閑話 与吉が見る高槻
閑話 与吉が見る高槻
高槻の朝は。
少し。
変わっている。
与吉は。
そう思う。
いや。
少しではない。
かなり。
変わっている。
◆
「おはよう」
「おう」
「与吉」
「今日も」
「技術所か」
「うん」
朝。
家を出る。
道には。
もう。
人がいる。
農民。
商人。
職人。
子供。
侍。
普通の。
城下町なら。
それほど。
珍しくはない。
だが。
高槻は。
少し違う。
◆
道の端。
溝がある。
ただの。
溝ではない。
水が。
流れている。
泥。
汚物。
生活の。
汚れ。
それらを。
できるだけ。
道へ。
溜めない。
最初。
宗一郎が。
言い出した時。
皆。
笑った。
――そんなもの。
――雨が流す。
だが。
宗一郎は。
怒った。
「雨が」
「流した先に」
「人がいるだろ」
誰も。
意味が。
分からなかった。
◆
それでも。
溝を作った。
井戸の。
近くへ。
汚れた水を。
流さない。
厠も。
場所を。
決めた。
糞尿は。
そのまま。
捨てず。
集める。
農家へ。
渡す。
ただし。
そのまま。
畑へ撒くなと。
うるさい。
何故か。
高槻宗一郎という男は。
戦より。
糞の話をしている時の方が。
怖いことがある。
◆
「与吉!」
後ろから。
声。
振り返る。
子供たち。
十人ほど。
走ってくる。
「走るな!」
道端の。
年寄りが。
怒鳴る。
「ぶつかるぞ!」
「すみませーん!」
子供たちは。
笑いながら。
走っていく。
向かう先は。
学問所。
◆
与吉は。
その背中を。
見る。
男の子。
女の子。
商人の子。
職人の子。
百姓の子。
親のいない子も。
いる。
身分が。
消えたわけではない。
高槻でも。
侍は侍。
百姓は百姓。
商人は商人。
だが。
学問所の。
中だけは。
少し。
違う。
◆
字を。
覚える。
数を。
覚える。
物の。
測り方を。
覚える。
そして。
昼になると。
飯が出る。
与吉が。
初めて。
高槻へ来た理由も。
それだった。
――学べば。
――飯が食える。
それだけ。
だった。
◆
父は。
死んだ。
戦で。
足軽として。
連れていかれ。
帰ってこなかった。
母と。
二人。
腹を。
空かせた。
だから。
高槻で。
子供へ。
飯を出すと聞いた時。
嘘だと。
思った。
飯を。
ただで。
食わせる。
そんな。
物好きが。
どこにいる。
いた。
高槻宗一郎。
という。
変な男だった。
◆
学問所の前。
大きな。
鍋。
湯気。
今日は。
粥。
菜。
少しの。
魚。
子供たちが。
ちらちら。
鍋を見る。
「まだだ!」
女が。
杓文字を。
振る。
「先に」
「勉強!」
「はーい」
与吉が。
笑う。
昔の。
自分と。
同じだ。
◆
「与吉兄ちゃん!」
一人の。
少年が。
呼ぶ。
「何だ」
「今日は」
「何作るの?」
与吉は。
少し。
困った。
「言えない」
「また?」
「また」
「大筒?」
「言えない」
「薬?」
「言えない」
「じゃあ」
「爆発する?」
与吉が。
少年の。
頭を。
軽く叩く。
「勉強してこい」
「いてっ」
◆
少年が。
笑いながら。
走っていく。
与吉も。
歩き出す。
町の。
中央。
店が。
並ぶ。
紙。
布。
鉄。
油。
薬。
食べ物。
そして。
変わった店。
石鹸。
最初。
誰も。
買わなかった。
◆
「泥は」
「水で落ちる」
「何で」
「銭を払って」
「泡を買うんだ」
そう。
言われた。
だが。
今では。
旅人が。
高槻へ来ると。
珍しがって。
買う。
医者。
寺。
裕福な商人。
そして。
少しずつ。
普通の家にも。
広がった。
◆
技術所の。
近く。
匂いが。
変わる。
炭。
鉄。
油。
薬品。
木。
火薬。
そして。
時々。
何とも言えない。
臭い。
与吉には。
もう。
慣れた。
門。
番兵が。
二人。
いる。
「与吉」
「はい」
「札」
与吉が。
木札を。
見せる。
◆
高槻技術所。
誰でも。
入れる場所ではない。
中でも。
軍に関わる場所は。
さらに。
厳しい。
一人で。
全部の場所へ。
入れる者は。
少ない。
与吉も。
