第九十二章 光秀、帝を問う
第九十二章 光秀、帝を問う
「主上に」
「お尋ねしたきことが」
「ございます」
禁裏。
明智光秀は。
帝の前で。
深く。
頭を下げていた。
帝は。
しばらく。
何も言わなかった。
光秀が。
今日。
何を聞きに来たのか。
おおよその。
見当はついている。
「申せ」
「は」
光秀が。
顔を上げた。
◆
「石山本願寺が」
「毛利へ」
「使者を送った件に」
「ございます」
「それが」
「どうした」
「朝廷は」
「随分と」
「早く」
「ご存じでございました」
帝は。
黙る。
「何が」
「聞きたい」
「どこから」
「お知りになったので」
「ございますか」
真正面。
だった。
◆
帝は。
少し。
光秀を見た。
明智光秀。
この男は。
やはり。
鋭い。
そして。
面倒だ。
宗一郎とは。
違う意味で。
「朝廷にも」
「耳くらいはある」
帝が。
答える。
光秀は。
頭を下げる。
「さようで」
「ございますか」
それだけ。
だが。
納得した顔では。
なかった。
◆
「まだ」
「あるのだろう」
光秀が。
僅かに。
顔を上げる。
「お許しいただけますか」
「許す」
「では」
光秀が。
一度。
息を整えた。
「冬姫様の」
「婚姻について」
帝の目が。
僅かに。
変わる。
◆
「私は」
「信長様より」
「冬姫様の」
「鷹司家への養女入りを」
「任されました」
「知っている」
「その中で」
「いくつか」
「不思議に思うことが」
「ございました」
帝は。
何も言わない。
「何故」
光秀が。
続ける。
「鷹司家を」
「間へ」
「置かれたのでございますか」
◆
「それは」
「鷹司から」
「聞かなかったか」
「聞きました」
「なら」
「何が」
「分からぬ」
光秀は。
帝を見る。
「分からぬのは」
「仕組みでは」
「ございませぬ」
帝の目が。
僅かに。
細くなる。
「主上が」
「何故」
「そこまで」
「考えておられるのか」
沈黙。
◆
光秀は。
続けた。
「武家から」
「直接」
「禁裏へ」
「姫を入れれば」
「織田が」
「朝廷を」
「呑み込もうとしていると」
「疑う者が出る」
「ゆえに」
「鷹司家を」
「橋とする」
「しかし」
「冬姫様から」
「織田の娘としての」
「過去までは」
「奪わない」
「その通りだ」
◆
「さらに」
「婚姻を」
「急がせない」
「冬姫様が」
「宮中へ入るための」
「暮らしと作法を」
「学ぶ時間を」
「設けられた」
「そうだ」
「何故で」
「ございます」
帝が。
少し。
眉を寄せた。
「何故と」
「言われても」
「必要だからだ」
「政略だけを」
「考えるなら」
光秀が言う。
「早く」
「婚姻を成立させた方が」
「よろしいはず」
◆
帝は。
ようやく。
光秀の。
問いの意味を。
理解した。
そして。
小さく。
息を吐いた。
「光秀」
「は」
「お前は」
「冬を」
「何だと思っている」
光秀が。
僅かに。
目を見開く。
「信長様の」
「姫君にございます」
「違う」
帝が言う。
「十四歳の」
「娘だ」
◆
光秀が。
黙った。
「生まれてから」
「十四年」
「織田の家で」
「暮らした娘を」
「鷹司へ移し」
「そのまま」
「禁裏へ入れれば」
「どうなる」
「それは……」
「朕なら」
「嫌だ」
光秀が。
帝を見る。
帝が。
そんなことを。
言うとは。
思わなかった。
◆
「主上が」
「嫌?」
「ああ」
「知らぬ場所へ」
「突然入れられ」
「知らぬ作法を」
「間違えるなと言われ」
「知らぬ者に囲まれる」
帝が。
少し。
顔をしかめる。
「朕なら」
「逃げる」
光秀は。
返事に。
困った。
御簾の向こうで。
女房が。
僅かに。
顔を伏せた。
笑いを。
堪えたのだ。
◆
「まして」
「冬は」
「十四だ」
帝が。
続ける。
「政治のためだからと」
「何もかも」
「我慢させる必要はない」
「しかし」
光秀が言う。
