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『天下布武、その先へ』―転生者と織田信長が拓いた、誰も知らない日本史―  作者: みなみ


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第百十八章 開かれた箱

第百十八章 開かれた箱


 尾張。


 津島。


 伊勢屋の蔵の前に、庄三郎は立っていた。


 昨夜運び込まれた箱は、まだ蔵の中にある。


 円。


 その中に十字。


 外側に三つの点。


 十二使徒が使っていた印ではない。


 そしてロレンソは、その印を見た瞬間に言った。


 ――私が庄兵衛殿へ預けた印です。


 五年前。


 まだ十二使徒という名すらなかった頃。


 布教のあり方を話し合っていた九人。


 その名を残した箱。


「開けます」


 宗一郎が言った。


 庄三郎が頷く。


「お願いします」


「庄三郎さん」


「はい」


「これはあなたの家の蔵です」


「最後に決めるのは、あなたです」


 庄三郎は父の蔵を見上げた。


 先代庄兵衛。


 キリシタンだった父。


 異国の教えに懐疑的だった息子。


 それでも庄三郎は、父の遺言だからという理由で、この蔵を貸し続けてきた。


 その善意が。


 利用された。


「開けてください」


 庄三郎は言った。


「父が何を残したのか」


「私も知りたい」


 宗一郎が蔵へ入る。


 半兵衛。


 ロレンソ。


 丹羽長秀。


 そして二人の甲賀の者。


 人数は絞った。


 外には伊勢屋の奉公人。


 さらに離れたところへ長秀の兵。


 町を騒がせる気はない。


 だが。


 逃がす気もなかった。


 箱は。


 思っていたより小さかった。


 一人で抱えられるほど。


 古い。


 だが。


 昨夜運び込まれたばかりとは思えない。


「待ってください」


 宗一郎がしゃがむ。


 箱の底。


 薄く。


 埃がある。


「これは」


 長秀も気づいた。


「昨夜作られた箱ではないな」


「はい」


 古い箱を。


 誰かが。


 昨夜ここへ戻した。


「何故だ」


 半兵衛が呟く。


「五年間隠していたものを」


「今になって」


「戻した」


 宗一郎は。


 嫌な感覚を覚えた。


「庄三郎さん」


「昨夜の荷を運んだ二人」


「いつもの人ですか」


「いいえ」


「初めて見ました」


「蔵を使う者は」


「毎回違う?」


「ほとんど」


「ただ」


 庄三郎が考える。


「木札を持ってきます」


「木札?」


「父から」


「それを持つ者には蔵を貸せと」


 宗一郎と長秀が。


 同時に庄三郎を見る。


「どんな木札です」


 庄三郎が。


 懐から。


 一枚出した。


「これです」


 宗一郎の顔が変わった。


 二本の横線。


 その下に。


 小さな丸。


 十二使徒の印。


「……庄三郎さん」


「はい」


「これを」


「ずっと?」


「父が死んでから」


「この印を持つ者へ?」


「はい」


 庄三郎は。


 そこで気づいた。


 顔から。


 血の気が引く。


「まさか」


「父の印では」


「ありません」


 ロレンソが断言した。


「庄兵衛殿と私が決めた印は」


 箱の印を指す。


「こちらです」


 円。


 十字。


 三つの点。


「では」


 庄三郎の声が震えた。


「私は」


「五年間」


 宗一郎が遮った。


「利用されたんです」


「でも」


「今はそれより先です」


 庄三郎を見る。


「父上から」


「この木札を直接渡された?」


「……いいえ」


「誰から」


「父が亡くなった後」


「店に届きました」


「手紙と一緒に」


「手紙は?」


「残しております」


「持ってきてください」


 庄三郎が走る。


 宗一郎は。


 箱を見た。


「半兵衛殿」


「はい」


「これ」


「向こうが間違えたと思います?」


「思いませぬ」


「俺もです」


 五年間。


