣言した女性との関係を引き裂くのは心が痛むが、アンジェリカはそれだけはどんな手を使っても実行するつもりでいた。


 すると――。


「ま、間違っています!」


 ――オリヴィアが声を張り上げた。


「確かに王太子殿下はマリエさんを愛しているかも知れません。でも、でも! アンジェリカさんだって王太子殿下を愛しています! だって、ずっと、ずっと苦しそうにこの戦いを見守っているんですよ! 見ているのも辛いのに、目を背けないで悲しそうに見ているんです! 愛じゃないなんて言わないでください!」


 アンジェリカは焦ってオリヴィアに声をかける。


「お、おい、止めろ」


 興奮しているようなので肩を掴んで引き下がらせようとするが、オリヴィアは止まらなかった。


 よく通る声で、そして人を惹き付ける声で叫ぶ。


 闘技場内にいる観客――生徒や教師たちの視線を集めた。


「どうして否定するんですか! 相思相愛でなければ愛じゃないんですか?」


「良いから止めろ。オリヴィア、もう止せ!」


「いいえ、言わせて貰います。アンジェリカさんの気持ちは愛です。受け取る、受け取らないは本人の自由です。けど、否定なんてしないでください!」


 オリヴィアの言葉はマリエにも届いていた。



 ……腹が立つ。


 マリエは素直にそう思った。


(これだから良い子ちゃんは嫌なのよ。頭お花畑なんじゃないの? 一方的な気持ちなんて愛じゃなくて迷惑よ! 本当にイライラするわ。こいつの台詞ってイライラするのよね)


 マリエとはそもそも考えが異なっていた。


 だが、その透き通った声で周りの心を掴むオリヴィアを前に、マリエは悔しさを顔ににじませていた。


 本物を見せつけられているような気になった。


 それは、自分が偽物だと自覚していることも大きい。


 本来彼女がいるべき場所を奪った。


 美形で金も権力も持っている男たちを侍らせるのは、本来はオリヴィアだったのだ。その立ち位置を奪ってなお、彼女は輝いている。


(少し強いモブを味方にしたからって何よ。私にはみんながいるわ。そんな強いだけの三枚目みたいなお笑い担当のモブなんかより、みんなの方が絶対に良いに決まっている)


 まっすぐにオリヴィアはマリエを見ていた。


 その目が怖かった。


 まるで偽っている自分を見抜かれるような感覚に一歩だけ後ろに下がった。


 マリエには、嘘で塗り固めたお前から自分の居場所を取り戻すと言っているように見えた。


 そんな時だ。


『言いたいことは――それだけか、女』


 ユリウスが声を絞り出している。


 鎧の中から喋っているので声がくぐもっているが、ユリウスはオリヴィアに言い返した。その口調は怒気を孕んでいる。


『一方的に押しつけるのが愛だと? 俺を王子としか見ていないその女の気持ちが愛? 俺は……俺個人を見てくれる女性を見つけた。そして分かったんだ。これが愛だ。これこそが愛だ! アンジェリカ、お前は俺を理解しようとしたか? お前の気持ちは押しつけだ。愛じゃない。もう、二度と俺に関わるな!』


 ユリウスの声にマリエは持ち直した。


(そ、そうよ。私は間違っていないわ。間違っているのはあっちよ。何よ、主人公と悪役令嬢が並んじゃって。ゲームだと思いっきり争っていたじゃない。さっさと喧嘩しなさいよ!)


 ユリウスはまだ戦うつもりだった。


『さぁ、続きを始めようか。どちらかが死ぬまでこの決闘は終わらない。俺は覚悟を決めたぞ。お前はどうだ!』


 灰色の鎧はスコップを担いでただ立っているだけだった。


(ユリウスは王太子。貴族なら空気を読みなさいよ。あんた、自国の王子様を殺す気? さっさと負けを認めなさいよね)


