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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第四十話 帰る場所の謎

 朝食を食べ、手早く支度を済ませた三人は、さっそく神殿に向かった。


 青白く光る石の門をくぐると、内部はしんと静まり返っていた。


 壁には薄いサンゴのような模様が這い、柱の隙間を淡い青の光がゆっくりと流れている。物音は何もない。ただ、奥からこれまでで最も濃いマナの気配が静かに漂ってきていた。


 道なりに通路を進むと、広い部屋に出た。


 部屋の中央に円形の祭壇があった。


 平たい円盤のような石の台。その上に、六つの穴が円を描くように等間隔で並んでいた。


「出たよ、お約束の謎解きだ。ヒマリ、まかせた!」


「うん……でも、なんだろう、これ」


 ヒマリが、祭壇に近づいた。それから、ハッとしてアーシュを振り返った。


「触って、だいじょうぶ、だよね」


 アーシュは少し考え、頷いた。


「これまでと同じであれば、触ることで何かが起こるのだろう。やってみるといい」

「うん」


 ヒマリが祭壇の縁にそっと手を触れた。


 その瞬間、祭壇がぼうっと淡く光った。


 六つの穴に囲まれた円の内側に、ふわりと六枚の丸い石板が現れた。手のひらに乗るほどの大きさで、それぞれの表面にぼんやりと光る線で模様が描かれている。


 そして、祭壇の中央に文字が浮かび上がった。


 『これは、始まりより終わりへ至る円環なり。

 歩みし道を、相応しき場所へはめよ』


「……えっと」


 ヒマリが首を傾げた。


「歩みし道を、はめよ……?」

「石板を、その六つの穴にはめろということだろうな」

「でも、どれをどこにいれたらいいんだろう……?」


 ヒマリは、六枚の石板を一枚ずつ手に取って眺めた。


「これは……なんだろう。木がいっぱい……森、かな」

「こっちは、家がたくさん並んでいるな」

「街、みたいだね。あ、こっちは……砂、かな?」


 ヒマリが次の石板を手に取った。


 丸い炉のような形に、ごうごうと燃える炎の線が刻まれている。


「これは……火?」

「いや」


 アーシュが横から覗き込んだ。


「炎の下に、炉の口のような線がある。これは……グランヴォルトかもしれん」

「そうだよ、きっとそう!」


 ヒマリが目を輝かせた。それから次の石板を手に取った。


 丸い房のような果実の模様が浮かび上がっている。どこかで見たような気がして、ヒマリがうんうん唸っていると、ヴィラが横から覗き込んで言った。


「パニャじゃねえか、それ?」


 

「あ……ほんとだ、これパニャだね!」


 ぱっと顔を明るくし、次の石板を手に取った。


「最後のこれは……サンゴだよね」

「ああ、そうだな」


 ヒマリは六枚の石板を並べてみた。


 森、街、砂、炉、果実、サンゴ。


 それらを、腕を組んでしばらくじっと見つめていた。


 それから少しして、はっと息を吸った。


「……これ、さ」

「どうした」

「これね、全部、わたしたちが通ってきた場所じゃないかな」


 ヒマリが顔を上げた。


「わたしは森を出て、それから、いろんな街に行ったよね。それで、砂漠をこえて、炉都に来て……それで、ダンジョンのジャングルと、海を通って……ね?」


 ヴィラが眉を寄せた。


「おいおい……ずいぶん出来過ぎじゃねえか? なんだか気味がわりいぜ」


「いや、これは触れたもののマナに反応して変化する仕掛けなのだろう」


 アーシュは、ヒマリが祭壇に触れた瞬間、マナがわずかに吸い上げられたことに気づいていた。


(あれは恐らく、ヒマリが持つマナを調べたのだろうな)