「姫君として」
「生まれた以上」
「婚姻も」
「務めの一つでは」
「ある」
帝は。
否定しなかった。
「だからこそ」
「朕は」
「二度」
「冬と会った」
◆
「一度目で」
「決めさせなかった」
「二度目で」
「冬自身が」
「決めた」
「その決断を」
「受けたから」
「今がある」
光秀が。
静かに。
帝を見る。
嘘を。
言っているようには。
見えない。
「では」
「この婚姻は」
「主上にとって」
「政では」
「ないのでございますか」
「政だ」
帝は。
即答した。
◆
光秀の目が。
僅かに。
動く。
「否定なさらぬのですね」
「何故」
「否定する」
帝の声が。
少し。
強くなる。
「織田信長の娘を」
「朕が娶る」
「政でないはずがない」
「ならば」
「冬姫様を」
「道具として」
「使うことに」
「なりませぬか」
帝は。
光秀を。
じっと見た。
◆
「政に」
「関わることと」
「人を」
「道具として扱うことは」
「同じではない」
光秀の。
表情が。
変わる。
「冬には」
「断る権利があった」
「そして」
「受ける権利もあった」
「冬は」
「受けた」
「なら」
「朕がすることは」
「その選択を」
「軽く扱わぬことだ」
◆
光秀は。
何も言えなかった。
帝は。
十七歳。
それでも。
言葉には。
迷いがない。
「光秀」
「は」
「お前は」
「何を」
「疑っている」
ついに。
帝が。
聞いた。
光秀は。
長く。
黙った。
ここで。
誤魔化すことも。
できる。
だが。
しなかった。
◆
「主上を」
帝の目が。
細くなる。
「朕を?」
「はい」
「何を」
「主上が」
「何を」
「見ておられるのか」
光秀は。
真正面から。
帝を見た。
「私には」
「分かりませぬ」
◆
「義昭公を」
「裁かれた時も」
「そうでございました」
光秀の声が。
少し。
低くなる。
かつて。
仕えた。
足利義昭。
最後まで。
諫めた。
だが。
義昭は。
止まらなかった。
そして。
帝に。
裁かれた。
◆
「幕府が」
「消えた」
「その直後に」
「織田の姫を」
「鷹司へ」
「そして」
「主上のもとへ」
「さらに」
「石山が」
「毛利へ」
「使者を出したことまで」
「我らより」
「早く知る」
光秀が。
一度。
頭を下げる。
「不敬を」
「承知で」
「申し上げます」
「主上は」
「何者で」
「ございますか」
◆
部屋の。
空気が。
止まった。
女房が。
息を呑む。
帝は。
動かなかった。
その問い。
宗一郎なら。
意味が違う。
だが。
光秀は。
知らない。
平成も。
令和も。
知らない。
ただ。
目の前にいる。
帝という。
一人の人間を。
理解しようとしている。
◆
「帝だ」
やがて。
帝が答えた。
光秀の。
眉が。
僅かに。
動く。
「それでは」
「答えに」
「なっておりませぬ」
「分かっている」
帝が。
僅かに笑う。
◆
「だが」
「今は」
「それ以上」
「答えられぬ」
光秀の目が。
宗一郎へ。
向いた時と。
同じ色になる。
また。
答えられない。
「高槻殿も」
「同じことを」
「申されました」
「そうか」
「主上から」
「言えぬことがあると」
「命じられているように」
「見えました」
帝は。
何も。
答えなかった。
◆
それが。
答えだった。
光秀は。
理解する。
やはり。
何かある。
帝と。
高槻宗一郎。
二人の間に。
だが。
何かまでは。
分からない。
◆
「光秀」
帝が。
静かに。
呼ぶ。
「は」
「疑え」
光秀が。
顔を上げる。
「朕を」
「疑ってよい」
「主上」
「ただし」
帝の目が。
光秀を射抜く。
「噂ではなく」
「朕が」
「何をするかを」
「見よ」
◆
「朕が」
「信長を」
「利用し」
「捨てようとするなら」
「見よ」
「冬を」
「道具として」
「扱うなら」
「見よ」
「朝廷のために」
「民を」
「踏みつけるなら」
「それも」
「見よ」
