第百二十一章 十二人目
第百二十一章 十二人目
伊勢。
夜。
部屋には。
五人しかいなかった。
宗一郎。
半兵衛。
長秀。
源八郎。
そして。
佐久間玄蕃。
滝川一益は外にいる。
九鬼嘉隆は。
とっくに帰った。
「陸の鼠を捕まえるところまで付き合えるか」
そう言い残して。
海へ戻った。
玄蕃の右手には。
布が巻かれている。
九鬼の船で撃たれた傷。
致命傷ではない。
だが。
筆を持つには。
しばらく苦労するだろう。
宗一郎は。
目の前の紙を。
一枚。
玄蕃へ向けた。
――九では足りぬ。
――十二とする。
――三は、信仰を持たぬ者より選ぶ。
「説明して」
玄蕃は。
紙を見る。
「何を」
「全部」
「曖昧だな」
「じゃあ」
宗一郎は。
指を一本立てた。
「九人は何だった」
二本。
「三人は誰だった」
三本。
「十二使徒という名を」
「誰がつけた」
そして。
四本目。
「冬姫様を殺せと」
「誰が決めた」
玄蕃の目が。
宗一郎を見る。
「四つではないか」
「そうですね」
「答えろ」
長秀が。
低く言った。
玄蕃は。
長秀を見る。
「丹羽長秀」
「私を拷問するか」
「必要ならな」
宗一郎が。
長秀を見る。
長秀は。
宗一郎を見返した。
「何だ」
「拷問はしません」
「甘い」
「違います」
宗一郎は。
玄蕃を見る。
「この人」
「痛めつけても」
「本当のこと言わない」
玄蕃が。
僅かに笑った。
「買い被りだ」
「武田勝頼も」
「同じことを言ったそうですよ」
笑みが。
消えた。
「塚原甚内」
宗一郎が言う。
「甲斐へ入った」
「捕まった」
「あなたたちが」
「勝頼を煽ろうとした文も」
「押さえられた」
玄蕃は。
何も言わない。
「本願寺へ置いた偽の文も」
「顕如殿が見抜いた」
「尾張の蔵は焼けなかった」
「伊勢の三つの蔵は潰した」
「弥七は死んだ」
「佐吉も」
「追ってる」
「道順は捕まってる」
「善右衛門も」
「名前が出てる」
一つずつ。
置いていく。
玄蕃の顔は。
ほとんど変わらない。
宗一郎は。
そこで止めた。
「で」
「何を守ってるのか」
初めて。
玄蕃の眉が。
僅かに動いた。
「仲間?」
「信仰?」
「ディオゴ?」
「それとも」
宗一郎は。
九人の名が書かれた紙を取った。
「もう」
「守るものなんて」
「残ってない?」
沈黙。
長い。
源八郎は。
壁際から。
玄蕃だけを見ている。
半兵衛は。
紙を見ていた。
やがて。
玄蕃が。
口を開いた。
「九人は」
宗一郎の目が上がる。
「十二使徒ではない」
「分かってます」
「いや」
「分かっていない」
玄蕃は。
九人の紙を見る。
「あれは」
「ただの集まりだ」
「ロレンソが言った通り?」
「おそらくな」
「おそらく?」
「私は」
「毎度いたわけではない」
長秀が。
眉を寄せる。
「お前の名がある」
「名があれば」
「毎度そこにいるのか」
宗一郎が。
長秀を止めた。
「続けて」
「九人は」
「神について話した」
「日本で」
「どう教えを広めるか」
「争った」
「一人ずつ説く者」
「寺と争うなと言う者」
「大名を先に動かせと言う者」
「商いを使えと言う者」
「皆」
「勝手なことを言っていた」
「あなたは?」
「人を繋いだ」
「それだけ?」
「それだけだ」
宗一郎は。
嘘だと思った。
だが。
そこで止めない。
「ディオゴは」
「銭を出した」
「船を繋いだ」
「港を繋いだ」
「それだけ?」
「最初はな」
最初は。
その言葉を。
半兵衛が拾った。
「途中から」
「変わったのでございますな」
玄蕃が。
半兵衛を見る。
「竹中半兵衛」
「お前は」
「話が早い」
「褒め言葉として」
「受け取っておきましょう」
玄蕃は。
少し笑った。
「変わったのは」
「九人ではない」
「周りだ」
「どういう意味」
宗一郎が聞く。
「九人が話せば」
