第七十四章 蟻地獄、燃える
第七十四章 蟻地獄、燃える
夜。
戦場に雨が降り始めた。
激しい雨ではない。
だが、火縄には十分に厄介な雨だった。
宗一郎は濡れた地図を天幕の中へ持ち込み、机の上へ広げた。
柴田勝家。
明智光秀。
滝川一益。
丹羽長秀。
羽柴秀吉。
竹中半兵衛。
そして――
織田信長。
主要な将が集まっていた。
信長の足には布が巻かれている。
鉄砲玉は肉を深く抉ってはいなかった。
だが血は出た。
宗一郎はその足を見た。
「信長様」
「何だ」
「次は前へ出ないでください」
「断る」
即答だった。
「まだ何も言っていません」
「どうせ同じことを言う」
「当主が撃たれて喜ぶ家臣はいません」
「死んでおらぬ」
「死んでからでは遅いんです」
信長が鼻を鳴らした。
その横で勝家が黙っている。
珍しいことだった。
「勝家殿」
宗一郎が声をかけた。
「……何だ」
「怪我は?」
「この程度は傷ではない」
腕にも肩にも血が滲んでいる。
だが、勝家が気にしているのは傷ではなかった。
「宗一郎」
「はい」
「儂の失策だ」
天幕が静かになった。
勝家は拳を握った。
「敵が退いた」
「だから追った」
「そして嵌まった」
誰も口を挟まない。
「兵を死なせた」
勝家が低く言った。
宗一郎は勝家を見た。
「そうですね」
勝家が顔を上げる。
慰めなかった。
それでよかった。
「ですが」
宗一郎は続けた。
「同じ罠には二度とかからないでしょう?」
勝家の目が変わった。
「当然だ」
「なら、次に使えます」
「何をだ」
宗一郎は地図を広げた。
「勝家殿の短気を」
「……おい」
秀吉が吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
勝家が睨む。
「猿」
「何も言っとりませぬ!」
宗一郎は地図を指した。
「本願寺側は今日の戦いで学んだはずです」
「柴田勝家は誘えば来る」
勝家の眉間に皺が寄る。
「そして」
宗一郎は信長を見る。
「勝家殿が危なくなれば、織田信長は助けに来る」
信長が笑った。
「そう思わせたわけか」
「はい」
「ならば次も同じことをする」
「敵はそう考えるでしょう」
宗一郎の指が地図を滑った。
北。
山間。
三本の道が合流する場所。
そこには寺が一つあった。
「ここです」
光秀が身を乗り出す。
「谷か」
「はい」
左右は山。
中央には川。
川に沿って街道が走っている。
寺はその合流点を見下ろす高台にある。
光秀が地図を見つめる。
「守るには良い」
「ですが」
半兵衛が続けた。
「逃げるには悪い」
宗一郎が頷く。
「だから、ここへ敵を集めます」
勝家が宗一郎を見る。
「どうやって」
宗一郎は答えた。
「もう一度、勝家殿に負けてもらいます」
「……」
勝家のこめかみに青筋が浮かんだ。
信長が笑い出した。
「面白い」
「殿!」
「勝家」
信長は笑ったまま言った。
「今度は命令通り負けろ」
「……承知」
勝家は不満そうに答えた。
だが。
その目にはもう迷いがなかった。
◆
翌朝。
雨が止んだ。
柴田隊が北へ動いた。
昨日より兵は少ない。
少なく見せていた。
負傷兵は後方へ。
鉄砲隊も一部しか見せない。
旗も減らした。
街道を進む柴田隊を、山の中から複数の目が見ていた。
「柴田だ」
「昨日の傷が残っている」
「兵が減っている」
報告は鐘によって伝えられた。
――ゴォン。
――ゴォン。
遠くで返事。
さらに別の鐘。
情報は山を越えた。
そして。
越前北部の寺。
僧たちが集まっていた。
中央に座る男が報告を読む。
「柴田が北へ?」
「はい」
「兵は?」
「昨日より少ない」
「織田本隊は?」
「動いておりません」
僧は考えた。
昨日。
柴田を誘った。
柴田は来た。
そして信長まで出てきた。
ならば。
「もう一度だ」
「柴田を?」
「違う」
僧は首を振った。
「今度は柴田を餌にして」
指を地図へ置く。
「信長を討つ」
◆
昼。
柴田隊は谷へ入った。
勝家は馬上にいた。
「……本当に来るのだろうな」
横にいる家臣が答える。
「高槻殿は来ると」
「宗一郎が外したらどうする」
「さあ」
「さあ、ではない!」
だが。
勝家自身も分かっていた。
来る。
山が静かすぎる。
鳥が飛ばない。
そして。
さっきから山の中に人影がある。
勝家は小さく笑った。
「なるほど」
昨日の自分なら。
すでに追っていた。
だが今日は追わない。
「全軍」
兵が緊張する。
「ゆっくり進め」
誰かが驚いた。
柴田勝家の口から。
「ゆっくり」という言葉が出た。
◆
最初の攻撃は矢だった。
――ヒュッ!
