第百七章 追わぬという選択
第百七章 追わぬという選択
宗玄の船が、日本を離れた。
その報せが高槻へ届いたのは、宗一郎たちが最初の船砲試験に失敗してから三日後だった。
九鬼嘉隆は報告書を読み終えると、机の上へ放った。
「もう追えん」
宗一郎は黙って海図を見る。
府内を出た宗玄の船は北へ向かい、途中で西へ転じた。主要な港には入らず、小さな浦で水と薪だけを補給。その後、五島方面へ向かったらしい。
そこから先の確かな報告はない。
「船を出したら?」
「死ぬぞ」
嘉隆は即答した。
「今の船でも?」
「どの船だ」
「この前の――」
「あれを船と呼ぶな」
「船ですよ」
「大筒を一発撃って甲板を割った船だ」
「改良します」
「改良してから言え」
宗一郎は反論できなかった。
横で竹中半兵衛が笑っている。
「半兵衛」
「何でしょう」
「楽しそうだな」
「殿が人に怒られているところは珍しいので」
「最近多い気がするんだけど」
「良い傾向です」
宗一郎はため息をついた。
だが、嘉隆の言うことは正しい。
追いたい。
宗玄を捕らえたい。
その先に誰がいるのか知りたい。
しかし、それだけで船を出せば、人を死なせる。
宗一郎は海図から顔を上げた。
「追うのをやめます」
部屋が静かになった。
黒田官兵衛が宗一郎を見る。
「諦められるので?」
「違う」
宗一郎は首を振った。
「帰ってくる場所を見る」
「帰ってくる?」
「宗玄が日本を捨てるなら別です。でも、あいつらの目的が日本なら、必ず何かが戻ってくる」
人。
手紙。
銀。
武器。
商人。
宣教師。
命令。
どんな形であれ、海の向こうから日本へ戻ってくる。
「なら、その入口を見ればいい」
嘉隆が腕を組む。
「平戸」
官兵衛が続ける。
「府内」
半兵衛が言う。
「堺」
「紀伊」
「博多」
「五島」
宗一郎は一つずつ地図に印を置いた。
全部を支配する必要はない。
全部に忍びを置く必要もない。
港で働く人間。
船大工。
商人。
水を売る者。
宿の主人。
船頭。
寺。
それぞれが、自分の見える範囲を見る。
「また網か」
嘉隆が呆れる。
「好きなんですよ、網」
「魚を捕る網ではないな」
「人を捕まえる網でもない」
宗一郎は答えた。
「変化を見つける網です」
いつも来る船が来ない。
いつも来ない船が来た。
いつも米を買う男が火薬を買った。
普段は一泊する船員が三日泊まった。
同じ印を持つ荷が別の港にも現れた。
それだけでいい。
一つ一つは小さい。
だが、集めれば形になる。
一本の縄から宗玄へ辿り着いたように。
「ただし」
宗一郎は全員を見る。
「十二使徒を探せ、とは言わない」
官兵衛が頷いた。
「探しているものを相手に教えることになりますな」
「そういうこと」
高槻の目は、ただ港を見る。
判断は高槻でする。
分からないものは。
分からないまま送らせる。
「それと」
宗一郎は別の紙を取った。
「ロレンソを呼びたい」
半兵衛が表情を変える。
「南蛮の組織を聞くためですか」
「うん」
「十二使徒について?」
「それだけじゃない」
宗一郎は地図の外側を指した。
「俺たちは、外の世界を知らなさすぎる」
◆
ロレンソが高槻へ来たのは、それから数日後だった。
宗一郎が用意させたのは、日本の地図ではない。
粗い世界図だった。
南蛮人が持ち込んだものを写させたもので、正確とは言い難い。
それでも。
日本の小ささだけは、よく分かった。
「まず」
宗一郎は尋ねた。
「教皇という人が、日本の宣教師一人一人に命令しているわけじゃないんですよね」
ロレンソは少し驚いた。
「もちろんです」
「じゃあ、日本まで命令が来る時は?」
ロレンソは世界図を指した。
「一言では説明できません」
