第四十一話 コアルームへ
光が収まると、広いドーム状の空間に立っていた。
壁も天井も磨かれた黒い石でできていて、淡い光の筋が血管のようにそこかしこを走っている。
そして、部屋の中央には、巨大な水晶のような塊が宙に浮いていた。
その内側では、青や緑の光がゆっくりと脈打つように明滅している。見ているだけで肌がぴりぴりするほどの濃いマナの気配も感じた。
「うわあ……」
ヒマリが口を開けて見上げた。
「これ、凄いマナ出てる」
「ああ、これは恐らくこのダンジョンの心臓部、ダンジョンコアだろうな」
ヴィラが剣の柄に手をやったままぐるりと辺りを見回した。
「で、敵は……いねえな。なんつうか、やけに静かだ」
「ああ。ここは戦う場所ではなさそうだ」
コアの手前に小さな石の台座があった。
その上に平たい石板が一枚置かれている。そして、その隣に装飾の施された小さな箱が一つあった。
「アーシュ、なにか置いてあるよ」
「ああ」
三人で台座に近づいた。
*
石板には文字が刻まれていた。
それは、これまでの古めかしい問いの文体とはまるで違う、砕けた走り書きのような文字だった。
「アーシュ、これ……」
「……ああ。日本語だな」
アーシュが石板を上から読み上げていった。
『まずはおめでとうといっておこうか。
ここまで来た君は、きっと賢者か、その教えを受けた者なんだろうな。
謎解きはどうだった? 面白かった? それともダルかったかな?
日本にあった、リドルダンジョンを再現したくてね、
攻略して権限を得たこのダンジョンを使って遊んでみたんだよ。
楽しんでくれてたら、嬉しいな。
じゃあね、後輩か、そのお弟子さん。』
「…………」
しばらく、沈黙が流れた。
「……なんつうか」
ヴィラが、ぽつりと言った。
「ずいぶん、軽いやつだよな、これ書いたの」
「ああ……」
「後輩ってこた、まさかこれやったのって……」
「……例の賢者だろうな」
「なにやってんだよ、賢者様はよお……ルミアが聞いたら頭抱えるぞ」
そう言いながら、ヴィラも頭を抱えている。
「うーん……面白かったけど、これだけなのかな?」
ヒマリが、首を傾げた。
「あ、だよな! 俺もそれ言いたかったんだよ。つうか、これじゃ何の解決にもならねえじゃねえか」
「謎解きのダンジョン……あんな面白いことをかんがえて、こんなお手紙を書く人なら……」
「ん? 何してんだヒマリ」
「何かね、まだなにか、隠してないかなって……あ! ここみて、小さくなにか書いてあるよ!」
石板の文章には続きがあった。下の方に、小さくこう書かれていた。
『お、よく気づいたな。もしかすると君には賢者の素質があるかもしれん。試しにこの石板に手のひらを乗せてみろ。当たりなら良いことが起こるぞ。』
「触れてみろ、って」
「……試すと良い」
「うん」
ヒマリが石板にそっと手を乗せた。
その瞬間、石板がぼうっと光った。
コアから、一筋の光が流れて石板へとすうっと吸い込まれていく。
コアが、ひときわ強く光った。そして、その光の奥から、声が響いた。人の声に似て、けれど、どこか平坦な―― まるで、感情を抜き取ったような声だった。
『賢者適性保有者を確認中……賢者の因子を確認しました。これより副管理者権限の付与を開始します』
「……え?」
ヒマリが目をぱちくりとさせた。
「え? え、わたし?」
「は? おい、副管理者って言ったよな!?」
ヴィラも目を丸くした。
『新たな賢者へと権限の付与を完了しました。手を離し、備品をお受け取り下さい』
石板から光が消え、再び静かになったが、二人は揃ってぽかんとしたままだ。
その横でアーシュだけが静かに息を吐いた。
(コアそのものに、声を……あの賢者は、とんでもないことをしたものだ)
前任賢者がダンジョンの心臓部にまで手を加えていた。その事実に、アーシュはあらためて舌を巻いていた。
継承が終わり、光が消え去った石板に文字が浮かび上がっていた。
『副管理者権限一覧
・資源の再生申請
・ダンジョン情報の閲覧
・一部設備の利用』
「……えっと、よくわかんないけど」
ヒマリが文字をたどたどしく読んだ。