知らない研究が。
ある。
宗一郎が。
そうした。
「一人捕まって」
「全部しゃべったら」
「終わりだろ」
と言った。
何故。
捕まる前提なのか。
与吉には。
分からない。
◆
中へ。
入る。
「おはようございます」
「おう」
「与吉」
「昨日の」
「鉄」
「できてるぞ」
鍛冶職人が。
棒を。
渡す。
与吉が。
受け取る。
重い。
表面を。
見る。
「昨日より」
「いい」
「だろ」
「でも」
「ここ」
指で。
示す。
僅かな。
歪み。
鍛冶職人が。
顔をしかめる。
「細けえな」
「宗一郎様に」
「見せたら」
「もっと」
「細かいこと言うよ」
「……直す」
◆
ここでは。
身分より。
出来た物が。
ものを言う。
鍛冶屋が。
侍へ。
意見する。
百姓の子だった。
与吉が。
職人へ。
やり直しを。
頼む。
最初は。
揉めた。
何度も。
揉めた。
だが。
宗一郎が。
決めた。
「物に」
「身分は」
「関係ない」
「折れる刀は」
「偉い侍が持っても」
「折れる」
誰も。
言い返せなかった。
◆
奥。
軍事研究区画。
今日。
宗一郎が。
来ていた。
「おはようございます」
「おはよう」
宗一郎は。
机いっぱいに。
紙を。
広げている。
図。
数字。
寸法。
角度。
与吉には。
読める。
昔なら。
一つも。
読めなかった。
◆
「与吉」
「はい」
「昨日の」
「試験結果」
与吉が。
紙を渡す。
宗一郎が。
読む。
表情が。
変わる。
「……これ」
「本当?」
「はい」
「二回?」
「三回」
「全部?」
「同じでした」
宗一郎が。
黙る。
◆
机の。
端。
小さな。
器。
中には。
油のような。
もの。
最近。
技術所で。
試している。
新しい。
物質。
火薬とは。
違う。
もっと。
強い力を。
持つかもしれない。
与吉たちは。
偶然。
そこへ。
近づき始めていた。
◆
「宗一郎様」
「うん」
「これ」
「使えるんじゃ」
「駄目」
即答。
与吉が。
止まる。
「まだ」
「何も」
「言ってません」
「分かる」
宗一郎が。
紙を。
置く。
「駄目」
◆
「でも」
「昨日の」
「試験では」
「少ない量で」
「黒色火薬より」
「強い反応が」
「だから」
「駄目」
宗一郎の。
声が。
変わった。
与吉にも。
分かる。
本気で。
止めている。
◆
「与吉」
「はい」
「これは」
「研究を」
「止める」
「全部ですか」
「軍用は」
「止める」
「でも」
「もっと」
「調べれば」
「安定させられるかも」
宗一郎が。
与吉を見る。
「その」
「調べてる途中で」
「何人死ぬ」
与吉が。
黙る。
◆
「でも」
与吉は。
引かなかった。
「敵が」
「先に」
「同じものを」
「見つけたら」
宗一郎の。
目が。
僅かに。
変わった。
「どうするんです」
「俺たちが」
「危ないから」
「作らない」
「でも」
「敵が」
「作ったら」
「もっと」
「危ない」
◆
宗一郎は。
しばらく。
何も言わなかった。
与吉は。
怖かった。
怒られるかと。
思った。
だが。
宗一郎は。
怒らなかった。
「そうなんだよな」
小さく。
呟いた。
「それが」
「一番」
「怖いんだ」
◆
宗一郎は。
未来を。
知っている。
火薬の。
先。
もっと。
強い爆薬。
もっと。
大きな砲。
もっと。
遠くまで。
人を殺せる武器。
そして。
その先。
広島。
長崎。
技術は。
一度。
生まれれば。
消せない。
◆
「与吉」
「はい」
「覚えておけ」
「何をです」
宗一郎が。
器を見る。
「作れるものと」
「作っていいものは」
「同じじゃない」
与吉は。
器を見る。
まだ。
よく。
分からない。
◆
「でも」
宗一郎が。
立ち上がる。
「敵より」
「弱くなるつもりも」
「ない」
「え?」
「こっち」
別の。
机。
大きな。
紙。
そこに。
描かれていたのは。
大筒。
だが。
与吉が。
知っている。
大筒とは。
少し。
違う。
◆
「小さい」
与吉が言う。
「そう」
「大筒を」
「小さくする」
「弱くなりません?」
「少しは」
「じゃあ」
「何で」