「だから聞きたい」
宗一郎は筆を持った。
「順番にお願いします」
ロレンソは苦笑した。
「あなたは、何でも書くのですね」
「忘れるから」
「正直ですね」
「かなり」
ロレンソはまず、ローマについて話した。
教皇。
イエズス会。
その長。
さらにアジアへ向かう者たち。
ポルトガル。
インド。
ゴア。
マカオ。
そして日本。
当然ながら、命令も人も金も一直線には動かない。
海を渡る。
季節を待つ。
船が沈む。
手紙が失われる。
現地で判断する者もいる。
「つまり」
宗一郎が言う。
「ローマで誰かが言ったことが、そのまま日本で実行されるわけじゃない」
「その通りです」
「逆も?」
「はい」
「日本で宣教師が何かしたからといって、ローマが命じたとは限らない」
「はい」
宗一郎は筆を置いた。
重要だった。
非常に。
信仰。
宣教師。
商人。
ポルトガル人。
マカオ。
ゴア。
ローマ。
全部を一つにしてはいけない。
「では、これを」
宗一郎は紙を出した。
二本の横線。
小さな円。
十二使徒の印。
ロレンソの表情が変わった。
「前にも見せましたね」
「はい」
「知らない?」
「少なくとも、我らの正式な印ではありません」
「宗玄という日本人は?」
「存じません」
「本当に?」
ロレンソは宗一郎を見る。
「疑っていますか」
「疑っています」
半兵衛が宗一郎を見る。
だがロレンソは怒らなかった。
「それでよいと思います」
宗一郎が少し驚く。
「私があなたなら、私を疑います」
ロレンソは印を見た。
「ただし」
「はい」
「一つ、気になることがあります」
「何です」
「あなた方が探している者たちは」
ロレンソは言葉を選んだ。
「信仰を広めたいのではなく」
「信仰を使って」
「力を得たいように見えます」
宗一郎は黙った。
それは。
帝が最初から引いていた線だった。
信じること。
政治を支配すること。
同じではない。
「紹介してほしい人がいます」
宗一郎が言った。
「誰を」
「あなたが信用できる宣教師」
「何のために」
「マカオへ手紙を送りたい」
ロレンソの目が鋭くなる。
「何を書くのです」
「質問だけです」
「十二使徒という名を知っているか」
「この印を見たことがあるか」
「宗玄という日本人を知っているか」
「そして」
宗一郎は少し考えた。
「日本で宣教師を名乗って政治工作をしている者がいることを、向こうは知っているのか」
ロレンソはしばらく黙った。
「返事が来るまで」
「どれほどかかりますか」
「分かりません」
「半年?」
「それ以上かもしれません」
「一年?」
「あり得ます」
宗一郎は笑った。
「戦国時代って、本当に通信が遅いな」
「せんごく?」
「独り言です」
半兵衛の視線が刺さる。
宗一郎は咳払いした。
「急がなくていい」
ロレンソが驚いた。
「よいのですか」
「日本でやることがありますから」
宗玄だけを追って。
何年も使うつもりはない。
十二使徒は消えていない。
だが。
日本の時間も。
止まってはいない。
そのことを証明するように。
その日の夕刻。
石山から急使が到着した。
本願寺。
第二船団。
準備開始。
さらに。
東からも。
別の報告。
甲斐。
武田勝頼が。
家臣たちへ大規模な所領・兵数・兵糧の報告を命じたという。
そして。
三河から。
もう一つ。
徳川の三人。
高槻を見ている間者。
まだ。
こちらを見ている。
宗一郎は三枚の報告を並べた。
「海外ばっかり見てる場合じゃないな」
半兵衛が頷く。
「天下は待ってくれません」
「本当にね」
◆
三人の商人は。
高槻の城下へ入らなかった。
正確には。
入ることのできる場所までしか入らなかった。
市。
宿。
