第四十二話 炉都帰還
転移した場所は、見覚えがある場所――
二月と少し前、鉱脈を求めて潜っていったダンジョンの入口前だった。
「……戻って、きた」
ヒマリが、ぽつりと言った。
坑道の外に出ると、岩山の風が頬を撫でた。久しぶりの外の空気だった。ダンジョンの中の作り物の空とは違う、本物の風と本物の光。
「ふう……やっぱ、外はいいな」
ヴィラが大きく伸びをした。
「ずっと、ダンジョンに籠りっきりだったからな。なんだか肩が凝っちまったぜ」
「そうだな……」
アーシュも空を見上げた。岩山の合間から本物の青空が覗いていた。
*
山を下りて炉都の門をくぐると、門番のドワーフが三人を見て驚いた顔をした。
「ア、アーシュさんたちじゃねえか……ダンジョンに潜ったまま戻らねえって聞いてたが、無事だったんだなあ」
「ああ」
「そりゃよかったよ。ドルフのおやじが心配してたからさ、寄ってやってくれよ」
「そうだな、そうする」
門番がにっと笑って通してくれた。
坂を下ってサクラを預けていた騎獣屋へ向かう。
厩舎に近づくと、奥のほうでばさりと羽ばたく音がした。
「サクラ!」
ヒマリが駆け寄った。
サクラがヒマリを見てぴょこんと首を伸ばした。それから嬉しそうにヒマリの頬にぐいぐいと鼻先を擦り付けた。
「ただいま、サクラ! いい子にしてた?」
「キュイ! キュイ!」
サクラが、高い声で鳴いて羽をぱたぱたと震わせた。
「ごめんね、ずっと留守番させちゃって。あのね、おみやげがね、いっぱいあるんだよ」
ヒマリが収納からジャングルの果物を一つ取り出して、サクラの口元へ差し出した。サクラはそれをぱくりと食べて満足そうに目を細めた。
ヴィラがサクラの首をわしわしと撫でた。
「よしよし、留守番ご苦労さん。俺からも後でご褒美いっぱいやっからなー」
「グルルゥ」
サクラがヴィラの手に頭を擦り付けた。
*
炉都の街は変わらず賑わっていた。
かん、かん、と鍛冶の音が響き、工房から赤い火の光が漏れている。岩壁には淡い緑や青の光る草が相変わらず点々と灯っていた。
「……なんだか、ほっとするね」
ヒマリが街を見回しながら言った。
ダンジョンの底知れない静けさとは違う。人の声と、生活の音と、温かい光。人の営みが感じられる場所に戻ってきた。
それだけで、なんだか肩の力が少し抜けるようだった。
*
ドルフの店の扉をアーシュが押すと、からり、と、乾いた音が鳴った。
「いらっしゃ……」
ドルフが顔を上げて、三人を見て、目をぱっと見開いた。
「お前ら! 生きてたかぁ!」
ドルフがばたばたと、駆け寄ってきた。
「随分とかかったな! 心配してたぜ! 二月も音沙汰ねえからよ、もしかしたら奥で野垂れ死んじまったのかと……」
「悪い。思ったより手間取った」
ヒマリが横から説明した。
「赤い扉の先がすごかったんだ。なんかね、びっくりするほど広くって。それで、謎解きも、いくつもあって……」
ドルフがヒマリの言葉を聞きながら、ふと、その顔をまじまじと見た。
「……なあ、ヒマリの嬢ちゃん」
「うん?」
「なんだか、前より少し大人びてねえか?」
ヒマリがきょとんとした。
「そうかな?」
「ああ。前は、こう、もっと喋りがたどたどしかったろ。今はちゃんと自分の言葉で話せてる感じがするぜ」
ドルフがしみじみと頷いた。
「二月でずいぶんしっかりしたんだなあ」
「……えへへ」
ヒマリが少し照れて笑った。
その横でアーシュは何も言わなかった。ただわずかに口の端を緩めていた。
*
「で、首尾はどうだったんだ」
ドルフが椅子を勧めながら聞いた。
「扉は、開けられたのか?」
「ああ。やはり、扉の向こうには別ルートがあった」
「おおお……予想通りだな。それで、調査の結果はどうだった?」
「一応、最奥まで調べてきた」
「……は?」
ドルフが固まった。
「最奥……って、おい、まさか、別ルートを踏破したってのか」
「ああ」
「流石だな……採掘ポイントはどうだった?」
「そう質問されると、無かったと答えるしかない」
