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『天下布武、その先へ』―転生者と織田信長が拓いた、誰も知らない日本史―  作者: みなみ


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第百十章 海を閉じるな

第百十章 海を閉じるな


 毛利は兵を出さなかった。


 船も出さなかった。


 織田へ敵対を告げる書状すら送ってこなかった。


 ただ、本願寺へ向かう船に水を売る。


 食料を売る。


 薪を売る。


 必要なら船を直す。


 それを禁じなかった。


 それだけだった。


「厄介ですね」


 宗一郎が言うと、信長は鼻で笑った。


「何がだ」


「何がって……」


 宗一郎は御所から持ち帰った地図を指した。


「これじゃ毛利を敵だと言えない」


「当たり前だ」


「でも本願寺は助かる」


「そうだ」


「なのに攻める理由がない」


「だから上手いのだろう」


 岐阜。


 御所から戻った信長は、すぐに家臣たちを集めていた。


 丹羽長秀。


 滝川一益。


 明智光秀。


 羽柴秀吉。


 高槻宗一郎。


 竹中半兵衛。


 そして今回は、黒田官兵衛も秀吉の傍らにいる。


 九鬼嘉隆は少し離れた場所に座っていた。


 家臣ではない。


 だから信長の前でも、座る位置が微妙に違う。


 その嘉隆が言った。


「毛利は何も悪いことをしていない」


 滝川が眉を寄せる。


「敵へ兵糧を運ぶ船を助けておる」


「商人に水を売っただけだ」


「本願寺へ行くと分かっていてもか」


「分かっていた証拠があるのか」


 滝川が黙った。


 嘉隆は続ける。


「海でそれをやり始めたら、終わりだ」


「何が」


「商いがだ」


 宗一郎は嘉隆を見る。


「詳しく」


「本願寺へ行くかもしれん」


「毛利へ行くかもしれん」


「九州へ行くかもしれん」


「南蛮船と取引するかもしれん」


「そんな理由で水も売るな、米も売るな、縄も売るなと言い始めたらどうなる」


 丹羽長秀が答えた。


「商人が織田の港を避ける」


「そうだ」


「港が死ぬ」


「そうだ」


 嘉隆は宗一郎を見る。


「前に言ったな」


「海でも敵を増やすな」


「はい」


「今がそれだ」


 信長が地図を見たまま尋ねた。


「なら放っておくか」


「それも馬鹿だ」


 家臣たちが嘉隆を見る。


 信長だけが笑った。


「続けろ」


「毛利が兵を出さないなら、こちらも兵を向けるな」


「だが」


 嘉隆の指が大阪湾から西へ動く。


「見る」


「何を」


「どの港が水を売る」


「どこが米を出す」


「誰が船を直す」


「どの船頭が石山まで案内する」


「幾らで売る」


「何日かかる」


「どの潮を使う」


「全部だ」


 宗一郎が小さく笑った。


「それなら得意です」


「知ってる」


「網ですね」


「お前は本当にそれが好きだな」


「便利ですから」


 だが、官兵衛が口を挟んだ。


「見るだけでは、本願寺へ兵糧が届き続けます」


 嘉隆が官兵衛を見る。


「だから何だ」


「石山を落とすのであれば、いつか止めねばなりませぬ」


「いつかはな」


「その『いつか』までに石山が力を取り戻せば?」


「その時は戦う」


「では遅い」


 空気が少し変わった。


 官兵衛と嘉隆。


 二人とも間違っていない。


 だからこそ難しい。


 官兵衛は陸の戦から考える。


 敵の兵站を切る。


 補給を止める。


 弱ったところを攻める。


 嘉隆は海から考える。


 海は多くの者が使う。


 敵だけを締めようとして、全員を締めれば、自分の首も締まる。


「半兵衛」


 信長が呼んだ。


「はい」


「どう見る」


 半兵衛は少し考えた。


「官兵衛殿の申されることは正しいかと」


 官兵衛が僅かに頷く。


「ただし」


 半兵衛は続けた。


「今すぐ行うことではないとも思います」


「理由は」


「我らには」


「海を閉じる力がありません」


 静かな言葉だった。


 だが、重かった。


 第一船団。


 通した。


 第二船団。


 一部を止めた。


 それだけだ。


 大阪湾ですら完全には押さえられない。


 瀬戸内へ出れば、さらに難しくなる。


 淡路。


 播磨。


 備前。


 備中。


 安芸。


 島。


 浦。


 潮。


 海峡。


