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全てを思い出した私は、震える肩を押さえるため自分を両手で包みこむ。
「・・・そうだったわ。私はこの世に生まれてはいけない子だったのに」
誰もいない部屋に私の声が響く。
それを思い出し、私はどうすればいいのかわからなくなった。
私がここで命をたったらすべてが丸く収まるのだろうか。
お父様もお母様も助かり、クラウス様もリアーシャ様もトレース陛下も幸せになれるの?
その考えに私は首を横に振る。
「今更だわ・・・。今更私が死んだところで、お父様やお母様が開放されるわけではない・・・」
リアーシャ様がクラウス様と幸せになれるとは思えない。
もう、今更私が命を立ったところで何も変わらないのだ。
そう思うと、私は心が決まった。
もう迷う事はない。
「・・・・幼いころになくしててもおかしくない命。今こそ、命をかけて守らなければ」
お父様もお母様も、クラウス様もリアーシャ様も、トレース陛下も。
そして、間違っていたことを全て正そう。
私は、椅子から立ち上がると、先程トレース陛下が出ていった扉に手をかけた。
鍵がかかっているかと思ったが、そこに鍵はかけられていなかった。
その扉を開け、私は部屋を後にした。
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散々歩き回って、やっとの思いで庭に出た。
そこは、何度見ても祖国を思い出させるような緑に囲まれていた。
「・・・ジュリア」
庭に出たところで声をかけられ、驚いて声のする方を振り向いた。
「トレース陛下」
思いの他、冷静に声を出せた。
トレース陛下はにこりと笑って、ゆっくりと私の側にやってきた。
「クラウスのところへ行くのかい?」
その言葉は、咎めるでもなく悲しみにくれるでもなく淡々と紡がれていた。
「・・・クラウス様のところだけではありません。リアーシャ様にも父や母・・・・そして、イングランシャ国王様の元に」
「そうか。でも、そう簡単に行かせない。・・・そう言ったら?」
その言葉に私は、トレース陛下を静かに見つめる。
その視線に、トレース陛下は表情を崩さず見つめ返してくる。
この視線に私は懐かしさを覚えた。
「・・・・いつも、見守ってくださっていたのですね?」
私の言葉に、トレース陛下は少し驚いたように目を丸くした。
「思いだしました。いつも私に逢いに来てくださっていたことを・・・・」
私はそのことを思い出してクスリと笑う。
「貴方とクラウス様がふざけては、私は笑い転げてました」
「・・・そうだったかな?」
わざとらしく首をかしげるトレース陛下。
「私は、あの頃必要のない人間だと、生きていてはいけない人間だったのだと知ったばかりで、泣き暮らしていました。そんな私を笑顔にしようと必死に色々なことをしてくださいましたよね?毎日、逢いに来てくださいましたね。それが、どんなに嬉しかったかわかりますか?そして、お2人は約束してくださいました。辛いときには必ず側にいるからと・・・・」
思わず自分の思い出を抱え込むように、両手をきゅっと胸の前で握る。
それは大事な大事な思い出だった。
「・・・貴方達が戻られてから、私にはリアーシャ様という主であり、友ができました。彼女とすごす日々はとてもきらきらとして楽しいものでした。そう思わせてくださったのも、貴方方がつらい時私を励ましてくださったから・・・。私は前に進むことができたのです」
そっとトレース陛下に視線を合わせると、彼はこちらを見た。
「・・・・君がどう思っているかは知らないが、私は私の為に昔も今も動いている。そして、君をここに連れてきた。それはわかっている?」
なんの感情も浮かばないその表情に私は頷いた。
「・・・えぇ。・・・本気で私をリアーシャ様として傍に置くつもりがおありですか?」
「あぁ、もちろんだ」
私の問いにトレース陛下はにやりと笑い、すかさず答えてきた。
「たとえ、私がクラウス様を愛していたとしても、貴方はそれでよろしいのですか?」
その言葉にトレース陛下は、ピクリと眉を寄せた。だが、それは一瞬で再び笑みを張り付けたような表情になった。
「・・・構わないさ。そのうち、君もクラウスを忘れる」
「いいえ。私は、どんなことがあってもクラウス様を愛する気持ちを忘れたりは致しません」
きっぱりとそういえば、トレース陛下はいきなり私の腕を引き顎をつかんだ。
「・・・君がそう思っていても、クラウスはどうかな?私が君を抱いたとしたら、クラウスは君のことを忘れるだろう?」
間近に迫るトレース陛下の視線をしっかりと受け止める。
「それでも・・・。それでも、私の心はすでにクラウス様に捧げています。決して貴方に向くことはありません」
そう言い切ると、トレース陛下はクシャリと顔を歪め私を突き飛ばした。
私は、いきなりの事に体がよろけ地面に倒れた。