「くっ……ドワーフの勘ってのも当てにならねえな……はあ……」
アーシュの言葉に肩を落とすドルフだったが、それを気にせずアーシュが言葉を続けた。
「話はまだ終わってない。年に一度儀式をすれば、枯れるまでと同様に資源が復活するようになった」
「……はあ?」
「翌年、復活しなくなったら、また儀式をすればいいらしい」
ドルフが口をぽかんと開けた。
「ヒマリ、あれを見せてやれ」
「うん」
アーシュにうながされ、ヒマリが収納から小さな平たい石板を取り出した。例のUSBメモリにしか見えない鍵だ。
「これがね、ぎしきに必要な、副管理者の鍵だよ」
「副管理者……?」
「うん。ダンジョンの最後のお部屋にコアがあってね、それに触ったら、わたしがダンジョンの副管理者になっちゃったの」
ドルフがその鍵とヒマリの顔を交互に見た。それから額に手を当てて深く息を吐いた。
「アーシュ……最初から最後まできっちり説明してくんねえか……」
「かなり、長くなるが」
「かまいやしないよ。五玉の爺さん連中に話すのは、どうせ明日にするんだろ?」
「ああ、そのつもりだが……」
「こんなんじゃもう仕事なんてしてらんねえよ。ほら、話せ話せ!」
ドルフに背中を叩かれ、少し顔をしかめたアーシュが、ぽつりぽつりと語りだした。
「赤い扉の先には森があってな――」
「それでね、パニャの実がね――」
「でよお、魚が鳥みてえに泳ぎやがって――」
アーシュやヒマリ、時折ヴィラから語られた別ルートの話は、本当の話だとは思えなかった。もしも、これを話しているのが冗談を言わないアーシュでなければ、鼻で笑って否定したかも知れない。
なにより、話の途中で「それがこれだよ。はい、お土産」と、ヒマリが果物や貝殻などを収納から出して手渡してくる。
そこまでされると、冗談みたいな話が真実であると認めざるを得なかった。
「……なるほど、賢者様から託された権限ってわけか」
「うん、そうみたい」
「嬢ちゃんも賢者様だからなあ、驚くことじゃあねえや」
ドルフが、にやりと、笑った。
「しかし、五玉のジジイども、泣いて喜ぶだろうなあ」
「うん、だからね、おじいちゃんたちに、この鍵、預けようと思ってるの」
「預ける?」
「うん。この鍵があればね、わたしじゃなくても、申請できるみたいなの」
「ああ……なるほどな。嬢ちゃん達は他国に住んでるんだもんなあ……」
「ここまでくるの大変だからね、間に合わなかったら大変だし、もうおじいちゃん達に、まかせちゃおうって思ったの」
ドルフがヒマリをじっと見た。それから、ふっと、目を細めた。
「……お前さん、本当にしっかりした事を言うようになったなあ」
*
三杯目の茶を飲み、やや腹が膨れてきた頃に、そういえばとヒマリが手を叩いた。
「ドルフさんみて! これもね、鍵と一緒にもらったの!」
ヒマリが収納から乳白色の石を取り出した。
淡い光の筋が、内側をゆっくりと流れている。
ドルフの目が一瞬で細くなった。
「……こいつぁ……なんてもんを持ってきたんだ、嬢ちゃんは」
「え?」
「いや、凄すぎるってこった。これは面白くなってきたぞ……っと、今はしまっといてくれ。ジジイ達に報告をした後にでも。じっくり見せてもらうからよ」
ドルフの目がギラギラと輝いていた。職人の目だった。
ヒマリは、こくりと頷いて石を収納にしまった。
*
さて、そろそろ宿に向かおうかと、アーシュが考え始めた時だった。
にわかに店の前が騒がしくなった。
どうやら、彼らの帰還はすでに上の方まで伝わっていたらしい。
「ドルフ! おるか!」
「アーシュ達が戻ったらしいじゃないか!」
「あんたたち、また勝手に押しかけて……あたしも来たけどね!」
五人のドワーフが、わちゃわちゃと、店に押し入ってきた。ガリオン、グラッド、ミリル、トルパ、ベナ。相変わらずの、賑やかさだった。
「アーシュ! ヴィラ! ヒマリちゃん! 心配してたべよー」
「ただいま、ベナおばあちゃん」
ベナが目をうるませ、ヒマリの頭を優しく撫でる。
「で、どうだったんじゃ、ダンジョンは!」