 偽の印で。


 伊勢屋の蔵を使っていた。


 そして今。


 本物の印が付いた箱を。


 わざわざ。


 戻してきた。


「何かが」


 半兵衛が言った。


「変わった」


「はい」


「あるいは」


 長秀が低く言う。


「我らが伊勢屋へ辿り着いたことを」


「知られた」


 宗一郎は答えなかった。


 その可能性が。


 一番嫌だった。


 箱を開けた。


 中には。


 三冊の薄い帳面。


 一通の封書。


 小さな十字架。


 銀貨。


 そして。


 九枚の紙。


 一枚に。


 一人。


 名がある。


 ロレンソ。


 その名も。


 あった。


「九人」


 半兵衛が言う。


「はい」


 ロレンソが。


 一枚ずつ見る。


 一人目。


 ロレンソ。


 二人目。


 日本人。


 洗礼名と。


 日本名。


 三人目。


 ポルトガル語らしき名。


 四人目。


 通訳。


 五人目。


 商人。


 六人目。


 日本人信徒。


 七人目。


 船乗り。


 八人目。


 ディオゴ。


 そして。


 九人目。


 ロレンソの手が。


 止まった。


「どうした」


 長秀が聞く。


「この者」


「誰です」


 ロレンソが。


 紙を宗一郎へ渡す。


 そこには。


 日本名があった。


 宗一郎は。


 一度読んだ。


 もう一度。


 読む。


「宗玄?」


「いいえ」


 ロレンソが首を振る。


「宗玄ではありません」


「では」


「宗玄より」


「前です」


「前?」


「宗玄を」


「この集まりへ連れてきた者です」


 宗一郎の表情が変わった。


「名前は」


 紙には。


 こう書かれていた。


 ――佐久間玄蕃。


「織田の佐久間?」


 長秀の声が鋭くなる。


「違います!」


 ロレンソが即座に否定した。


「佐久間という姓だけで」


「織田家中の佐久間殿と結びつけてはなりません」


 宗一郎も頷く。


「長秀殿」


「まだ」


「ああ」


 長秀はすぐに引いた。


「すまぬ」


 同姓。


 それだけだ。


 だが。


 問題は。


 次だった。


「この人は」


「何をしてたんです」


「商人です」


「何の」


「人です」


 宗一郎が。


 意味を理解できなかった。


「人を売ってた?」


「違います」


 ロレンソが答える。


「人と人を」


「結ぶのです」


 大名。


 商人。


 宣教師。


 船主。


 通訳。


 寺。


 武士。


「誰と話せば」


「何が動くか」


「それを知っていた」


 宗一郎は。


 ディオゴの言葉を思い出した。


 ――国を取る必要はない。


 ――国を動かす者を動かせばよい。


「この人」


「今どこに」


 ロレンソは。


 首を振った。


「死にました」


「いつ」


「五年前」


 宗一郎の目が。


 細くなる。


「どうやって」


「船から落ちたと」


「どこで」


「平戸」


 偶然。


 かもしれない。


「死体は」


「上がりませんでした」


 宗一郎は。


 紙を置いた。


「死んだと」


「誰が確認したんです」


 ロレンソが。


 答えられない。


 半兵衛が。


 静かに言った。


「死んだのではなく」


「佐久間玄蕃という名を」


「捨てた可能性がございますな」


 宗一郎は。


 宗玄。


 玄宗。


 いくつもの名を使った男を思い出した。


 人は。


 死ななくても。


 名前を殺せる。


 そこへ。


 庄三郎が戻ってきた。


「ありました!」


 古い手紙。


 宗一郎が受け取る。


 父が死んだ直後。


 庄三郎へ届いたもの。


 ――先代との約定により、印を持つ者へ蔵を貸されたし。


 その下。


 十二使徒の印。


 だが。


 署名がない。


「誰が持ってきたか」


「覚えてます?」


「五年前です」


「それでも」


 庄三郎が。


 必死に記憶を探る。


「若い男でした」


「どんな」


