第九十三章 将軍なき天下
第九十三章 将軍なき天下
足利義昭が。
死んだ。
幕府も。
終わった。
だが。
京から。
仕事が。
消えたわけではない。
むしろ。
逆だった。
◆
「殿!」
朝から。
織田屋敷へ。
声が響く。
「またか」
信長が。
露骨に。
嫌な顔をした。
「今度は」
「何だ」
小姓が。
頭を下げる。
「山城の」
「寺領を巡る」
「訴えにございます」
「昨日も」
「寺領だったではないか」
「昨日とは」
「別の寺にございます」
信長の。
眉間に。
皺が寄った。
◆
「光秀!」
「は」
「任せた」
明智光秀が。
顔を上げる。
「殿」
「何だ」
「昨日も」
「私が」
「処理いたしました」
「なら」
「今日もやれ」
「殿」
「何だ」
「私にも」
「冬姫様の」
「婚姻に関する」
「仕事がございます」
「……」
◆
信長が。
宗一郎を見る。
宗一郎は。
目を逸らした。
「高槻」
「嫌です」
「まだ」
「何も」
「言っておらん」
「顔で」
「分かります」
半兵衛が。
小さく笑った。
◆
将軍が。
いなくなった。
だから。
天下が。
すっきりした。
そんなことは。
なかった。
京の。
治安。
土地争い。
寺社領。
商人同士の。
揉め事。
関所。
道路。
借金。
年貢。
訴訟。
公家領。
寺領。
武家領。
誰が。
何を。
決めるのか。
◆
今までは。
良くも悪くも。
幕府という。
窓口があった。
それが。
消えた。
人々は。
次に。
どこへ行ったか。
織田。
だった。
◆
「信長様」
宗一郎が言う。
「これ」
「まずいです」
「分かっておる」
「このままだと」
「信長様が」
「朝から晩まで」
「訴訟を」
「裁くことになります」
「それは」
「もっと」
「まずい」
信長が。
即答した。
◆
「戦より」
「嫌ですか」
「戦の方が」
「まだ」
「分かりやすい」
光秀が。
溜息をつく。
「殿」
「笑い事では」
「ございませぬ」
「笑っておらん」
「顔が」
「笑っております」
「貴様」
「最近」
「遠慮がなくなったな」
「殿のせいにございます」
◆
宗一郎は。
机へ。
何枚もの。
紙を並べた。
「だから」
「分けましょう」
信長が。
紙を見る。
「何をだ」
「仕事です」
◆
一枚目。
京の。
治安。
二枚目。
土地と。
領地。
三枚目。
裁判。
四枚目。
商人と。
市場。
五枚目。
寺社。
六枚目。
道路と。
関所。
七枚目。
年貢と。
財。
八枚目。
軍。
九枚目。
朝廷との。
連絡。
◆
信長が。
紙を見る。
「多いな」
「国を」
「動かす仕事ですから」
「減らせ」
「無理です」
「高槻」
「はい」
「貴様」
「最近」
「儂に」
「無理と言うのが」
「早くなったな」
「学習しました」
「何をだ」
「信長様でも」
「無理なものは」
「無理だということを」
◆
光秀が。
咳払いをする。
半兵衛は。
完全に。
笑っていた。
◆
「殿」
光秀が。
紙を見る。
「高槻殿の」
「考えは」
「理にかなっております」
「幕府が」
「なくなった以上」
「これまで」
「一つの場所へ」
「集まっていた仕事を」
「整理する必要が」
「ございます」
信長が。
腕を組む。
「誰が」
「上に立つ」
宗一郎が。
答える。
「それも」
「分けます」
◆
信長の。
目が。
細くなる。
「上まで」
「分けるのか」
「はい」
「最後は」
「信長様です」
「でも」
「全部を」
「信長様が」
「直接見る必要はない」
「何故だ」
宗一郎は。
信長を見た。
「信長様が」
「死ぬからです」
部屋が。
静かになった。
◆
光秀が。
宗一郎を見る。
小姓まで。
固まった。
信長だけが。
宗一郎を。
見ている。
「高槻」
「はい」
「儂に」
「死ねと」
「言っておるのか」
「逆です」
宗一郎が。
答える。
「長生きしてください」
「でも」
「人は」
