第三十二話 十五の石板
一夜明けて。
よほど神殿に入るのが楽しみだったのか、いつもよりも早起きをしたヒマリは、アーシュの横に立って朝食の支度を手伝っていた。
「ねえ、アーシュ」
「なんだ」
「謎解きがあったらね、また、がんばるよ」
「ああ、頼りにしている」
「えへへ……」
トーストが出来上がり、皿にベーコンと目玉焼きが盛られたところで、ヴィラがもぞりと寝袋から這い出した。
「ふぁあ……お前ら朝から元気だなあ」
「おはよ、ヴィラさん」
「ああ、おはよお……」
ヒマリはトーストにたっぷりとペルロの蜜をかけ、幸せそうな顔をしていた。
*
朝食後、ヒマリは家を収納すると、とてとてと結界玉に駆け寄ってそれも収納した。
目の前にあるのは、森の家ではなく謎の神殿。今日は今からそこの探索をする。
「準備はいいか」
「うん」
「おう」
アーシュが先に立って、神殿の入り口をくぐった。
中は薄暗く、空気がさらりとしていた。外のジャングルの蒸し暑さが嘘のように遠ざかっていく。石の壁に手を当てると、ひやりとした感触が伝わってきた。
「すずしい……」
ヒマリが少し驚いた顔をした。
「神殿の中だけ、別の空気みたいだね」
「ああ。マナで仕切られているようだ」
「結界みたいなもんか?」
ヴィラが剣の柄に手を当てたまま、辺りを見回した。
入り口を抜けた先は、それほど広くない部屋だった。けれど、その中央にぽっかりと大きな穴が開いている。
いや、穴ではない。
螺旋状の階段が、ぐるりと壁沿いに下りていく構造になっていた。中央は吹き抜けだった。
「下が見えねえ……まさか、ずっと下っていかなきゃねえのかよ」
「いや……マナの影響で霞んでいるようだ。目を凝らすと僅かに床が見える」
「どれどれ……いや、見えねえわ。すげえな、アーシュ!」
おそるおそるヒマリも覗いてみたが、何か霧のような物に覆われていてハッキリとは見えなかった。
「雲の中に下りるみたい、だね」
「……そうだな」
「ヒマリにかかっちゃ、謎の仕掛けも可愛らしくなっちまうな」
「えへへ……」
気が紛れたところでアーシュが一歩階段に踏み出した。石の階段は乾いていて、しっかりとしていた。
三人でゆっくりと下りていく。
螺旋に沿って進むたび、地下の部屋が少しずつ近づいてくる。けれど、霞んだ底を見下ろしていたのは最初だけだった。
足元の石段は乾いているが、油断すれば踏み外しそうな高さがある。とくにヒマリは、手すりに片手を添えながら、おっかなびっくり下りていた。
慎重に、けれどゆっくり過ぎないペースで三人は階段を下り、十五分ほど下りたところでようやく階段が終わり、地下の大部屋へとたどり着いた。
三人は立ち止まって、あたりの様子を調べている。
部屋は四角く、それほど大きくはない。広さで言えば、宿の部屋を四つくらい繋げたぐらいだろうか。
そして、床が奇妙な構造をしていた。
「……これはなんだろう」
ヒマリが首を傾げた。
床全体が、大きなマス目で区切られていた。
縦に四つ、横に四つ。全部で十六のマス。そのうち十五のマスには、一辺が一メートルほどもある立方体の石板が置かれている。
空いているのは、一マスだけだった。
「なんだこの石ころ。ずいぶんと綺麗に切られてんな」
ヴィラが、石板の一つに手をつき、バンバンと音を立てて叩いた。
すると、僅かに石板が動いた。
「お、もしかして押せんのか? おお、どうやら空いてるマスの方に動かせるみたいだな」
「大掛かりな、仕掛けのようだな」
「うーん……石板の模様が、それぞれ違うね」
ヒマリが、石板の一つを覗き込んだ。
彫られているのは、何かの模様だった。曲線がいくつか走っている。隣の石板には、別の模様。さらに隣の石板には、また別の模様が。
ヒマリは、一つ一つ模様を見ていった。
曲線、点、もう一つの曲線、それから、何か小さな丸――
ふと、ヒマリの足が止まった。
「……あ」
ヒマリの目がすっと、細くなった。手のひらを自分の頬に当てる。考えるときの癖の顔だった。
「アーシュ」
「何だ」
「これね、ちょっと上から見てきていい?」
「上?」
ヒマリが階段のほうを振り返った。
「うん。なんかね、こういうの見たことある気がしてきたの」
アーシュは軽く頷いた。
ヒマリがぱたぱたと階段を駆け上がっていき、途中の踊り場で足を止めた。
手すりから地下の部屋を見下ろす。
「うん、ここからなら、ちゃんと下が見え……あっ……」
予想が確信に変わり、ヒマリの中に嬉しさがこみ上げた。
「……やっぱり十五パズルだ」
ヒマリがぽつりと言った。
「ヒマリ、何かわかったのか」
下からアーシュが声をかけた。
「アーシュ、ヴィラさん、ちょっと、こっち、登ってきて! 上から見て欲しいの!」
興奮するヒマリに、二人が顔を見合わせてから階段を登ってきた。踊り場でヒマリの隣に並ぶ。
そして見下ろした。
上から見ると、十六マスの床全体が一枚の大きな画として目に入ってきた。一つ一つの石板の模様がそれぞれ独立した模様ではなく、互いに連なって何か大きな絵の一部のように見える。けれど、配置がでたらめで、絵としては成立していない。
「なんかの絵にみえるが、わっかんねえなこれ」
「あのね、これね、十五パズルっていうんだよ」
「十五パズル? なんだそりゃ」
ヴィラが首を傾げた。
「日本にある、おもちゃなんだけどね」
ヒマリが指で空いているマスを指さした。
「あの、一つだけ、あいてるマス見える? あそこにとなりの石板を押して動かすの。するとね、また別のが動かせるでしょ。それでね、ぜんぶの石板を、ただしいばしょにならべると……」
「なるほど、何が描かれているのかわかるようになるってわけか!」
「……そういえば、そういうのもあったな」
アーシュが石板を見下ろしながら目を細めた。
(赤い扉の謎掛けといい、これといい……やはり、あちら側の知識に寄っているな)
「しっかし、これどんな絵になんだろうな?」
ヴィラが呟いた。
ヒマリはしばらく見下ろしていた。
目を細め、それから、ふと何かを掴むように両手を胸の前で握った。
「……お花、だと思う」
「花?」
「うん。なんかね、ふんわり、見えるの。完成した絵が」
アーシュは横目でヒマリを見た。
(賢者スキル、か)
なにかしらの疑問に直面した時、ヒマリの中になんとなくの「正解」が浮かぶことが多いらしい。赤い扉の謎掛けの時もそうだった。今回もおそらくは同じ事がおきているのだろう。
「ヒマリ、お前はここから指示を出せ」
「え?」
「俺とヴィラは、下で石板を動かす」
「わたしで、いいの?」
「ああ。お前にしか完成図は見えていないからな」
「……うん! わかった!」
ヒマリの目がぱっと輝いた。
ヴィラが肩をぐるりと回した。
「よっしゃ、俺らはお前の手足となって動くぜ! 遠慮なく使ってくれよな」
「うん! お願い、するね」
ヒマリはもう一度、踊り場から床を見下ろした。
ばらばらに散った石板の模様。
その奥に、まだ形になっていない一輪の花が、ぼんやりと見えている。
「……動かすのは……あの石板から、かな」
小さな賢者の呟きが、地下の大部屋に響いた。