一人の兵が倒れた。
「敵!」
兵が叫ぶ。
山腹に門徒が現れる。
百。
二百。
さらに奥。
「勝家様!」
「追うな!」
兵たちが驚く。
「ですが!」
「追うなと言った!」
勝家が怒鳴る。
門徒が少しずつ近づく。
「南無阿弥陀仏!」
「仏敵を討て!」
勝家は動かない。
矢が降る。
盾で受ける。
一人が倒れる。
それでも追わない。
「……来い」
勝家が呟いた。
「今日は儂が餌だ」
門徒たちが山から下りてきた。
その数。
五百。
さらに。
反対側の山からも兵が出る。
朝倉の旗。
本願寺の旗。
合わせて千を超えた。
「勝家様」
「まだだ」
「囲まれます!」
「まだだ!」
勝家は宗一郎から言われた言葉を思い出していた。
――鐘が四度鳴るまで、退かないでください。
一度。
――ゴォン。
二度。
――ゴォン。
三度。
――ゴォン。
勝家は歯を食いしばった。
門徒が迫る。
三十間。
二十間。
「勝家様!」
「待て!」
十間。
そして。
四度目。
――ゴォン。
勝家が笑った。
「来たな」
「何が?」
勝家は馬を返した。
「退くぞ!」
「は?」
「逃げろ!」
柴田隊が一斉に退き始めた。
「柴田が退くぞ!」
「追え!」
「逃がすな!」
門徒たちが追う。
勝家は振り返った。
「もっと追ってこい」
そして。
柴田隊は谷の奥へ逃げ込んだ。
◆
門徒たちは追った。
百。
三百。
五百。
そして千。
だが。
誰も気づかなかった。
山の上に。
明智光秀がいる。
「通ったな」
光秀は静かに言った。
「はい」
「後ろを閉じろ」
明智兵が動く。
木を倒す。
柵を立てる。
退路となる山道を塞ぐ。
反対側。
滝川一益。
「来たか」
騎馬兵が待っている。
さらに。
谷の出口。
丹羽長秀。
その後ろに鉄砲隊。
そして。
高台。
宗一郎と半兵衛がいた。
「全部入った?」
「ほぼ」
「信長様は?」
半兵衛が尋ねる。
宗一郎は谷の中央を見た。
一本の旗。
織田木瓜。
「……あそこ」
半兵衛が目を見開いた。
「また前にいる」
宗一郎は頭を抱えた。
「本当に言うことを聞かない人だ」
◆
谷の中央。
信長が馬上にいた。
後ろには直属兵。
蘭丸もいる。
「殿」
「何だ」
「宗一郎様から、前へ出るなと言われております」
「知っている」
「ではなぜ」
「前ではない」
信長は平然と答えた。
「ここは中央だ」
蘭丸は返す言葉を失った。
その時。
門徒たちが信長の旗を見つけた。
「信長だ!」
空気が変わった。
「仏敵だ!」
「信長を討て!」
「極楽へ!」
数百の門徒が一斉に方向を変えた。
柴田ではない。
信長へ。
宗一郎が高台からそれを見ていた。
「やっぱり」
半兵衛が言う。
「信長様を狙った」
「これで本願寺側の目的がはっきりした」
敵は領地を取ることだけが目的ではない。
信長を討つ。
その一点なら。
危険を承知で兵を集中させる。
宗一郎は手を上げた。
「まだ撃つな」
鉄砲隊が待つ。
門徒が走る。
百間。
八十間。
六十間。
信長は動かない。
「殿!」
蘭丸が叫ぶ。
「来ます!」
「見えておる」
五十間。
宗一郎の手は上がったまま。
四十間。
門徒の顔が見える。
槍。
刀。
鉈。
鉄砲。
中には農具を持つ者までいる。
三十間。
「宗一郎様!」
兵が叫ぶ。
「まだ」
二十五間。
二十間。
信長が宗一郎のいる高台を見る。
遠すぎて顔は見えない。
だが。
信長は笑った。
「待たせる男だ」
十五間。
宗一郎の手が落ちた。
「撃て!」
――ドンッ!