街道。
誰でも通れる場所。
技術所の門へ近づかない。
倉の裏へ回らない。
夜に動かない。
人へ金を渡して秘密を聞こうともしない。
宗一郎はその報告を聞いて。
ますます家康らしいと思った。
「命令を守ってる」
「そのようです」
鵜飼源八郎が戻ってきていた。
府内での仕事を別の者へ引き継ぎ、今は高槻にいる。
「どうします」
「何もしない」
「よろしいので」
「見られて困るものを見せなきゃいい」
宗一郎は少し考えた。
「いや」
源八郎が見る。
「見せよう」
「何を」
「見ても困らないもの」
翌日。
高槻の街道沿いで。
工兵たちが橋の補修を始めた。
壊れていたから。
直す。
ただそれだけだ。
学問所では。
いつも通り子供たちが読み書きを学ぶ。
昼になれば。
飯が出る。
診療所には農民が来る。
傷を洗い。
煮沸した布を使う。
石鹸で手を洗う。
倉では。
米の量を帳面につける。
荷車は。
決められた場所へ荷を運ぶ。
兵は。
ほとんど見せない。
大砲も。
火薬も。
新しい鉄砲も。
見せない。
それでも。
三人は。
見続けた。
一日。
二日。
三日。
源八郎の部下も。
三人を見続けた。
そして。
何を見たかを記録した。
宗一郎の前に。
結果が置かれる。
「一番長く見ていたのは?」
「学問所」
宗一郎の指が止まる。
「二番目」
「倉」
「三番」
「街道の補修」
「診療所は」
「見ています」
「技術所は」
「遠くから二度」
「兵は」
「ほとんど見ておりませぬ」
半兵衛の顔から。
笑みが消えていた。
「徳川殿は」
「分かっておりますな」
宗一郎も同じことを思った。
高槻の強さは。
新しい火薬ではない。
大砲でもない。
鉄砲でもない。
人間。
教育。
記録。
物流。
道。
食料。
それらを。
繋げる仕組み。
「源八郎」
「はい」
「三人を捕まえない」
「承知」
「ただ」
「帰り道も見て」
「誰に報告を渡すか」
「そこまで?」
「そこまで」
源八郎は頷いた。
宗一郎は。
しばらく考えてから。
もう一つ命じた。
「それと」
「はい」
「帰る前に」
「もう一つ見せる」
半兵衛が嫌そうな顔をした。
「殿」
「何」
「楽しんでおられませんか」
「少し」
「何を見せるので」
宗一郎は笑った。
「子供」
「また学問所ですか」
「違う」
数日後。
三人の間者が通ると分かっている街道で。
十数人の少年たちが。
測量の練習をしていた。
縄。
杭。
簡単な測量器具。
大人の教師が教える。
「ここから、あの木まで」
「何歩だ」
「歩数だけでは駄目です!」
「何故だ」
「人によって歩幅が違います!」
「ではどうする」
子供たちが。
縄を伸ばす。
三人の商人が。
足を止めた。
長く。
見ていた。
源八郎の部下が。
それを見る。
そして。
高槻へ報告する。
宗一郎は。
その紙を読んで。
笑わなかった。
「やっぱり」
半兵衛が言う。
「気づいていますな」
「うん」
「鉄砲じゃない」
「はい」
「家康は」
宗一郎は呟いた。
「十年後を見てる」
三河。
浜松。
数日後。
徳川家康の前に。
三人の報告が置かれた。
家康は。
まず。
武器の項目を読んだ。
短い。
新型火器。
確認できず。
大筒。
確認できず。
火薬製造。
詳細不明。
家康は。
次を読む。
学問所。
長い。
身分の低い者の子も学ぶ。
読み書き。
算術。
測量。
昼食。
そして。
優秀な者は。
技術所や役所へ進む可能性。
家康の指が止まった。
「……これだ」
酒井忠次が尋ねる。
「何がでございましょう」
「高槻の武器だ」
「学問所が?」
「鉄砲は」
「奪えば使える」
家康は報告書を置いた。
「大筒も」
「真似できるかもしれぬ」
「だが」
「人を育てるには」