 そして毛利。


「できぬことを」


 半兵衛が言う。


「できると言ってはいけませぬ」


 信長は黙っている。


「ならば」


 半兵衛は地図を指した。


「今は閉じるのではなく」


「通りにくくする」


 嘉隆が笑った。


「そっちの病人より話が早いな」


「誰が病人です」


「お前だ」


「もう元気です」


「細い」


「体質です」


 宗一郎が口を挟む。


「二人とも話を戻してください」


 信長が宗一郎を見る。


「貴様が言うな」


「俺?」


「貴様が一番逸れる」


「否定できない……」


 秀吉がとうとう吹き出した。


 張り詰めていた場が、僅かに緩んだ。


 だが。


 信長はすぐに地図へ視線を戻した。


「通りにくくするとは」


 半兵衛が答える。


「高くするのでございます」


 宗一郎が顔を上げる。


 第百八章で嘉隆が言ったことと同じだった。


 船を沈めるだけではない。


 本願寺が海を使う代価を上げる。


「水を買う銭」


「米を買う銭」


「船を借りる銭」


「護衛を雇う銭」


「危険な海へ出る水夫の賃」


「船を失う危険」


「積荷を失う危険」


 半兵衛は一つずつ挙げる。


「それらを」


「少しずつ」


「高くする」


 丹羽が頷いた。


「商人に本願寺へ行くなとは命じぬ」


「はい」


「だが、行けば儲からぬようにする」


「そこまでは申しませぬ」


 半兵衛が微笑む。


「行くなら」


「危険に見合うだけの銭を取るようになる」


「結果は同じではないか」


「似ております」


 宗一郎は思った。


 これなら。


 海を閉じなくていい。


 商人を敵に回さなくてもいい。


 本願寺へ行けば処罰する、と脅す必要もない。


 危険。


 手間。


 護衛。


 時間。


 それらが積み重なれば。


 一俵の米を石山へ届ける値段そのものが上がる。


「よし」


 信長が言った。


「それで行く」


 宗一郎が驚く。


「早いですね」


「何がだ」


「もう少し考えるかと」


「考えた」


「いつ?」


「今だ」


「……信長様らしい」


「ただし」


 信長が宗一郎を見る。


「儂は待つのが嫌いだ」


「知ってます」


「ゆえに」


 信長は嘉隆へ顔を向けた。


「九鬼」


「何だ」


「いつまで待てば」


「海で勝てる」


 嘉隆は即答しなかった。


 しばらく地図を見る。


「何を勝ちとする」


 信長の目が細くなった。


「石山へ一艘も入れぬ」


「無理だ」


「では半分」


「今は無理だ」


「三分の一」


「条件次第だ」


 信長が笑う。


「面白い」


「笑うところか」


「儂に無理と言う者は少ない」


「海はお前の顔色を見ない」


 嘉隆は指を折った。


「船」


「水夫」


「船頭」


「港」


「見張り」


「合図」


「潮を知る者」


「修理できる者」


「そして」


 宗一郎を見る。


「こいつの大筒を」


「船の上でまともに撃てるようにする」


「最後だけ余計じゃないですか?」


「今のままでは味方を殺す」


「改良します」


「しろ」


「します」


「甲板を割るな」


「もう割りません」


「本当か」


「たぶん」


「おい」


「絶対とは言えないでしょう!」


 嘉隆が呆れた。


「そこだけ海を学ぶな」


 信長が笑った。


 だが、その笑いの後。


「三月」


 信長が言った。


 嘉隆の顔から笑みが消える。


「何が」


「三月やる」


「短い」


「知っておる」


「船は畑の大根ではないぞ」


「知っておる」


「水夫も三月では育たん」


「それも知っておる」


「なら何故だ」


「三月後に勝てとは言わぬ」


 信長は地図を叩いた。


「三月後に」


「何が足りぬかを」


「儂に示せ」


 嘉隆が黙った。


「船が足りぬなら何艘」


「水夫なら何人」


「港ならどこ」


「銭なら幾ら」


「鉄ならどれだけ」


「木ならどこから」


「三月で」


「分からぬことを減らせ」


 宗一郎は信長を見る。


 それならできる。


 いや。


 それこそ。


 高槻が得意としてきたことだった。


「嘉隆殿」


 宗一郎が言った。


「それなら」


「できます」


「お前が決めるな」


「一緒にやりましょう」


「勝手に仲間にするな」


「もう船に乗せてもらったので」


「それは関係ない」