最前列。
一斉射。
門徒が倒れる。
「次!」
第二列が前へ出る。
――ドンッ!
さらに倒れる。
だが。
止まらない。
「南無阿弥陀仏!」
死体を踏み越えてくる。
「第三列!」
――ドンッ!
硝煙が谷を覆う。
それでも。
来る。
宗一郎の顔から笑みが消えた。
「……やっぱり普通の戦じゃない」
半兵衛も黙っている。
前列が三度崩れても。
後ろが止まらない。
死ねば極楽。
仏敵を討て。
その言葉が。
恐怖を押し潰している。
そして。
ついに門徒が信長の直属隊へ届いた。
「槍!」
織田兵が槍衾を作る。
――ガンッ!
激突。
門徒の槍が織田兵の肩へ突き刺さる。
別の門徒が槍を掴む。
「南無阿弥陀仏!」
そのまま身体ごと引き寄せる。
「離せ!」
織田兵が刀を抜く。
斬る。
倒れる。
だが。
その後ろから次が来る。
信長が刀を抜いた。
「来い!」
「信長様!」
宗一郎が遠くで叫ぶ。
だが届かない。
一人の門徒が信長へ飛び込む。
槍。
信長が刀で払う。
二人目。
横から。
信長が馬を回す。
槍先が袖を裂く。
蘭丸が横から槍を突き出した。
「殿!」
門徒が倒れる。
「蘭丸!」
「はい!」
「儂より前へ出るな!」
「殿こそ!」
信長が笑った。
「言うようになったな!」
その時。
左から大きな鬨の声。
「おおおおお!」
柴田勝家だった。
「殿に触れさせるな!」
柴田隊が横から突っ込んだ。
今度は追わない。
目的は敵を倒すことでもない。
信長の周囲から剥がす。
「槍を揃えろ!」
勝家が先頭で槍を振る。
「押せ!」
柴田隊が門徒の側面へ食い込む。
同時に。
反対側。
滝川隊が動いた。
「騎馬、行け!」
馬蹄が谷を震わせる。
だが敵の中央へ突っ込まない。
外側を削る。
逃げ道を狭める。
さらに。
山上。
明智光秀が旗を振った。
「今だ」
明智隊が下る。
三方向。
門徒たちが初めて周囲を見る。
「囲まれている!」
誰かが叫んだ。
だが。
後方の僧が叫ぶ。
「恐れるな!」
「死ねば極楽!」
「仏敵は目の前ぞ!」
その言葉で。
門徒が再び信長を見る。
宗一郎はそれを見逃さなかった。
「あそこだ」
「何?」
半兵衛が見る。
「戦場を動かしている者」
宗一郎が指した。
谷の奥。
岩場の近く。
僧が数人いる。
旗。
鐘。
伝令。
「鐘を止める」
宗一郎が命じた。
「鉄砲ではありません」
「では?」
「滝川殿へ伝令」
「鐘と伝令だけを潰してもらう」
伝令が走る。
◆
一益は命令を受けると、すぐに理解した。
「なるほど」
敵兵ではない。
敵の頭と耳を潰す。
「二十騎、ついてこい!」
一益が谷沿いを走る。
門徒の集団を避ける。
川辺。
浅瀬。
泥。
馬の脚が取られる。
それでも進む。
僧たちが気づいた。
「騎馬!」
「鐘を守れ!」
門徒が集まる。
一益は正面から行かなかった。
川へ入った。
「渡れ!」
水飛沫が上がる。
馬が対岸へ。
そして。
鐘の横へ回り込む。
「今だ!」
騎馬兵が突入した。
鐘を鳴らしていた男が逃げる。
一益が叫ぶ。
「鐘を落とせ!」
兵が槍の石突で支柱を叩く。
一度。
二度。
三度。
縄が切れる。
鐘が傾いた。
――ゴォォン……。
最後の音。
そして。