ガリオンが身を乗り出した。
「このジジイは、ほんと情緒ってのがないねえ……まあ、あたしも気になるけどさ!」
ミリルがバツが悪そうに笑い、ガリオンと共にアーシュに迫る。
「はあ……報告は明日にしようと思っていたのだが、しかたがない人たちだ……」
アーシュは疲れた顔でため息をつくと、かいつまんで報告をした。
ダンジョンを踏破したこと。ヒマリが副管理者の権限を得たこと。それがあれば、翌年まで資源が復活するようになること、そして、その鍵を五玉に預けたいと言っていること。
五玉がしんと、静まり返った。
それから――
「おおおおお!」
「やった、やったぞ!」
「ミスリルが、戻ってくるんか!」
五人が一斉に歓声を上げた。ミリルが涙ぐみ、トルパがガリオンと抱き合い、ベナが手を打って喜んだ。
「あのダンジョンはヒマリの嬢ちゃんを待ってたんだな」
ガリオンがヒマリを見て、感慨深そうに頷いた。
「賢者様が作ったダンジョンだったとはのう」
「きっと、ヒマリちゃんが来るのを予言していたのじゃろうな」
「そうだね。ほんといい時に来てくれたよ、ヒマリのお嬢ちゃんはさ!」
「ちっこいけど、ヒマリちゃんは立派な賢者様だべな」
五玉達が目を細め、ヒマリを褒めそやす。
「わ、わたしは、そんな、すごくないよ」
ヒマリが顔を真っ赤に染めて両手を振った。
「すごいかどうかは、わしらが決める」
ガリオンが、にっと、笑った。
「アーシュとヴィラの協力もあったじゃろうが、鉱脈が復活したのは、賢者であるお前さんが居たからじゃ。炉都はお前さんに大きな借りができたのう」
ヒマリが顔を赤くして丸くなった。
それをみて、五玉とドルフが笑い、ヴィラが背中をつつき、アーシュは小さく頬を緩ませていた。
*
「年に一度、こいつを挿すだけで、また一年恩恵にあずかれるとはのう」
グラッドが鍵を大事そうに両手で受け取った。
「これは五玉でしっかり管理せねばな」
「ちゃんと覚えておかないといけないねえ」
「いや、ジジイたちは絶対に忘れちまう。いっそのこと申請の日を決めちまったらどうだ?」
ドルフが、横から、言った。
「失礼な奴じゃな……いや、確かに怪しいとは思うがの」
「お前に言われると腹が立つべな」
「まあまあ。ほれ、ヨソだとそろそろ豊穣の祭りがあるだろ? 俺等も祭りの儀式にしちまえば忘れねえんじゃねえの」
「お、それはいいな」
ガリオンが、手を打った。
「グランヴォルトなら採掘にからめるのがいいのう」
「長いのはわしゃ好かん。資源が再び満ちる、再生の日はどうじゃ?」
「再生の日! いいねえ!」
「街じゅうで、祝うべ!」
五玉がまた、わちゃわちゃと盛り上がり始めた。
ヒマリがその様子を見てくすくすと笑った。自分が持ち帰った鍵が、炉都の新しいお祭りになる。なんだか不思議で嬉しかった。
*
「さて、と」
五玉たちが帰っていき、再び工房に静寂が戻ると、ドルフがぱんと手を打った。
「思いがけず、ジジイたちへの報告が済んじまった」
そして、にやりと笑ってヒマリを見た。
「だったら、後は俺の仕事だけだ。なあ、ヒマリの嬢ちゃん!」
「あ……杖?」
「そうだ! ミスリルが戻ったんだろ? 最高の素材で、最高の杖を作ってやる!」
ドルフが腕まくりをして、それから声を少しだけ落とした。
「それと、あの石な」
「うん」
「あれは今まで見たことがねえが、とんでもない素材なのはわかる。なあ、嬢ちゃん、あの石って……」
ドルフの目がまた、職人の鋭さを帯びた。
ヒマリがこくりと頷いた。
「うん、素材にしていいよ。あのね、わたしの杖の核にしようって言ってたんだ」
「核……?」
「ああ、その石はファリア石と言うらしくてな、どうやら賢者が使う杖の核にするようだ」
「おいおい、どっからそんな情報を?」
「……ダンジョンだ。恐らく、前任の賢者が残した情報だろう」
ドルフが片眉を上げ、ふっと不敵に笑った。
「賢者の杖か。面白え。こいつは腕が鳴るぜ」
炉都の街に夕方を告げる鐘が響いていた。