 信長が言った。


「九鬼」


「三月だ」


 嘉隆は。


 しばらく信長を睨んでいた。


 やがて。


「分かった」


 短く答えた。


「ただし」


「何だ」


「俺の言う船を造れ」


「よい」


「高槻の考えた船ではない」


 宗一郎が傷ついた顔をする。


「そこまで言わなくても」


「事実だ」


「……はい」


「俺が船を決める」


「高槻が鉄と大筒を合わせる」


「船大工が造る」


「水夫が試す」


「壊れたら」


「直す」


「また試す」


 宗一郎が頷いた。


「それでいい」


 嘉隆が宗一郎を見る。


「お前は何をする」


「記録」


「それだけか」


「失敗を二度しないようにする」


 嘉隆は。


 少しだけ笑った。


「それなら役に立つ」


 宗一郎も笑った。


 ようやく。


 海で仕事をもらえた。


     ◆


 高槻へ戻った宗一郎は、船の研究を技術所だけに任せなかった。


 最初に集めたのは。


 船大工。


 漁師。


 九鬼の水夫。


 堺の商人。


 紀伊の船頭。


 鍛冶。


 縄職人。


 木工。


 火薬を扱う者。


 そして与吉たち技術所の人間だった。


 机の上に置かれたのは、完成した設計図ではない。


 白紙だった。


「何を造る」


 宗一郎が尋ねる。


 与吉が答える。


「大筒を積める船」


「違う」


 嘉隆が即座に切った。


 与吉がむっとする。


「では何です」


「沈まん船だ」


「当たり前でしょう」


「お前らは、その当たり前を一度破った」


 与吉が黙った。


 前回。


 砲の反動で甲板が割れた。


 誰も死ななかった。


 だから笑える。


 次もそうとは限らない。


「まず」


 嘉隆が板の上へ簡単な船の形を描いた。


「何をしたい船か決めろ」


「戦う」


「雑すぎる」


 宗一郎が答えた。


「本願寺の輸送船を止める」


「どうやって」


「追いつく」


「なら速さが要る」


「近づく」


「なら動きやすさが要る」


「大筒を撃つ」


「重くなる」


「兵を乗せる」


「さらに重くなる」


「米と水」


「もっと重くなる」


 宗一郎は黙った。


 嘉隆が鼻で笑う。


「全部欲しがれば」


「全部できぬ船になる」


 宗一郎には。


 嫌というほど分かる話だった。


 技術所でも同じだ。


 軽く。


 強く。


 安く。


 大量に。


 壊れず。


 誰でも使える。


 全部を一度に求めれば。


 大抵失敗する。


「役割を分ける」


 宗一郎が言った。


 嘉隆の目が動く。


「続けろ」


「追う船」


「戦う船」


「荷を運ぶ船」


「見る船」


「同じにしない」


「そうだ」


 嘉隆が頷いた。


「やっと船の話になった」


 与吉が紙を取る。


「では大筒を積む船は」


「戦う船」


「何門」


「一門からだ」


 与吉が不満そうな顔をした。


「一門?」


「一門をまともに撃てぬ奴が二門積むな」


「……分かりました」


 宗一郎は笑いそうになったが。


 やめた。


 自分も同じことを言われたばかりだ。


「砲は船の前?」


「まず横だ」


「横?」


「船首へ向けて撃ちたいだろうが」


「はい」


「追いながら撃てるから」


「そうです」


「だから駄目だ」


「何で?」


「追っている船が波へ突っ込んだ時」


「どれほど船首が上下すると思う」


 宗一郎は答えられない。


「横なら」


 与吉が気づいた。


「船を敵へ向け直す必要があります」


「そうだ」


「でも」


「波の上下は少し読みやすい?」


 嘉隆が初めて与吉を見る目を変えた。


「少しな」


 そこから。


 話は早かった。


 大筒を載せる台。


 反動をどこへ逃がすか。


 甲板だけで受けない。


 船の骨へ力を流す。


 縄を使う。


 撃った後に砲そのものが動きすぎないようにする。


 火薬を濡らさない場所。


 火が移らない構造。


 水桶。


 砂。


 予備の縄。


 砲弾。


 そして。


「弾を積みすぎるな」


 嘉隆が言った。


「何発くらい?」


「知らん」


「え?」


「だから試す」


 宗一郎が笑った。


「嘉隆殿も言うんですね」


「何を」


「分からないって」


「分からんものを知った顔で言う奴は船を沈める」


 宗一郎は。


 その言葉を。