 すると、リオンは……先ほど以上にユリウスを責め立てた。


『覚悟を決めた、ですか? 今まで覚悟もなく戦っていたと? 負けそうになってようやく決める覚悟ってなんですか? 馬鹿にしているんですか? というかさぁ……決闘ってそもそもそういうものだから。学園内の暗黙のルールがあるから命は取らないだけで、本気になったらすぐに終わっていたんだよ。気が付かなかったの? これなら五人同時に相手にしても良かったわ。その方が楽に終わったし。自分たちの方が強いって自信満々にしていたから警戒したけど、想像以上の弱さだったよ。勘弁してよ。これだと……俺が弱い者いじめをしているみたいじゃないか』


 揚げ足取りに加え、徹底的にユリウスたちを虚仮にしていた。


 マリエは思った。


(な、なんなのよ、こいつ。まるで兄貴みたいにネチネチと人の揚げ足取りをして嫌な奴!)


『今まで覚悟が決まってなかったけど、ボロボロになって負けそうだから覚悟が出来た、ですか。自分の命を盾にして勝ちを得ようとする執念は認めますよ。こう言えば俺が引くんだろうな、って淡い期待があるのが見え見えでドン引きですけどね。流石に俺も王太子殿下は殺せないし負けを認めてあげようかな。良かったね。君は王太子殿下だから戦いに勝利するんだよ。王子として生まれたくなかったと言いながら、立場を最大限に利用するその強かさは賞賛に値しますよ』


 闘技場内にいる全員が思っただろう。


 ――こいつ最低だ、と。


 辛辣に責め立てているが、正論もあるだけに的外れでもなかった。実際、ユリウスは言い返せずに動かない。リオンが心動かされるかも知れないという淡い期待が、本人にもわずかにあったのだろう。


 だが、リオンは小揺るぎもしなかった。


『ほら、負けてくださいって言えよ。僕は大好きなマリエちゃんと離れたくないから、勝たせてくださいってお願いしろよ。負けるなんて思っていなかったんです。許してくださいってお願いしてごらん』


 ユリウスが反論した。


『で、出来るわけがないだろう! これは神聖な決闘だ。互いに全力で戦うのが礼儀だ!』


『え? 気を利かせてお前が負けを認めろ、って? 王太子殿下、それはきついっすわ~。どう見てもここで負けを認めたら神聖な決闘の侮辱じゃないですか~。ここからどうやっても逆転できそうにないし。それとも俺の気持ちを動かすような名演説でもはじめます? まぁ、心が動かされるとは絶対に思いませんけどね。五人が五人とも、聞いていて首をかしげたくなる戯言ばかり。俺の心は一ミリも動かされませんでしたよ。逆にここまで嘘くさい台詞をよく言えると感心しましたけどね』


 闘技場内の雰囲気は最悪だった。


 王太子殿下を煽っているリオンに不満が募っている。観客席からは「王太子殿下、そんな奴やっつけて!」という女子の声が徐々に大きくなっていた。


(こいつ気持ち悪い。どこにでもこんな最低男がいるのね)


 女子のほとんど、そして男子もリオンに罵声を浴びせていた。



 アロガンツの中、俺は小さく溜息を吐いた。


 ルクシオンは俺のことを最低野郎と言ってくる。


『よくもあそこまで言えたものですね。気分は最高、という状態ですか?』


「やり過ぎたとは思っているよ。けど、五人とも少しは自覚して貰わないと俺が困る。こいつら、今はこれでも将来は国の中核だからな」


 そう、五人が五人とも今のままでは困るのだ。せめて、上には上がいるのだと自覚して貰わないと困ったことになる。


『悪役に徹したとでも? 随分楽しそうでしたが?』


「……正直、めっちゃ楽しかったよ。まぁ、二度としないだろうけど」


 闘技場内は俺が悪役で、殿下を応援する声が強い。


 それでいい。


 俺は周囲から罵声を浴びせられながら、殿下に近づいた。


 殴りかかってきたので受け止めて捕まえる。


「……殿下、俺は引きませんよ」


『離せ。離せぇぇぇ! この騎士道も知らぬ獣以下の外道が! 例えお前に勝てなくとも俺は戦いを止めるつもりは――』


 暴れ回る白い鎧を、アロガンツは余裕で押さえつけていた。


 性能差があって本当に良かった。


「真面目な話をしようか。お前、本当にこのまま幸せになれると思っているの?」


『な、何が言いたい!』


 婚約者を侮辱し、男を侍らせている女との愛を本物だと言う。こんな奴が将来の国王だと思うと涙が出てくる。


 周りはやはり学生気分で気が付いていない。いや、気が付いていても見ないようにしている気がする。


 将来的にマリエを中心に火種が発生するのが目に見えているのだ。


 五人の男に囲まれている女がいたとして、そいつが産んだ子供は誰の子だ? きっと誰かが疑うし、その疑問を利用する輩も絶対に出てくる。


 そうなったら、こいつはどうする?


