表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
70/78

第二十九話 乾いた風と甘い蜜

 家の扉を押し開けると、湿った空気がぶわりと顔に押し寄せてきた。


 昨日と同じ、じっとりとした重みがある空気だった。葉のあいだから差し込む光も、昨日と変わらない強さで、ぎらぎらとしていて肌を焼くように熱い。


 ヒマリは扉の前で僅かに顔をしかめたが、何かを振り払うかのように、ぐっと胸を張って外に出てきた。


「おはよう、アーシュ」

「おはよう」

「きょうも、あついね」

「ああ」


 ヒマリは肩に手をやって、ぱたぱたと服の襟を動かした。それからふと、アーシュを見上げた。


「アーシュ、あのね」

「何だ」

「きのうの、すずしいかぜ……あれ、わたしも、できるように、なりたい」


 ヒマリが両手をぎゅっと握った。


「そうすればね、自分でかぜを、まとえる、よね? アーシュに、いつもやってもらうの、なんだか、たいへんだなって思うし……」

「別にそこまでの手間ではない。だが……」


 アーシュは、少し考えた。


 ヒマリは魔法使いとしての訓練を続けたいと言っていた。風と水の組み合わせは、攻撃に転用できる類のものではないが、生活魔法としては有用だ。そして何より、覚えればジャングルでの行軍がずっと楽になる。


(雨を目指すヒマリには、ちょうどいい教材だ)


「覚えたいのであれば、教えてやろう」

「ほんと?」

「ただし、歩きながらもやるぞ。夜だけでは時間がかかる」

「うん! あるきながらでも、やるよ!」


 ヒマリの目がぱっと輝いた。


 ヴィラが家から出てきて伸びをしながら言った。


「ふぁあ……なんだヒマリ、朝からすっげえやる気だなー」

「うん。アーシュみたいに、すずしいかぜ、つくる、れんしゅうするんだ」

「お、そりゃいいな」


 ヴィラがにっと笑って、ヒマリの頭をわしわしと撫でた。



 歩きながら、アーシュはヒマリに、風と水の重ね方を、少しずつ教えていった。


「水魔法は、雨の練習をしただろう」

「うん」

「あれと似ている。水を細かくして、空気の中に薄く散らす。それから、風を起こす」

「……ふたつ、いっぺんに?」

「ああ」

「むずかしそう」

「いきなり全部やろうとするな。まずは、水を細かくするところまでだ」


 ヒマリは、立ち止まらずに、両手を前にかざした。手のひらの上に小さな水玉が浮かぶ。これは、もうヒマリには慣れた動きだった。


「これを、細かく、する」


 ヒマリが、目を細める。水玉が、ふるりと震えた。けれど、形は変わらない。


「うー……」

「焦るな。まずは、水玉が震えるところまでだ。今日できなくてもいい」

「うん」


 ヴィラが、前を歩きながら振り返った。


「あんま頑張ると、暑さでバテちまうぞ。休み休みやれよ」

「だいじょうぶ。すこしずつ、やる」


 ヒマリは、また、水玉に意識を集中させた。


 アーシュは、その横顔を見ていた。


 歩きながら集中するというのは、本当はそれなりに高度な訓練だ。普通なら、座って、目を閉じて、外の刺激を遮断して、ようやくマナの細かい制御ができる。それを、歩きながら、ジャングルの湿った空気の中でやろうというのだ。


 だが――ヒマリは賢者スキル持ちだ。普通の魔法使いに当てはまる「普通」が、ヒマリには当てはまらない。


(ゆっくり、覚えていけばいい)