 紙の端へ書いた。


 嘉隆が見つける。


「それまで書くな」


「大事なので」


「消せ」


「嫌です」


 こうして。


 高槻式の船造りは。


 ようやく。


 始まった。


 未来の船を再現するのではない。


 戦国の日本にある木。


 縄。


 鉄。


 帆。


 人。


 技術。


 それらで。


 今できる船を作る。


 宗一郎は。


 その方が正しいと思った。


     ◆


 一方。


 石山本願寺へ。


 毛利からの返書が届いていた。


 顕如は。


 二行を何度も読んだ。


 ――海は、海を知る者のもの。


 ――毛利は、海を忘れておらぬ。


 教如が待っている。


「どういう意味でしょう」


「助けるとは言っておらぬ」


「はい」


「だが」


「我らを見捨てるとも言っておらぬ」


 顕如は書状を置いた。


「毛利は」


「我らを使うつもりだ」


 教如の表情が変わる。


「利用する、と?」


「こちらも同じだ」


 顕如は平然としている。


「織田が海へ出る」


「毛利はそれを見たい」


「我らは織田の力を削りたい」


「利が重なっている間だけ」


「同じ方角を見る」


「同盟では」


「ない」


 顕如は断言した。


「それを間違えるな」


 教如は頷いた。


「では第三陣を?」


「出す」


「今度はさらに分ける」


「何艘に」


「船の数で考えるな」


 顕如は。


 米俵を指した。


「何石を」


「どれだけの損で」


「石山へ入れられるか」


 教如が驚く。


 これまで。


 何艘通った。


 何艘失った。


 そう数えていた。


 だが。


 織田も。


 本願寺も。


 少しずつ。


 同じ場所へ辿り着き始めている。


 船ではない。


 兵糧。


 銭。


 人。


 時間。


「織田が」


 顕如は言った。


「我らへ海を使う代価を払わせるなら」


「こちらは」


「織田に」


「海を塞ぐ代価を払わせる」


 教如の目が鋭くなる。


「長引かせる」


「そうだ」


「船を造れば木が要る」


「水夫を雇えば銭が要る」


「海へ兵を出せば」


「陸から兵が減る」


「見張りを置けば」


「人が要る」


「九鬼を使えば」


「九鬼にも利を与えねばならぬ」


 顕如は。


 静かに笑った。


「高槻宗一郎だけが」


「仕組みを考えるわけではない」


 本願寺も。


 学ぶ。


 変える。


 耐える。


 そして。


 石山には。


 まだ米がある。


 まだ兵がいる。


 まだ門徒がいる。


 まだ海がある。


「第三陣を」


「始めよ」


「は」


「ただし」


 顕如の声が低くなる。


「十二使徒の印を持つ荷は」


「一つたりとも混ぜるな」


「承知しております」


「奴らが再び我らを使おうとするなら」


「捕らえよ」


「生かして?」


「生かしてだ」


 顕如の目に。


 冷たい光が宿る。


「今度は」


「こちらが聞く」


「誰の命で」


「本願寺の名を使ったのかとな」


     ◆


 数日後。


 京。


 明智光秀は。


 一人の男と向き合っていた。


 場所は寺でも。


 本願寺でもない。


 堺へ向かう街道沿いの。


 小さな宿だった。


 部屋には。


 光秀。


 本願寺側の使者。


 そして。


 双方から一人ずつ。


 記録を取る者だけ。


 刀は。


 手の届くところにある。


 だが。


 誰も触れない。


 机の上へ。


 一通の書状が置かれた。


 十二使徒の印。


 府内から運ばれ。


 本願寺へ紛れ込ませようとされた。


 あの書状。


 写しではない。


 原本だった。


「よく持ってきた」


 光秀が言う。


 本願寺の使者が答える。


「我らも」


「真実を知りたいだけです」


「信じろと?」


「信じる必要はありませぬ」


 光秀の目が僅かに動く。


「調べればよい」


「……なるほど」


 奇妙だった。


 敵同士だ。


 少し離れた場所では。


 今も織田と本願寺が戦っている。


 海では。


 船を奪い合っている。


 それでも。


 今。


 同じ紙を見ている。


「始めよう」


 光秀が言った。


 紙。


 厚さ。


 色。


 繊維。


 折り方。


 墨。


 封。


 印。


 一つずつ。


 見る。


 急がない。