宗一郎が。
紙の。
横へ。
描かれた。
車輪を。
指す。
「動かす」
◆
与吉が。
首を傾げる。
「大筒を?」
「うん」
「戦場で?」
「うん」
「無理ですよ」
宗一郎が。
笑う。
「だから」
「作る」
与吉が。
頭を。
掻いた。
また。
始まった。
この人は。
いつも。
そうだ。
◆
「今の」
「大筒は」
宗一郎が。
説明する。
「重い」
「運ぶのに」
「時間がかかる」
「撃つ場所を」
「決めたら」
「簡単には」
「動かせない」
「はい」
「なら」
「最初から」
「動かす前提で」
「作る」
◆
砲身を。
短く。
軽く。
だが。
壊れない。
鉄。
砲架。
車輪。
弾。
火薬。
すべてを。
同じ寸法へ。
揃える。
どの砲でも。
同じ弾。
同じ火薬。
同じ。
手順。
◆
「また」
「揃えるんですね」
与吉が言う。
宗一郎が。
笑う。
「一番」
「大事だから」
高槻は。
何でも。
揃える。
鉄砲。
弾。
火薬。
紙。
薬。
道具。
寸法。
宗一郎は。
新しい物を。
作ること以上に。
同じ物を。
何度でも。
作れることを。
大切にする。
◆
「それと」
宗一郎が。
別の紙を。
出す。
与吉が。
見る。
「……樽?」
「違う」
「壺?」
「違う」
「じゃあ」
「何です」
「砲」
与吉が。
宗一郎を見る。
◆
「これが?」
「うん」
短い。
太い。
上を。
向いている。
「敵に」
「当たらないじゃないですか」
「上に撃つ」
「上?」
宗一郎が。
手で。
弧を描く。
「こう」
「飛ばして」
「壁の」
「向こうへ」
与吉の。
表情が。
変わる。
◆
城壁。
土塁。
柵。
普通の。
大筒は。
前から。
撃つ。
だが。
これは。
上。
そして。
向こう。
「そんなこと」
「できます?」
「できる」
「たぶん」
「たぶん?」
「だから」
「試す」
与吉が。
深く。
息を吐いた。
◆
臼砲。
そんな名を。
宗一郎は。
まだ。
使わなかった。
ただ。
「上撃ち大筒」
と。
仮に。
呼んだ。
技術所の。
職人たちは。
その。
あまりにも。
そのままな名前に。
不満を。
言った。
◆
そして。
もう一つ。
宗一郎が。
紙を。
広げる。
「これは?」
与吉が聞く。
人。
だった。
鍬。
鋸。
縄。
槌。
斧。
板。
そして。
鉄砲。
「兵?」
「兵だけど」
「戦うのが」
「一番の仕事じゃない」
「じゃあ」
「何するんです」
宗一郎が。
地図を。
指す。
◆
「道を作る」
「橋を架ける」
「堀を掘る」
「塹壕を作る」
「柵を壊す」
「砲を運ぶ」
「測る」
「城を調べる」
「川を渡る」
与吉が。
ぽかんとする。
「それ」
「百姓が」
「やってることでは」
「今までは」
「そう」
宗一郎が言う。
「だから」
「専門にする」
◆
戦の度。
農民を。
集める。
道を。
直させる。
堀を。
掘らせる。
荷を。
運ばせる。
だが。
経験が。
残らない。
次の戦では。
また。
別の者を。
集める。
なら。
最初から。
それを。
仕事にする兵を。
作ればいい。
◆
「名前は?」
与吉が聞く。
宗一郎が。
少し考える。
「工兵」
「こうへい」
与吉が。
繰り返す。
「変な名前」
「そのうち」
「慣れる」
「高槻って」
「変な名前」
「多いですよね」
「誰のせいだ」
「宗一郎様です」
「……そうだな」
◆
さらに。
宗一郎は。
一枚。
紙を出した。
船。
だった。
与吉が。
見る。
船の。
横。
小さな。
大筒。
「船に」
「乗せるんですか」
「ああ」
「重くないです?」
「重い」
「ひっくり返りません?」
「ひっくり返る」
「駄目じゃないですか」
◆
宗一郎が。
笑った。
「だから」
「船の方も」
「変える」
与吉は。
天井を。
見た。
終わらない。
大筒を。
変える。
すると。
砲架を。
変える。
車輪を。
変える。
道を。
変える。
兵を。
変える。
そして。
今度は。
船まで。
変える。
◆
「宗一郎様」
「何」
「一つ」
「作るだけじゃ」
「駄目なんですか」
宗一郎は。
少し。
考えた。
「駄目なんだよ」
「何でです」
