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灰燼の記憶

書き溜めが無くなるまで毎日朝8:00に投稿します。



「お姉ちゃん、起きて」


「んう、リデル……?」



 春眠暁がどうのこうの。春の陽気は平等に眠気を誘いうっかり寝過ごしてしまうという、はるか昔の言葉。人類がここまで衰退する前の言葉。


 まぁ、お姉ちゃんの場合は季節も時間も関係なくだけど。

 私の名前はリデル、目の前で渋い顔をして横たわるアリスの妹。と言っても共通点は藍色の髪ぐらいで、お姉ちゃんがタレ目なのに対し、私は吊り目だったり相違点のほうが多い。



「あと7分……」


「それ系の言葉を許して大丈夫だった記憶がないから駄目。ちゃんと起きて朝ご飯食べる」


「はーい……」



 目をこするお姉ちゃんの右手を握り、転ばないようにゆっくりリビングまで連れて行く。



「はいストップ。今日のご飯は特製ソースをかけた目玉焼き、喉詰まらせないようにね」


「あむ。ん〜、おいしい」



 残念ながらお姉ちゃんの生活力は永遠のゼロ。キッチンに立てば爆発、洗濯をすれば爆発、箒を握れば爆発……だからこうして、私が全ての家事を担っている。

 まぁ良いのよ。私のお姉ちゃんは最強だから。



「ふぁ〜あ、今日も頑張ろー」


「アサルトライフルの整備は終わったわよ。噂で聞いたけど、最近ロイコサイトの数が少ないんだって?」



 私はライフルを渡して、お姉ちゃんと対面する席に座る。集落の決まりで、村の中にある銃のマガジンはゴム弾。怪我をする危険は無い。



「うん、昨日の遭遇数はたったの二体。弾薬消費も少なくて、経済主任がインフレに頭抱えてたよ」


「そこまで? 確かにここはデカい村だけど。まぁ、私はお姉ちゃんと幸せに暮らせたらそれで十分だけど」



 物が溢れすぎるのも考えものね。

 人類をここまで衰退させた存在、ロイコサイトの数が少ないのも、何かが起こる前兆か。



「その為にも、この村とリデルは私が守る!」



 そんな私の心配を知ってか知らずか、お姉ちゃんは自信満々に宣言するのだった。



「にしても、リデルも来月で16歳。こんなに立派になっちゃって。そろそろ一人立ちかな?」


「何言ってんのよ。私がいなくなったら誰がご飯作るの? 全く、お姉ちゃん一人で生きていけると思ったら大間違いーー」



 ふと、お姉ちゃんの後ろを見る。確実に何かが動いた、というか動いてる。

 黒くて、ツヤツヤしてて、カサカサっと動いて……!!!?!?!!!?



「ぴゃぁぁぁ!?」


「わっ、びっくりした」


「お姉ちゃん助けてっ! 後ろ!!!」


「任せてっ!」



 私がそう叫ぶと、お姉ちゃんは目にも止まらぬ速さでライフルを放ち、見事に命中させた。

 黒いヤツは地面に倒れ伏せ、お姉ちゃんが窓から投げ捨てた。



「ふ、ふう、ありがとうお姉ちゃん」


「どういたしまして。それで、虫も殺せないリデルが言う一人で生きるって何?」


「すみませんでした」



「さて、ご馳走様でした。リデルの料理はいつも最高!」


「はいはい」


「私の部下にも食べさせたら絶賛してたよ。このまま平和になったら、飲食店でも開いたらどう?」



 まぁ、ちょっとは考えてもいいかな。


 大変だろうけど、たくさんの人が美味しいって思ってくれて、手伝いたいって言ってくれた子に色々教えて、閉店後はお姉ちゃんと一緒にメニューを研究して。



「リデル? おーい」


「え、あぁごめん、色々考えちゃった」


「へぇー? 興味あるんだ」


「そんなのじゃない」


「またまたぁ〜?」


「ちょっと、頭を撫でないでよ」


「……そうだね、もう大人だもん」



 え、やめちゃうの?