 先に答えを決めない。


 やがて。


 光秀の側にいた記録役が。


 紙の端を見て。


 手を止めた。


「明智様」


「何だ」


「これを」


 紙の端。


 ほんの僅かな。


 癖。


 裁断された跡。


「何だ」


「同じものを」


「見たことがございます」


 光秀の目が鋭くなる。


「どこで」


「高槻から届いた」


「府内の報告に」


「添えられていた紙片です」


 空気が変わった。


 善右衛門。


 宗玄。


 府内。


 十二使徒。


 初めて。


 本願寺が捕らえた物証と。


 高槻が追ってきた物証が。


 一枚の紙の上で。


 直接。


 重なった。


 光秀は。


 それでも。


 すぐには結論を出さなかった。


「同じ紙だと」


「断定できるか」


「できませぬ」


「よし」


 本願寺の使者が。


 僅かに驚いた。


 光秀は続ける。


「似ている」


「それだけ記せ」


「は」


「紙の産地」


「売った商人」


「同じ束がどこへ流れたか」


「そこまで調べてからだ」


 本願寺の使者が言う。


「こちらでも調べましょう」


 光秀が見る。


「できるのか」


「紙を扱う商人は」


「織田だけのものではございませぬ」


 ほんの一瞬。


 二人の間に。


 奇妙な笑みが生まれた。


 敵だからこそ。


 別々に調べられる。


 同じ答えが出れば。


 証拠は。


 強くなる。


「よかろう」


 光秀は言った。


「別々に調べる」


「そして」


「次に会う時」


「答えを持ち寄る」


「承知」


 本願寺の使者が。


 書状を戻そうとした。


 その時。


 光秀が止めた。


「待て」


「何か」


 光秀は。


 書状を。


 もう一度見た。


 折り目。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 そして。


 封をした位置。


「この折り方」


「紙ではなく?」


「ああ」


 光秀の記憶に。


 何かが引っかかった。


 どこかで。


 見た。


 だが。


 思い出せない。


「どうされました」


「いや」


 光秀は。


 首を振った。


「まだ分からぬ」


 それでいい。


 分からないなら。


 分からないままにする。


 宗一郎から。


 何度も聞かされた言葉だった。


「写しておけ」


「折り目まで」


「は」


 新しい手掛かりは。


 大きな証拠ではなかった。


 紙。


 折り目。


 そんな。


 小さなもの。


 だが。


 十二使徒を追う戦いは。


 いつも。


 そこから始まっていた。


     ◆


 その夜。


 高槻。


 宗一郎は。


 船の設計図を前に。


 頭を抱えていた。


「重い」


 与吉が言う。


「分かってる」


「大筒が重い」


「知ってる」


「砲弾も重い」


「知ってるって」


「火薬も」


「分かった!」


 宗一郎は机へ突っ伏した。


 嘉隆が横で笑う。


「だから言っただろう」


「陸なら」


「馬に引かせられるのに」


「海に馬を入れてみろ」


「沈みます」


「分かってるじゃないか」


「嬉しくない」


 船大工が。


 遠慮がちに口を挟んだ。


「高槻様」


「はい」


「一つ」


「よろしいでしょうか」


「何でも言ってください」


「大筒を」


「小さくしては」


 宗一郎が止まる。


 与吉も止まる。


 嘉隆だけが。


 笑った。


「ほらな」


「……何が」


「船に合わせろ」


 宗一郎は。


 大筒を見た。


 今まで。


 船を。


 大筒へ合わせようとしていた。


 逆だ。


 陸で使う砲を。


 そのまま船へ載せる必要などない。


「与吉」


「はい」


「小さくできる?」


「威力が落ちます」


「どれくらい」


「試さないと」


「じゃあ試す」


「砲身を短くすれば」


「射程も落ちます」


「いい」


 与吉が驚く。


「よいのですか」


「船を沈めたいんじゃない」


 宗一郎は。


 少しずつ。


 考えを組み替える。


「帆」


「舵」


「船縁」


「水夫」


「敵の鉄砲隊」


「そこへ当たれば」


「船そのものを」


「壊さなくてもいい」


 嘉隆が。


 宗一郎を見る。


「ようやく分かったか」