「人が寄ってくる」
「商人」
「船乗り」
「浪人」
「通訳」
「信徒」
「信徒ではない者」
「銭が欲しい者」
「力が欲しい者」
「大名に恨みを持つ者」
「寺を憎む者」
「寺に守られたい者」
「皆」
「違う」
「それを」
玄蕃が言った。
「一つにまとめようとした馬鹿がいた」
「誰」
玄蕃は。
答えない。
「ディオゴ?」
答えない。
「あなた?」
玄蕃は。
宗一郎を見た。
「私は」
「人を繋ぐ」
「では」
「まとめたのは」
半兵衛が。
紙の裏を指した。
「この文字を書いた者ですか」
玄蕃の目が。
紙へ落ちた。
ほんの一瞬。
源八郎が。
見逃さなかった。
「違う」
玄蕃が言った。
「今」
「紙を見ましたな」
源八郎。
玄蕃が。
黙る。
「筆跡を」
「知っている」
宗一郎が言う。
「誰」
「……」
「玄蕃」
「誰だ」
今度は。
長秀だった。
声を荒らげない。
ただ。
逃がさない。
玄蕃は。
目を閉じた。
「ディオゴだ」
部屋が。
静かになる。
「確か?」
「五年前なら」
「間違えぬ」
宗一郎は。
紙を見る。
――九では足りぬ。
――十二とする。
「ディオゴが」
「十二にした?」
「違う」
「また違うの?」
「数を言っただけだ」
「では」
「十二使徒という名前は」
「後だ」
玄蕃が。
答えた。
「誰がつけたかは」
「私は知らぬ」
「本当に?」
「ああ」
「気づいた時には」
「そう呼ぶ者がいた」
「印も?」
「後だ」
「二本線と丸」
「私が見たのは」
「三年ほど前が最初だ」
宗一郎は。
頭の中で。
時を並べる。
五年以上前。
九人。
ディオゴ。
玄蕃。
布教の方法を議論。
その後。
九では足りない。
十二とする。
三人は。
信仰を持たない者から選ぶ。
さらに後。
十二使徒という名。
独自の印。
「つまり」
宗一郎が言う。
「最初から秘密結社を」
「作ろうとしたわけじゃない」
「少なくとも」
「九人の時はな」
玄蕃が答える。
「それが」
「途中から」
「別のものに変わった」
「そうだ」
ロレンソの話と。
合う。
すべてではない。
だが。
大きくは。
矛盾しない。
「三人」
宗一郎が言った。
「誰」
玄蕃が。
黙る。
「ここは」
「知らないじゃないよね」
「知っている」
「なら」
「言え」
「嫌だ」
長秀の目が。
冷えた。
「玄蕃」
「勘違いするな」
「お前に」
「選ぶ権利はない」
「ある」
玄蕃が。
即答した。
「何?」
「話すか」
「話さぬか」
「それだけは」
「私のものだ」
長秀が。
一歩。
前へ出る。
宗一郎が。
手を上げた。
「待て」
「まだ止めるか」
「はい」
宗一郎は。
玄蕃の前に。
別の帳面を置いた。
伊勢の蔵。
長秀が押さえた。
三冊ずつ写された記録。
「じゃあ」
「こっちから言います」
「三人のうち」
「一人は」
「日本人」
玄蕃。
無反応。
「一人は」
「商人」
無反応。
「一人は」
「武士」
僅かに。
右肩。
動いた。
源八郎が見る。
宗一郎は。
気づかないふりをした。
「違うか」
「……」
「なら」
「三人とも商人?」
「……」
「三人とも日本人?」
玄蕃の視線が。
ほんの少し。
下がった。
宗一郎は。
止めた。
「半兵衛殿」
「はい」
「三人」
「同じ役目じゃないですね」
「私も」
「そう思います」
「何故だ」
長秀が聞く。
半兵衛が。
三本の指を出す。
「信仰を持たぬ者を」
「わざわざ三人加える」
「同じ仕事をさせるだけなら」
「三人である必要はございませぬ」
「なら」
「違う役目」
「おそらく」
「銭」
「武」
「そして」
半兵衛は。
玄蕃を見る。
「政」
玄蕃の顔から。
初めて。
笑みが消えた。
宗一郎が。
息を吐いた。
「当たりか」
「……」
「銭を動かす者」
「武器や兵を動かす者」
「大名や朝廷」
「政治を動かす者」
「三つ?」
玄蕃が。
