表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
67/77

第二十六話 懐かしい空気

 ほかほかと湯気を立てて、ヒマリが風呂から上がってきた。


 まだ、少し濡れている髪に手ぬぐいを被せている。青い髪紐を棚から取ると、ぺたぺたとベッドへ向かっていって、その縁にちょこんと腰掛けた。


 足をぶらぶらと揺らしながら、ヒマリは窓のほうを見た。


 月光が森の梢を照らしていた。


 ダンジョンの中だというのに、空には月が浮かんでいた。それも、まんまるに近い大きな月だった。淡い銀色の光が葉の上を撫で、森の奥の輪郭をぼんやりと浮かび上がらせている。


「アーシュ」


 ヒマリがぽつりと言った。


「どうした」

「ちがう森だけど、なんだか、なつかしい景色だね」


 ヒマリは窓の外に顔を向け、夜の森を見ていた。月光に照らされた葉の影。風のない夜。家の中の暖かさと、家の外の静けさ。


 それは、確かに――魔の森の夜に、似ていた。


「ああ」


 アーシュは、短く頷いた。


「俺も、そう思う」

「うん」


 ヒマリはふわりと笑った。それから毛布を引き寄せて、もぞもぞとベッドにもぐり込んだ。


「ねえ、アーシュ」

「なんだ」

「こうして、このおうちで寝るのってね、なんだか、おちつくの」

「……そうか」

「うん。どこに、行ってもおうちはいつも同じ。アーシュが居て、わたしがいるんだ。だからね、ここに帰るとね、おちつくんだ」


 ヒマリは、毛布を鼻のあたりまで引き上げて、目を閉じた。


 アーシュは、その横顔を見ていた。


(……俺がいて、ヒマリがいる家、か)


 森にあった頃の家。砂漠にあった時の家。星空の下の家。地の底の家。そして今、ダンジョンの森の中の家。


 一日の終わりに、ただいまと言って家に帰る。その当たり前をこの「おうち」は満たしてくれる。

 

 暖炉の前にはアーシュがいて、ベッドの中のヒマリに声を返す。

 そんな森の家が、いつの間にか、ヒマリにとって帰る場所になっていた。


(いつの間にか、ヒマリが居るのが当たり前になっていたな……)


 暖炉の薪がぱちりとはぜた。


 ヒマリの寝息が、すぐに聞こえてきた。


 ヴィラが、椅子に座って剣の手入れをしていた。砥石をすうっと滑らせる音だけが、静かに響いている。


「……なつかしい、ねえ」


 ヴィラがぽつりと呟いた。


「あの物騒な森も、ヒマリにとっちゃ故郷なんだなあ」

「故郷……か」

「帰りたい場所があるって、いいもんだぜ? ま、あいつは持って歩いてるけどな」

「……そうだな」


 アーシュは小さく口を綻ばせ、暖炉の火を見た。


 ヴィラはわずかに目を細めてそれ以上は何も言わなかった。砥石の音だけが、また静かに続いた。



 翌朝。


 ヒマリが両手をかざすと、家は空気に溶けるように消えた。


 あとには、朝日に照らされたセーフゾーンの開けた場所だけが残った。


「では、行くか」

「おう。次はどんな景色だかな」


 ヴィラが軽く伸びをした。


 マナの揺らぎは、奥のほうから感じた。これまで通り、その源を辿ればよいはずだ。


 三人は森の奥へと歩き始めた。



 歩き始めて三十分ほど経った頃。


 ヴィラがふと足を止めた。


「お、アーシュ。あれ、なんだ?」


 ヴィラが顎で示した先。木々の間を抜けた、ぽっかりと開けた場所にそれはあった。


 地面の草を押しのけるように据えられた、大きな石の床。それは直径三メートルほどの円形で、表面には複雑な紋様が彫り込まれている。紋様の溝が、淡く青く光っていた。


「これは……」


 アーシュが近づいた。


「水鏡や赤い扉と同じ系統の気配だ。おそらくこれは転移装置だ」

「みろよ、ご丁寧に書いてやがるぜ」


 ヴィラが顎で指した先には、小さな石碑があり『十六層』と刻まれていた。


 そして、その少し先に、さらにもうひとつ別のものがあった。


 祭壇のような低い石組み。膝丈ほどの高さの台で、上面に窪みがいくつか並んでいる。窪みの中には、それぞれ透明な玉が収められていた。


 玉は水晶のように見えた。だが、水晶のような硬質の冷たさではない。月光のように柔らかな光を内側からほのかに放っている。


「アーシュ、これ、きれいだね」


 ヒマリが祭壇に駆け寄って、目をきらきらとさせた。


「なんだろね、これ」

「分からん……が、そこに答えがありそうだ」


 アーシュは祭壇の脇に視線を送った。


 そこには石碑があった。膝丈の祭壇よりも少し高い、人の腰ほどの高さの石碑。表面はすべすべしていて、何の文字も刻まれていない。


「ほんとだ! なにか書いてあるのかな……わあ!」


 ヒマリが近づくと、その表面がぼうっと淡く光り、文字が一文字ずつ浮かび上がってきた。


「げ、また謎掛けかあ?」


 ヴィラがうんざりとした顔で覗き込んだ。


 文字は共通語で記されていた。アーシュはそれを低い声で読み上げた。


『ここまで辿り着けた君ならば、その先へも至れよう』


『されど、ここから先の道のりは、これまでより険しく長い』


『食料の備えは十分か。野営の用意はあるか。セーフゾーンまで辿り着かねば、安んじて休めぬというか――ならば、ひとつ朗報を授けよう』


『傍らの祭壇に、いくつかの玉があるのが見えるであろう。そのうちひとつを、携えていくがよい』


『これは結界の玉。このダンジョンの中でしか効を成さぬが、地に置けば、その周囲には魔物が近寄らぬ』


『これより先は広大なり。じっくりと身を休め、糧を取り、十分に英気を養うて、攻略するがよい』


 最後の文字まで浮かび上がると、石碑はゆっくりと光を収めた。


 しん、と空間が静まり返った。


 ヴィラが、ぽかんと口を開けてから、ぐっと拳を握った。


「すっげえいいのが手に入ったな!」


 ヴィラが、にっと笑った。


「つまりよお、セーフゾーンをみっけなくても、どこでもゆっくりと寝られるってことだろ?」

「そうなるな……」


 アーシュは頷いた。


 ヒマリは祭壇の玉を見つめていた。

 月光のような淡い光が、小さな手の中に映っている。


 森の夜を思わせる静けさの中で、その玉だけが、ほのかに温かそうに光っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