第四十話 帰る場所の謎
朝食を食べ、手早く支度を済ませた三人は、さっそく神殿に向かった。
青白く光る石の門をくぐると、内部はしんと静まり返っていた。
壁には薄いサンゴのような模様が這い、柱の隙間を淡い青の光がゆっくりと流れている。物音は何もない。ただ、奥からこれまでで最も濃いマナの気配が静かに漂ってきていた。
道なりに通路を進むと、広い部屋に出た。
部屋の中央に円形の祭壇があった。
平たい円盤のような石の台。その上に、六つの穴が円を描くように等間隔で並んでいた。
「出たよ、お約束の謎解きだ。ヒマリ、まかせた!」
「うん……でも、なんだろう、これ」
ヒマリが、祭壇に近づいた。それから、ハッとしてアーシュを振り返った。
「触って、だいじょうぶ、だよね」
アーシュは少し考え、頷いた。
「これまでと同じであれば、触ることで何かが起こるのだろう。やってみるといい」
「うん」
ヒマリが祭壇の縁にそっと手を触れた。
その瞬間、祭壇がぼうっと淡く光った。
六つの穴に囲まれた円の内側に、ふわりと六枚の丸い石板が現れた。手のひらに乗るほどの大きさで、それぞれの表面にぼんやりと光る線で模様が描かれている。
そして、祭壇の中央に文字が浮かび上がった。
『これは、始まりより終わりへ至る円環なり。
歩みし道を、相応しき場所へはめよ』
「……えっと」
ヒマリが首を傾げた。
「歩みし道を、はめよ……?」
「石板を、その六つの穴にはめろということだろうな」
「でも、どれをどこにいれたらいいんだろう……?」
ヒマリは、六枚の石板を一枚ずつ手に取って眺めた。
「これは……なんだろう。木がいっぱい……森、かな」
「こっちは、家がたくさん並んでいるな」
「街、みたいだね。あ、こっちは……砂、かな?」
ヒマリが次の石板を手に取った。
丸い炉のような形に、ごうごうと燃える炎の線が刻まれている。
「これは……火?」
「いや」
アーシュが横から覗き込んだ。
「炎の下に、炉の口のような線がある。これは……グランヴォルトかもしれん」
「そうだよ、きっとそう!」
ヒマリが目を輝かせた。それから次の石板を手に取った。
丸い房のような果実の模様が浮かび上がっている。どこかで見たような気がして、ヒマリがうんうん唸っていると、ヴィラが横から覗き込んで言った。
「パニャじゃねえか、それ?」
「あ……ほんとだ、これパニャだね!」
ぱっと顔を明るくし、次の石板を手に取った。
「最後のこれは……サンゴだよね」
「ああ、そうだな」
ヒマリは六枚の石板を並べてみた。
森、街、砂、炉、果実、サンゴ。
それらを、腕を組んでしばらくじっと見つめていた。
それから少しして、はっと息を吸った。
「……これ、さ」
「どうした」
「これね、全部、わたしたちが通ってきた場所じゃないかな」
ヒマリが顔を上げた。
「わたしは森を出て、それから、いろんな街に行ったよね。それで、砂漠をこえて、炉都に来て……それで、ダンジョンのジャングルと、海を通って……ね?」
ヴィラが眉を寄せた。
「おいおい……ずいぶん出来過ぎじゃねえか? なんだか気味がわりいぜ」
「いや、これは触れたもののマナに反応して変化する仕掛けなのだろう」
アーシュは、ヒマリが祭壇に触れた瞬間、マナがわずかに吸い上げられたことに気づいていた。
(あれは恐らく、ヒマリが持つマナを調べたのだろうな)
「なんだよ、ヒマリの記憶を読んだとでも言うのか?」
「いや、記憶ではないだろう。濃いマナの場を通れば、その性質はしばらく体の内側に残る。祭壇は、その痕跡を拾って紋様として写しているのだろうな」
「わたしの、からだに……?」
ヒマリが両手を広げ、ぽうっとした顔で見つめる。
「魔の森、砂漠、グランヴォルト……なるほど、マナが濃いめなとこばかりだぜ」
「街は、なんで、かな?」
「人が多く集う場所は、自然とマナの密度が上がる。これまでいくつもの街や里を通ってきたからな」
「そっか……クレに、トバスさん。リュッカさんとフィロルさん、それにルミアさんも。いっぱい出会ったもんね」
「ああ。最初にバウレンで、人の集まる場のマナが刻まれたのだろう。その後も、街や里を通るたびに、似た性質のマナが重なっていった」
ヴィラが神殿の奥を見やり、納得したように頷いた。
「それでダンジョンは、このとおり、マナが濃いからってわけか!」