 途中で目が覚めて跡取りを生んでくれる女性を迎えるのか?


 まぁ、その前に、だ。


 王太子殿下とは言っても、この世界では後ろ盾が必要になってくる。力のある大臣やら諸侯――領主貴族たちだ。


 誰もが認めない王がいても政治は上手くいかない。


 派閥やら何やらと、王も大変なのである。


 そして、この王太子殿下を調べたら、最大の支援者というか後ろ盾が公爵家だった。アンジェリカさんの実家である。


 派閥をまとめ、殿下の王位継承を後押ししている。


 こいつ、自分から最大の支援者を敵に回そうとしているのだ。


 ゲームではそこに聖女が出てきていたが、問題はマリエが聖女ではないということだ。上手くやっている転生者にすぎない。


 つまり……俺と同じモブなのだ。


 いつかヘマをしそうだ。いや、もう半ば詰んでいる気もする。


 俺がマリエの尻拭いをしてやっているようなものだ。お前は前世の俺の妹かと言ってやりたい。


「愛? 素晴らしいね。王位継承権を捨ててまでも手に入れたいその心意気は認めますよ」


『……っ!』


 こいつはそれも分かっていたのだろう。


 分かっていてもマリエを選んだらしい。


「やっぱり今の地位を捨ててでも、ですか」


『愚かだと笑うか? だが、それだけの女性を俺は得た。地位や名誉もいらない。あいつだけいてくれればそれで……』


「相手は地位や名誉も込みで王太子殿下が欲しいと思いますけどね。ただの殿下なんて見向きもしないと思いますよ」


 地位も名誉も財産も、全て失ったらきっとマリエは見向きもしなくなるのでは? 俺にはそう思えて仕方がない。


『そんな事はない! マリエは付いてきてくれる。俺は――俺たちはマリエさえいてくれれば』


 ここまで言わせるのだから、マリエという女も恐ろしい女だ。ただの主人公の真似だけでここまで言わせられるというのも才能だろう。


 そんな奴に真実の愛があるとも思えないが。


 そもそも、愛しているのなら男を六人も侍らさないだろう。


「それは良かったですね。でも、負けるんだから今後は付き合いを遠慮してください」


 俺は殿下を解放するとスコップで思いっきり叩いた。


 白い鎧がへこみ、そして中にいる殿下は大きく揺らされ体勢を崩した。


 ルクシオンが準備は整ったと知らせてくれる。


『解析終了しました。パイロットの安全は確保可能です』


「手加減って難しいよね。ほら、これでおしまいだ」


 スコップを手放し、右手で殿下の鎧の胸部装甲に触れた。掌を当てるとアロガンツの右腕の装甲が展開。内部が光を放ち、そして次の瞬間に。


『インパクト』


 ルクシオンの言葉と同時に、衝撃が起きて殿下の鎧が粉々に吹き飛んだ。一瞬でバラバラになった鎧に、観客たちは絶叫する。


 鎧は砕け散ったが、俺は左手で殿下を受け止める。


 気を失っているため抵抗せずにいてくれて楽だった。


 右腕が元に戻ると、俺は手放したスコップを回収した。


 静まりかえる闘技場。


 俺は審判に視線を送ると、審判は勝利宣言の前に医者を送ってきて殿下の安全を確認していた。


 幸い、気を失っているだけだと分かると項垂れるように勝者を宣言した。


『勝者、リオン・フォウ・バルトファルト――よって、決闘の勝者はアンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ。両者、決闘の誓いに則り――』