ゆっくり。
半兵衛を見る。
「怖い男だな」
「あなたほどでは」
「いや」
玄蕃が言った。
「私より」
「ずっと怖い」
それが。
答えだった。
◆
玄蕃へ。
水が与えられた。
食事も。
出した。
宗一郎は。
あえて。
そこで尋問を切った。
別室。
長秀が。
すぐ言った。
「何故止めた」
「今なら」
「まだ吐いた」
「吐きませんよ」
「では」
「もっと追い込め」
「疲れてる時に」
「聞いた答えをどこまで信用します?」
「なら」
「休ませるのか」
「はい」
長秀が。
宗一郎を睨む。
「優しいな」
「違います」
「元気な状態で」
「嘘をつかせます」
長秀が。
黙った。
半兵衛が。
笑う。
「宗一郎殿も」
「随分」
「人が悪くなりましたな」
「さっきも言われました」
「褒めております」
「半分ですか」
「全部です」
「それは嫌だな」
だが。
宗一郎の顔から。
すぐ笑みが消えた。
「半兵衛」
「はい」
「玄蕃は俺のことを知りすぎてる」
「そうですな」
「未来と言ったのは偶然か?」
「違いますね」
長秀が。
二人を見る。
「何の話だ」
宗一郎は。
止まった。
長秀には。
未来のことを。
話していない。
「……玄蕃が俺の考え方を妙に読んでるって話です」
嘘ではない。
全部でもない。
長秀は。
しばらく宗一郎を見る。
「そうか」
それ以上。
聞かなかった。
「信長様へは」
「どう報告します」
半兵衛。
「分かったことだけ」
宗一郎が答える。
「九人は最初から十二使徒ではなかった」
「ディオゴが十二という数を出した可能性が高い」
「三人は信徒ではない」
「役割は」
「銭」
「武」
「政」
「ただし」
「これは玄蕃の反応からの推測」
「事実と分ける」
「はい」
「十二使徒という名前と印は」
「後から生まれた」
「誰が作ったかは不明」
「それと」
宗一郎は。
一度。
黙った。
「ディオゴを」
「黒幕と決めない」
長秀が。
眉を上げる。
「ここまで出てもか」
「はい」
「十二という数を言った」
「それは玄蕃の証言」
「でも」
「冬姫様を殺せと言った証拠はない」
「帝を狙えと言った証拠も」
「ない」
「だから」
「そこは分ける」
長秀が。
鼻から息を吐く。
「面倒な男だ」
「褒めてます?」
「今度は全部だ」
◆
翌朝。
尋問は。
再開された。
玄蕃は。
食事を取った。
傷も。
手当てされている。
「よく眠れたか?」
宗一郎が聞く。
「捕らえた男に聞くことか」
「眠れてないなら」
「また後にする」
「いや」
玄蕃が笑う。
「やろう」
「では」
宗一郎が。
一枚の紙を置いた。
「三人」
「名前を」
「嫌だ」
「分かった」
玄蕃の眉が。
僅かに動く。
宗一郎は。
別の質問へ移った。
「冬姫様を狙ったのは」
「三人のうち」
「どの役目?」
玄蕃の顔が。
止まる。
「……何故」
「三人の誰かだと思う」
「九人は」
「信仰を広めるために集まった」
「ロレンソも」
「人を殺すための集まりじゃないと言ってる」
「あなたも」
「最初はそうだったと言った」
「なら」
「暗殺や戦の扇動を」
「始めたのは」
「後から加わった力じゃないかって」
玄蕃は。
しばらく。
何も言わなかった。
「半分」
「半分?」
「当たっている」
「残り半分は」
「九人の中にも」
「変わった者がいる」
「誰」
「言わぬ」
「じゃあ」
「冬姫様の件」
「あなたは」
「賛成した?」
玄蕃の目が。
細くなる。
「何故」
「それを聞く」
「責任を」
「分けるため」
「命令した人」
「賛成した人」
「手伝った人」
「反対した人」
「知らなかった人」
「全部」
「同じ罪にはしない」
玄蕃が。
初めて。
宗一郎を。
奇妙なものを見るように見た。
「敵なのにか」
「敵だからです」
「一緒くたにしたら」
「次の敵を作る」
ロレンソ。
庄兵衛。