「二十……」


「いや」


「三十にはなっていなかったと思います」


「商人?」


「そう見えました」


「他には」


「右の」


 庄三郎が。


 自分の頬を触る。


「ここに」


「火傷の痕が」


 ロレンソの顔が変わった。


 宗一郎が気づく。


「知ってる?」


「……はい」


「誰」


「九人の中には」


「おりません」


「ですが」


「ディオゴの傍にいた日本人に」


「その傷がありました」


「名前は」


「弥七」


 宗一郎は。


 すぐ記録役を見る。


「弥七」


「右頬に火傷」


「五年前」


「伊勢屋へ偽の印を持ち込んだ可能性」


「はい」


「可能性、まで」


「断定しない」


「承知」


 宗一郎は。


 また。


 確認する。


 記録する。


 分ける。


 だが。


 今度は。


 そこで終わらなかった。


「長秀殿」


「何だ」


「昨夜の二人」


「追えます?」


「既に追わせている」


 宗一郎が。


 長秀を見る。


「早いですね」


「儂を誰だと思っている」


「信長様と同じこと言わないでください」


「それは嫌だな」


 その時。


 外から。


 足音。


「長秀様!」


 兵が。


 蔵へ駆け込んだ。


「昨夜の二人」


「見つけました!」


「どこだ」


「熱田へ向かっております!」


「二人ともか」


「いえ!」


「一人は熱田!」


「もう一人は」


 兵が。


 息を整える。


「清洲へ!」


 長秀の顔から。


 表情が消えた。


「分けたか」


 宗一郎が。


 地図を見る。


 熱田。


 港。


 清洲。


 街道。


「どっちを」


 半兵衛が聞く。


 宗一郎は。


 一瞬だけ考えた。


「両方」


 長秀が立つ。


「熱田は儂が行く」


「俺は清洲」


「宗一郎」


「はい」


「捕らえることを優先しろ」


「分かってます」


「違う」


 長秀の目が。


 鋭かった。


「今までとは違う」


 宗一郎が黙る。


「相手は」


「姫様を殺そうとした者たちに繋がる」


「主上を殺すことまで考えた」


「武田を煽り」


「本願寺へ罪を被せ」


「国を戦へ戻そうとしている」


 長秀の声に。


 温度がない。


「刀を抜いたら」


「斬れ」


 宗一郎は。


 ゆっくり頷いた。


「はい」


「逃がすな」


「はい」


 庄三郎が。


 宗一郎を見る。


 さっきまで。


 父の日記を読み。


 信仰と善意について話していた男と。


 同じ男には。


 見えなかった。


「行きます」


 宗一郎は。


 刀を取った。


 清洲へ向かった男は。


 速かった。


 旅装。


 荷は小さい。


 甲賀の者が。


 距離を取って追う。


 宗一郎たちは。


 途中から。


 街道を外れた。


「清洲へ行ってない」


 源八郎が言った。


「どこへ」


「庄内川」


 宗一郎の顔が変わる。


「船?」


「おそらく」


 馬を走らせる。


 河原。


 夕暮れ。


 小舟が。


 一艘。


 岸にある。


 男が。


 走る。


「止まれ!」


 宗一郎が叫ぶ。


 男が振り返る。


 右頬。


 火傷。


「弥七!」


 男の動きが。


 一瞬。


 止まった。


 当たりだ。


 次の瞬間。


 弥七は。


 逃げなかった。


 懐へ手を入れた。


「伏せろ!」


 源八郎が叫ぶ。


 火。


 短い音。


 鉄砲。


 弾が。


 宗一郎の横を抜けた。


「高槻様!」


「大丈夫!」


 弥七が。


 二発目を用意する。


 短筒。


 もう一挺。


 宗一郎は。


 叫ばなかった。


 説得もしなかった。


「射て」


 乾いた音が。


 二つ。


 弥七の身体が。


 崩れた。


 一発。


 肩。


 もう一発。


 胸。


 それでも。


 男は。


 立とうとした。


 刀を抜く。


「生きて捕らえろ!」


 誰かが叫びかける。


