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第十四章 横山城

第十四章 横山城


姉川の戦いが終わった。


だが――。


戦が終わったわけではなかった。


織田・徳川連合軍は浅井・朝倉連合軍を退けたものの、北近江の浅井長政はなお小谷城に籠もっている。


越前の朝倉義景も健在だった。


姉川で勝った。


それだけでは、近江を手に入れたことにはならない。


むしろ、ここからが長い戦いの始まりだった。


「横山城を押さえた意味は大きいですな」


半兵衛が言った。


宗一郎は城内から近江の山々を眺めていた。


横山城。


小谷城の南に位置し、北近江を押さえるための重要な城である。


この城を織田が確保したことで、小谷城へ圧力をかけ続けることができる。


「ここから小谷を見張れる」


宗一郎は答えた。


「だが、それだけではない」


「はい」


「京へ向かう道も、北へ向かう道も、この辺りを通る」


宗一郎は地図を広げた。


「浅井を討つなら、この城は拠点になる」


半兵衛は頷いた。


「なるほど」


「そして、朝倉が南へ出てくるなら、ここで受け止める」


横山城。


それは一つの城であると同時に、織田家が近江に足を置くための楔でもあった。


宗一郎はその重要性を理解していた。


だからこそ、軍事だけでなく政務にも目を配っていた。


城下の治安。


兵糧の確保。


街道の整備。


近隣の国衆との交渉。


戦が続けば続くほど、兵だけでは国は維持できない。


「兵糧の到着は?」


「明日の夕刻には」


「街道の安全は?」


「今のところ問題ありません」


「農民の逃散は?」


半兵衛が少し眉を寄せた。


「北の村で、何軒か」


宗一郎は黙った。


戦場になる土地から、人が逃げる。


当然のことだった。


「戻すな」


「よろしいのですか?」


「無理に戻せば、また戦火に巻き込まれる」


宗一郎は地図を見た。


「食糧を確保する必要はあるが、民まで縛る必要はない」


「……承知しました」


宗一郎は思う。


天下を取る。


その言葉は簡単だ。


だが、その土地に住む人間をどうするのか。


そこまで考えなければ、天下を取ったところで国は続かない。


それから数日。


宗一郎は横山城で自領の兵をまとめながら、織田家の軍事と政務の双方に関わっていった。


信長から届く書状には、戦の指示だけではなく、街道、年貢、兵糧、城の修繕、国衆への対応まで記されている。


宗一郎は一つずつ処理していった。


そして、その傍らには常に半兵衛がいた。


朝。


軍議。


昼。


政務。


夜。


兵糧と敵情の確認。


休む時間など、ほとんどない。


それでも半兵衛は黙って宗一郎についてきた。


ある夜。


城内の廊下に月明かりが差していた。


宗一郎は一人、外を眺めていた。


そこへ半兵衛がやってくる。


「宗一郎様」


「何だ?」


「少し、お尋ねしても?」


「珍しいな」


宗一郎は笑った。


「何でも言ってみろ」


半兵衛は少し迷った。


そして、静かに口を開いた。


「なぜ私を家臣に?」


宗一郎は一瞬、黙った。


「……何だ、急に」


「以前から気になっていたのです」


半兵衛は苦笑した。


「私は、さほど身分のある者でもありません」


「知っている」


「それなのに、宗一郎様は私を召し抱えられた」


「そうだな」


「なぜです?」


宗一郎は月を見上げた。


そして、あっさりと答えた。


「お前が欲しかったからだ」


半兵衛は目を丸くした。


「……それだけですか?」


「それ以上に必要か?」


「……」


半兵衛は苦笑した。


「……いえ」


宗一郎も笑った。


「お前は頭がいい」


「ありがとうございます」


「戦のことも分かる」


「恐縮です」


「人のことも見ている」


「買いかぶりでは?」


「それに」


宗一郎は半兵衛を見る。


「俺が間違えた時に、黙ってついてくるだけの男でもない」


半兵衛の表情が少し変わった。


「……そこまで見ておられましたか」


「当然だ」


宗一郎は言った。


「俺の周りには、俺の言うことを何でも肯定する人間ばかりはいらない」


「では、私は?」


「間違っていると思ったら言え」


半兵衛はしばらく宗一郎を見つめた。


やがて、


「分かりました」


と答えた。


「ならば、これからも遠慮なく申し上げます」


「頼む」


二人は笑った。


主従。


それでいて、友にも近い。


そんな関係が、いつの間にか二人の間にできていた。


ただ。


宗一郎には、一つだけ言えないことがあった。


自分が知っている未来。


これから起こる戦。


浅井の滅亡。


朝倉の滅亡。


その先に待つ信長の運命。


そして――本能寺。


宗一郎は、まだその全てを半兵衛には話していなかった。


半兵衛もまた、それを問い詰めなかった。


ただ時折、宗一郎の言葉に奇妙なものを感じていた。


まるで、まだ起きていない出来事を知っているような。


そんな感覚。


しかし、それを口にすることはなかった。


元亀二年。


近江の情勢は、さらに険しくなっていた。


浅井・朝倉軍は小谷を中心に抵抗を続けている。


一方、織田家は横山城を拠点として北近江への圧力を強めていた。


そして――。


もう一つの勢力が、織田家の前に立ちはだかる。


比叡山延暦寺。




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