「いつか死にます」
◆
信長が。
黙る。
「信長様が」
「全部」
「決める国にしたら」
「信長様が」
「いなくなった瞬間」
「国が止まる」
半兵衛の。
表情が。
真剣になる。
宗一郎は。
続ける。
「だから」
「信長様が」
「いなくても」
「動くものを」
「今から」
「作るんです」
◆
光秀が。
小さく。
息を吐いた。
また。
同じだ。
帝が。
言った。
信長が。
死んでも。
壊れない国。
朕が。
死んでも。
壊れない国。
そして。
今。
宗一郎が。
同じことを。
言っている。
◆
――やはり。
似ている。
偶然では。
ない。
光秀の。
疑念は。
再び。
僅かに。
動いた。
だが。
口には。
出さない。
帝に。
言われた。
――見よ。
ならば。
見る。
◆
「続けろ」
信長が言った。
宗一郎が。
頷く。
「まず」
「京の治安」
「これは」
「光秀殿が」
「適任です」
光秀が。
宗一郎を見る。
「私ですか」
「京を知っている」
「朝廷との」
「連絡もできる」
「寺社とも」
「話せる」
「それに」
宗一郎が。
少し笑う。
「信長様より」
「話が通じます」
◆
「おい」
「事実です」
「高槻」
「はい」
「後で」
「覚えておれ」
「次です」
「逃げるな」
◆
「商人」
「道」
「関所」
「兵糧」
「これは」
「丹羽様」
丹羽長秀が。
頷く。
「異存はない」
「数字と」
「物を」
「扱える人が」
「必要です」
「そして」
「西への」
「道」
「紀伊」
「堺」
「瀬戸内」
「これは」
「滝川様」
滝川一益が。
地図を見る。
◆
「石山への」
「備えでもあるか」
「はい」
宗一郎は。
隠さない。
「でも」
「戦を」
「始めるためじゃない」
「顕如が」
「米を集める」
「船を集める」
「硝石を集める」
「なら」
「俺たちは」
「誰が」
「どこで」
「買っているかを」
「知る」
◆
丹羽が。
尋ねる。
「止めぬのか」
「止めたら」
「隠れて買います」
宗一郎が答える。
「それより」
「記録します」
「誰が」
「何を」
「どれだけ」
「買ったか」
「米が」
「足りなくなるなら」
「こちらから」
「市場へ」
「出す」
◆
信長が。
宗一郎を見る。
「顕如に」
「買わせるのか」
「買わせます」
「高くは」
「しないのか」
「しません」
今度は。
光秀まで。
宗一郎を見る。
「何故です」
宗一郎は。
答えた。
「困るのが」
「顕如だけじゃ」
「ないからです」
◆
米の。
値が上がる。
困るのは。
寺ではない。
京の。
民。
石山の。
民。
堺の。
民。
兵糧を。
大量に。
買い占めれば。
最初に。
腹を空かせるのは。
戦とは。
関係のない者。
◆
「市場へ」
「米を」
「出し続けます」
「値を」
「できるだけ」
「安定させる」
「その上で」
「大量に買う者を」
「全部」
「記録する」
丹羽の。
目が。
変わる。
「なるほど」
「兵糧攻めではなく」
「兵糧の流れを」
「見えるようにするのか」
「はい」
◆
「顕如が」
「戦のために」
「米を集めれば」
「集めるほど」
「こちらに」
「見える」
滝川が。
笑う。
「嫌な手だ」
宗一郎が。
笑う。
「褒め言葉として」
「受け取ります」
◆
信長が。
机を。
指で叩く。
「寺社は」
光秀が。
答える。
「私が」
「見ましょう」
「ただし」
宗一郎が言う。
「信仰と」
「軍事を」
「分けたいです」
光秀が。
頷く。
◆
「寺だから」
「敵ではない」
「門徒だから」
「敵でもない」
「武器を」
「持つ」
「兵を」
「集める」
「道を」
「塞ぐ」
「戦のために」
「物を集める」
「そこを」
「見ます」
信長が。
短く。
答えた。
「よい」
◆
「で」
信長が。
宗一郎を見る。
「貴様は」
「何をする」
宗一郎が。
嫌な顔をした。
「俺も」
「何か」
「するんですか」
「当然だ」
