五里霧中
熱い、痛い、無い。
右腕が無い。
「ぁ、ぐっ……」
口が上手く動かせない、呼吸もしにくい。
他にダメージは。あまり動いては駄目、とにかく止血を。
どうすればいい。
どうすれば、私は助かる。
「今向かうよっ!!!!」
駆けつけてきたお姉ちゃんは服を破り、私の右腕を強く縛った。途中、ロイコサイトの侵攻を抑えるために銃撃も行う。
空薬莢が怖いよ、お姉ちゃん。冷静になって。
「よくもリデルを……ッ!?」
突如、お姉ちゃんの目が大きく開いた。呆気にとられたような、やっぱりといったような、悪い予感が的中したという顔をしていた。
「やっぱり、あんたの仕業だったのね」
空が歪んだ。同時にロイコサイト達が突撃してきて、その奥から雰囲気が全く異なるロイコサイトが現れる。
先程までの赤錆でくたびれた機械達とは違う。洗練された見た目に、豊富な武装。
人の姿にも近いそいつは、かつて私達の育ての親を奪った相手だった。
「ベイヤルドさんに留まらず、今度はリデルを……レサイトッ!! あの日の誓い、果たさせて貰うッ!!!!」
お姉ちゃんは突撃してきたロイコサイト達を一掃し、真っすぐレサイトに向かう。
その姿はまさしく鬼神、その辺に落ちている錆クズを投げつけ、ライフルで狙い撃ち、ガトリングで削り、格闘で正面から押さえ込む。
しかし、その全てに有効打は見られなかった。レサイトも右腕にガトリングを持っており、接近戦でガトリングの鍔迫り合いが起きる。
「うぅ……ゴホッ、グッ!」
助けないと。お姉ちゃんが辛そうな顔をしているなら、妹の私が支えないと。
痛くても立ち上がれ、お腹に力が入らなくても、やるべきことがあるなら。
ーー地下室、武器庫が無事なら、あれならば。
「このッ、さっさと砕けろ!!!」
お姉ちゃん、最初の勢いが無くなってきてる。急がないと。
地下室の入り口が家の中じゃなくて側で良かった。瓦礫が割と少ない、くっ、運動は苦手なのよ、なんとか片手で……よしっ!
あれだ、ロケットガン。ただの筒みたいな見た目だけれど、その威力は折り紙付き。
今のうちに一発だけ装弾、特別に作った炸裂弾ならあいつにだって。左ポケットには予備として通常の弾を入れて、ロケットガン本体は片手でなんとか扱ってみせる。
私は地下室から這い出し、崩れた自宅を遮蔽物にしてロケットガンを構える。
「おね……ゲフッ、お姉ちゃん!!!!」
「リデル!?」
「当たれぇーッ!!!」
左手が痺れる。反動でロケットガンはバラバラになり、そのパーツの一つ一つが私の顔を掠め、思わず後ろへ倒れてしまった。
「あがっ!」
衝撃が。駄目、もうこれ以上、は。
ーーお姉、ちゃん。
「任せてっ、リデル!
あの日、ベイヤルドさんと右腕を失った因縁も、これで終わりだァッ!! レサイトォッ!!!!」
やっぱり、最強だなぁ。
「ーーえ?」
つ、冷たい。
雨粒が額を跳ね、私は目を覚ました。両腕をしっかりと使って起き上がり、周りを見渡す。
「……ここは?」
死んで地獄にでも来たのだと思った。霧で遠くが見えず、なにか黒い塊のような物が辺りに乱立している。
いや、この並びには見覚えがある。
近所の家だ。
まさか、ステイセーフだっていうの?
「っそうだ、お姉ちゃん!!」
炭となった自宅であろう所をかき分け、崩れた壁の所に向かう。霧の向こう側から現れる瓦礫がどんどんと大きくなり、ついに境目へとたどり着く。
だが、そこにはただの錆屑が転がっているだけであった。
私はひたすら叫んだ。まだ戦っているなら銃声が聞こえてくるはず、戦いは終わったんだ。
お姉ちゃんが死ぬはずがない、私を置いていくわけがない。村があんな状態でも、私達二人ならこの世界で生きていける。
誰よりも、幸せに。
雨脚が段々と強くなる。いくら叫んでも、錆屑をかき分けても、村中を走っても何も見つからない。
分かった。これは夢か、あの世なんだ。
私の記憶が作り上げた幻想、幻、蜃気楼……何もないなんておかしい、だってステイセーフには沢山の物があったから。
だからここはーー
「ゔッ!?」
嫌な匂いが私の鼻を突き刺す。
足元には脂ぎった水溜りが形成されていた。その水が流れてくる先は、避難所だった瓦礫の山。
その瓦礫の下まで探す勇気と覚悟が、今の私には無かった。
そして気づいた。ステイセーフにあった物は、命は、本当に無くなったのだと。
他にも気づいたことがある。
あの時、間違いなく私は右腕を失った。
それがどういうわけか、今こうして何の問題もなく動いている。不自然な繋ぎ目もない。
やっぱりここは夢なんだろうか。
じゃあこの服の切れ端は? 間違いなく、あの時お姉ちゃんが巻いてくれた物だ。
そもそも分からないことが多すぎる。
ロイコサイトはどうなったの? 村の外にしか残骸が無いってことは防衛に成功したの?
……だったら、あの避難所の様子は何?
