第百一章 弥三郎
第百一章 弥三郎
平戸。
夜明け前。
沖から近づく船を見ながら、弥三郎は動けずにいた。
九鬼嘉隆。
その名を知らないわけではない。
志摩の海を生きる男。
海賊衆とも水軍とも呼ばれる者たちの一人。
だが。
なぜ、その男がここにいる。
「弥三郎様!」
部下の声で我に返った。
「南蛮船へ!」
「あ、ああ」
まだ逃げられる。
港まで来られたところで、すぐに上陸できるわけではない。
何より。
沖には南蛮船がある。
あれへ乗ればいい。
日本を出る。
呂宋でも、澳門でも構わない。
海の向こうまで織田の手は届かない。
――まだ。
そう思った。
「書状は」
「燃やしております!」
「全部だぞ」
「はい!」
「金は」
「船へ運んでおります!」
弥三郎は箱を抱えた。
例の一通だけは燃やせない。
自分が生き残るための切り札になる。
自分を捨てようとした者を。
今度はこちらが売る。
「行くぞ」
裏口から出る。
だが。
三歩。
弥三郎は止まった。
道の向こう。
人。
一人。
ただ立っている。
町人の姿。
弥三郎が右を見る。
そこにも。
一人。
左。
また一人。
「……」
おかしい。
「戻れ」
「え?」
「戻れ!」
弥三郎たちは屋敷へ駆け戻った。
裏口を閉める。
「何なのです!」
「見られてる」
「織田ですか」
「分からん」
弥三郎の呼吸が荒くなる。
港からは九鬼。
陸には正体不明の目。
ならば。
「屋根だ」
「は?」
「隣へ移る!」
梯子をかける。
一人が登る。
屋根へ。
そして。
動きを止めた。
「どうした」
「……人が」
「何?」
「向こうの屋根にもおります」
弥三郎の顔から血の気が引いた。
早すぎる。
九鬼が到着する前から。
ここを見張っていた者がいる。
なら。
九鬼ではない。
「朝廷……」
初めて。
弥三郎は理解した。
自分たちは。
本当に。
触れてはいけないものへ触れた。
◆
嘉隆の船が港へ近づく。
だが。
すぐには入らなかった。
「止めろ」
嘉隆が命じる。
滝川の使者が怪訝そうに見る。
「何故です」
「港を見ろ」
「何が」
「静かすぎる」
嘉隆が眉を寄せた。
漁船。
商船。
荷運び。
人。
普通なら、朝を待たず動く者がいる。
だが。
一部だけが。
不自然に静かだった。
「俺たち以外にもいるぞ」
「誰が」
「知らん」
嘉隆は海から陸を見る。
「だが、あの家を見てる奴がいる」
使者が目を凝らす。
「どこです」
「だからお前らは海じゃ駄目なんだ」
「見えません」
「だろうな」
嘉隆は少し考えた。
「小舟を二つ出す」
「上陸を?」
「違う。港の左右へ回せ」
「逃亡船を止める?」
「ああ」
嘉隆は弥三郎の屋敷がある方向を見る。
「陸の鼠は、陸の奴に任せる」
「誰なのか分からないのに?」
「弥三郎を殺すつもりなら、もう殺してる」
滝川の使者が黙った。
「生け捕りにしたい奴が、俺たち以外にもいる」
嘉隆が笑う。
「なら利用する」
「信用してよいので」
「信用なんかしねえよ」
嘉隆は答えた。
「目的が同じ間だけ、邪魔しねえ。それだけだ」
船乗りらしい考えだった。
◆
弥三郎の屋敷。
「正面は」
「人がいます」
「裏も?」
「おります」
「屋根」
「無理です」
弥三郎は歯を食いしばった。
なら。
残る道は一つ。
「地下だ」
部下が驚く。
「使うのですか」
「このために作った」
床板を外す。
下。
狭い穴。
海へ直接出るものではない。
隣の倉へ抜ける。
そこから路地。
港まで百歩。
「先に行け」
一人。
二人。
部下が入る。
弥三郎も続く。
最後の男が床板を戻す。
暗い。
狭い。
土の匂い。