「年が要る」
忠次が黙る。
「道を直す」
「倉を数える」
「病人を治す」
「子供に字を教える」
「別々に見える」
「だが」
家康は。
高槻の方角を見る。
「全部」
「戦になれば」
「兵になる」
「兵糧になる」
「道になる」
「命令になる」
そして。
少しだけ。
目を細めた。
「高槻宗一郎」
「鉄砲を作っている男だと思っておった」
違う。
家康は。
ようやく理解した。
「あれは」
「国の作り方を」
「変えておる」
「どうされます」
忠次が聞く。
家康は。
すぐには答えなかった。
「何もするな」
「は?」
「まだ」
「見るだけだ」
そして。
三人の間者が命令を守ったことを確認する。
中へ入っていない。
盗んでいない。
人を買収していない。
「よい」
家康は言った。
「戻せ」
「また調べますか」
「必要ならな」
家康は。
報告書を閉じた。
織田信長。
武田勝頼。
本願寺。
そして。
高槻宗一郎。
三河の狸は。
まだ。
動かなかった。
ただ。
見ていた。
◆
甲斐。
躑躅ヶ崎館。
武田勝頼の前には。
刀ではなく。
帳面が積まれていた。
家臣たちは。
困惑していた。
「まだか」
勝頼が尋ねる。
「何がでございましょう」
「馬だ」
「馬?」
「武田家に」
「戦に出せる馬が」
「何頭いる」
家臣が答えようとする。
「およそ――」
「およそはいらぬ」
勝頼が遮った。
「数えよ」
「兵は」
「数えよ」
「米は」
「数えよ」
「矢は」
「数えよ」
「鉄砲は」
「数えよ」
「城は」
「守れる城と」
「名だけ残っている城を」
「分けよ」
家臣たちが。
顔を見合わせる。
信玄の時代。
武田は強かった。
誰もがそう思っている。
だが。
勝頼は。
その言葉を信用しなかった。
「強いとは」
「何だ」
誰も答えない。
「父上がおられたからか」
沈黙。
勝頼は。
自分で答えた。
「なら」
「父上が死ねば」
「武田は終わりではないか」
空気が。
凍る。
信玄の死。
まだ。
外には秘されている。
だが。
ここにいる者たちは知っている。
勝頼は。
父の座った場所を見る。
偉大だった。
あまりにも。
偉大だった。
だからこそ。
同じことをしてはいけない。
「俺は」
勝頼が言った。
「父上にはなれぬ」
何人かが。
息を呑む。
「なるつもりもない」
勝頼は。
帳面を叩いた。
「武田は」
「俺の代に入る」
穴山信君の目が。
僅かに動いた。
馬場信春。
山県昌景。
内藤昌豊。
高坂昌信。
歴戦の将たちも。
若い当主を見る。
「織田は」
勝頼が続ける。
「何故強い」
「鉄砲でございましょう」
誰かが言った。
「違う」
「兵が多い」
「それだけでもない」
「銭」
「それもある」
勝頼は。
高槻について集めた報告を出した。
「道」
「倉」
「鉄砲」
「火薬」
「大筒」
「学問」
「商人」
「全部だ」
山県が。
勝頼を見る。
「高槻を」
「そこまで警戒されますか」
「する」
即答だった。
「武田が」
「織田に負けたのは」
「一つの武器に負けたからではない」
勝頼は。
あの戦を。
何度も。
頭の中で繰り返していた。
鉄砲。
大筒。
陣。
伝令。
道。
補給。
そして。
こちらの命令が。
一瞬。
遅れた。
その一瞬を。
織田は逃さなかった。
「次は」
「同じ戦をせぬ」
馬場が尋ねる。
「では」
「どう戦われます」
「まだ戦わぬ」
家臣たちが驚いた。
勝頼は。
父とは違う。
だから。
父の死後。
すぐに大戦を起こして。
自分が武田の当主だと示す必要などない。
「まず」
「武田が」
「何を持っているか」
「俺が知る」
「その後だ」
山県昌景が。
静かに頭を下げた。
「承知」
馬場も。
続いた。
だが。