「武器って」
「武器だけじゃ」
「戦えないから」
◆
大筒。
一門。
作る。
だが。
運ぶ者が。
いる。
火薬を。
運ぶ。
弾を。
運ぶ。
道が。
いる。
橋が。
いる。
馬が。
いる。
修理する。
職人が。
いる。
狙うため。
距離を。
測る者がいる。
撃ち方を。
覚える者がいる。
◆
「全部」
「揃って」
「初めて」
「武器になる」
宗一郎が言う。
与吉は。
黙って。
紙を見る。
それが。
高槻。
なのだ。
新しい物を。
一つ。
作る場所ではない。
新しい物が。
使えるように。
周りまで。
変えてしまう。
◆
昼。
鐘。
技術所の。
者たちが。
食堂へ。
向かう。
鍛冶。
薬師。
紙職人。
大工。
元足軽。
商人の子。
農家の子。
そして。
侍。
同じ。
長机。
同じ。
飯。
もちろん。
完全に。
同じ身分ではない。
だが。
ここでは。
同じ鍋の。
汁を。
飲む。
◆
「与吉」
「何だ」
隣の。
若い鍛冶が。
聞く。
「朝の」
「あれ」
「何だった」
「言えない」
「またか」
「また」
「爆発する?」
与吉が。
箸を止める。
そして。
少し考える。
「しない」
「珍しいな」
「代わりに」
「大筒が」
「空を向く」
鍛冶が。
与吉を見る。
◆
「お前」
「頭打ったか」
「俺も」
「最初」
「そう思った」
二人で。
笑う。
◆
食堂の。
向こう。
宗一郎も。
飯を食っている。
特別な。
膳ではない。
同じ。
飯。
ただし。
食べながら。
紙を。
読んでいる。
半兵衛が。
横から。
紙を。
取り上げた。
「食事中くらい」
「休まれては」
「返して」
「駄目です」
「半兵衛」
「駄目です」
与吉たちが。
笑う。
◆
こんな。
主従も。
他では。
あまり。
見ない。
◆
午後。
試験場。
新しい。
小型砲。
まだ。
完成品ではない。
鉄の。
塊。
砲架。
車輪。
職人たちが。
押す。
「重い!」
「そりゃ」
「大筒だから!」
「宗一郎様!」
「軽くするんじゃ」
「なかったんですか!」
宗一郎が。
遠くから。
答える。
「これでも」
「軽い!」
「嘘だ!」
◆
皆。
笑いながら。
押す。
だが。
動く。
今までの。
大筒なら。
ここまで。
簡単には。
動かない。
与吉が。
車輪を見る。
「もう少し」
「太くした方が」
「いい」
大工が。
首を振る。
「重くなる」
「でも」
「ぬかるみで」
「沈む」
「なら」
「幅を」
「広くするか」
◆
侍が。
口を挟む。
「馬で」
「引けばよい」
与吉が。
首を横に振る。
「坂で」
「止まれなくなる」
「では」
「縄を」
「後ろへ」
「それなら」
「人が」
「必要になる」
議論。
誰が。
偉いかではない。
どうすれば。
動くか。
それだけ。
◆
宗一郎は。
少し離れて。
それを。
見ていた。
口を。
出さない。
答えを。
知っていても。
全部は。
言わない。
皆が。
自分で。
考える。
そうしなければ。
宗一郎が。
死んだら。
終わるから。
◆
夕方。
試験が。
終わる。
与吉は。
町へ。
戻る。
学問所から。
子供たちが。
出てくる。
「与吉兄ちゃん!」
朝の。
少年。
「今日は」
「何作った?」
与吉が。
考える。
「車」
「嘘だ」
「何で」
「技術所で」
「車作るんだよ」
「車は」
「大事だぞ」
少年が。
怪しい顔をする。
◆
「じゃあ」
「明日は?」
「船」
「与吉兄ちゃん」
「船大工に」
「なるの?」
「俺にも」
「分からん」
本当に。
分からない。
◆
道。
店。
石鹸を。
買う女。
寺子ではなく。
学問所へ。
通う子供。
薬を。
取りに来る。
農民。
文字を。
読める。
足軽。
計算を。
覚える。
商人の娘。
技術所へ。
向かう。
百姓の息子。
高槻。
◆
他の町と。
同じように。
米を作る。
商いをする。
喧嘩もする。
酒も飲む。
病にもなる。
人も死ぬ。
決して。
楽園ではない。
腹を。
空かせる者もいる。
盗みもある。
揉め事もある。
だが。
何かが。
違う。
◆
ここでは。
明日が。
今日と。
同じであるとは。