這う。
しばらくして。
前の男が止まった。
「どうした」
返事がない。
「おい」
次の瞬間。
「動くな」
知らない声。
弥三郎の全身が固まった。
前。
小さな灯りがつく。
男がいる。
黒装束ではない。
普通の町人の服。
だが。
目だけが違う。
「戻れ」
弥三郎が振り返る。
後ろからも。
「そちらも塞がっている」
声。
挟まれた。
「誰だ」
返事はない。
「織田か」
返事はない。
「高槻か」
沈黙。
弥三郎の喉が鳴る。
「朝廷か」
ほんの僅か。
空気が変わった。
それだけで。
十分だった。
「やはり……」
弥三郎が呟く。
「帝の犬か」
男の目が変わった。
「口を慎め」
初めて。
感情が見えた。
弥三郎は笑った。
「当たりか」
その瞬間。
弥三郎は懐へ手を入れた。
毒。
捕まるくらいなら。
だが。
腕が。
動かない。
「なっ――」
いつ。
掴まれた。
分からなかった。
手首。
捻られる。
小さな包みが落ちる。
「自ら死ぬことも許されぬ」
「離せ!」
「生きて答えよ」
「何を!」
男は。
静かに言った。
「冬姫様を殺せと、誰に命じられた」
弥三郎の顔から。
笑みが消えた。
◆
だが。
同じ頃。
別の場所でも動きがあった。
沖の南蛮船。
甲板。
二人の男が平戸の港を見ていた。
一人は南蛮人。
もう一人は日本人。
「弥三郎は」
日本人が尋ねる。
南蛮人が首を振った。
「来ない」
片言の日本語。
「なら待て」
「待てない」
「金は払った」
「金の問題ではない」
南蛮人は沖を見る。
九鬼の船。
そして。
港の異変。
「戦、困る」
「我らは戦をするつもりはない」
「違う」
南蛮人が日本人を見る。
「お前たち、問題を持ってきた」
「……」
「私は商人だ」
南蛮人が胸を指す。
「鉄砲、絹、銀。売る。買う。それだけ」
「今さら何を」
「姫、殺す。聞いてない」
日本人の目が細くなる。
「誰から聞いた」
「弥三郎の男」
「余計なことを」
「だから乗せない」
日本人の顔が変わる。
「約束が違う」
「約束も違う」
南蛮人が言い返した。
「逃げる商人、乗せる。そう聞いた」
そして。
「帝の女、殺す人間。聞いてない」
日本人が黙る。
南蛮人は首を振った。
「日本の王、怒る。信長、怒る。商いできなくなる」
それが彼の判断だった。
信仰でも。
正義でもない。
商売。
「船を出す」
「待て」
「待たない」
南蛮人が船員へ叫ぶ。
帆の準備が始まる。
日本人が男の腕を掴んだ。
「弥三郎を置いていけば困る」
「私は困らない」
「我らが困る」
「知らない」
その瞬間。
日本人の手が。
懐へ入った。
短刀。
だが。
抜けなかった。
南蛮人の横にいた船員が腕を掴んだ。
「何をする!」
男が押さえられる。
「離せ!」
南蛮人が。
冷たい目で見た。
「お前も降りろ」
「馬鹿な」
「私の船だ」
男が暴れる。
「お前は分かっていない!」
「何を」
「これは商いの話ではない!」
南蛮人が止まった。
日本人が叫ぶ。
「この国が一つになれば、全てが変わる!」
「……」
「港も!」
「銀も!」
「布教も!」
「誰と商うかも!」
「誰が入れるかも!」
「すべて奴らが決める!」
南蛮人の目が細くなる。
日本人は続けた。
「だから今のうちに止めなければならない!」
「誰が言った」
南蛮人の質問。
男が。
止まった。
「誰が、お前にそれ言った」
「……」
「弥三郎?」
答えない。
「違うな」
南蛮人は船員を見る。
「縛れ」
「待て!」
「港へ渡す」
「やめろ!」
「私は商人だ」
南蛮人が吐き捨てる。
「お前たちの戦、知らない」
男の顔が。
