第百二十二章 京の席
第百二十二章 京の席
京。
夜半。
雨が降っていた。
細い雨だった。
屋根を叩くほどではない。
石畳を濡らし。
人の足音を。
消してくれる。
男が一人。
五条の外れを歩いていた。
商人。
そう見える。
傘。
小さな包み。
腰に刀はない。
振り返らない。
急がない。
やがて。
一軒の薬種屋の前で。
止まった。
戸を。
二度。
叩く。
間を置く。
もう一度。
内側から。
声。
「どちら様で」
「熱が下がらぬ」
「いつから」
「十二日」
戸が。
開いた。
男が。
中へ入る。
閉まる。
雨だけが。
残った。
向かいの家。
二階。
暗闇。
一人の老人が。
それを見ていた。
「十二日」
老人が。
小さく呟く。
背後。
若い男。
「合図でしょうか」
「であろうな」
「踏み込みますか」
「まだだ」
「しかし」
「三人目でございます」
「だから待つ」
老人は。
窓から離れた。
「三人入った」
「ならば」
「三人が出るとは限らぬ」
「裏口」
「地下」
「隣家」
「先を見ずに戸を破れば」
「鼠を散らすだけよ」
若い男が。
頭を下げる。
「御意」
老人は。
帝の影だった。
名は。
ない。
少なくとも。
表には。
ない。
◆
翌朝。
御所。
帝の前へ。
一枚の紙が置かれた。
「五条か」
「は」
「薬種屋」
「表向きは」
「二十年以上続く店にございます」
「主人は」
「京の者か」
「はい」
「信徒か」
「違います」
帝の目が。
紙から上がる。
「確かか」
「寺への寄進もございます」
「だからといって」
「キリシタンではないとは限らぬ」
「は」
「逆も同じだ」
帝は。
淡々と言った。
「寺へ寄進したから善人」
「異国の神を拝むから悪人」
「そのような話を」
「余の前へ持ってくるな」
影が。
頭を下げる。
「申し訳ございませぬ」
「何を扱っている」
「薬」
「紙」
「油」
「南蛮渡来の品も少々」
「武器は」
「今のところ」
「確認できませぬ」
「銀」
「不自然な出入りがございます」
「人は」
「昨夜」
「三名」
「一人は堺の商人」
「一人は旅僧を装っておりますが」
「僧籍を確認できませぬ」
「もう一人は」
影が。
一瞬。
言葉を止めた。
「公家の家に出入りする者にございます」
帝の目が。
冷たくなる。
「誰の家だ」
名が告げられた。
帝は。
表情を変えなかった。
「家そのものが関わっている証は」
「ございませぬ」
「なら」
「家の名は忘れろ」
「は」
「出入りする者だけを見よ」
「家ごと疑えば」
「敵が一人から百人になる」
高槻宗一郎と。
よく似たことを。
帝も言った。
だが。
次の言葉は。
宗一郎より。
冷たかった。
「ただし」
影が。
顔を上げる。
「その者が」
「冬姫へ近づく道を」
「一度でも探ったなら」
「捕らえよ」
「抵抗すれば」
帝は。
迷わなかった。
「殺せ」
「御意」
「余の家族へ」
「二度目はない」
◆
伊勢。
宗一郎のところへ。
信長からの返書が届いたのは。
その日の昼だった。
短い。
宗一郎は。
読む。
もう一度。
読む。
「何と」
半兵衛が聞く。
「……殿らしい」
「見せていただいても?」
「どうぞ」
半兵衛が読む。
そこには。
こうあった。
――勝頼へ渡せ。
――家康へ渡せ。
――顕如にも渡せ。
――毛利にも送れ。
そして。
その下。
――ただし、織田に従えとは一言も書くな。
半兵衛が。
小さく笑った。
「合格でございますな」
「何が」
「宗一郎殿の試験です」
「ああ」
宗一郎は。
少し笑った。
だが。
続きがある。
――天下鎮護職の名で出す。
宗一郎の笑みが。
消えた。
「……そこまでやるか」
「何か問題が?」
「ありますよ」
宗一郎は。
紙を机へ置く。
「これは」
「天下鎮護職が」
「織田の役職じゃないって」
「初めて外へ示すことになる」
「だからこそ」
「殿はやるのでしょう」
長秀が。
横から言った。
「武田へもか」
「はい」
「敵だぞ」
「はい」
「本願寺も」
「敵だ」
「はい」
