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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第三十三話 小さな賢者さま

 指示役のヒマリを残し、アーシュとヴィラがパズルの床へ降りていった。石板の前で短く言葉を交わし、まずはヴィラが先に動かすことになったようだ。


「ヒマリー! どうすりゃいい?」

「えっとね、いま、空いてるマスのね、左の石板を、右に押して」

「左の石板を……これか?」

「うん、それ」

「よっしゃ」


 ヴィラが、ぐっと、肩を入れて、石板を押した。


 ずず……ずず……と石が擦れる重い音がして、石板がゆっくりと空いているマスへ動いていく。マスからマスへ。一つ動いた。


「……クッソ、地味に重てえなこれ! なんだよこの重さ、一トンはあんじゃねえか!?」

「ヴィラさん、つぎはね、今あいたとこに、上の石板をおろしてきて」

「上の石板……これだな、よっしゃ」


 ヴィラがまた、肩を入れて押す。今度は、上から下へ。ずず、ずず、と、石が動いていく。


「ぐっ……ふう……」


 二枚目を押し終わると、ヴィラが額の汗を手の甲で拭った。


「おいアーシュ、次はおまえがやってくれ。さすがに、立て続けは、しんどいわ」

「ああ」


 アーシュが交代で、石板に手をついた。


 超越種のアーシュには、ヴィラほどの負担はかからない。けれど、それでも楽な作業ではなかった。一マス、一マスを確実に慎重に動かしていく。


 ヒマリが踊り場から声をかける。


「アーシュ、つぎはななめ下の石板を、右にうごかして」

「分かった」


 ぼんやりと明るい地下の大部屋に、ヒマリの声と石板がこすれる低い音が鳴り響いていた。



 パズルはゆっくりと進んでいった。


 ヒマリの指示は明確だった。「あれを、こっちに」「次は、それを、あっちに」「あ、ちがう、もう一つ右」「うん、それであってる」一つ一つ、丁寧に進めていった。


 時々、間違えそうになったが、すぐに修正を入れていた。


「あ、ヴィラさん、それじゃない。その隣の」

「お、わりい」


 ヴィラが、押しかけた手を止めて、別の石板に移る。


「ふう、ヒマリ、今どんなもんだ?」

「けっこう、それっぽくなってきたよ」

「まじか。こっからだとよくわからんわ」


 ヴィラは石板を押しながら上を見上げてぼやいた。


 踊り場のヒマリは、手すりに身を乗り出して真剣な顔で床を見下ろしていた。指で空中に何かをなぞっている。完成図を自分の中で確かめているのだろう。


 その様子を見て、アーシュはふと、思った。


 ヒマリが、自分達に指示を出している。それも的確にだ。


 森の家で粥を一口ずつおそるおそる啜っていた小さな影が、今ではこんなにも、頼もしく踊り場に立ち、大人二人に指示を出している。


 胸の奥で、何かが、小さく動いた。


 コトリ。


 とても小さな音だった。


(……ヒマリに指示を仰ぐ日が来るとはな)


 アーシュは小さく微笑み、その音を黙って受け止めた。



 ヴィラとアーシュが何度も交代しながら、二十手、三十手と、石板を動かしていった。


 踊り場の上で、ヒマリは小さく息を吸う。


 間違えたら、また最初からかもしれない。そう思うと、喉がきゅっと縮んだ。


 けれど、下でアーシュが待っている。ヴィラが「次はどうする」と顔を上げている。


 だからヒマリは、もう一度、完成した花の形を頭の中に浮かべた。


 やがて、正解までのハッキリとした道筋がヒマリの目に見えた。


(あと、五回動かせば、ゴールだね!)


 あと五手、あと四手、あと三手、あと二手。


 最後の一手を、ヒマリの指示でアーシュが押した。


 ズズズ……と、石が動いて、ぴたりと定められた位置に収まった。


 その瞬間――


 床全体がぼうっと光った。


 石板の模様が淡い金色に輝き、それぞれの模様が隣の石板の模様と繋がっていく。



 そして、最後に空いていた、たった一マスの空白から新しい石板が、ぐぐ……ぐぐ……とせり上がってきた。


 ヒマリが踊り場で息をのんだ。


 せり上がってきた最後の石板が、ぴたりと床と同じ高さに揃った。


 その瞬間。


 十六枚の石板の模様が完全に繋がった。


 床一面に、一輪の大きな花の絵が淡い金色に輝いて浮かび上がった。


「……できた!」


 ヒマリが踊り場で両手を上げた。


「アーシュ、ヴィラさん、できたよ! お花!」

「やったなヒマリ! さっすが俺らの賢者さまだ!」

「ああ、よくやった」


 アーシュとヴィラが、額に浮いた汗を拭った。


 ヒマリが、踊り場からぱたぱたと階段を駆け下りてきた。


 花の絵が描かれた床の前で、三人が並んで立つ。


 そして――


 花の中央から、台座がせり上がってきた。腰丈ほどの小さな石の台座。その上に、見覚えのある形の石板がすっと現れた。


 石板の表面に文字が浮かび上がっていく。


「アーシュ、これって、いつもの……」

「ああ。読み上げよう」


 アーシュが、低い声で読み上げた。


 『木々の洗礼をくぐり抜け、第二の謎をよくぞ解いた。次の試練に進む権利を与えよう』


 最後の文字まで読み上げると、石板の文字が淡い金色に輝いた。


 その光が、台座を伝って床の花の模様へと流れていく。


 花の絵がぱあっと強く輝いた。


 次の瞬間、花の模様の中央が淡く青く光り円形の紋様に変わった。それは転移装置の紋様と同じだった。


「……転移装置に、変わった、ね」

「ああ」


 ヒマリが転移装置を見つめていた。


 それから踊り場のほうを振り返った。


 階段の上の踊り場、さっきまで自分が立っていた場所。あそこから、自分の指示で、二人が石板を動かして絵を完成させた。


 そう思うと、ヒマリはなんだかふわふわした気持ちになっていた。


「ヒマリ」


 アーシュが声をかけた。


 ヒマリは、すぐには返事ができなかった。


 自分が踊り場から声をかけるたびに、アーシュとヴィラが動いてくれた。

 間違えたらどうしようと思いながら、それでも最後まで指示を出した。


 ばらばらだった模様は一つの花になって、次へ進む転移装置まで現れた。


 自分の言葉で、二人を導けたのだ。


「お前のおかげだ」


 その言葉が胸に染みて、ヒマリは頬を少し赤くした。


「……えへへ」


 ヴィラが横からヒマリの頭をわしわしと撫でた。


「いやー、すげえなお前。言ったとおりになったじゃねえかよ」

「うん。ちゃんとできてよかったよ」

「俺らじゃ、こうはいかなかった。本当に、助かったぞ」

「うん……」


 ヒマリは、撫でられながら、にこにこと笑っていた。


 アーシュはそのヒマリの顔を見ていた。


 残された問いはまだ多い。


 なぜ、ダンジョンの中にこんな仕掛けがあるのか。

 誰が作ったのか。

 最奥に至るまで、あとどれだけの謎を解けばいいのか。


 だが今は、それよりも先に、またひとつ成長したヒマリの姿が胸に残っていた。


 淡く青く輝く地下の大部屋で、ヒマリはまだ少し照れたように笑っていた。


 小さな賢者さま。


 ヴィラがそう呼んだ言葉は、今のヒマリに、とてもふさわしいものに思えた。


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