「海の大筒は」


「城を壊す大筒じゃない」


「ああ」


 宗一郎は。


 新しい紙を引き寄せた。


「与吉」


「小型砲」


「作ろう」


「はい」


「ただし」


 宗一郎は。


 与吉を見る。


「無理に火薬を増やさない」


「承知」


「砲身が耐える範囲」


「はい」


「船が耐える範囲」


「はい」


「人が扱える範囲」


「はい」


 嘉隆が。


 満足そうに頷いた。


 未来の知識ではない。


 この時代の人間たちが。


 この時代の材料で。


 この時代の海に合わせて。


 答えを作ろうとしている。


 宗一郎は。


 それが。


 少し嬉しかった。


 その時。


 戸の外から。


 声がした。


「殿」


「何?」


「京より」


「明智様の急ぎの文です」


 宗一郎が。


 受け取る。


 読む。


 紙。


 府内。


 本願寺。


 似た紙。


 そして。


 折り方。


 宗一郎の目が。


 そこで止まった。


「折り方……?」


 半兵衛が。


 文を覗く。


「何か」


「思い当たることが?」


「いや」


 宗一郎は。


 首を振った。


「俺じゃない」


「じゃあ」


「光秀殿が」


「どこかで見た気がするって」


 嘉隆が言う。


「なら」


「思い出すまで待て」


「でも」


「無理に答えを作るな」


 宗一郎は。


 嘉隆を見る。


 海で教わった言葉。


 焦った奴から死ぬ。


 十二使徒を追う時も。


 同じなのかもしれない。


「そうですね」


 宗一郎は。


 文を畳んだ。


 その時だった。


 別の使いが。


 ほとんど続けて入ってきた。


「高槻様」


「今度は何」


「堺より」


 宗一郎が顔を上げる。


「南蛮船が」


「入ったか?」


「いえ」


 使いは。


 首を振った。


「平戸から来た商人にございます」


「平戸?」


「はい」


「奇妙な話を」


「何?」


 使いは。


 少し戸惑いながら答えた。


「五島の西で」


「日本の船が」


「南蛮船と会っていたと」


 宗一郎の表情が変わる。


「いつ」


「十日ほど前」


「船の特徴は」


「旗はなし」


「中ほどに高い屋形」


「船尾に」


「白い布」


「それだけでは――」


 宗一郎は途中で止まった。


 宗玄の船。


 断定はできない。


 だが。


 時期。


 航路。


 旗なし。


 五島の西。


 条件は重なる。


「何をしてた」


「分かりませぬ」


「荷を移した?」


「そこまでは」


「人は?」


「見えなかったと」


「南蛮船はどこへ」


「南へ」


「日本船は」


 使いは。


 答えた。


「引き返したそうにございます」


 宗一郎が。


 動きを止めた。


「引き返した?」


「はい」


 嘉隆も。


 表情を変えた。


「宗一郎」


「うん」


 もし。


 あれが宗玄の船なら。


 宗玄自身が。


 南蛮船へ移った可能性がある。


 日本船だけを。


 戻した。


「追うな」


 嘉隆が言った。


「分かってます」


「本当か」


「今度は」


 宗一郎は。


 地図を見る。


 五島。


 平戸。


 博多。


 堺。


 府内。


「戻る船を見る」


 嘉隆が。


 頷いた。


 宗玄が乗っていようと。


 いまいと。


 その船は。


 日本へ帰ってくる。


 なら。


 誰が降りる。


 何を運ぶ。


 どこへ行く。


 誰に会う。


 それを見ればいい。


「源八郎へ」


 宗一郎が命じた。


「平戸と博多を」


「それと」


「五島から戻る船を見て」


「捕まえますか」


「まだ」


 宗一郎は。


 即答した。


「見るだけ」


 十二使徒。


 本願寺。


 毛利。


 宗玄。


 それぞれ。


 別の道を進んでいる。


 だが。


 海では。


 道が見えないからこそ。


 時に。


 別々の道が。


 同じ場所で交わる。


 宗一郎は。


 ようやく。


 それを。


 理解し始めていた。


 そして。


 その海の向こう。


 宗玄を乗せた船が。


 本当にマカオへ向かったのか。


 まだ。


 誰にも分からなかった。

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