 決闘に負けた方は勝者に従えと言って終了が宣言された。この瞬間、闘技場内には殿下たちに賭けた証拠の青い札が舞う。


 絶叫と罵声が入り交じったなんとも心地よい響きに包まれた。


 俺への罵声が実に心地よい。


「金返せ!」

「インチキだ! こんな決闘が認められるものか!」

「返してよ。私のお金を返してよ!」


 俺はスコップを掲げ、そのまま会場内をゆっくり飛行して観客たちの顔を録画して回った。


 どいつもこいつも絶望した顔をしているが、中には俺に賭けた奴もいるのか赤い札をポケットに大事にしまい込んでいた。


「みんな……賭け事は程々にね!」


 そう言って煽ってやったら、ゴミなどを投げつけられる。しかし、華麗にそれらを避けながら高笑いをしてオリヴィアさんたちの所に戻った。


 着地して鎧を脱ぐと、ボックスの中に鎧を戻す。すると、鎧が収納されてボックスは空へと戻っていった。


「……回収できるんだよな?」


『当たり前じゃないですか』


 箱が空に消え、そして俺はオリヴィアさんから上着を受け取って羽織った。


「どうだ、お嬢様。見事に勝ってまいりましたよ」


 アンジェリカさんは複雑そうな顔をしていた。


 まぁ、愛しの殿下をボコボコにした俺に、複雑な感情を抱くのは仕方がない。


「そうだな。礼を言おう」


 礼を言うような顔ではない。表情は青く、どうにも殿下のことを気にしている様子だった。


 だから俺は真顔で告げた。


「怪我はさせていない。気を失っているだけなのは本当だよ」


 何かミスがあったとしたらルクシオンのせいだ。俺のせいじゃない。


 オリヴィアさんも複雑そうな顔をしている。何よりも、周囲を見て危機感を覚えたらしい。


「あ、あの、これで本当に良かったんですか? 周りの方たちの視線が」


 俺を視線で射殺さんばかりに睨み付けてくる生徒たち。


 罵声を浴びせてくる奴や、泣いている奴もいた。


「どうするんだよ! お前のせいで全財産が!」

「お願いだから返して! 借金なの。借金したお金で賭けたの!」

「こんな賭けが認められるかよ!」


 世の中を舐めている貴族の子供たちには良い薬だろう。借金をしたという話もあるが、する方が馬鹿なのだ。


「放置で良いよ。あいつらは賭け事で全財産をすったんだ。自業自得。良い勉強になったことだし、授業料と割り切って貰うさ」


 アンジェリカさんが溜息を吐く。


「よく言う。こうなると分かって自分も大金を賭けたんだろうが。今回の件、助かった。ありがとう。……礼は後でするとしよう。私は殿下の所へ向かう」


 アンジェリカさんがその場を足早に離れていくのを見て、俺もオリヴィアさんと更衣室へと移動したのだった。


 オリヴィアさんが心配そうに俺を見る。


「リオンさん、どうしてあんなに酷いことを殿下たちに言ったんですか? 黙っている方が良かったですよね?」


 道すがら話をしたのだが、オリヴィアさんはどうにも俺に幻想を抱いているらしい。


 というか、どうしてこんなに俺に優しいのだろう?


 特別に何かした記憶はあまりない。


 学園で話をするのが俺だけで、周囲の状況から仲良くなっている気はするが……少し問題だな。


「俺にヘイトが集まる方が良かったから。それだけだね」


「良いんですか? あ、あの、結婚とかこの先不安になると思うんですけど」


「あぁ、それは大丈夫。俺、退学になるだろうし」


 俺の言葉にオリヴィアさんが「へ?」と間の抜けた声を出した。


 しかし、美人は得である。そんな表情でも可愛く見えるのだから。


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いや、最高ですね。 爽快、ここに極まれり。
[気になる点] 主人公の立場奪っても勢力図を支える前提条件の聖女じゃないんだから全員身を崩すって分かるだろうに本当に元妹は何考えて…何も考えてないからできるのか 実家から金借りたって言ってたやつは降…
[良い点] もうお前ら結婚してくれ!オリヴィアと主人公!
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