「技術所も」
「あります」
「知らん」
「学問所も」
「あります」
「知らん」
「情報網も」
「あります」
「知らん」
◆
半兵衛が。
静かに。
助け舟を出した。
「殿」
「宗一郎様には」
「全体の」
「仕組みを」
「作っていただくのが」
「よろしいかと」
信長が。
半兵衛を見る。
「お前は」
「何をする」
「宗一郎様が」
「仕事を」
「増やしすぎぬよう」
「見張ります」
「それは」
「重要だ」
「二人とも」
「酷くない?」
◆
その場に。
小さな。
笑いが起きた。
だが。
作られようとしているものは。
小さくない。
幕府の。
代わり。
ではない。
新しい。
仕組み。
◆
「名前は」
光秀が聞いた。
宗一郎が。
止まる。
「名前?」
「これだけの」
「役目を」
「分けるのであれば」
「呼び名が」
「必要でしょう」
宗一郎が。
困った顔をする。
未来の。
言葉なら。
いくらでも。
浮かぶ。
省。
庁。
局。
官僚。
内閣。
だが。
そのまま。
持ってくる必要はない。
◆
「役所」
宗一郎が。
言った。
信長が。
眉を上げる。
「役所?」
「はい」
「仕事を」
「する場所だから」
「役所」
「安直だな」
「分かりやすい方が」
「いいんです」
光秀が。
少し。
考える。
「悪くは」
「ありませぬ」
◆
「役目ごとに」
「役所を作る」
宗一郎が。
紙へ。
書く。
「担当を決める」
「副役も置く」
「記録を残す」
「決めた理由も」
「残す」
「担当が」
「死んでも」
「次の人が」
「読めば」
「続けられるようにする」
◆
信長が。
その紙を。
見つめる。
「人ではなく」
「役目を」
「残すのか」
「はい」
「家ではなく?」
「できるだけ」
「役目を」
「残します」
これは。
戦国の。
常識とは。
少し違う。
役職は。
ある。
奉行も。
いる。
だが。
宗一郎が。
作ろうとしているものは。
もっと。
細かい。
◆
誰が。
やったか。
ではない。
何を。
する場所なのか。
それを。
先に。
決める。
そして。
記録する。
信長は。
長く。
紙を見た。
「面白い」
それだけ。
言った。
◆
「やれ」
宗一郎が。
顔を上げる。
「本当に?」
「貴様が」
「言い出したのだろう」
「そうですけど」
「やれ」
「はい」
◆
その日の。
午後。
早速。
新しい仕組みの。
最初の。
試験が。
始まった。
都の。
商人。
二人。
一人は。
油。
一人は。
米。
争いは。
倉。
だった。
◆
幕府から。
以前。
使用を認められた。
倉。
だが。
持ち主は。
別。
借りたのか。
与えられたのか。
書状が。
曖昧。
幕府が。
ある頃なら。
奉行所へ。
持ち込む。
だが。
その幕府が。
ない。
二人は。
織田へ。
来た。
◆
「両方」
「斬れば」
「静かになる」
信長が言った。
「なりません」
宗一郎が。
即答する。
「冗談だ」
「信長様の」
「冗談は」
「冗談に」
「聞こえないんです」
◆
光秀が。
二人から。
話を聞く。
丹羽が。
帳面を調べる。
旧幕府の。
記録を。
探す。
宗一郎は。
口を出さない。
やがて。
一枚の。
古い記録が。
見つかった。
倉そのものは。
米商人の。
持ち物。
だが。
油商人へ。
一定期間。
使用を認めている。
問題は。
その期間が。
終わっているのか。
いないのか。
◆
「ここ」
丹羽が。
指す。
「年が」
「書かれておらぬ」
光秀が。
顔をしかめる。
「これでは」
「揉めますな」
宗一郎が。
呟く。
「だから」
「記録なんだよ」
信長が。
聞く。
「どうする」
宗一郎は。
首を横に振った。
「俺に」
「聞かないでください」
◆
「何?」
「これは」
「俺が」
「決めちゃ駄目です」
「何故だ」
「今」
「作ろうとしてるのは」
「俺に聞けば」
「全部決まる仕組みじゃないからです」
信長の。