光秀は。
息を止めた。
「その上で」
「お前自身が」
「判断せよ」
◆
光秀は。
長く。
頭を下げた。
「……承知」
「いたしました」
疑念は。
消えていない。
だが。
何かが。
変わった。
この帝は。
疑われることを。
恐れていない。
それだけは。
分かった。
◆
光秀が。
退出する。
廊下。
歩きながら。
一つだけ。
考えた。
――見よ。
ならば。
見る。
帝を。
宗一郎を。
信長を。
そして。
これから。
作られる。
天下を。
◆
数日後。
鷹司家。
冬姫の。
生活は。
少しずつ。
変わっていた。
「違います」
「またですか」
「またです」
女房が。
扇を。
持ち直させる。
「姫様」
「その持ち方では」
「今にも」
「誰かを」
「叩きそうでございます」
冬姫が。
扇を見る。
「叩きませぬ」
「分かっております」
◆
「父上なら」
「叩くかもしれませぬが」
女房が。
固まった。
冬姫が。
笑う。
「冗談です」
「姫様」
「はい」
「その冗談を」
「禁裏で」
「申されぬよう」
「気をつけます」
◆
歌。
書。
礼。
装束。
冬姫は。
一つずつ。
覚えていった。
最初は。
戸惑った。
だが。
頭は。
悪くない。
何より。
逃げない。
分からなければ。
聞く。
間違えれば。
もう一度。
する。
その姿を。
鷹司家の者たちも。
少しずつ。
受け入れ始めていた。
◆
その日。
光秀が。
訪れた。
手には。
一通の。
書。
「冬姫様」
「光秀」
「本日は」
「何でしょう」
光秀は。
少し。
笑った。
「主上より」
「お文が」
冬姫の顔が。
僅かに。
変わる。
「主上から?」
「はい」
◆
冬姫は。
受け取る。
短い。
文だった。
鷹司での。
暮らしは。
どうか。
無理を。
していないか。
学ぶことが。
多いだろうが。
急がなくてよい。
そして。
最後に。
一つ。
書かれていた。
――朕も、冬のことを知りたい。
◆
冬姫は。
そこを。
二度。
読んだ。
「何と」
「書かれております」
光秀が聞く。
冬姫は。
慌てて。
文を閉じる。
「秘密です」
光秀が。
僅かに。
笑う。
「左様で」
「ございますか」
「はい」
◆
「返事を」
「書いても」
「よいのでしょうか」
「もちろん」
「そのための」
「文でございましょう」
冬姫は。
すぐに。
紙を。
求めた。
だが。
筆を持って。
止まる。
「何を」
「書けば」
「よいのでしょう」
女房が。
答える。
「思われたことを」
「そのまま」
「それが」
「一番」
「難しいのです」
◆
結局。
冬姫は。
長い時間を。
かけた。
そして。
書いた。
――鷹司の暮らしには、まだ慣れませぬ。
――覚えることが多く、扇の持ち方まで叱られております。
――ですが、逃げてはおりませぬ。
――主上が私を知りたいと仰るなら、私も主上をもっと知りとうございます。
最後に。
少し。
迷って。
一文。
加えた。
――また、お会いできる日を楽しみにしております。
◆
光秀は。
文の中身を。
見なかった。
封を。
確認する。
そして。
自ら。
禁裏へ。
届けた。
なぜ。
自分が。
こんな役まで。
しているのか。
少し。
分からなくなった。
◆
信長の娘の。
養女入りを。
任された。
気づけば。
帝と。
姫の。
文まで。
運んでいる。
「私は」
「何を」
「しておるのだ」
小さく。
呟く。
だが。
嫌ではなかった。
◆
禁裏。
帝は。
冬姫の文を。
読んだ。
一度。
二度。
三度。
老人が。
少し離れたところで。
待っている。
帝が。
顔を上げる。
「何だ」
「いえ」
「何か」
「言いたそうだな」
「主上が」
「同じ文を」
「三度」
「読まれるのを」
「初めて」
「拝見いたしましたので」
◆
帝の顔が。
少し。
固まる。
「政の文なら」
「三度くらい読む」
「さようで」
「これは」
「政だ」
老人が。