庄三郎。
顕如。
普通のキリシタン。
商人。
船乗り。
知らずに帳面を写した弥兵衛。
それらまで。
十二使徒と同じにしてしまえば。
敵は。
いくらでも増える。
「答えて」
玄蕃は。
目を閉じた。
長い沈黙。
そして。
「反対した」
宗一郎の表情が。
変わった。
長秀が。
一歩出る。
「嘘をつくな」
「嘘ではない」
「なら」
「何故止めなかった!」
玄蕃が。
長秀を見る。
「止められなかったからだ」
「お前ほどの男が?」
「私は」
「頭ではない」
部屋が。
静まった。
宗一郎が。
ゆっくり聞く。
「もう一度」
「言って」
「私は」
玄蕃は。
今度は。
はっきり言った。
「十二使徒の」
「頭ではない」
「では」
「誰」
「知らぬ」
長秀が。
怒気を見せる。
「ふざけるな」
「本当だ」
「頭の名も知らず」
「従ったと言うか!」
「だから」
玄蕃が。
初めて。
声を強めた。
「十二使徒は」
「お前たちが考えているような」
「一つの組ではない!」
沈黙。
「……何?」
宗一郎が聞く。
玄蕃は。
息を整える。
「十二の席がある」
「席?」
「人ではない」
「役だ」
宗一郎の目が。
変わる。
「待って」
「十二人じゃない?」
「ああ」
「一つの席に」
「何人いる」
「知らぬ」
「場所によって違う」
「死ねば」
「代わる」
「抜ければ」
「代わる」
「名を捨てても」
「席は残る」
宗一郎は。
道順の箱を。
思い出した。
十二枚の木札。
堺。
府内。
平戸。
紀伊。
京。
石山。
博多。
五島。
安芸。
甲斐。
三河。
尾張。
「十二の木札」
宗一郎が呟く。
「人じゃない」
玄蕃が。
宗一郎を見る。
「場所でも」
「ない?」
「場所でもある」
「どういう意味」
「人を」
「繋ぐ場所だ」
宗一郎の。
背中に。
寒気が走った。
「道順は」
「十二人の名簿を」
「持ってたんじゃない」
「十二の」
「中継点」
玄蕃は。
答えなかった。
だが。
否定もしなかった。
半兵衛が。
静かに言った。
「十二使徒とは」
「十二人の使徒ではなく」
「十二の働き」
「十二の経路」
「あるいは」
「十二の席」
「それらをまとめて」
「そう呼んだ」
「誰が?」
宗一郎が聞く。
玄蕃は。
首を振った。
「知らぬ」
「本当に?」
「本当だ」
「なら」
「あなたの席は」
玄蕃が。
黙る。
宗一郎は。
待った。
今度は。
急かさなかった。
やがて。
玄蕃が。
口を開く。
「私は」
「繋ぐ者だった」
伊勢屋。
港。
大名。
商人。
宣教師。
浪人。
寺。
船。
玄蕃。
宗玄。
玄宗。
いくつもの名。
「では」
半兵衛が聞く。
「十二の中で」
「あなたは何番目なのです」
玄蕃は。
笑った。
「番号など」
「ない」
「では」
「何と呼ばれていた」
玄蕃の笑みが。
消える。
「鷺」
宗一郎が。
白鷺の根付を見る。
ようやく。
一つ。
繋がった。
だが。
玄蕃は。
続けた。
「そして」
「鷺は」
「私だけではない」
宗一郎の目が。
上がる。
「何?」
「私を捕らえて」
「終わったと思うな」
玄蕃は。
宗一郎を見た。
「鷺が死ねば」
「次の鷺が立つ」
「私が」
「宗玄という名を捨てたように」
「役目は」
「人より長く生きる」
宗一郎は。
何も言わなかった。
それは。
奇妙な言葉だった。
だが。
宗一郎には。
よく分かった。
人を。
仕組みに変える。
自分が。
やろうとしていることと。
同じだった。
目的だけが。
まるで違う。
玄蕃が。
笑う。
「高槻宗一郎」
「だから」
「私は」
「お前が嫌いなのだ」
「……」
「お前は」
「我らと同じことをしている」
「違う」
「何が」
宗一郎は。
すぐ答えた。
「俺は」
「人が死んでも残る仕組みを作りたい」
「でも」
「誰かを殺すために」
「その仕組みを使う気はない」
「綺麗事だ」