「やーっと、ここまで来れたんだもんね。16年、長かったなぁ」


「もう、お姉ちゃんったら」



 私が生まれてすぐ、ロイコサイトの襲撃で両親は亡くなったらしい。それからずっと、いろんな人の力を借りながら16年。

 私はこれからの事を考えていたのに、お姉ちゃんはやっとここまで来れたって、何だか変ね。今は朝、始まりの時間だっていうのに。

 私もお姉ちゃんもまだまだ、明日が待っているーー



 そのはずだったのだ。


 突如として、村中に警報が鳴り響いた。



「ッこれって!」


「ロイコサイトの接近警報よ! リデル、急いで避難しなさい。私は門の防衛にーー」



 続いて警報をかき消す重い衝撃音が響く。

 その音は私の目の前にあった窓ガラスを砕き、その破片を真っすぐ私の方に飛ばしてくる。



「任せてッ!」



 窓側にいたお姉ちゃんが立ち塞がり、その背中でガラスの破片を弾いた。



「お姉ちゃんッ!」


「私はヴァスタードだよ? このぐらいどうってこと無いから」


「でも痛みはあるんでしょ!」


「妹を守る為なら我慢よ我慢。それに、奴らの銃弾に比べれば全然余裕だし」



 そう言って振り返ったお姉ちゃんの背中に傷は一つも付いていない。

 ヴァスタードであり、私の姉であり、ステイセーフ最強の理由がそこに詰まっていた。



「急いで避難を、って」


「壁に大穴が……ここまでの火力、普通のロイコサイトじゃありえないよね」


「それにあの穴からロイコサイトが入ってくるでしょう。リデルは外に出ないほうが良いわね」


「お姉ちゃんは?」


「誰かがあそこを抑えないと」



 窓から外に飛び出し、崩れた壁に向かうお姉ちゃん。私はその窓から顔を覗かせ、お姉ちゃんを見守る。



「数は……10以上だから沢山。この数、もしかしてアイツが来たの?

 どちらにせよ、これを出すしかなさそう」



 お姉ちゃんは一息つき、右手を強く握る。

 すると右腕から外側へ、黒色に輝くガトリングの銃身が飛び出す。

 ヴァスタード、最大の特徴だ。



「来たっ!」



 すぐ向こう側に、奴らがいる。


 錆びた装甲を身にまとい、アイカメラを光らせる。関節から見えるワイヤーはボロボロで、まさしくガラクタロボットといったような見た目だ。

 でも騙されてはいけない。奴らこそ、人類をここまで衰退させた原因ーー

 人型機械生命体ロイコサイトなのだから。


 

  すぐに乾いた銃声が鳴り響く。

 それはまるで弾けるポップコーンの様に勢いを増していき、四方八方から飛んでくる鉛弾は何発もお姉ちゃんに命中する。

 音速を超える速さで金属が飛び交う。しかしながら、その中を、私のお姉ちゃんは歩き出した。



「あー痛い痛い……この痛みをさ、苦しみを村の皆に、リデルに与えようってならーー」



 体で銃弾を弾きながら、ガトリングの照準を前に向け、その銃身を回転させる。



「そんなの、私の願いが止めてやるっ!」



 回転が一気に速くなるのと同時に、粗く重なった銃声がロイコサイトの弱々しい銃声を一掃する。次々とロイコサイトの装甲は砕かれ、サビが辺りに舞い散る。

 しかし他のロイコサイトは躊躇いを知らず、銃が利かないと学習したのか、接近してお姉ちゃんを抑えようと、激しい格闘戦を始める。金床を叩くような甲高い金属の衝撃音が何度も何度も鳴り続け、お姉ちゃんは次々と現れるロイコサイトを蹴散らしていく。


 実戦で戦う姿を見るのはこれが始めて。装甲を手で剥がしてから、片手のアサルトライフルで内部を撃ち抜く。飛び出したガトリングで相手を殴りつける……言葉にならなかった。

 いつもの笑顔の裏でこんな現実を抱えていたんだと思うと、何だか胸が苦しくなった。

 ーーでも、これまで知らなかったということは、それだけ私を危険から遠ざけていたんだ。



 やがて別の場所からも銃声が聞こえてくる。様々な方向から同時に侵攻されているようだ。

 一体、どれだけのロイコサイトがこの村に攻撃をしているのだろう。



「まだまだぁ!」



 地層のように重なる錆クズの上で未だ戦いを繰り広げるお姉ちゃん、その時だった。

 ロイコサイトがやって来る向こう側より、一筋の光が飛んできていることに気づいたのは。


 っこれ、やばーー



 私は急いで窓から離れようと後ろを向いたが、時すでに遅し。

 彼方より来訪したミサイルはお姉ちゃんの頭上を越え、私達の家へと命中した。



「リッ……」



 全てがスローに見えた。

 目の前からゆっくりと迫る爆炎。その光景は段々と引いていき、家を飛び出して空を映した。


 あれ? 私、なんで、浮いてーー



「リデルッゥ!!!!!!」



 背中へ強い衝撃が走り、それに続いて凄まじい熱を感じ取る。家の方だ。

 火事になっているのなら急いで消さないと、お姉ちゃんとの、思い出がっ。



「あれ?」



 寝返りが打ちにくい、体が右手側に倒れる。

 なんで? ちゃんと右手で。


 ……無い。


 右腕が、無い。


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