 宗一郎が。


 止めた。


「近づくな!」


 弥七が。


 笑った。


「高槻……」


 血を吐く。


「お前が……」


 刀を持ったまま。


 前へ出る。


 宗一郎は。


 自分の刀を抜いた。


「止まれ」


 弥七は。


 止まらない。


「止まれ!」


 さらに。


 一歩。


 宗一郎は。


 もう言わなかった。


 踏み込む。


 一閃。


 弥七の刀が。


 地面へ落ちた。


 身体が。


 続いて倒れた。


 河原に。


 風だけが。


 通った。


 宗一郎は。


 刀についた血を見た。


 手が。


 僅かに震えている。


 だが。


 後悔で。


 命令を変えたりはしなかった。


「荷を」


 声が。


 少し掠れた。


「調べろ」


 源八郎が。


 弥七の荷を開く。


 銀。


 紙。


 火薬。


 そして。


 一通の文。


「高槻様」


 宗一郎が受け取る。


 宛名はない。


 短い。


 ――尾張は捨てる。


 ――蔵は焼け。


 宗一郎の顔から。


 血の気が引いた。


「伊勢屋!」


 振り返る。


「戻れ!」


 だが。


 その時。


 遠く。


 津島の方角。


 空に。


 黒い煙が上がった。


     ◆


 伊勢屋。


 火は。


 蔵ではなかった。


 店だった。


「水!」


「井戸から回せ!」


「隣家へ移るぞ!」


 庄三郎が。


 奉公人を動かしていた。


 半兵衛も。


 残った兵へ指示を飛ばす。


 炎は。


 店の裏。


 油を置いていた場所から上がった。


 偶然ではない。


「庄三郎さん!」


 宗一郎が。


 馬から飛び降りる。


「高槻様!」


「箱は!」


「別の蔵へ移しました!」


「人は」


「奉公人が一人」


 庄三郎の声が詰まる。


「中に」


 宗一郎が走ろうとする。


 半兵衛が。


 腕を掴んだ。


「駄目です!」


「でも!」


「もう」


 屋根が。


 崩れた。


 炎が。


 噴き上がる。


 宗一郎は。


 動けなかった。


 一人。


 間に合わなかった。


 火が収まったのは。


 夜だった。


 奉公人の遺体が。


 運び出された。


 十七歳。


 名を。


 新吉。


 伊勢屋へ来て。


 三年。


 宗一郎は。


 その顔を。


 知らなかった。


 庄三郎は。


 知っていた。


「母親が」


「津島におります」


 それだけ言った。


 宗一郎は。


 拳を握った。


 敵を間違えるな。


 証を確かめろ。


 分からないものは。


 分からないでいい。


 その考えを。


 捨てるつもりはない。


 だが。


 それは。


 何もしない理由ではない。


 敵が。


 火を放った。


 人が。


 死んだ。


 ここから先。


 同じやり方だけでは。


 駄目だ。


     ◆


 熱田。


 長秀が追った男も。


 港へ向かっていた。


 こちらは。


 船へ乗る前に。


 囲んだ。


「捕らえろ」


 男が。


 懐へ手を入れた。


「動くな」


 長秀が言う。


 男は。


 動いた。


 長秀は。


 躊躇わなかった。


「射て」


 三発。


 男が倒れる。


 だが。


 死んではいない。


 肩。


 脚。


 腹。


「縛れ」


「は!」


 男が。


 呻く。


「殺せ……」


 長秀は。


 冷たく見下ろした。


 男が。


 長秀を見る。


「死ねば」


「終わると思うな」


「名」


「港」


「銭」


「誰から受けた」


「全部」


「吐いてもらう」


「……言うと」


「思うか」


「思わぬだろうな」


 長秀は。


 表情を変えない。


「だから」


「お前の口だけには頼らぬ」


 荷を開く。


 そこには。


 紙があった。


 十二使徒の印。


 そして。


 三つの名。


 熱田。


 桑名。


 大湊。


 さらに。


 一行。


