第5話:反逆のコール
640万円。
その現実離れした数字が、重く冷たい鉛のように胃の奥へとのしかかる。
「さあ、トキさん。こちらが借用書になります。サインを」
GGGの役員が、すっと一枚の紙とペンを卓の上に滑らせた。
その横では、私から640万円をもぎ取った男が、下品な笑い声を上げながらタバコに火をつけている。
「悪いなァ、お嬢ちゃん。これで初戦の負けもチャラだ。お前はせいぜい、借金で死ぬまで身を粉にして働いてくれや」
男の言葉に、周囲のギャラリーからも容赦ない嘲笑が漏れる。
この紙にサインをすれば、私は完全にこの組織の奴隷になる。
お母さんの入院費どころか、私自身の人生すらここで終わるのだ。
(お母さん……)
病室で横たわる、細く青ざめた母の顔が脳裏をよぎる。
私がここで諦めたら、あの人は間違いなく見捨てられて死ぬ。
私が助けるしかないのに。
震える手が、無意識に卓上の牌に触れた。
冷たい感触。
この卓は、完全にイカサマだ。
私に『国士無双13面待ち』が入るようにセットされ、そして相手にはそれを逆手に取るための牌がいくように仕組まれた、悪魔の機械。
逃げ出したい。
今すぐ泣き叫んで、ここから飛び出したい。
でも——。
(ここで逃げたら、全部終わる。勝つには、この狂ったゲームで奪い返すしかない……!)
私はペンを手に取るのをやめ、ゆっくりと顔を上げた。
恐怖でガタガタと震える膝を両手で必死に押さえつけ、役員の冷たい瞳を真っ直ぐに睨み返す。
「……まだ、終わってません」
「ほう?」
役員の眉が、微かにピクリと動いた。
「私の持ち点はマイナスになりましたけど、事前の説明ではゲームの終了条件は『私が連戦をやめるか、誰かが試合続行不能になるまで』のはずです」
かすれた声は、自分でも驚くほど低く、地を這うような音だった。
「連戦! 第3戦を、お願いします」
静まり返る地下室。
ギャラリーの男たちが信じられないものを見るような目を向ける中、やがて、役員の口角が三日月のように不気味に吊り上がった。
「……ククッ、アハハハハ! 素晴らしい。まさか15歳の少女が、この絶望を前に『続行』を選択するとは。いいでしょう、その狂気、受けて立ちます」
役員は指を鳴らし、卓のボタンを押し込んだ。
ジャラジャラと、まるで亡者の骨がぶつかり合うような音を立てて、機械の中で牌が洗われていく。
「ただし、次からはさらに容赦しませんよ。すでにあなたは多額の債務者だ。さらに負けを重ねれば、借金の返済は長く苦しいものになります。……本当の地獄へようこそ、トキさん」
卓の中央が開き、新たな牌山がせり上がってくる。
もう後戻りはできない。
私とお母さんの命を懸けた、絶望の淵での死闘が、本当の幕を開けたのだ。