「なんだよ、ヒマリの記憶を読んだとでも言うのか?」

「いや、記憶ではないだろう。濃いマナの場を通れば、その性質はしばらく体の内側に残る。祭壇は、その痕跡を拾って紋様として写しているのだろうな」


「わたしの、からだに……?」


 ヒマリが両手を広げ、ぽうっとした顔で見つめる。


「魔の森、砂漠、グランヴォルト……なるほど、マナが濃いめなとこばかりだぜ」

「街は、なんで、かな?」

「人が多く集う場所は、自然とマナの密度が上がる。これまでいくつもの街や里を通ってきたからな」

「そっか……クレに、トバスさん。リュッカさんとフィロルさん、それにルミアさんも。いっぱい出会ったもんね」

「ああ。最初にバウレンで、人の集まる場のマナが刻まれたのだろう。その後も、街や里を通るたびに、似た性質のマナが重なっていった」


 ヴィラが神殿の奥を見やり、納得したように頷いた。


「それでダンジョンは、このとおり、マナが濃いからってわけか!」


 ヒマリが六枚の石板を見比べた。


「やっぱり順番があるんだよね。始まりより終わりへ、って書いてあったし……」


 ヒマリは、六つの穴が円を描いて並んでいるのを見つめた。


「ん? なんかこれよ、時計みてえじゃね?」


 ヴィラがぽんと手を打った。


「時計?」


「ああ、神殿とか城にあるやつだよ。実家やルミアんとこで見たことあるんだ。丸くて、針がぐるぐる回るやつ」

「うん、時計はわかるけど……あ、そっか、それっぽいね!」


 ヒマリは納得したように頷いたが、それからすぐに首を傾げた。


「時計なら……いちばん上が、れい時がはじまりで……ぐるぐるまわって、お昼になって……あっ」


 ヒマリは祭壇の一番上の穴を見て、それからひとつの石板をみつめた。


「最初と、最後が、おんなじ……もしかしたら……」


 ヒマリの声が少し震えた。


「うん、だったら……ここが、はじまりで、おわりの場所だよ」


 ヒマリは森の石板を両手でそっと持った。


 森の石板を手に取った時、ヒマリの胸に浮かんだのは木々の奥にある小さな家だった。


 暖かな火が揺れる暖炉。

 お気に入りの毛布とベッド。

 そして、台所に立つアーシュの背中。


「ここが、旅のはじまりで……帰るところ、だよ」


 ヒマリは、森の石板を円の一番上にそっとはめた。


 その瞬間、アーシュの胸の奥でコトリと何かが鳴った。


 今までで一番はっきりとした感覚だった。


(……そうか)


 アーシュはヒマリの横顔を見た。


 ヒマリはもう次の石板に手を伸ばしていた。

 迷いはなかった。


 街の石板を森の右隣へ。

 砂の石板をその次へ。

 炉の石板を円の下へ。

 果実の石板をさらにその先へ。

 最後にサンゴの石板を森の左隣へ置いた。


 一枚はめるたび、床の溝に細い光がすうっと走っていった。


 アーシュは何も言わなかった。

 ヴィラも、いつもなら何か茶化すところを今は黙って見ていた。


 ヒマリが最後のサンゴの石板をはめ、六枚の石板がすべて収まった。


 その瞬間、円の溝を走っていた光がぐるりと一周つながった。


 森から、街へ。街から、砂へ。砂から、炉へ。炉から、果実へ。果実から、サンゴへ。そして、サンゴから、また森へ。


 ひとつの光の輪が浮かび上がった。


 始まりと終わりがひとつにつながった円環だった。


「……解けたのか?」


 ヴィラがぽつりと言った。


 光の輪がゆっくりと強さを増していく。祭壇の中央に再び文字が浮かび上がった。


 『道を進む者よ。

 歩んできた道を見失わぬ者よ。

 帰る場所を持つ者よ。

 君に、最奥へ進む資格を与える』


 最後の一文字まで光ると、祭壇の中央が淡く青く輝き始めた。


 光は円環の溝を伝って床全体に広がっていく。そして、祭壇の手前の床に見覚えのある、円形の紋様が浮かび上がった。


 転移装置だった。


「やったあ」


 ヒマリがふう、と息を吐いた。それから、ぱっと顔を輝かせて振り返った。


「アーシュ、ヴィラさん、できたよ!」

「ああ」


 アーシュはヒマリの方へ歩み寄った。


 言いたいことはいくつもあった。けれど、そのどれも言葉にはしなかった。


 ただ、一言。


「よくやった」


 と言った。


 ヒマリがえへへと、笑い、ヴィラがその頭をわしわしと撫でた。


「いやー、たいしたもんだぜ、ほんとによ。俺なんか、まだわかんねえもん」

「あれね、わたしの旅の順番だったんだ」

「はあ? マジかよ……よく気づいたな?」

「ヴィラさんが、時計だって言ってくれたからだよ」

「お、おう。まあ、そうか?」


 ヴィラが、少し、照れたように、鼻の下をこすった。


「それにしても、あの仕掛けって、どうやって石板の順を決めたんだろうな? あれこそ一致しすぎて気持ち悪いぜ」

「体内に残ったマナの痕跡は、古いものほど淡く、新しいものほど濃く残るという。その濃淡で、順を導いたのだろう」

「古いのから新しいのに並べりゃ、旅の順番と同じになるってわけか。なるほどなあ」


 転移装置の青い光が静かに三人を照らしていた。


 アーシュはその光の中で、もう一度円環の石板を見た。


 森から始まり森へ還る六枚の道。


 ヒマリが迷いなく森を一番上に置いたあの一瞬。


(……いや)


 アーシュはそれ以上考えるのをやめた。

 胸の奥に残った、小さな音だけを静かに抱えたまま。


「行くぞ」

「うん!」

「おうよ」


 三人は転移装置の上に並んで立った。


 青い光がふわりと三人を包み込んでいった。


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