「そうかもしれない」
「権を持てば」
「人は変わる」
「だから」
「縛るんだ」
玄蕃の目が。
僅かに変わる。
「誰を」
「俺たちを」
宗一郎が答えた。
「信長様も」
「俺も」
「次に来る人間も」
「勝手に国を自分のものにできないようにする」
天下鎮護職。
継承。
罷免。
朝廷。
武家。
複数の手。
「人を信じないから」
「仕組みにする」
「でも」
「仕組みそのものが」
「人を殺す怪物になったら」
「止める仕組みも作る」
玄蕃は。
長い間。
宗一郎を見ていた。
そして。
小さく笑った。
「なら」
「試してみるがいい」
「何を」
「お前たちが」
「作った仕組みが」
「本当に」
「信長を止められるか」
宗一郎の顔が。
僅かに強張る。
「どういう意味」
「そのままだ」
「何を知ってる」
玄蕃は。
答えなかった。
だが。
今度の沈黙は。
今までとは。
違った。
何かを。
隠している。
宗一郎が。
身を乗り出す。
「玄蕃」
「何を」
「知ってる」
老人は。
ゆっくり。
目を閉じた。
「今日は」
「ここまでだ」
長秀が。
刀へ手を置いた。
「貴様――」
「長秀殿」
宗一郎が止めた。
そして。
玄蕃を見る。
「いいよ」
「休んで」
玄蕃が。
目を開く。
「ただし」
宗一郎は。
静かに言った。
「次は」
「俺が質問するだけじゃない」
「あなたに」
「見てもらう」
「何を」
「あなたたちが」
「残したものを」
◆
同じ頃。
岐阜。
信長の前へ。
伊勢からの第一報が。
届いていた。
九人。
十二。
三人。
銭。
武。
政。
そして。
佐久間玄蕃。
生け捕り。
信長は。
文を読み終える。
光秀が。
前にいる。
「どう見る」
信長が聞く。
「十二使徒という名に」
「我ら自身が」
「惑わされていた可能性がございます」
「十二人ではない」
「はい」
「信仰の集まりでもない」
「少なくとも」
「今の形は」
「違いましょう」
信長は。
文を置く。
「面白い」
光秀が。
信長を見る。
「面白い、でございますか」
「ああ」
「宗一郎は」
「仕組みを作る」
「十二使徒も」
「仕組みを作った」
「だが」
信長は。
笑う。
「向こうの方が」
「先に腐った」
「何故と」
「お考えです」
「簡単だ」
信長は。
指で。
文を叩いた。
「誰が責任を取るか」
「分からぬからだ」
光秀の目が。
僅かに動く。
「人を隠し」
「名を隠し」
「役を残し」
「命令した者まで」
「見えなくする」
「そんなものは」
「最後には」
「誰も止められぬ」
信長は。
立った。
「宗一郎へ伝えろ」
「は」
「十二人を探すな」
「十二の席を」
「全部探せ」
「そして」
信長の声が。
冷たくなる。
「一つずつ」
「誰が使い」
「誰が銭を出し」
「誰が命じたか」
「人の名へ戻せ」
光秀が。
深く頭を下げる。
「御意」
「仕組みを斬るには」
信長が言った。
「最後は」
「人を斬らねばならぬ」
◆
翌日。
宗一郎の前に。
一枚の地図が。
広げられた。
十二枚の木札。
堺。
府内。
平戸。
紀伊。
京。
石山。
博多。
五島。
安芸。
甲斐。
三河。
尾張。
その横。
伊勢で押収した。
三冊写しの帳面。
宗一郎は。
木札を。
一枚ずつ。
並べ直した。
「場所じゃない」
半兵衛が。
隣で見る。
「はい」
「いや」
宗一郎は。
首を振る。
「場所でもある」
「玄蕃が言った通り」
「人が変わっても」
「港」
「宿」
「寺」
「商家」
「そういう場所が残れば」
「情報は渡せる」
源八郎が。
帳面を置いた。
「高槻様」
「何」
「昨夜」
「道順を」
「もう一度」
「問い直しました」
宗一郎が。
顔を上げる。
「何て」
「十二の木札について」
「人の名かと聞いても」
「答えませなんだ」
「場所かと聞いても」
「答えませなんだ」
「ですが」
源八郎は。