初めて。
恐怖に歪んだ。
◆
弥三郎は。
殺されなかった。
殴られもしなかった。
それが。
逆に恐ろしかった。
朝廷の者は、弥三郎と部下を地下道から引きずり出すと、一室へ入れた。
手を縛る。
足も。
猿轡はしない。
「待て」
弥三郎が言う。
「どこへ連れて行く」
返事はない。
「帝の前か」
返事はない。
「信長か」
やはり。
返事はない。
しばらくして。
外が騒がしくなった。
「何だ」
誰も答えない。
やがて。
戸が開いた。
弥三郎が顔を上げる。
入ってきた男を見て。
眉を寄せた。
知らない。
「お前が弥三郎か」
「誰だ」
「九鬼嘉隆」
弥三郎の顔が変わった。
「お前が……」
「俺を知ってるのか」
「名だけは」
「そりゃ光栄だ」
嘉隆は部屋を見る。
そして。
弥三郎を捕らえた男を見る。
「こいつ、俺たちが連れて行っていいのか」
男は答えない。
「困るな」
嘉隆が頭を掻く。
「喋れねえのか?」
「……京へ」
初めて。
男が言った。
「連れて行け」
嘉隆の目が細くなる。
「誰の命だ」
「聞く必要はない」
「ある」
嘉隆の声が変わった。
「俺は信長様から、こいつを生け捕りにしろと言われてる」
沈黙。
「どこの誰か分からねえ奴から渡されて、はいそうですかじゃ済まねえ」
しばらく。
男は嘉隆を見た。
そして。
懐から。
小さな物を出した。
見せる。
嘉隆の顔から。
笑みが消えた。
「……なるほど」
すぐに返す。
「分かった」
弥三郎が見る。
「何だ」
嘉隆は答えない。
「何を見せた!」
「お前には関係ない」
「朝廷か!」
嘉隆が弥三郎を見る。
「知らねえ方がいいぞ」
「何を」
「お前がどれだけ馬鹿なことをしたか」
弥三郎が黙る。
「信長様の娘に手を出した」
嘉隆は指を一本立てる。
「まず一つ」
もう一本。
「帝の妻になる女に手を出した」
三本目。
「海で織田の船を焼いて、人を殺した」
四本目。
「本願寺と毛利に罪を被せようとした」
嘉隆が首を傾げる。
「俺でも分かるぞ」
「何が」
「お前」
嘉隆が笑った。
「敵を作る才能だけは天下一だな」
弥三郎は。
何も言い返せなかった。
◆
そこへ。
さらに知らせが入った。
「嘉隆様!」
「今度は何だ」
「沖の南蛮船から、小舟が!」
嘉隆が立つ。
「攻めてきたか」
「違います!」
「では何だ」
「人を一人、縛って連れてきています!」
「……は?」
嘉隆が港へ出る。
小舟。
南蛮人が二人。
その間。
縛られた日本人。
岸へ着く。
南蛮人の一人が片言で言った。
「この男」
「お前たちに渡す」
「何をした」
「弥三郎、逃がす話」
「それだけか」
南蛮人が首を振る。
「姫、殺す話。知ってた」
嘉隆の顔が変わる。
「名前は」
縛られた男が睨む。
答えない。
南蛮人が言った。
「名前、知らない」
「船に乗せたのに?」
「違う。勝手に来た」
「何者だ」
「商人じゃない」
南蛮人は少し考える。
言葉を探す。
「祈る人たちと、よく一緒にいる」
嘉隆の目が細くなる。
「坊主か」
「違う」
「南蛮寺の者か」
「違う」
そして。
南蛮人は。
重要なことを言った。
「でも、南蛮寺の名前、使う」
嘉隆が黙る。
「どういう意味だ」
「南蛮寺の人、みんな知らない」
片言ながら。
意味は。
はっきりしていた。
「一部だけ」
嘉隆は。
弥三郎が捕らえられている家を見る。
そして。
目の前の男を見る。
繋がった。
だが。
まだ。
一番上ではない。
◆
数日後。
京。
弥三郎は。
織田屋敷ではなく。
まず。
朝廷側の管理下に置かれた。
だが。
帝は会わなかった。
代わりに。
信長。