鐘が地面へ落ちた。
◆
戦場が変わった。
鐘が鳴らない。
次の指示が来ない。
右へ行くのか。
左へ行くのか。
信長を追うのか。
逃げるのか。
門徒の動きが乱れた。
宗一郎が叫ぶ。
「今!」
丹羽隊が前進する。
鉄砲ではない。
槍。
盾。
少しずつ押す。
逃げ道を一つだけ残す。
「追い詰めるな!」
宗一郎が叫ぶ。
「北を開けろ!」
門徒の一人が気づく。
「道がある!」
一人が走る。
二人。
十人。
そして。
数十人。
流れが生まれた。
「逃げるな!」
僧が叫ぶ。
だが。
鐘は鳴らない。
指示もない。
門徒たちは逃げ始めた。
百。
二百。
そして。
一気に崩れた。
勝家が叫ぶ。
「追うぞ!」
「勝家殿!」
宗一郎の声。
勝家が止まる。
昨日なら。
追っていた。
だが今日は違う。
「……追わぬ!」
勝家が槍を地面へ突き立てた。
「逃がせ!」
柴田隊が止まった。
門徒たちが北へ消えていく。
◆
夕方。
谷には多くの死傷者が残った。
織田兵。
門徒。
元朝倉兵。
区別なく倒れている。
宗一郎は歩いていた。
「敵味方を分けるな」
「生きている者から運べ」
高槻の救護兵が走る。
一人の若い門徒が倒れていた。
まだ息がある。
「水……」
宗一郎が水筒を渡す。
少年と言っていいほど若い。
「どうして戦った?」
少年は震える声で答えた。
「仏敵を……討てば……」
「誰に言われた」
「寺で……」
少年は咳き込んだ。
「死ねば……極楽へ……」
宗一郎は黙った。
その言葉が。
どれだけの人間を戦場へ送るのか。
宗一郎は立ち上がった。
◆
信長は高台にいた。
足の傷は開いていた。
宗一郎が近づく。
「座ってください」
「平気だ」
「血が出ています」
「勝った」
「そういう問題ではありません」
信長は戦場を見た。
「宗一郎」
「はい」
「今日の敵は強かったか」
宗一郎は少し考えた。
「兵としてなら」
首を振る。
「武田の方が遥かに強いです」
「ならば、何故これほど苦しい」
宗一郎は谷を見る。
「武田は勝つために戦っていました」
「こいつらは?」
「死ぬことに意味を与えられている」
信長の顔から表情が消えた。
宗一郎は続けた。
「だから厄介なんです」
「倒しても」
「次が来る」
「寺を落としても」
「別の寺が立つ」
「越前を取っても」
「加賀がある」
信長が遠くを見る。
その先。
北。
そしてさらに西には。
石山本願寺がある。
「蟻地獄か」
宗一郎が以前使った言葉を、信長が口にした。
「はい」
「ならば」
信長は宗一郎を見る。
「穴を一つずつ潰しても意味がない」
宗一郎が頷く。
「ようやく分かっていただけましたか」
「最初から分かっておる」
「本当ですか?」
「黙れ」
宗一郎が少し笑った。
だが。
その笑みはすぐ消えた。
伝令が走ってきたからだ。
「申し上げます!」
「何だ」
「北より急報!」
「言え」
伝令は息を整えた。
「越前北部――」
一度、言葉を切る。
「門徒が一斉に蜂起しました!」
宗一郎と信長が顔を見合わせる。
「数は?」
「分かりません!」
「分からない?」
「村ごとです!」
伝令が続ける。
「寺だけではありません!」
「農民、地侍、朝倉旧臣――」
