第10話:限界点
——開始から、8時間が経過した。
冷暖房が完備されているはずの地下室は、今や異様な熱気と、男たちが発する脂汗の臭いが充満していた。
「あ……う、あ……」
南家の男の口から、意味にならない呻き声が漏れる。
卓の上に置かれた彼の両手は、まるで病的な発作のように小刻みに震え続けていた。
焦点の定まらない目で虚空を見つめ、時折ビクッと痙攣するように肩を揺らしている。
逃げたい。
休みたい。
今すぐこの場から解放されたい。
男たちの全身から、そんな悲鳴が聞こえてくるようだった。
だが、席を立てば『試合続行不可能』とみなされ、2億5千万円のペナルティが確定する。
その絶望的な恐怖の鎖が、限界を超えた彼らの身体を無理やり椅子に縛り付けていた。
ジャラジャラジャラジャラ……!
「『九種九牌』」
数秒の静寂。
そして再び機械音。
私にとっては何百回と繰り返した作業だが、アガることも逃げることもできず、ただ見せられ続ける男たちにとって、その音は精神を削り取る死神の足音に等しかった。
もちろん、私に疲労がないわけではない。
目は乾燥してひりつき、指先はこわばり、背中には鉛のような重さを感じている。
チャイナドレスという不慣れで窮屈な衣装も、確実に体力を奪っていた。
(お母さん……)
意識が遠のきそうになる瞬間、私の脳裏に浮かぶのは、薄暗い病室で眠る母の青白い横顔だった。
母は私のために、身を粉にして働き続けて倒れた。
あの過労と借金の地獄に比べれば、ただ椅子に座って同じ言葉を繰り返すだけのこの時間が、どれほど恵まれていることか。
ここで私が折れれば、母は助からない。
それどころか、二人揃ってこの闇組織に食い物にされる。
負けられない。
絶対に。
母の命という、絶対に譲れない『核』がある限り、私の心は決して折れない。
——そして、9時間が経過。
「ヒッ……ヒィッ……」
とうとう西家の男が、顔を両手で覆いながら異様な泣き声を上げ始めた。
「もうやだ……帰る……勘弁してくれ……」
大の大人が、幼児のように泣きじゃくっている。
極限のストレスと疲労、空腹、そして終わりの見えない拘束が、完全に彼の精神のタガを外していた。
対する私は、表情一つ変えず、ただ静かに、淡々と牌を開き続ける。
誰の目から見ても明らかだった。
この異常な耐久戦の『限界点』は、とうの昔に過ぎている。
完全なる決着の時は、すぐそこまで迫っていた。