一枚。
紙を置いた。
「こう聞きました」
――次の者へ文を渡せる場所か。
宗一郎は。
紙を見る。
「反応は」
「笑いました」
「それだけ?」
「その後」
源八郎が言った。
「こう申しました」
――やっと、そこまで来たか。
宗一郎が。
目を閉じた。
「……当たりか」
「おそらく」
半兵衛が。
十二枚の木札を見る。
「ならば」
「この中で」
「既に潰したもの」
「まだ生きているものを」
「分けられます」
「はい」
宗一郎が。
尾張を取る。
「尾張」
「伊勢屋の蔵」
「潰れた」
堺。
「一部」
「分かってる」
府内。
「宗玄の痕跡あり」
平戸。
「ディオゴ」
「玄蕃」
「古い九人」
甲斐。
「勝頼が」
「自分で鼠を捕まえ始めてる」
三河。
「家康も」
「玄宗を追ってる」
石山。
「顕如は」
「十二使徒の偽装に」
「気づいてる」
宗一郎は。
そこで。
手を止めた。
「待って」
「どうされました」
「これ」
「俺たちだけで」
「全部潰す必要」
「ないんじゃない?」
半兵衛の目が。
細くなる。
「どういう意味です」
「甲斐は」
「勝頼がやる」
「三河は」
「家康がやる」
「石山は」
「顕如がやる」
「安芸は」
宗一郎は。
木札を見る。
「毛利が」
「自分の領内に」
「勝手な仕組みがあるって知ったら」
「どうすると思います?」
半兵衛が。
笑った。
「嫌うでしょうな」
「でしょうね」
「織田が」
「十二の場所を」
「全部押さえに行ったら」
「侵略になる」
「でも」
「それぞれの土地の人に」
「証拠を渡して」
「自分で調べてもらえば」
源八郎が。
宗一郎を見る。
「敵へも」
「渡されますか」
「必要なら」
「武田にも?」
「もう渡してる」
「本願寺にも?」
「向こうから」
「証拠をくれた」
宗一郎は。
十二枚の木札を見る。
織田だけで。
日本を覆う必要はない。
むしろ。
覆ってはいけない。
天下鎮護職を作ったばかりだからこそ。
なおさら。
「信長様へ」
宗一郎が言う。
「提案する」
「何を」
「十二使徒を」
「織田の敵として」
「潰さない」
半兵衛が。
静かに聞く。
「では」
「日本の中で」
「勝手に戦を作ろうとする者として」
「各地に」
「証拠を渡す」
宗一郎は。
木札を。
一枚。
一枚。
離していった。
「こいつらの一番の武器は」
「誰が味方で」
「誰が敵か」
「分からないことです」
「なら」
「逆にする」
「全部」
「見えるようにする」
尾張。
甲斐。
三河。
石山。
安芸。
堺。
紀伊。
九州。
「宗教の戦いにしない」
「織田と武田の戦いにも」
「しない」
「織田と本願寺だけの戦いにも」
「しない」
宗一郎の指が。
十二枚目の木札へ。
触れる。
「十二使徒が」
「人と人を」
「疑わせて繋いだなら」
「俺たちは」
「証拠で」
「人と人を繋ぐ」
半兵衛が。
宗一郎を見る。
「それが」
「天下鎮護職の」
「最初の仕事になるかもしれませぬな」
宗一郎は。
少し考えた。
そして。
首を振った。
「いや」
「最初の試験です」
「試験?」
「はい」
「信長様が」
「本当に」
「自分の敵にも」
「証拠を渡せるか」
武田勝頼。
徳川家康。
本願寺顕如。
毛利。
織田に従ってはいない。
それどころか。
敵もいる。
「天下を守るって」
宗一郎が。
地図を見る。
「織田に従わせることじゃない」
半兵衛が。
静かに頷いた。
「殿が」
「何と仰るか」
「怖いですね」
「そうですか?」
「はい」
「俺は」
宗一郎は。
苦笑した。
「ちょっと」
「楽しみです」
そして。
その頃。
宗一郎たちは。
まだ知らなかった。
十二枚の木札のうち。
一つ。
――京。
そこだけは。
既に。
十二使徒とは別の手によって。
動き始めていた。
帝の。
古き影。
彼らもまた。
同じ穴へ。
辿り着いていた。