目が。
変わる。
◆
宗一郎は。
光秀を見る。
「双方の」
「言い分」
「記録」
「これまでの」
「使い方」
「全部見て」
「決めてください」
「私が?」
「はい」
「そして」
「何故」
「そう決めたか」
「書いて残す」
光秀は。
しばらく。
宗一郎を見た。
そして。
頷いた。
◆
半刻後。
裁定。
倉の。
所有は。
米商人。
ただし。
油商人には。
一定期間の。
猶予を与える。
その間に。
荷を。
移す。
そして。
今後。
貸借の。
期限は。
必ず。
記す。
双方。
不満は。
残った。
だが。
受け入れた。
◆
宗一郎は。
その様子を。
見て。
少し。
安心した。
新しい制度は。
紙の上では。
作れない。
実際の。
揉め事を。
一つずつ。
処理して。
初めて。
形になる。
◆
光秀が。
裁定を書いた。
日。
場所。
当事者。
争点。
証拠。
判断。
理由。
最後に。
名。
宗一郎が。
それを見る。
「これです」
光秀が。
尋ねる。
「何が」
「こういうのを」
「残したいんです」
◆
「次に」
「同じような」
「揉め事が起きた時」
「前は」
「どうしたか」
「見られる」
光秀の。
筆が。
止まる。
「前例」
「はい」
「ただし」
「前と同じだから」
「必ず」
「同じにするんじゃない」
「違うところがあれば」
「変える」
◆
光秀は。
宗一郎を見る。
また。
未来を。
見ているような。
言い方。
だが。
何も。
聞かなかった。
見よ。
帝に。
言われたから。
◆
その夜。
禁裏。
帝の前へ。
光秀からの。
報告が。
届いた。
旧幕府の。
仕事を。
役目ごとに。
分ける。
記録を。
残す。
信長が。
死んでも。
続く。
仕組み。
帝は。
最後まで。
読んだ。
そして。
小さく。
笑った。
「始めたか」
◆
古き影の。
老人が。
尋ねる。
「ご存じだったので」
「いや」
帝が。
首を横に振る。
「だが」
「あの男なら」
「いずれ」
「やると思っていた」
「高槻殿で」
「ございますか」
「ああ」
◆
帝は。
紙へ。
目を落とす。
行政。
記録。
役割。
継承。
まだ。
小さい。
京の。
ほんの。
一部。
だが。
前世を。
知る帝には。
分かる。
国とは。
軍だけでは。
作れない。
法律。
税。
道路。
教育。
医療。
記録。
行政。
それらが。
積み重なって。
国になる。
◆
「主上」
老人が。
もう一枚。
差し出した。
帝の。
表情が。
変わる。
「石山か」
「いえ」
「甲斐にございます」
帝が。
受け取る。
◆
――武田勝頼。
――評定を主導。
――兵糧。
――馬。
――城。
――街道。
――各地の数量確認を命ず。
――信玄名義の命令。
――減少。
帝の目が。
細くなる。
「勝頼が」
「動き始めた」
「御意」
◆
「信玄の」
「死は」
「まだ」
「直接確認できておりませぬ」
「それでよい」
帝は。
すでに。
同じ答えを。
何度も。
している。
「死を」
「暴くことが」
「目的ではない」
「武田が」
「どう変わるかを」
「見よ」
「御意」
◆
一方。
高槻屋敷。
宗一郎の前にも。
甲斐から。
似た報告が。
届いていた。
半兵衛が。
尋ねる。
「どう見ます」
宗一郎は。
少し。
考える。
「勝頼は」
「馬鹿じゃない」
半兵衛が。
宗一郎を見る。
◆
「父親が」
「偉大すぎる」
「だから」
「後世では」
「比べられる」
宗一郎は。
そこで。
言葉を止めた。
危ない。
半兵衛は。
宗一郎が。
未来を知ることを。
知っている。
だが。
未来の評価を。
そのまま。
現在へ。
持ち込んでは。
いけない。
◆
「でも」
宗一郎が。
言い直す。
「今の」
「勝頼を見る」
「信玄の息子としてじゃない」
「武田勝頼という」
「一人の大将として」
半兵衛が。
静かに。
頷いた。
「信長様と」
「同じことを」