「毛利は」
「味方ではない」
「はい」
長秀が。
信長の文を見る。
「面白い」
「長秀殿まで」
「何が悪い」
「いや」
宗一郎は。
地図を広げた。
「問題は」
「どう書くかです」
「十二使徒という組織がある」
「では駄目?」
「駄目です」
半兵衛が答えた。
「こちらですら」
「まだ全容を知らぬ」
「なら」
宗一郎は。
筆を取った。
「事実だけ」
十二の中継点を示す木札が押収された。
その中に。
甲斐。
三河。
石山。
安芸。
それぞれの地名がある。
尾張と伊勢で。
戦を誘う文。
暗殺。
偽装。
武器。
銀。
それらに関わる者が確認された。
だが。
各地の領主。
寺。
宗派。
商人組織が関与した証拠はない。
「最後」
宗一郎が言う。
「これを入れたい」
半兵衛が見る。
宗一郎が書いた。
――この報せは服従を求めるものにあらず。
――各々の地において、自ら確かめられたし。
長秀が。
唸った。
「ずいぶん」
「低く出るな」
「逆です」
「何が」
「これは」
「命令より重いですよ」
「何故だ」
「自分で調べろって」
「言ってるんです」
宗一郎は。
甲斐の木札を見る。
「もし」
「勝頼のところから」
「同じものが出たら」
「勝頼自身が」
「十二使徒を敵と判断する」
三河。
「家康も」
石山。
「顕如も」
安芸。
「毛利も」
「織田に言われたからじゃない」
「自分の領地へ」
「勝手に手を入れた者として」
「追う」
半兵衛が。
静かに頷く。
「敵を」
「こちらの味方へするのではなく」
「同じ敵を」
「それぞれに敵と認識させる」
「はい」
「同盟ではない」
「共闘でもない」
「情報だけ」
「共有する」
長秀が。
宗一郎を見る。
「高槻」
「何です」
「それ」
「戦より性質が悪くないか」
「……楽しくなりそうですですね」
宗一郎の口元が楽しげに弧を描いた。
◆
甲斐。
武田勝頼は。
書状を。
最後まで読んだ。
そして。
笑った。
「織田信長め」
側近が。
顔を上げる。
「罠でしょうか」
「かもしれぬ」
「では」
「捨てますか」
「馬鹿を言うな」
勝頼は。
甲斐と書かれた木札の写しを。
指で叩いた。
「罠なら」
「罠である証を探せ」
「真なら」
「鼠を探せ」
「どちらでも」
「調べる価値はある」
「しかし」
「天下鎮護職の名でございます」
「それがどうした」
勝頼の声が。
少し低くなる。
「信長を」
「天下人と認めた覚えはない」
「帝が役を与えたからと」
「武田が膝を折る理由もない」
「では」
「返書は」
勝頼は。
少し考えた。
「こう書け」
――報せは受け取った。
――甲斐のことは武田が調べる。
――織田の兵は一兵たりとも入れるな。
側近が。
僅かに笑う。
「それだけで」
「よろしいので」
「もう一つ」
勝頼が言った。
――もし甲斐で同じ鼠を捕らえたなら、その時はこちらから知らせる。
筆が。
止まる。
「殿」
「何だ」
「それでは」
「織田へ情報を」
「織田ではない」
勝頼が。
書状を見る。
「天下鎮護職へだ」
そして。
笑った。
「信長が」
「本当に」
「その違いを守れるか」
「見てやろう」
◆
三河。
家康は。
もっと長く。
黙っていた。
「どう思う」
酒井忠次が。
答える。
「信長殿らしくない文にございます」
「そうか」
「命令がございませぬ」
「だから」
「信長らしい」
家康は。
書状を畳んだ。
「命令すれば」
「我らは警戒する」
「自分で調べろと言われれば」
「調べざるを得ぬ」
「高槻殿でしょうか」
「おそらくな」
家康は。
三河の木札の写しを見る。
「玄宗」
「善右衛門」
「紙」
「道」
「兵の数」
「我らが」
「すでに見つけたものと」
「繋がる」
「では」
「十二使徒とやらを」
「追いますか」
「違う」
家康が言った。
「名を追うな」
「人を追え」
忠次が。
家康を見る。
「宗教も」
「追うな」
「三河で」
「誰が」
「銭を受け」
「誰が」
「文を運び」
「誰が」
「兵の数を数えたか」
「そこだけを調べろ」