宗一郎。
光秀。
半兵衛。
そして。
帝から遣わされた鷹司の者。
五者が。
同じ部屋へ集まった。
机の上。
志摩から押収された帳面。
熊野の書状。
堺の銀貨。
紀伊の記録。
弥三郎の箱。
そして。
南蛮船から引き渡された男。
宗一郎が。
長く息を吐いた。
「これで」
「かなり繋がりました」
信長が尋ねる。
「黒幕は」
「まだです」
信長の眉が動く。
「まだか」
「でも」
宗一郎は一枚の紙を置いた。
「正体は、かなり絞れます」
光秀が見る。
「申せ」
宗一郎は。
まず銀貨を置いた。
「金は南蛮交易を通っています」
次。
帳面。
「でも、動かしていた中心は日本人です」
次。
南蛮船から渡された男の証言。
「南蛮の商人すべてが関わっているわけでもない」
そして。
最後。
「宣教師全体でもない」
信長が黙って聞く。
「じゃあ何だ」
「一部の人間です」
宗一郎が答えた。
「南蛮交易で得られる金」
「船」
「武器」
「情報」
「宗教の繋がり」
「それを利用している一派」
半兵衛が言う。
「目的は」
「日本が一つになるのを防ぐこと」
宗一郎は地図を見る。
「少なくとも、弥三郎たちはそう教えられていた」
光秀が眉を寄せる。
「何故だ」
「そこがまだ分からない」
宗一郎は正直に答えた。
「商いのためか」
「布教のためか」
「政治的な目的か」
「その全部か」
「まだ断定できません」
信長が弥三郎の箱から出た書状を見る。
「これは読めぬのか」
「南蛮文字です」
「読める者を呼べ」
「もう呼んでます」
信長が宗一郎を見る。
「早いな」
「俺も知りたいですから」
やがて。
南蛮語を読むことのできる日本人が入ってきた。
堺で交易に関わる男。
書状を渡す。
男は読み始める。
途中で。
止まった。
「どうした」
信長が聞く。
「……これは」
「読め」
「はい」
男は。
ゆっくり。
訳した。
「婚姻が成れば」
部屋が静かになる。
「尾張の者は」
「朝廷の血と結ばれる」
光秀の顔が険しくなる。
「続けよ」
「その結びつきは」
「武力のみでは断ち難くなる」
宗一郎が息を止める。
「故に」
男の声が。
小さくなる。
「結ばれる前に」
「断つべし」
信長の手が。
止まった。
冬姫暗殺。
直接。
繋がった。
「続きは」
「ございます」
男は。
次の文を見る。
そして。
顔を上げた。
「ただ」
「差出人の名はありません」
「構わぬ」
「読め」
「はい」
男が続ける。
「もし娘を除くこと叶わずば」
宗一郎の表情が変わった。
嫌な。
予感。
「次は」
男が。
言葉を詰まらせる。
「読め!」
信長の声。
男が震えた。
「次は――」
「帝を」
「孤立させよ」
沈黙。
そして。
最後。
「それも叶わぬ時は」
男は。
もう。
読みたくなかった。
だが。
読んだ。
「玉座そのものを」
「空けよ」
誰も。
動かなかった。
意味は。
一つしかない。
帝を。
殺せ。
光秀が。
立ち上がった。
椅子が倒れる。
「……何だと」
これまで。
誰よりも。
帝という権威へ手を出すことを。
許さなかった男。
明智光秀。
その顔から。
血の気が消えていた。
怒鳴らない。
だから。
宗一郎には。
余計に恐ろしかった。
「冬姫様だけでは」
光秀が呟く。
「なかったのか」
信長は。
書状を見ている。
「主上まで」
そして。
信長が。
笑った。
笑うしかない。
そんな。
笑いだった。
「宗一郎」
「はい」
「お前」
「先ほど」
「地獄がどうとか」
「言っておったな」
「言ってません」
「そうだったか」
信長が立ち上がる。
目が。
笑っていない。
「ならば」