「申されますね」
「何を?」
「父より弱いと」
「決めつけるなと」
宗一郎が。
少し。
笑った。
◆
「やっぱり」
「あの人」
「怖いな」
「今更ですか」
「今更です」
◆
石山本願寺。
顕如の前へ。
新しい。
報せが。
届いた。
「何?」
顕如が。
聞き返す。
「京の」
「米の値が」
「上がっておりませぬ」
使者が。
答える。
顕如の。
目が。
細くなる。
◆
「我らが」
「買っているのにか」
「はい」
「堺も」
「大きくは」
「上がっておりませぬ」
「何故だ」
「近江」
「美濃」
「尾張から」
「米が」
「流れ込んでおります」
顕如が。
黙る。
◆
教如が。
顔を上げる。
「織田が?」
「恐らく」
使者が。
答える。
「さらに」
「商人たちへ」
「誰が」
「どれだけ」
「買ったか」
「帳面へ」
「残すよう」
「求めている者が」
「おります」
顕如の。
表情が。
変わった。
◆
「高槻」
小さく。
呟く。
教如が。
父を見る。
「止められたので」
「違う」
顕如が。
首を横に振る。
「止めていない」
そこが。
問題だった。
◆
米を。
没収された。
なら。
仏敵と。
叫べる。
門徒への。
兵糧を。
奪った。
なら。
人を。
怒らせられる。
だが。
織田は。
何も。
奪っていない。
買うことすら。
止めていない。
代わりに。
米を。
市場へ。
増やしている。
◆
「こちらが」
「買えば」
「買うほど」
顕如が。
ゆっくり。
言う。
「誰が」
「買ったか」
「向こうへ」
「残る」
教如の。
顔が。
強張る。
「なら」
「別の者を」
「使います」
「使えば」
「その者が」
「記録される」
「では」
「小分けに」
「すれば」
「時間がかかる」
◆
顕如は。
目を閉じた。
また。
これだ。
信長なら。
奪う。
焼く。
脅す。
そう。
思っていた。
だが。
高槻が。
間へ入ると。
戦う前に。
戦場そのものを。
変えられる。
◆
「父上」
教如が。
低く言う。
「毛利を」
「急がせるべきでは」
顕如は。
すぐには。
答えなかった。
そして。
言った。
「いや」
「まだだ」
「しかし」
「焦って」
「動けば」
「高槻の」
「思う壺だ」
◆
顕如は。
地図を見る。
石山。
堺。
紀伊。
淡路。
瀬戸内。
安芸。
「海だ」
教如が。
顔を上げる。
「海?」
「陸で」
「見られるなら」
「海を」
「太くする」
◆
毛利。
水軍。
瀬戸内。
そこに。
次の。
可能性がある。
「毛利へ」
「伝えよ」
「返事を」
「急かすな」
「代わりに」
「船の話をせよ」
「船」
「はい」
「兵ではない」
顕如の目が。
鋭くなる。
「まず」
「船だ」
◆
同じ頃。
高槻。
技術所。
与吉が。
試験場で。
叫んでいた。
「押せ!」
数人の。
男たちが。
車輪付きの。
小型砲を。
押す。
土。
石。
僅かな。
坂。
重い。
だが。
進む。
◆
「止めろ!」
木片を。
車輪へ。
噛ませる。
止まる。
与吉が。
息を切らす。
「宗一郎様!」
少し離れた。
宗一郎が。
見る。
「どう?」
「重い!」
「知ってる!」
「もっと」
「軽くしてください!」
「砲身が」
「破裂しても」
「いいなら!」
「嫌です!」
◆
職人たちが。
笑う。
まだ。
兵器とは。
呼べない。
試作品。
だが。
少しずつ。
形になっている。
その横では。
新しく。
集められた男たちが。
縄を。
結ぶ。
距離を。
測る。
板を。
組む。
仮の橋を。
架ける。
◆
高槻工兵。
まだ。
十数人。
兵とも。
職人とも。
言い切れない。
妙な。
集団。
宗一郎は。
彼らを。
見ながら。
思う。
まだ。
小さい。
だが。
これでいい。
最初から。
百人も。
千人も。
いらない。
十人が。
覚える。
十人が。
次の十人へ。
教える。
◆
人を。
残す。
技を。
残す。
記録を。