ヒマリが六枚の石板を見比べた。
「やっぱり順番があるんだよね。始まりより終わりへ、って書いてあったし……」
ヒマリは、六つの穴が円を描いて並んでいるのを見つめた。
「ん? なんかこれよ、時計みてえじゃね?」
ヴィラがぽんと手を打った。
「時計?」
「ああ、神殿とか城にあるやつだよ。実家やルミアんとこで見たことあるんだ。丸くて、針がぐるぐる回るやつ」
「うん、時計はわかるけど……あ、そっか、それっぽいね!」
ヒマリは納得したように頷いたが、それからすぐに首を傾げた。
「時計なら……いちばん上が、れい時がはじまりで……ぐるぐるまわって、お昼になって……あっ」
ヒマリは祭壇の一番上の穴を見て、それからひとつの石板をみつめた。
「最初と、最後が、おんなじ……もしかしたら……」
ヒマリの声が少し震えた。
「うん、だったら……ここが、はじまりで、おわりの場所だよ」
ヒマリは森の石板を両手でそっと持った。
森の石板を手に取った時、ヒマリの胸に浮かんだのは木々の奥にある小さな家だった。
暖かな火が揺れる暖炉。
お気に入りの毛布とベッド。
そして、台所に立つアーシュの背中。
「ここが、旅のはじまりで……帰るところ、だよ」
ヒマリは、森の石板を円の一番上にそっとはめた。
その瞬間、アーシュの胸の奥でコトリと何かが鳴った。
今までで一番はっきりとした感覚だった。
(……そうか)
アーシュはヒマリの横顔を見た。
ヒマリはもう次の石板に手を伸ばしていた。
迷いはなかった。
街の石板を森の右隣へ。
砂の石板をその次へ。
炉の石板を円の下へ。
果実の石板をさらにその先へ。
最後にサンゴの石板を森の左隣へ置いた。
一枚はめるたび、床の溝に細い光がすうっと走っていった。
アーシュは何も言わなかった。
ヴィラも、いつもなら何か茶化すところを今は黙って見ていた。
ヒマリが最後のサンゴの石板をはめ、六枚の石板がすべて収まった。
その瞬間、円の溝を走っていた光がぐるりと一周つながった。
森から、街へ。街から、砂へ。砂から、炉へ。炉から、果実へ。果実から、サンゴへ。そして、サンゴから、また森へ。
ひとつの光の輪が浮かび上がった。
始まりと終わりがひとつにつながった円環だった。
「……解けたのか?」
ヴィラがぽつりと言った。
光の輪がゆっくりと強さを増していく。祭壇の中央に再び文字が浮かび上がった。
『道を進む者よ。
歩んできた道を見失わぬ者よ。
帰る場所を持つ者よ。
君に、最奥へ進む資格を与える』
最後の一文字まで光ると、祭壇の中央が淡く青く輝き始めた。
光は円環の溝を伝って床全体に広がっていく。そして、祭壇の手前の床に見覚えのある、円形の紋様が浮かび上がった。
転移装置だった。
「やったあ」
ヒマリがふう、と息を吐いた。それから、ぱっと顔を輝かせて振り返った。
「アーシュ、ヴィラさん、できたよ!」
「ああ」
アーシュはヒマリの方へ歩み寄った。
言いたいことはいくつもあった。けれど、そのどれも言葉にはしなかった。
ただ、一言。
「よくやった」
と言った。
ヒマリがえへへと、笑い、ヴィラがその頭をわしわしと撫でた。
「いやー、たいしたもんだぜ、ほんとによ。俺なんか、まだわかんねえもん」
「あれね、わたしの旅の順番だったんだ」
「はあ? マジかよ……よく気づいたな?」
「ヴィラさんが、時計だって言ってくれたからだよ」
「お、おう。まあ、そうか?」
ヴィラが、少し、照れたように、鼻の下をこすった。
「それにしても、あの仕掛けって、どうやって石板の順を決めたんだろうな? あれこそ一致しすぎて気持ち悪いぜ」
「体内に残ったマナの痕跡は、古いものほど淡く、新しいものほど濃く残るという。その濃淡で、順を導いたのだろう」
「古いのから新しいのに並べりゃ、旅の順番と同じになるってわけか。なるほどなあ」
転移装置の青い光が静かに三人を照らしていた。
アーシュはその光の中で、もう一度円環の石板を見た。
森から始まり森へ還る六枚の道。
ヒマリが迷いなく森を一番上に置いたあの一瞬。
(……いや)
アーシュはそれ以上考えるのをやめた。
胸の奥に残った、小さな音だけを静かに抱えたまま。
「行くぞ」
「うん!」
「おうよ」
三人は転移装置の上に並んで立った。
青い光がふわりと三人を包み込んでいった。