正体の分からない現実に恐怖を覚える。とにかく、今の私にできることはお姉ちゃんを探すこと。
早く見つけないと。
二日目
お姉ちゃんは見つからない。村中を探しても見つからなかったから、ちょっと外に出てみた。
それでもお姉ちゃんは見つからなかった。
三日目
まだ見つからない。今日は避難所の下を調べることが出来て、皆をちゃんと見送る事が出来た。
やっぱりお姉ちゃんは居なかった。
四日目
居ない。外を探索したけど、ロイコサイトを避けていたから、あまり遠くには行けなかった。
一つの痕跡も見つからなかった。
五日目、六日目、七日目………………
お姉ちゃんは消えてしまったのかもしれない。もう二度と私の前には現れず、助けてくれないのかもしれない。
ううん、そんな事ない。お姉ちゃんは最強だから、絶対に私を助けてくれるから。
もっと、もっと遠くまで行かないと見つからない。多少危険を冒しても大丈夫。
何かあっても、お姉ちゃんがーー
「はぁっ、はぁっ!」
後ろから重い機械音と建物が崩れる音が聞こえる中、私は大通りに飛び出した。
ロイコサイトのカメラに捉えられたら、劣化しているとはいえ逃れるのは難しい。足跡など、少しの痕跡から場所を特定してくるのだ。
そう、私は今ロイコサイトから逃げている。とにかく逃げないと、足を止めてしまえば。
「……嘘でしょ」
遠くまで来たということは、土地勘がないということ。私が逃げ込んだ先は壁に囲まれ、逃げ場がない所だった。
直後、背後からズッシリとした駆動音が聞こえる。アイカメラを光らせながら、ロイコサイトは私にライフルを向けてきた。
何もない、逃げ場もない。
終わりだ。
「お、お姉、ちゃん」
早く来てよ、私は戦えないのよ。お姉ちゃんみたいに殴り飛ばして、撃ち込んで、弾を弾いたりは出来ない。早く、早く来て、お願いだから。
「お姉ちゃんッッ!!!!」
目を瞑り、大きな声で叫ぶ。いつもみたいに、任せて、って頼もしい声を聞かせて欲しかった。
しかし、その願いは叫び声と共に空へと消えていった。
ロイコサイトが引き金を引く。
ーーーーーーそうだ、もう、お姉ちゃんは。
「ッ!!!」
痛い。
「がっ、グッ!」
地面へと倒れる。
きっちり20発、私の胴体から頭にかけて放たれた。発砲音と硝煙の匂い、そして痛み。
五感のすべてが、撃たれた事を証明していた。
だが、私は動けた。
「ははっ」
なんとなく分かってた。
運動が苦手な私に、ここまでの旅はできない。気づかない間に、瓦礫をどかせる程の身体能力が身についている。
今、私は。
「ヴァスタードだ」
私は両手でゆっくり起き上がり、ロイコサイトに向かって歩いていく。
ロイコサイトのアイカメラが赤く私を捉え、再びライフルの引き金を引いた。
大丈夫、これは痛いだけ。ダメージは無い。
「確かお姉ちゃんは、こうやってェッ!!!」
左手でライフルを掴み、右手を思いっきり振り被って、ギラギラと光るアイカメラに向かって、打つ。
「かっ。これ、思ったより痛いわね」
しかもカメラにヒビが入っただけ、お姉ちゃんみたいにはいかないみたい。
そう怯んでしまった隙に、私は首をロイコサイトに掴まれてしまう。
体が持ち上がり、左手を振り払ってライフルを額に密着させられる。多分、私が死なないことが不思議なのだろう。確実に仕留める気だ。
「でもっ!」
私は首を掴むロイコサイトの手を両手で掴み、本気で力を込めて無理やりこじ開ける。奴の手はメキメキと音を鳴らしながら開き、発砲される直前でその手を離れる事に成功した。
いける、この力なら。
こいつの頭を思いっきり蹴りあげると、首元からバチバチと閃光を走らせ、ふらつきながら後ろに倒れていく。
「……できた、ロイコサイトを倒せた」
ふと、自らの右腕を眺める。失ったはずの物だったのに。
あの時現れた強そうなロイコサイト、お姉ちゃんはレサイトって呼んでいた。私達姉妹にとって因縁の相手。お姉ちゃんの右腕も、確かアイツから奪った物だったはず。
私が気絶した後、何があったの?
そう考えていると、駆動音が聞こえてきた。
「む、まだ起きるか」
単眼のアイカメラが瞬き、錆びた身体を揺らしながら起き上がる。このしぶとさがあったからこそ、人類をここまで追い詰めてきた。
素手じゃ限界がある。
そうだ、あれが出せるかもしれない。
「こうかしら?」
右腕を突き出し、グッと力を込める。
しかし、何も起きなかった。
「条件がある? お姉ちゃんにもっと色々聞けていたら。参ったわね」
ゆっくりと向かって来るロイコサイト。私はガトリングを出すのを諦め、格闘の構えを取った。
その頭を引きちぎってでも倒してやる。そう思い、じっと狙いを定めていると。
奴の頭がいきなり弾け飛んだ。
私は振り被りもしていない。一つ言えるのは、後ろから大きな発砲音が聞こえてきた事だ。
「なぁ、あんた」
低い声でそう呼びかけられ、手を挙げて後ろを向く。
そこに立っていたのは、私と変わらないぐらいの男の子だろう、声がそんな感じだ。
素肌が全く見えないほどの重装備で、顔もゴーグルと防塵マスクでほとんど見えない。
「ヴァスタードだな?」