信長は言った。
「今から作る」
宗一郎が。
嫌な顔をする。
「信長様」
「分かっておる」
信長が宗一郎を制した。
「皆殺しにはせぬ」
そして。
書状を指す。
「知らずに与した者は分ける」
「だが」
声が。
低くなる。
「知っていた者は」
「一人も逃がさぬ」
光秀が。
初めて。
信長へ。
深く。
頭を下げた。
「この件」
「明智光秀」
「最後まで」
「お供いたします」
信長が光秀を見る。
「珍しいな」
「何がでございます」
「お前が儂より怒っておる」
光秀は。
顔を上げた。
「当然にございます」
「主上へ刃を向ける者を」
「許しては」
「朝廷も」
「天下も」
「ございませぬ」
宗一郎は。
二人を見る。
そして。
思った。
やったな。
本当に。
やってしまった。
冬姫を狙った。
信長を怒らせた。
帝を怒らせた。
そして今。
明智光秀まで。
本気で怒らせた。
だが。
まだ。
一人いる。
この書状を。
最も。
冷静に。
そして。
最も恐ろしく。
読む者が。
◆
禁裏。
帝は。
書状の写しを。
最後まで読んだ。
老人が。
前にいる。
帝は。
何も言わない。
長い。
沈黙。
やがて。
「冬を殺し」
「叶わねば」
「朕を孤立させ」
「それも叶わねば」
帝が。
最後の一文を見る。
「玉座を空ける」
「……御意」
帝が。
紙を置いた。
「そうか」
それだけ。
老人は。
頭を上げない。
怒鳴らない。
机も叩かない。
だが。
帝の古き影を束ねる老人には。
分かった。
この帝が。
最も。
怒っている時の顔だった。
「名簿は」
「ございます」
「証は」
「揃いつつあります」
「弥三郎は」
「生きております」
「なら」
帝が言った。
「全部吐かせよ」
「御意」
「ただし拷問で、欲しい答えを言わせるな」
「心得ております」
「事実だけを取れ」
「はい」
帝は。
もう一度。
書状を見る。
そして。
静かに言った。
「相手は」
「朕を」
「殺すつもりらしい」
老人は。
何も言わない。
「ならば」
帝が顔を上げた。
「こちらも」
「相応の覚悟で」
「相手をする」
「御意」
「冬を狙った者」
「朕を狙うと決めた者」
「それを知りながら与した者」
「全て」
「明らかにせよ」
老人が。
深く頭を下げる。
「仰せのままに」
立ち去ろうとする。
「待て」
老人が止まる。
「一つ」
「何なりと」
帝の目が。
冷たく。
細くなる。
「誰が」
「玉座を空けろなどと」
「命じられる立場にいるのか」
老人の目が。
初めて。
動いた。
「そこを」
「見つけよ」
「……御意」
老人が消える。
帝は。
一人になった。
未来。
宗教。
交易。
海外。
そして。
日本。
現代で歴史を学んだ帝だからこそ。
分かる。
海の向こうから来るものは。
技術だけではない。
文化だけでもない。
宗教だけでもない。
商いだけでもない。
人が来れば。
欲も。
野心も。
政治も来る。
だからといって。
外国を閉ざせばいいわけではない。
それも。
帝は知っている。
この国を。
再び。
閉じてはならない。
ならば。
必要なのは。
拒絶ではない。
見極める力。
受け入れるもの。
拒むもの。
そして。
越えてはならぬ線。
帝は。
書状を握った。
「来るなら来い」
静かな声。
「この国は」
「お前たちの思うほど」
「簡単ではないぞ」
虎の尾を踏んだ者たちは。
まだ知らない。
自分たちが怒らせたのは。
一人の父親でも。
一人の帝でも。
なかった。
織田。
朝廷。
高槻。
そして。
新しい国の形そのもの。
地獄の沙汰は。
黒幕へ向かって。
ようやく。
動き始めた。