穴山信君だけは。
しばらく。
頭を下げなかった。
勝頼は。
それを見ていた。
何も言わない。
今は。
それでいい。
武田勝頼もまた。
父とは違う方法で。
戦国を生き残ろうとしていた。
その報告が。
岐阜へ届く。
信長は。
読み終えて。
一言だけ言った。
「面白い」
宗一郎が嫌そうな顔をする。
「何で嬉しそうなんですか」
「敵が馬鹿であるより面白かろう」
「俺は馬鹿な方がいいです」
「つまらん奴だ」
信長は。
勝頼の報告を置く。
「武田は終わっておらん」
「はい」
「信玄が死んだからとな」
宗一郎が。
一瞬。
黙った。
史実。
武田勝頼。
長篠。
滅亡。
知っている。
だが。
もう。
それを答えにはできない。
この勝頼は。
史実の勝頼と。
同じ道を歩くとは限らない。
「宗一郎」
「はい」
「勝頼を見ろ」
以前。
信玄の死を推測した時と。
同じ言葉だった。
「承知しました」
その時。
丹羽長秀が。
新しい報告を持って入ってきた。
「殿」
「何だ」
「石山です」
信長の表情が変わる。
「第二陣か」
「はい」
「数は」
「まだ確定しておりませぬ」
「ただ」
長秀は。
地図を広げた。
「第一陣とは」
「出る場所が違います」
宗一郎が近づく。
「分散した?」
「はい」
一つの港から。
まとめて出すのではない。
紀伊。
淡路。
播磨。
複数の場所。
小さく。
分ける。
そして。
海上で。
合流する。
九鬼嘉隆が呼ばれた。
地図を見るなり。
笑った。
「顕如も学んだな」
「笑ってる場合ですか」
「だから面白い」
「信長様みたいなこと言わないでください」
「誰がこやつと同じだ」
「誰がこやつだ」
信長と嘉隆が。
睨み合う。
宗一郎は。
頭を抱えた。
だが。
問題は。
はっきりしていた。
本願寺も。
同じ失敗を繰り返さない。
第一船団で。
織田を見た。
今度は。
分散する。
「全部止めるのは?」
宗一郎が聞く。
「無理だ」
嘉隆が答える。
「じゃあ」
「どうする」
嘉隆は。
大阪湾を指した。
「船を見るな」
「道を見ろ」
潮。
風。
浅瀬。
島。
港。
船が。
必ず通る場所。
「海にも」
宗一郎が呟く。
「道がある」
「ああ」
嘉隆は笑った。
「ようやく」
「海の戦を教えてやる」
信長が。
立ち上がった。
「よい」
全員が見る。
「第一陣は」
「通した」
違う。
止められなかった。
信長自身が。
それを分かっている。
「二度目も」
「同じでは」
「儂が馬鹿だ」
信長は。
大阪湾を指した。
「九鬼」
「何だ」
「教えろ」
嘉隆の眉が上がる。
「何を」
「海をだ」
一瞬。
沈黙。
嘉隆が。
笑った。
「高いぞ」
「銭ならある」
「そういう意味ではない」
「では何だ」
「海の上では」
「俺の言うことを聞け」
家臣たちの顔が。
一斉に。
信長へ向いた。
宗一郎でさえ。
少し緊張した。
織田信長に。
自分の言うことを聞け。
そう言った男は。
そう多くない。
信長は。
嘉隆を見た。
そして。
「よかろう」
答えた。
「ただし」
「何だ」
「負ければ」
「次は儂が口を出す」
「勝っても出すだろう」
「当然だ」
嘉隆が笑う。
信長も笑った。
宗一郎は。
その二人を見ながら。
思った。
海外へ逃げた宗玄。
日本を探る家康。
父の影から出ようとする勝頼。
兵糧を運び続ける顕如。
そして。
海を知らないことを。
認めた信長。
歴史は。
もう。
宗一郎の知っている形では動いていない。
それでも。
戦は続く。
政治も。
人も。
止まらない。
そして次の戦場は。
陸ではない。
海だった。
大阪湾。
第二の船団。
織田と本願寺が。
初めて。
本当の意味で。
海の上から。
互いを見ようとしていた。