冬姫の文を見る。
「さようで」
帝が。
睨む。
「何だ」
「何も」
「申しておりませぬ」
「顔が」
「申しておる」
◆
十七歳。
帝。
その時だけは。
普通の。
少年のようだった。
だが。
次に。
老人が。
出した書を見た瞬間。
顔が。
変わった。
「甲斐にございます」
帝が。
受け取る。
◆
――信玄付き医師。
――館外への移動なし。
――薬種購入停止。
――夜間、寺院関係者出入り。
――香、大量搬入。
――信玄本人の姿なし。
――勝頼、重臣評定を主導。
そして。
最後。
――信玄死去の可能性、極めて高し。
――ただし、遺骸・葬儀・死亡命令の直接確認なし。
帝は。
長く。
紙を見た。
◆
「かなり」
「近づいたな」
「は」
「だが」
帝が。
紙を置く。
「まだ」
「確定ではない」
「御意」
「無理に」
「証を取りに行くな」
「は」
◆
その頃。
高槻屋敷にも。
新しい。
報告が。
届いていた。
宗一郎。
半兵衛。
官兵衛。
三人。
宗一郎が。
紙を読む。
その顔が。
少しずつ。
険しくなる。
「どうしました」
半兵衛が聞く。
宗一郎は。
紙を。
机へ置いた。
◆
「武田が」
「変わった」
「信玄ではなく」
「勝頼が」
「評定を」
「仕切り始めている」
官兵衛が。
笑う。
「やはり」
「死んでおりますな」
宗一郎は。
今度は。
すぐに。
否定しなかった。
◆
半兵衛が。
宗一郎を見る。
「殿」
「うん」
宗一郎は。
地図の。
甲斐へ。
指を置いた。
「俺も」
「そう思う」
官兵衛の。
眉が。
僅かに。
上がる。
「ようやく」
「認められますか」
「認めるんじゃない」
宗一郎が。
答える。
「判断する」
◆
紙を。
分ける。
事実。
信玄が。
長期間。
姿を見せない。
事実。
本人直筆の。
書がない。
事実。
薬種購入が。
止まった。
事実。
勝頼が。
重臣評定を。
主導し始めた。
事実。
国境軍は。
平静を。
装っている。
◆
「判断」
宗一郎が。
言う。
「武田信玄は」
「死亡している」
「可能性が」
「極めて高い」
半兵衛が。
頷く。
「信長様へ」
「報告しますか」
「する」
「死んだと?」
宗一郎は。
首を横に振る。
◆
「死んだ可能性が」
「極めて高い」
「それで」
「十分です」
官兵衛が。
笑う。
「慎重ですな」
宗一郎が。
官兵衛を見る。
「情報で」
「一番怖いのは」
「間違うことじゃない」
「では」
「間違っているのに」
「正しいと」
「思い込むことだ」
官兵衛の。
笑みが。
少し。
消えた。
◆
その日の。
午後。
信長の前。
宗一郎が。
報告する。
「武田信玄は」
「死んでいる可能性が」
「極めて高いです」
信長は。
驚かなかった。
ただ。
宗一郎を見る。
「確かか」
「確定では」
「ありません」
「なら」
「何故」
「そう判断した」
◆
宗一郎は。
一つずつ。
説明した。
信玄の。
不在。
書状。
医師。
薬。
寺。
勝頼。
評定。
国境。
信長は。
最後まで。
聞く。
「なるほど」
それだけ。
◆
勝家なら。
好機と。
言うかもしれない。
官兵衛も。
攻める価値を。
考える。
だが。
信長は。
違った。
「動くな」
宗一郎が。
僅かに。
笑う。
「俺も」
「そう思います」
◆
「勝頼を」
「見ろ」
信長が。
地図へ。
指を置く。
「信玄が」
「死んだなら」
「次に」
「戦う相手は」
「死んだ虎ではない」
「はい」
「生きている」
「息子です」
信長が。
頷いた。
◆
「父より」
「弱いと」
「決めつけるな」
宗一郎の目が。
変わる。
史実を。
知る自分に。
向けられた。
言葉のようだった。
「はい」
「武田が」
「崩れるとも」
「決めつけるな」
「はい」
「勝頼が」
「何をするか」
「見ろ」
「分かりました」
◆
信長は。
少し。
黙った。
そして。
言った。
「信玄」
宗一郎が。
信長を見る。