「は」
「キリシタンを」
「一括りにするな」
「余計な敵を作る」
それもまた。
宗一郎と。
同じ結論だった。
◆
石山。
顕如は。
文を読んだあと。
しばらく。
何も言わなかった。
「織田からでございますな」
側近が言う。
「違う」
「は?」
「天下鎮護職からだ」
「同じでは」
「同じであっては困る」
顕如は。
文を置いた。
「信長が」
「その役を」
「織田のためだけに使うなら」
「ただの新しい将軍だ」
「だが」
「敵である我らへ」
「自ら不利にもなり得る情報を渡すなら」
「少し話が変わる」
「信用なさるので」
「するわけがない」
即答だった。
「だが」
「使える情報は使う」
「石山の札について」
「調べよ」
「は」
「ただし」
「織田と通じたなどと」
「余計な噂を立てるな」
「これは」
「共闘ではない」
「我らの中へ」
「勝手に手を入れた者を」
「我らが探すだけだ」
◆
そして。
安芸。
毛利輝元の前。
小早川隆景。
吉川元春。
三人が。
同じ文を見る。
「面白い」
隆景が言った。
「またそれか」
元春が。
不機嫌そうに言う。
「最近」
「お前は織田のすることを」
「面白いとばかり言う」
「面白いものを」
「面白いと言って何が悪い」
「敵になるかもしれぬ相手だぞ」
「だからこそだ」
隆景は。
安芸の木札を取った。
「兄上」
元春が見る。
「何だ」
「もし」
「これが本当なら」
「我らは」
「すでに見られております」
「誰に」
「分かりませぬ」
「それが」
「一番気に入りませぬ」
輝元が。
口を開く。
「調べる」
二人が。
輝元を見る。
「叔父上たち」
「織田のためではない」
「毛利のために」
「安芸の札が何を意味するのか」
「調べる」
隆景が。
頭を下げた。
「御意」
「ただし」
輝元は。
文を見る。
「返書を出す」
元春が。
眉を上げる。
「返すのか」
「ああ」
「何と」
輝元は。
少し考えた。
「毛利の海は」
「毛利が調べる」
「織田の船を」
「勝手に入れるな」
隆景が。
笑った。
「武田も」
「似たことを書きそうですな」
「なら」
「それでいい」
輝元も。
僅かに笑った。
「皆」
「同じことを考える程度には」
「信長を信用していないということだ」
◆
京。
三日目。
薬種屋。
動いた。
朝。
荷車が。
二台。
裏口へ入る。
昼。
一台だけ。
出た。
積み荷は。
薬ではない。
紙。
大量の紙。
だが。
帝の影は。
荷車を止めなかった。
追う。
五条。
堀川。
北へ。
途中。
荷車が。
商家へ入る。
一刻後。
紙の束は。
三つに分かれた。
一つ。
寺。
一つ。
公家屋敷へ出入りする男。
そして。
一つ。
近江へ向かう荷。
「三つ」
若い影が。
呟く。
「追いますか」
老人が。
首を振る。
「二つでよい」
「何故」
「近江は」
「見せるためだ」
「囮?」
「おそらく」
「では」
「寺と公家の方を」
「いや」
老人が。
公家屋敷へ向かう男を見る。
「あれだけだ」
「寺は?」
「寺も」
「見せるためだ」
若い影が。
驚く。
「何故分かるのです」
「紙が」
「多すぎる」
「は?」
「秘密の文を運ぶのに」
「人目を引くほど紙を積む馬鹿がおるか」
老人は。
笑わない。
「本命は」
「紙ではない」
「では」
その時。
公家屋敷へ向かっていた男が。
曲がった。
屋敷へ。
入らない。
細い路地。
さらに。
曲がる。
そして。
小さな茶屋。
入った。
「行くぞ」
◆
茶屋の奥。
一人。
待っていた。
「遅い」
「影がいる」
「どこの」
「分からぬ」
「織田か」
「違うと思う」
「では」
「帝か」
沈黙。
待っていた男が。
立つ。
「ここを捨てる」
「薬種屋は」
「燃やせ」
「中の者は」
「知りすぎた者だけ」
「待て」
「何だ」
「天下鎮護職が」
「各地へ文を出した」
男の動きが。
止まる。
「誰へ」
「武田」
「徳川」
「石山」
「毛利」
「他にも」
「内容は」
「十二の場所について」
男の顔が。
初めて。
