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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第二十七話 結界玉

 これまでの野営は、基本的にセーフゾーンの中で済んでいた。


 アーシュは最短ルートを見つけることができる。そのため、半端な場所で夜を迎えることはほとんどなく、日が暮れる前にはセーフゾーンへ辿り着けていた。


 仮に間に合わなかったとしても、アーシュには睡眠の必要がない。夜番の心配だけなら、初めからなかった。


 だが、魔物の気配がある場所で眠るとなれば話は別だ。屋根の下にいても、心まで休まるとは限らない。特にヒマリには、できるだけ安全な場所で眠らせてやりたかった。


 しかし、十六階層からは、それも難しくなるという。


 そこへ来て、この結界の玉だった。


 どこでも野営地を作れる結界玉。これがあれば、歩く距離も、休むタイミングも、自分たちで決められる。


(……至れり尽くせりだが)


 アーシュは、内心でわずかに訝しんだ。


 石板で問いを出して試した者に対して、その先の苦労まで先回りして補ってくれる。これを置いた者の親切心は、なかなかのものだった。


 だからこそ、わざわざ攻略を手助けするようなやり方が気になっていた。


「アーシュ、この玉、もらってもいいのかな?」


 ヒマリが祭壇の前で、両手を後ろに組んでおそるおそる訊いてきた。勝手に取ってはいけないと思っているらしい。


「ああ。石碑に、ひとつ取って行けとあるからな」

「うん。じゃあ、もらっちゃう」


 ヒマリは両手で玉のひとつをそっと持ち上げた。手のひらに収まるくらいの大きさだ。


「あったかい……」


 ヒマリがぽつりと言った。


「あったかいのか?」

「うん。すこしだけ、ぬくもりが、あるよ。ほら、もってみて」


 ヒマリが差し出した玉を受け取ってみると、確かに、ほんのりと温かかった。


 生き物の体温というほどではないが、無機質な石とも違う。マナの流れが、玉の内側で穏やかに循環しているのが感じられた。


「ヴィラ、お前も持ってみろ」

「どれどれ」


 ヴィラが玉を受け取って手のひらに乗せた。それから、ぐぬぬと顔をしかめた。


「あったけえが、なんであったけえのかわかんねえな!」

「まあ、そうだろうな」

「予想通りだって顔でみんじゃねえよ!」


 ヴィラがぶはっと笑って玉をヒマリに返した。


 アーシュは玉を見ながら少し考えた。


「ヒマリ、ここにいるうちに、試してみよう」

「ためす?」

「ああ。この玉を地面に置いたら、どれくらいの範囲に結界が張られるのか。それを確かめておけば、これから使う時に困らん」

「うん、わかった!」


 ヒマリが、開けた場所のちょうど真ん中に、ことりと玉を置いた。


 その瞬間――


 玉から、ふわりと淡い光が広がった。光は地面を伝って、円形に広がっていく。やがて、光は薄れて見えなくなったが、代わりに、空気の質がわずかに変わったのが分かった。


 アーシュは、マナを広げて、結界の輪郭を探った。


「……ほう」

「どうだ、アーシュ」

「結構な広さだな」


 アーシュは輪郭の端を指で示した。


「家がすっぽり収まる。それに加えて、焚き火を起こすスペースも、余裕で取れそうだな」

「マジか! そりゃすげえ」


 ヴィラが、感心した顔で頷いた。


「空き地がありゃ、どこでも家を出せるし、外で焚き火するのまで安心だってか。なんともまあ、過保護な玉っころだな」


 ヒマリは結界の中をくるくると歩き回って、輪郭を踏みそうな位置で立ち止まった。


「ここから、こっちまでだね」

「そうだ」

「ひろいね! まのもりの、おうちのまえと、おんなじくらい、ひろい!」


 ヒマリは、嬉しそうに笑った。


 魔の森にあった頃、家の前には開けた庭のような場所があった。焚き火を起こしたり、ヒマリが種を植えたり、洗濯物を干したりしていた、あの場所。結界の中の広さは、ちょうどそのくらいの大きさだった。


「これなら、夕飯食った後に訓練とかもできるな」

「そうだな」


 アーシュは、頷いた。


 ヒマリが結界の中央に戻って玉をそっと拾い上げた。光はすぐに消え、結界も解けた。


「これ、わたしがもってていい?」

「ああ。大事にしまっておけ」

「うん!」


 ヒマリは両手で玉を包むようにして、収納にしまい込んだ。



 三人並んで円形の石板の前に立った。


 淡く青く光る紋様。これを踏めば、十六階層に転移するらしい。


「準備はいいか」

「おう」

「うん」


 アーシュが先に石板の上に足を踏み入れた。


 その瞬間――


 空間が、ふっと、切り替わった。


 水鏡をくぐった時と同じ、赤い扉を抜けた時と同じ、あの感覚。視界がほんのわずかに歪み、足元の感触が変わる。


 次の瞬間、アーシュは別の場所に立っていた。


 まず、空気が違った。


 ぶわっと、湿った熱気が顔を打った。森エリアの軽い湿り気とは、桁が違う。肌に張り付くような重さの空気。息を吸うと、口の中まで湿気で満ちていく。


 そして、頭上を見上げても空は見えなかった。代わりに、分厚い葉が幾重にも重なって、緑の天井を作っている。葉の隙間からは、ぎらぎらとした光が差し込んでいた。日光が、これまでの森とは比べ物にならない強さで降り注いでいる。


 足元には、大きな根が地面を這い、低い位置には太い蔓がぐるぐると絡みついていた。色とりどりの花が、不自然に大きく咲いている。どこからか、聞いたことのない鳥の――いや、もしかしたら鳥ですらないかもしれない――甲高い鳴き声が、奥のほうから響いてきた。


「うわっ、なんだここ……あっつ!」


 ヴィラが続いて転移してきた。すぐに、額に汗が浮き始めた。


「アーシュ、ここは……」

「ああ。森……ではあるのだろうな」


 アーシュも、辺りを見回した。


 森ではある。だが、これまでの森とは別物だった。


 ヒマリが転移してきた……と、思ったら、うっと短く呻いて立ち止まった。


「あつい……アーシュ、ここ、森……なのかな?」

「ああ、森には変わりはない。だが、別の種類の森だな」


 腕組みをしてあたりを見渡していたヴィラが、かっと目を見開いた。


「そうだよ、こりゃあ、あれだ! ジャングルだよ!」


 ヴィラが、額の汗を、手の甲でぐいと拭った。それから、ぱっと、笑顔になった。


「いやあ、なんだか懐かしいぜ!」

「懐かしい……?」

「ああ、アーシュは行ったことがなかったか。ドラグニルの南部によ、こんなジャングルが広がってんだ。子どもの頃、よく遊びに行ったもんだ」


 ヴィラは、上を見上げて葉の天井をじっと眺めた。


「いやー、まさかこんなところにジャングルがあるとはねえ」


 嬉しそうなヴィラの隣で、ヒマリが玉のような汗をかいているのが見えた。


「ヒマリ、大丈夫か?」

「うん……だいじょうぶ。でも、あつい、ね。砂漠の、暑さとは違う……」


 ヒマリは、両手で顔をぱたぱたと扇いだ。


 その姿は、これまでのダンジョンの中で見せていた、わくわくとした顔とは、少し違っていた。


(……ここは、ヒマリには少しきついかもしれんな)


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