「惜しい男だった」
意外な。
言葉だった。
◆
「敵ですよ」
「ああ」
「何度も」
「こちらを」
「殺そうとした」
「ああ」
「でも」
「惜しいんですか」
信長が。
宗一郎を見る。
「敵だから」
「価値がないとでも」
「思うか」
宗一郎は。
黙る。
◆
「強かった」
信長が。
言う。
「だから」
「惜しい」
それだけ。
信長は。
もう。
信玄の話を。
しなかった。
◆
同じ日。
甲斐。
勝頼は。
父の席ではなく。
その。
少し前へ。
座っていた。
山県。
馬場。
内藤。
高坂。
穴山。
重臣たちが。
並ぶ。
「始める」
勝頼が言った。
「何を」
馬場が聞く。
◆
「武田を」
「父上の」
「死を」
「隠すことだけに」
「使うのは」
「終わりだ」
高坂の目が。
僅かに。
細くなる。
「死は」
「まだ」
「伏せます」
「だが」
「政は」
「私がする」
「軍も」
「私が見る」
◆
山県が。
尋ねる。
「最初に」
「何を」
「なされます」
勝頼は。
地図を見る。
西。
織田。
南。
徳川。
北。
上杉。
東。
北条。
そして。
答えた。
「何もしない」
一同が。
僅かに。
動く。
◆
「今」
「大軍を」
「動かせば」
「父上が」
「死んだと」
「教えるようなものだ」
高坂が。
小さく。
頷く。
「ならば」
「まず」
「国内を」
「はい」
勝頼が言う。
「兵」
「米」
「馬」
「城」
「道」
「すべて」
「数え直す」
◆
「父上の」
「武田を」
「そのまま」
「受け取るつもりはない」
穴山の。
目が。
僅かに。
動いた。
勝頼は。
それを。
見逃さなかった。
だが。
何も言わない。
◆
「武田は」
「私の代に」
「入る」
勝頼の声が。
部屋へ。
響く。
誰も。
反論しない。
だが。
全員が。
同じことを。
考えているわけでもない。
父。
信玄。
その影は。
あまりにも。
大きい。
勝頼の。
本当の戦は。
外ではなく。
まず。
ここから。
始まる。
◆
京。
夕暮れ。
光秀は。
一人。
歩いていた。
帝の言葉が。
頭から。
離れない。
――疑え。
――朕が何をするかを見よ。
これまで。
光秀は。
権威を。
重んじてきた。
朝廷。
帝。
古きもの。
だが。
盲目的に。
従うこととは。
違う。
帝自身が。
見ろと。
言った。
なら。
見る。
◆
その時。
光秀の。
前方。
鷹司家から。
一人の使者が。
出てきた。
禁裏へ。
向かう。
手には。
小さな。
文箱。
光秀には。
分かった。
冬姫から。
帝への。
返書。
光秀は。
足を止めた。
少し。
笑う。
「政だけでは」
「ないか」
そして。
再び。
歩き始めた。
◆
冬姫の。
嫁入りは。
少しずつ。
進んでいる。
武田では。
新しい当主が。
立とうとしている。
石山は。
毛利へ。
海を。
求め始めた。
幕府は。
もうない。
将軍も。
いない。
史実にあった。
道標が。
一つずつ。
消えていく。
◆
宗一郎は。
夜。
地図を。
見ながら。
思った。
信玄が。
死んだ。
おそらく。
間違いない。
だが。
それを知ったからと。
未来が。
戻るわけではない。
むしろ。
逆。
ここから。
さらに。
分からなくなる。
◆
「未来は」
宗一郎が。
小さく。
呟いた。
「答えじゃない」
誰も。
いない部屋。
「警告だ」
そう。
自分へ。
言い聞かせる。
◆
その頃。
禁裏では。
帝が。
冬姫からの。
文を。
もう一度。
開いていた。
そして。
甲斐では。
勝頼が。
初めて。
父の名を。
借りずに。
一つの命令書へ。
自分の名を。
記そうとしていた。
石山では。
毛利へ向かう。
新たな使者が。
夜の道へ。
出た。
三つの場所。
三つの動き。
婚姻。
継承。
戦支度。
どれも。
まだ。
大きな音は。
立てていない。
だが。
天下は。
すでに。
次の時代へ。
足を。
踏み入れていた。