 ――尾張が破れた時は、伊勢へ移れ。


 長秀の目が。


 変わった。


「伊勢」


 男の顔が。


 ほんの僅かに。


 動いた。


 それだけで。


 十分だった。


「出るぞ」


 家臣が驚く。


「今から?」


「ああ」


「夜でございます」


「だからだ」


「殿へは」


「使いを出せ」


「兵は?」


「多くはいらぬ」


 長秀は。


 男を指す。


「こいつを生かしたまま運べ」


「伊勢へ?」


「違う」


「岐阜へだ」


 長秀は。


 暗い海を見る。


「伊勢へ行くのは」


「儂らだけでよい」


     ◆


 岐阜。


 信長は。


 新吉が死んだという報告を。


 黙って聞いた。


 弥七。


 死亡。


 もう一人。


 生け捕り。


 伊勢屋。


 放火。


 十二使徒の古い箱。


 九人の名。


 佐久間玄蕃。


 ディオゴ。


 そして。


 伊勢へ逃げる指示。


 宗一郎は。


 河原で自分が弥七を斬ったことも。


 隠さなかった。


「俺が」


「斬りました」


 信長は。


 宗一郎を見る。


「そうか」


「……はい」


「それだけか」


 宗一郎が。


 少し驚く。


「何か」


「言わないんですか」


「何を」


「人を斬った」


「相手は」


「鉄砲を撃ったのであろう」


「はい」


「次の武器も持った」


「はい」


「止まれと言ったか」


「二度」


「なら」


「何を悩む」


 宗一郎は。


 答えられなかった。


「宗一郎」


 信長の声が。


 低くなる。


「殺すことを」


「好む必要はない」


「だが」


「殺さねば」


「こちらが死ぬ」


「迷うな」


 宗一郎は。


 黙って頷いた。


「新吉という者の家へ」


 信長が言う。


「伊勢屋を通して」


「銭を出せ」


「織田家からですか」


「違う」


「儂からだ」


 宗一郎が。


 信長を見る。


「何だ」


「いえ」


「それと」


 信長の目が。


 変わった。


「伊勢」


「はい」


「長秀を」


「一人で働かせるな」


 宗一郎は。


 すぐ意味を理解した。


「兵を?」


「滝川を出す」


「大軍ですか」


「要らぬ」


 信長は。


 地図の伊勢を。


 指で押さえた。


「鼠を捕るのに」


「山を焼く馬鹿があるか」


「逃げ道だけ」


「塞げ」


「はい」


「ただし」


 信長は。


 宗一郎。


 半兵衛。


 光秀。


 その全員を見た。


「今度は」


「見て終わるな」


 声が。


 冷えた。


「証が取れた場所は潰せ」


「武器を持って抵抗する者は斬れ」


「降る者は捕らえろ」


「知らずに場所を貸した者まで殺すな」


「だが」


「知って人を殺す手伝いをした者を」


「善人の顔で逃がすな」


 光秀が。


 深く頭を下げた。


「御意」


 半兵衛も。


「承知いたしました」


 宗一郎も。


 答えた。


「はい」


 信長は。


 最後に。


 一枚の紙を取った。


 九人の名。


「十二使徒」


 信長が言う。


「名が十二だから」


「十二人を探した」


「はい」


「だが」


「九人から始まった」


「はい」


「なら」


 紙を。


 机へ置く。


「十二という数を」


「忘れろ」


 宗一郎の目が。


 変わった。


「敵が」


「十二人だと」


「誰が決めた」


 誰も。


 答えない。


「名に」


「騙されるな」


 信長は。


 九人の紙の中から。


 一枚。


 佐久間玄蕃。


 その名を取った。


「死人も」


「疑え」


 宗一郎が。


 僅かに息を呑む。


「信長様」


「何だ」


「この人」


「生きてると思います?」


「知らん」


「だが」


 信長は。


 笑わなかった。


「死体のない死人を」


「儂は信用せぬ」


 そして。


 伊勢を指した。


「行け」


「はい」


「今度は」


 信長の指が。


 地図の上を。