誰も。
思っていない。
新しい。
薬ができる。
新しい。
道具ができる。
昨日まで。
読めなかった子が。
字を読む。
百姓の子が。
技術所へ入る。
女の子が。
数字を覚える。
侍が。
職人に。
頭を下げる。
◆
与吉は。
昔。
未来なんて。
考えなかった。
明日。
飯が。
食えるか。
それだけ。
だった。
だが。
今は。
違う。
明日。
何が。
できるのか。
それを。
考えている。
◆
家へ。
帰る前。
与吉は。
振り返った。
技術所。
まだ。
灯りが。
ついている。
きっと。
宗一郎が。
残っている。
「また」
「半兵衛様に」
「怒られるぞ」
与吉が。
笑う。
◆
そして。
朝の。
器を。
思い出す。
少しの量で。
黒色火薬より。
強い反応を。
示したもの。
宗一郎は。
止めた。
――作れるものと。
――作っていいものは。
――同じじゃない。
まだ。
与吉には。
全部は。
分からない。
◆
だが。
一つだけ。
分かる。
高槻は。
武器を。
作っている。
それでも。
戦を。
したい町ではない。
むしろ。
逆。
戦を。
終わらせるために。
戦の道具を。
作っている。
矛盾している。
与吉も。
そう思う。
◆
父を。
戦で失った。
自分が。
今。
大筒を。
作っている。
それも。
矛盾だ。
だから。
与吉は。
時々。
怖くなる。
自分たちは。
本当に。
正しいのか。
◆
翌朝。
宗一郎へ。
聞いた。
「宗一郎様」
「何?」
「俺たち」
「正しいんですか」
宗一郎は。
すぐには。
答えなかった。
しばらく。
考えて。
首を横に振った。
「分からない」
与吉が。
驚く。
◆
「分からないんですか」
「分からない」
「でも」
「作るんですか」
「ああ」
「何で」
宗一郎は。
試験場を見る。
「作らなかったせいで」
「守れないものも」
「あるから」
◆
「じゃあ」
「どこまで」
「作るんです」
宗一郎は。
また。
黙った。
「それを」
「考え続ける」
「答えに」
「なってません」
「うん」
宗一郎が。
苦笑する。
「たぶん」
「答えを」
「決めた瞬間が」
「一番」
「危ないんだと思う」
◆
与吉には。
やっぱり。
難しかった。
「宗一郎様」
「何」
「難しいです」
「俺も」
「難しい」
「未来から来たみたいな」
「変なことばかり」
「言いますね」
宗一郎が。
固まった。
◆
「……何で」
「そんな顔するんです」
「いや」
「何でもない」
与吉が。
首を傾げる。
宗一郎は。
目を逸らした。
「仕事しよう」
「はい」
◆
その日。
高槻技術所では。
三つの。
新しい研究が。
正式に。
始まった。
一つ。
戦場を。
兵と共に。
動ける。
小型の。
野戦砲。
一つ。
壁の。
向こうへ。
弾を送る。
上撃ち大筒。
後に。
臼砲と。
呼ばれるもの。
そして。
もう一つ。
船へ。
載せるための。
軽量火砲。
◆
同時に。
武器ではない。
新しい。
兵の仕組みも。
作られ始めた。
道を作る。
橋を架ける。
川を渡す。
距離を測る。
堀を掘る。
砲を運ぶ。
壊れた物を。
直す。
戦うために。
戦わない仕事をする。
兵。
高槻工兵。
◆
与吉は。
まだ。
知らない。
この日。
紙の上へ。
描かれた。
大筒。
車輪。
船。
橋。
それらが。
やがて。
戦の形そのものを。
変えていくことを。
そして。
宗一郎も。
まだ。
知らない。
自分が。
止めた。
小さな器の中の。
危険な研究が。
いつか。
再び。
人の前へ。
姿を現すのか。
それとも。
消えるのか。
◆
ただ。
高槻では。
今日も。
子供たちが。
学問所へ。
走っている。
鍛冶屋が。
鉄を打つ。
薬師が。
薬草を量る。
女たちが。
石鹸を。
買っていく。
農民が。
肥を。
荷車へ積む。
職人が。
新しい車輪を。
削る。
そして。
与吉は。
図面を。
抱えて。
技術所へ。
走る。
◆
昨日より。
今日。
今日より。
明日。
ほんの少し。
違うものを。
作るために。
高槻という町だけが。
戦国の世の中で。
ほんの少し。
未来へ。
歩いていた。