変わった。
「誰が漏らした」
「分からぬ」
「玄蕃か」
「捕らえられたという噂がある」
「……」
短い。
沈黙。
「なら」
「もう遅い」
「何が」
「場所を捨てる」
「十二全部か」
「違う」
男は。
首を振る。
「名を捨てる」
「十二使徒を?」
「ああ」
外。
影の老人の目が。
細くなる。
「役目だけ残せばいい」
中の声。
「名は」
「もう使えぬ」
「印も捨てろ」
「では」
「次は」
「次などない」
「何?」
「十二を」
「一つに繋ぐから」
「辿られる」
男は。
低く言った。
「これからは」
「互いを知らぬようにする」
「待て」
「それでは」
「命令が届かぬ」
「届く」
「どうやって」
「上から」
老人の顔が。
変わった。
初めて出た。
言葉。
上。
「上とは」
茶屋の中でも。
同じ問いが出る。
だが。
答えは。
なかった。
代わりに。
「今」
「一番先に切るものがある」
「何だ」
「天下鎮護職だ」
外。
若い影が。
刀へ手を置く。
老人が。
止めた。
「信長を殺すのか」
「違う」
中の男が。
答えた。
「殺せば」
「織田が固まる」
「なら」
「何を」
「信用を殺す」
老人の目が。
さらに。
鋭くなる。
「武田へ送った文」
「徳川へ送った文」
「毛利へ送った文」
「石山へ送った文」
「それを使う」
「どう使う」
「少し」
「書き足せばいい」
若い影が。
息を呑む。
「信長が」
「裏で何を求めているか」
「そう見える文に変える」
「偽書……」
「武田には」
「徳川が織田へ通じたと」
「徳川には」
「武田と織田が裏で話していると」
「毛利には」
「石山が織田と手を結ぶと」
「石山には」
「毛利が兵糧を止めると」
老人の顔から。
表情が消えた。
同じ手。
また。
戦を作る。
だが。
今度は。
十二使徒の名でやらない。
天下鎮護職が。
初めて差し出した。
信用。
それを。
使う。
「いつ」
「すぐだ」
「婚姻より先か」
「それより先だ」
中の男が。
言った。
「天下鎮護職が」
「天下の仕組みになる前に」
「ただの織田の謀略だと」
「皆に思わせろ」
老人は。
もう。
待たなかった。
指。
一度。
動く。
戸が。
吹き飛んだ。
「何――!」
影が。
入る。
一人。
刀へ手を伸ばす。
抜く前に。
腕を取られる。
畳へ。
叩きつける。
もう一人。
懐。
短刀。
「生け――」
若い影が。
言いかける。
「殺せ」
老人。
迷いは。
ない。
短刀を抜いた男の喉へ。
刃。
血。
倒れる。
残った一人が。
震えた。
「何者だ」
老人が。
男の前へ。
座る。
「織田か」
「違う」
「高槻か」
「違う」
「では」
「誰だ」
老人は。
男を見る。
「お前たちが」
「最初に」
「手を出してはならなかったところだ」
男の顔から。
血の気が。
引く。
「……帝」
老人は。
答えなかった。
「縛れ」
「は」
「薬種屋も」
「今すぐ押さえる」
「燃やされる前に」
「公家屋敷は」
「触るな」
「まだ」
「家は関係ない」
「寺も同じだ」
「証が出るまで」
「誰も敵にするな」
若い影が。
頭を下げる。
「御意」
老人は。
死んだ男を見る。
「それと」
「この者の顔を」
「よく覚えておけ」
「は」
「名が変わっても」
「役が変わっても」
「最後に」
「刃を抜くのは」
「人だ」
◆
その夜。
帝の前へ。
報告が届いた。
天下鎮護職への。
偽書工作。
十二使徒の名を捨てる動き。
そして。
初めて聞かれた。
――上。
帝は。
最後まで。
黙って聞いた。
「捕らえた者は」
「一名」
「死者一名」
「薬種屋から」
「文箱三つ」
「印」
「銀」
「各地へ送る前の文が」
「見つかっております」
「偽書は」
「まだ出ていないか」
「確認できる限り」
「まだ」
「なら」
「間に合った」
帝が。
立つ。
「信長へ知らせる」
「直ちに」
「高槻にも」
「は」
「ただし」
帝が。
止めた。
「古き影のことは」
「どこまで」
「天下鎮護職として」
「京で不穏な動きを確認した」