 昼前に、ヴィラがまた声を上げた。


「お、こいつは……お、当たりだ!」


 ヴィラが指さした先には、大きな木の幹に、こぶのような塊がいくつもへばりついていた。地味な茶色をしていて、見た目はただの木の瘤にしか見えない。


 ヒマリが首を傾げた。


「ヴィラさん、これ、なに?」

「これも見た目はアレなんだが、中身がなかなかのものなんだ」

「中身……?」


 ヴィラが、腰のナイフを抜いて、こぶの一つに軽く突き刺した。ぷつ、と音がして、中から、とろりとした黄色い蜜がにじみ出てきた。


「うわ……お花のみつ、みたい」

「だろ? こいつはペルロといってさ、コブの中に甘い蜜を貯めるんだ。子どもの頃よく舐めてたんだ」


 ヴィラはナイフの先で蜜をすくって、ぱくりと舐めた。


「うん、うまい。アーシュも舐めてみろよ」


 アーシュはナイフを受け取ると、ナイフの先に蜜をつけた。指先に少し垂らして、口に運ぶ。


 とろりと甘い味が口の中に広がった。


 舌の奥に、ふわりと香ばしい風味が残った。それは知っている味だった。


「……これは、メープルシロップだ……いや、似ている味と言うべきだな」

「ん? なんだ、そのメープルとかいうのは」

「あちら側の世界で売られている、樹液を煮詰めたものだ」

「へー、まあ、こいつに似てるってこたぁ、そいつもうまいんだろうな」

「ああ、まさかこんな形で味わえるとはな」


 超越種になる前のアーシュは、密かに甘味を好んで食べていた。前世の記憶から、なんとか様々な甘味を再現して作り、ささやかな楽しみとしていた時期があった。


 そんなアーシュが、結局食べられずにいたのが、メープルシロップをたっぷりとかけたホットケーキだ。


 昔ながらのどっしりとしたホットケーキにバターを乗せ、上からとろりとメープルシロップをかけたものを食べたいと、常々思っていた。


 村にいた頃も狩りの合間に探していたし、ルミアと共に旅立ってからも、機会があれば、それらしい木を探していた。

 だが、カエデそのものは見つけることができないままだ。


 他にも、シラカバやクルミとよく似た木から採取を試みた事もあったが、望むような成果は得られなかった。


 だから、ほとんど諦めていたし、超越種になってからは探していたことすら忘れていたのだが――


(異世界らしいといえば、そうなのだが……こういう形で出会えるとはな)

 

 思いがけないパターンでかつての願いが叶い、アーシュは複雑な顔で蜜をもうひと舐めした。


「ほら、ヒマリも舐めてみろよ。うめえぞ」


 ヴィラが、にっと笑った。


 ヒマリがおそるおそる、指先に蜜をつけて口に運んだ。


 目が、まんまるに見開かれる。


「……あまい! すごく、あまい!」


 ヒマリが、頬を、ぱあっと、紅潮させた。


「これ、おいしい! すごい、おいしいよ!」

「だろ? 持って帰って、なんかに塗って食ってもいいんだぜ」


 ヴィラがナイフでこぶを軽く割って、中に溜まっている蜜を慣れた手つきで取り出した。


「ヒマリ、収納に容れもんあるか?」

「あるよ、ちょっとまってね」


 ヒマリが収納から、小さな陶器の壺をいくつか取り出した。ヴィラはそれに蜜を移していった。三つ、四つと、壺がいっぱいになっていく。


 アーシュはその様子を見ながら少し考えていた。


 念願のホットケーキが……いや、昔ならばともかく、超越種となってからはそこまでの欲求はなくなっている。だが、ヒマリにそれを与えたら、きっと喜ぶのではないだろうか。


 そう思い、今夜はそうしようと思ったところで、もう一つの案が頭に降り注いだ。


(夕食か……ならば、フレンチトーストの方が良いかも知れないな)


 アーシュの脳裏に、ベーコンが添えられた、フワフワトロトロのフレンチトーストが浮かんで消えた。食事が必要なくなった今は、昔ほど甘味に渇望することはなくなった。


 けれど、ヒマリに付き合って食べているうちに、わずかではあるが、食の楽しみのようなものがアーシュの中に再び芽生え始めていた。


(ヒマリは、まだジャングルに適応しきれていない。昨夜同様、食欲もなくバテているのが想像できる)


 そこに、甘くてうまい料理を出してやれば、元気が出るかもしれない。


 アーシュは心の中でそう決めた。


 ヴィラやヒマリ、そして本人すら気づいていなかったが、表情が僅かに緩んでいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