「資源の、さいせい……あ、押したら説明が出てきたね」
「採れる鉱石や素材を、また増やすことができる、ということか。ただし年に一度だけのようだな」
「ドルフさんも、五玉のおじいちゃんたちも、みんな喜ぶね」
「ああ、目標は果たされたな」
ヒマリが文字をなぞりながら読んでいると、台座の隣の箱がかちりと音を立てて開いた。
「わ。なんか開いたよ?」
箱の中には二つのものが入っていた。
一つは小さな平たい石の板。手のひらに収まるほどの大きさで、何かに差し込めるような奇妙な形をしている。
アーシュはそれに既視感を覚え、じっと見つめて考えた。
(……この形、どこかで……ああ、USBメモリ……だったか)
石板に文字が浮かんだ。
『この鍵を持つ者は、本人でなくとも、再生の申請が行える。』
「ほう」
「どういうこと?」
「ここを見ろ。この鍵とやらがピタリと合う穴が開いている」
「えっ、じゃあ……」
「ああ、それを挿せば、ヒマリでなくとも、資源を再生させることが出来そうだ」
ヒマリが、ぱっと、顔を上げた。
「これを、五玉のおじいちゃんたちに預けたら、わたしが来れなくても、大丈夫なんだよね?」
「ああ。そうだな。資源の再生以外は出来ないようだから、まずいことにはならないだろう」
「うん、これ、おじいちゃんたちにあげよう!」
ヒマリが嬉しそうにその鍵を両手でぎゅっと握った。
「でよ、こっちの石はなんなんだろうな?」
ヴィラが物珍しそうに見つめているのは、乳白色の透き通った石だった。
ヒマリの拳ほどの大きさで、内側に淡い光の筋がゆっくりと流れている。ヒマリが手に取ると、ほんのりと温かかった。
「わあ……あったかい」
「……ファリア石、と石板に現れたな……」
「ふぁりあせき……」
「説明によると、賢者の杖の核になる石、らしい」
アーシュが、石板の字を指でなぞった。
「杖の、かく……?」
「ああ。お前の杖を作る時、これがその中心になるんだ」
ヒマリが乳白色の石を両手でそっと包んだ。淡い光の筋が、ヒマリの指の間からほのかに漏れていた。
「わたしの杖に、これをつけるんだ」
「ああ、きっと良いものになる」
ヒマリの目がきらきらと輝いていた。
ヴィラが腕を組んでヒマリをじーっと見ていた。
「……なあ、アーシュ」
「何だ」
「鉱石を復活させただけじゃなくてよ、誰も見たことがねえ宝石までみっけてよ」
ヴィラが、にやりと笑った。
「ヒマリって、もしかしてドワーフなんじゃねえのか?」
「えっ……? わたしが?」
「ああ。ちいせえし、石をみっける嗅覚は本物だ」
「ち、ちがうよ!」
ヒマリがぷうっと頬を膨らませた。
「ちいさいのは、こどもだから、だよ! まだまだ、おっきくなるんだもん!」
「ぷっ、わはは、悪い悪い。冗談だっつうの」
「もう、ヴィラさん、いっつもそうやって、からかうんだから!」
ヒマリが口を尖らせてヴィラの腹をぽかぽかと叩いた。ヴィラは笑いながらそれを受けている。
アーシュはその様子を横で見ていた。
ここまで、二月と少し……長いダンジョン攻略だった。
赤い扉から始まって、ジャングル、海、海底、そしてここまで来た。
そして、その全部をヒマリは楽しみながら歩いてきた。
(いい経験に、なったな)
ヒマリとヴィラがわちゃわちゃとじゃれ合っていると、コアの手前の床が淡く光り始めた。
現れたのは見慣れた円形の紋様、転移装置だった。
「お、出たな。これで帰れるってことか?」
「だろうな。おそらく地上まで一気に運んでくれるのだろう」
ヒマリがファリア石と副管理者の鍵を大事そうに収納にしまった。それから転移装置を見つめた。
「これで……ダンジョンもおわりなんだね」
「ああ。よく、ここまで歩いたな」
「うん……たのしかった」
ヒマリが、にっこりと、笑った。
アーシュはその頭にぽんと、手を置いた。
「帰るぞ」
「うん……またね、ダンジョンさん」
「はは、いいなそれ。じゃあな、ダンジョン!」
三人は転移装置の上に並んで立った。
淡い光がふわりと三人を包み込んでいく。
長いダンジョンの旅のその先へ。
帰る場所へと続く光だった。




