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第三十四章 決着④――一乗谷炎上

第三十四章 決着④――一乗谷炎上


 夜明け前。


 一乗谷の館では、まだ明かりが消えていなかった。


 朝倉義景は、最後まで地図を見ていた。


 刀根坂から続く道。


 山々。


 そして、一乗谷。


 家臣の一人が口を開く。


「殿。兵を集めれば、まだ戦えます」


「どれほどだ」


「……多くはありません」


「兵糧は?」


「長くは持ちませぬ」


 義景は黙った。


「援軍は?」


 返事はなかった。


 しばらくして、義景が言う。


「籠城はせぬ」


 家臣たちが顔を上げる。


「殿!」


「ここで朝倉の兵を使い切るわけにはいかぬ」


「しかし、一乗谷を捨てれば――」


「一乗谷は朝倉そのものではない」


 義景は静かに答えた。


「ここを失っても、朝倉の名まで消えるわけではない」


 誰も言葉を返せなかった。


「生き残った者を連れて行け」


「殿は?」


「私も行く」


 義景は立ち上がった。


 そして最後に、館を振り返る。


「……長く世話になった」


    *


 朝倉の者たちが一乗谷を離れ始めた。


 兵。


 家臣。


 女。


 子供。


 それぞれが荷をまとめ、山へ向かう。


 振り返る者もいた。


 振り返らない者もいた。


 義景は馬上から、一乗谷を見つめた。


 何代にもわたって朝倉が築いてきた町。


 それを置いていく。


 それでも――


「朝倉は、まだ終わらぬ」


 誰に聞かせるでもなく、義景は呟いた。


    *


 昼。


 織田軍が一乗谷へ入った。


「抵抗はありません!」


 伝令の声が響く。


 柴田勝家は馬上から町を見渡した。


「……逃げたか」


「そのようです」


 羽柴秀吉が周囲を見る。


「殿の姿もありません」


「まず町を押さえろ」


「はい」


 織田兵が進む。


 しかし、その直後だった。


「火が!」


 町の一角から煙が上がった。


 誰かが火を放ったのか。


 戦の混乱で燃え移ったのか。


 それは分からない。


 だが、乾いた建物へ炎は一気に広がった。


「消せ!」


「水を運べ!」


「人を先に出せ!」


 兵たちが走る。


 炎は屋根から屋根へ移っていく。


 やがて、一乗谷の空が赤く染まった。


    *


 宗一郎も現場へ入った。


「町人を先に逃がせ!」


「はい!」


「燃え広がる道を空けろ!」


 兵が動く。


 宗一郎は炎を見上げた。


 そこには、朝倉の館があった。


 長く越前を支配した家の本拠。


 それが、目の前で燃えている。


 半兵衛が隣に立つ。


「終わりましたな」


 宗一郎はしばらく答えなかった。


「……朝倉という家は、ここで終わった」


「はい」


「でも」


 宗一郎は燃える町から目を離さない。


「ここで暮らしていた人間まで、終わったわけじゃない」


 半兵衛が宗一郎を見る。


「だから、これからが難しい」


 宗一郎は踵を返した。


「焼けた町を片付けるぞ」


「承知しました」


    *


 夕暮れ。


 炎はようやく勢いを失い始めていた。


 焼け跡に、朝倉の旗が一本だけ残っている。


 宗一郎はそれを拾い上げた。


 しばらく見つめ――


「燃やすな」


 兵に渡す。


「残しておけ」


「はっ」


 宗一郎は遠くを見る。


 一乗谷の向こうには、越前の山々が続いている。


 朝倉の旗は消えた。


 だが、その土地にはまだ人がいる。


 村がある。


 寺がある。


 田畑がある。


 そして、朝倉を失った者たちがいる。


 宗一郎は小さく息を吐いた。


「……さて」


 半兵衛が振り向く。


「次は、国を取る戦ではない」


 宗一郎は焼け跡を見た。


「国を治める戦だ」


 その言葉を最後に。


 一乗谷に、夜が降り始めた。


 朝倉の時代が終わった。


 そして――


 越前は、誰のものでもない場所になった。

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