残す。
それは。
今日。
京で。
始めた。
役所と。
同じだった。
戦も。
政も。
結局。
一人の。
天才に。
頼らない。
仕組みに。
しなければ。
残らない。
◆
その夕刻。
鷹司家。
冬姫の前へ。
光秀が。
座っていた。
「姫様」
「はい」
「本日」
「正式に」
「日取りの」
「話を」
「始めることとなりました」
冬姫の。
手が。
僅かに。
止まる。
◆
「嫁入りの?」
「はい」
まだ。
明日。
明後日ではない。
だが。
鷹司家への。
養女入りは。
終わった。
宮中の。
作法も。
学び始めた。
帝と。
冬姫。
双方の。
意思も。
確認された。
なら。
次は。
正式な。
婚姻。
◆
「怖いですか」
光秀が。
尋ねる。
冬姫は。
少し。
考えた。
「はい」
以前と。
同じ答え。
「ですが」
冬姫が。
笑う。
「前よりは」
「少し」
「楽しみでも」
「ございます」
光秀の。
表情が。
柔らかくなる。
「さようで」
「ございますか」
◆
「光秀」
「はい」
「父上は」
「何か」
「申しておりましたか」
光秀が。
少し。
困った。
「殿は」
「その……」
「何です」
「日取りの話を」
「申し上げましたところ」
光秀は。
信長の。
顔を。
思い出した。
◆
「早くないか」
最初の。
一言が。
それだった。
冬姫が。
吹き出す。
「父上らしい」
「その後」
「主上が」
「急がせていないと」
「申し上げました」
「すると?」
「黙られました」
冬姫が。
また。
笑った。
◆
光秀も。
僅かに。
笑う。
そして。
思った。
帝。
信長。
冬姫。
この婚姻を。
最初は。
巨大な。
政略としか。
見ていなかった。
もちろん。
今も。
政略だ。
天下を。
動かす。
婚姻。
だが。
それだけでは。
ない。
◆
十四歳の。
娘が。
自分で。
選んだ。
十七歳の。
帝が。
その選択を。
急がず。
待った。
そして。
娘を。
送り出す父が。
天下人であろうと。
やはり。
少し。
寂しがっている。
国を。
動かすものも。
結局。
人なのだ。
◆
「姫様」
「はい」
「必ず」
「滞りなく」
「お送りいたします」
冬姫が。
光秀を見る。
「お願いします」
光秀が。
深く。
頭を下げた。
◆
その夜。
京。
新しく。
作られ始めた。
役所の。
一室。
まだ。
看板すら。
ない。
机。
帳面。
筆。
それだけ。
一人の。
若い役人が。
今日の。
裁定を。
書き写していた。
倉を巡る。
商人同士の。
争い。
後世から見れば。
取るに足らない。
小さな。
出来事。
◆
だが。
その紙には。
誰が。
裁いたか。
だけではない。
何が。
起きたか。
何を。
証拠としたか。
何故。
そう決めたか。
次に。
同じことが。
起きた時。
何を見るべきか。
それが。
書かれていた。
◆
将軍は。
もう。
いない。
だが。
将軍が。
いなくても。
朝が来る。
商人は。
店を開く。
農民は。
田へ行く。
寺では。
鐘が鳴る。
子供は。
腹を空かせる。
道は。
壊れる。
人は。
争う。
◆
国とは。
天下人の。
座る椅子ではない。
誰も。
見ていない。
そんな。
小さな仕事が。
毎日。
止まらず。
続くこと。
高槻宗一郎は。
ようやく。
そこへ。
手を。
伸ばし始めた。
◆
そして。
誰も。
まだ。
知らない。
京で。
役所が。
作られ始めた。
同じ頃。
石山では。
海へ。
目が向いた。
安芸では。
本願寺の使者を前に。
毛利の者たちが。
初めて。
本格的な。
評定を。
開こうとしていた。
◆
議題は。
一つ。
織田。
石山。
そして。
瀬戸内。
毛利は。
まだ。
答えていない。
だが。
いつまでも。
答えずには。
いられない。
次に。
天下を。
大きく動かす答えは。
京でも。
甲斐でもない。
西。
安芸で。
出されようとしていた。