 熱田から桑名。


 大湊へ走る。


「鼠穴を」


「一つ」


「潰してこい」


     ◆


 翌朝。


 滝川一益が。


 僅かな手勢を率いて。


 伊勢へ向かった。


 丹羽長秀は。


 既に別路から入っている。


 宗一郎も。


 同行する。


 だが。


 今回は。


 宗一郎が前に出る戦ではない。


 尾張。


 伊勢。


 海。


 街道。


 その全てを知る者たちが。


 役割を分ける。


 桑名。


 大湊。


 二つの名。


 どちらかが。


 囮かもしれない。


 両方。


 本物かもしれない。


 だが。


 もう一つ。


 生け捕りにした男の荷から。


 長秀が見つけたものがあった。


 小さな木札。


 表。


 何もない。


 裏。


 文字が一つ。


 ――三。


 宗一郎は。


 それを見て。


 十二使徒の十二とは。


 関係ないと思った。


 数字に。


 引っ張られない。


「三番目の場所」


 半兵衛が言った。


「あるいは」


「三番目の人」


「三番目の荷」


「三日後」


「三艘」


 宗一郎が続ける。


「分からない」


「はい」


「なら」


「現地で確かめる」


 だが。


 その時。


 前方から。


 馬が来た。


 長秀の使者。


「高槻様!」


「何!」


「丹羽様より!」


 宗一郎が。


 馬を止める。


「大湊ではございません!」


「では」


「桑名?」


「違います!」


 使者は。


 息を切らしながら。


 叫んだ。


「伊勢神宮へ向かう街道!」


「その途中にある」


「古い宿場です!」


 宗一郎の顔が変わる。


「何がある」


「蔵が三つ!」


「全部」


「持ち主が違います!」


「ですが」


 使者が。


 そこで。


 声を落とした。


「三つとも」


「同じ男が」


「銭を出して借りております」


「誰」


 使者は答えた。


「佐久間玄蕃」


 宗一郎の背筋を。


 冷たいものが走った。


 五年前。


 平戸の海へ落ち。


 死体も上がらず。


 死んだことになった男。


 その名で。


 今も。


 伊勢の蔵が。


 借りられている。


 滝川一益が。


 初めて笑った。


「死人が」


「蔵を借りるか」


 宗一郎は。


 刀の柄へ手を置いた。


「行きましょう」


 今度は。


 調べるだけではない。


 尾張で。


 一人死んだ。


 冬姫を狙った。


 帝を狙った。


 本願寺を嵌めようとした。


 武田を戦へ引きずり戻そうとした。


 そして。


 証拠を焼くためなら。


 何の関係もない奉公人まで。


 火の中へ巻き込んだ。


 宗一郎の中で。


 一本。


 線が引かれていた。


 その線の向こう側にいる者へ。


 もう。


 甘い言葉を使うつもりはなかった。


「源八郎」


「は」


「逃げ道を見張れ」


「承知」


「一益殿」


「何だ」


「生きて捕らえられるなら」


「捕らえたい」


「ああ」


「だが」


 宗一郎は。


 前を見る。


「こちらへ刃を向けたら」


「斬ってください」


 一益が。


 宗一郎を見る。


 以前なら。


 その言葉を言うまで。


 もっと迷った男だった。


「言われなくとも」


 滝川一益が答えた。


「そのつもりだ」


 馬が。


 駆け出す。


 伊勢の山並みが。


 近づいてくる。


 五年前に死んだはずの男。


 佐久間玄蕃。


 十二使徒が生まれる前から。


 人と人を結び。


 国を動かす者を知っていた男。


 その死人が。


 もし。


 本当に生きているのなら。


 十二使徒の根は。


 海の向こうだけにあるのではない。


 日本の土の中にも。


 深く。


 食い込んでいる。


 そして今。


 織田は初めて。


 その根の一つへ。


 刀を入れようとしていた。

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