「それだけでよい」
「高槻宗一郎にも?」
帝は。
一瞬。
考えた。
「宗一郎には」
「余から直接話す」
◆
翌日。
伊勢。
宗一郎のところへ。
京から。
早馬が来た。
帝の文。
短い。
――至急、京へ戻れ。
――一人で来い。
宗一郎は。
二度読んだ。
「一人で?」
半兵衛が。
横から見る。
「何かございましたか」
「帝からです」
半兵衛の表情が。
僅かに変わる。
「内容は」
「京へ来い」
「一人で」
半兵衛は。
少し考えた。
「行かれますか」
「行きます」
「玄蕃は」
宗一郎が。
奥を見る。
佐久間玄蕃。
まだ。
伊勢にいる。
「長秀殿と」
「源八郎に任せる」
「私も残ります」
「お願いします」
宗一郎は。
立った。
その時。
奥から。
声。
「京へ行くのか」
玄蕃だった。
宗一郎が。
振り返る。
「盗み聞きか?」
「聞こえただけだ」
「そうですか」
「高槻」
「何」
「京では」
「気をつけろ」
宗一郎の目が。
細くなる。
「何に」
玄蕃は。
笑わなかった。
「十二使徒にではない」
「では」
「十二使徒を」
「捨てた者にだ」
宗一郎の表情が。
変わる。
「どういう意味」
「名が割れた組は」
「死んだも同じだ」
「賢い者なら」
「次を作る」
「誰が」
「知らぬ」
「またそれか?」
「本当に知らぬ」
玄蕃は。
宗一郎を見る。
「だが」
「一つだけ」
「教えてやる」
「何」
「ディオゴは」
「十二使徒を」
「完成させていない」
宗一郎の。
足が止まる。
「……何?」
「十二という数を」
「言った」
「三人を加えた」
「銭と」
「武と」
「政を」
「繋ごうとした」
「そこまでは」
「奴だ」
「でも?」
玄蕃が。
目を細める。
「十二使徒を」
「今の形へ変えた者は」
「別にいる」
「誰」
「だから」
「知らぬ」
宗一郎は。
玄蕃を見る。
「信じろって?」
「好きにしろ」
「ただし」
玄蕃は。
静かに言った。
「そいつは」
「神など」
「信じておらぬ」
沈黙。
「キリシタンじゃない?」
「違う」
「日本人?」
「知らぬ」
「男?」
「知らぬ」
「会ったことは」
玄蕃が。
初めて。
答えるまでに。
時間を置いた。
「ない」
「命令は」
「どうやって来る」
「文」
「誰が運ぶ」
「毎度違う」
「印は」
「ない」
「どうやって本物だと」
「分かる」
玄蕃は。
宗一郎を。
まっすぐ見た。
「分からぬ」
「何?」
「本物だと」
「思わせるのだ」
「どうやって」
「その者しか」
「知り得ぬことを」
「一つ」
「文へ入れる」
宗一郎の背筋に。
冷たいものが走った。
「例えば?」
玄蕃は。
笑った。
「お前が」
「未来を知っているかもしれぬ」
「ということとかな」
宗一郎の顔から。
表情が消えた。
半兵衛も。
動かない。
玄蕃は。
それ以上。
何も言わなかった。
宗一郎は。
ゆっくり。
帝から届いた文を。
懐へ入れた。
京。
帝。
古き影。
十二使徒を捨てようとする者。
そして。
自分の秘密。
別々だったはずの線が。
また。
一つの場所へ。
集まり始めていた。
だが。
今度。
宗一郎は。
待たなかった。
「源八郎」
「は」
「予定変更」
「京まで」
「二人つけて」
「帝は一人で来いと」
「言っておられますが」
「御所には」
「一人で入る」
宗一郎は。
刀を取った。
「京まで一人で来いとは」
「書いてない」
半兵衛が。
笑った。
「人が悪くなりましたな」
「褒めてます?」
「全部です」
「最近」
「そればっかりですね」
宗一郎は。
戸を開けた。
外。
馬が。
用意されている。
「行ってくる」
「お気をつけて」
「はい」
宗一郎は。
馬へ乗った。
京へ。
そして。
宗一郎が去ったあと。
牢の中。
玄蕃は。
一人。
目を閉じた。
「さて」
小さく。
呟く。
「どちらが」
「先に気づく」
宗一郎か。
帝か。
それとも。
信長か。
玄蕃は。
誰にも聞こえぬ声で。
もう一言。
呟いた。
「未来を知る者が」
「一人だけだと」
「誰が決めた」