「各地で同時に武器を取っています!」
宗一郎の表情が変わった。
「同時?」
「はい!」
「鐘は?」
「鳴っています!」
「何ヶ所?」
伝令は答えられなかった。
代わりに。
遠くから音が聞こえた。
――ゴォン。
別の山。
――ゴォン。
さらに。
――ゴォン。
――ゴォン。
――ゴォン。
一つではない。
十でもない。
山々の至るところから鐘が鳴っている。
信長が北を見る。
「……始まったか」
宗一郎は地図を広げた。
赤い印。
昨日までは点だった。
だが。
今日。
それが線になろうとしている。
寺。
村。
街道。
川。
港。
山道。
そして。
そのすべての向こうに。
石山がある。
半兵衛が走ってきた。
「宗一郎!」
「何だ」
「加賀からも人が越前へ入っている」
宗一郎の手が止まった。
「どれくらい?」
「分からない」
また同じ答え。
その意味は。
一つしかなかった。
敵はもう。
数百ではない。
数千でも済まない可能性がある。
信長が立ち上がった。
「全軍へ命令」
周囲の将が信長を見る。
「柴田」
「はっ!」
「北の街道を押さえろ。だが追うな」
「はっ!」
「明智」
「ここに」
「山道と寺の繋がりを洗え」
「承知」
「滝川」
「はっ」
「加賀へ通じる道を見ろ。敵の数ではなく流れを掴め」
「承知」
「丹羽」
「はっ」
「兵糧と負傷者をまとめよ。長期戦になる」
「お任せを」
そして。
信長は宗一郎を見た。
「宗一郎」
「はい」
「お前は儂と来い」
「どこへ?」
信長は北を見た。
「越前一向一揆を終わらせる」
宗一郎は首を横に振った。
「違います」
「何?」
「もう越前だけではありません」
宗一郎は地図の上を指で辿った。
越前。
加賀。
近江。
そして。
石山。
「これは、本願寺との戦です」
信長はしばらく地図を見た。
やがて。
「ならば」
静かに言った。
「本願寺と戦う」
その瞬間。
また鐘が鳴った。
――ゴォン。
だが今度は。
その鐘に混じって。
別のものが見えた。
北の山。
夕暮れの稜線。
一本。
また一本。
旗が上がっていく。
白地に描かれた本願寺の旗。
その間に――
見覚えのある紋。
朝倉の旗。
義景は死んだ。
だが。
朝倉の旗は死んでいない。
そして今。
その旗は。
本願寺の旗と並んでいた。
宗一郎が呟いた。
「……使ってきたか」
信長の目が細くなる。
「義景が恐れていたことだな」
「はい」
娘。
教如。
その子。
朝倉の血。
すべてが。
戦うための大義へ変えられようとしている。
信長は刀の柄へ手を置いた。
「宗一郎」
「はい」
「石山にいる小僧は」
教如。
「本気で儂を討つつもりらしいな」
宗一郎は北の旗を見た。
「おそらく」
そして。
「向こうも、もう隠れるつもりはありません」
山の向こう。
無数の鐘が鳴る。
門徒が集まる。
朝倉旧臣が旗を掲げる。
加賀から兵が流れ込む。
そして石山では。
顕如と教如が。
次の一手を打とうとしていた。
越前の戦は終わった。
だがそれは。
平和が訪れたという意味ではなかった。
朝倉という一つの敵を倒したことで。
その背後にあった。
遥かに大きな敵が。
ついに。
姿を現したのである。




