第二十五話 腹の虫
三人は、さらに森の奥を目指して歩いていた。
ずっと森が続くのか、また洞窟に戻るのかはわからない。
ただ、もしもこの別ルートが通常ルートと同じ規則で構成されているのであれば、少なくとも十五階層までは森が続くのではないかと、アーシュは考えていた。
僅かに強くなった魔物をあしらいつつ、しばらく歩くと、またマナの揺らぎを感じた。
「ここか?」
「ああ。間違いない」
ふわりとした膜を抜ける。
森の景色は、相変わらず変わらない。木の高さも、葉の色も、空の青さも、同じだった。
だが、その後に出てきた魔物はまた少し違っていた。体長五メートルはある、大きな蛇型の魔物だった。ヒマリを狙って樹上から降ってきたが、近づく前にアーシュが素早く片付けた。
「これまで出なかった魔物だな」
「十三階層にきたから、ってこと?」
ヒマリが、訊いてきた。
「ああ、そうだ」
「おっ、ヒマリよくわかったな。丁度さっき階層をまたいだんだよ」
「なんかね、マナが、こくなった、気がしたんだ」
ヒマリは、自分の感覚を、得意げに説明した。
賢者スキル持ちで、マナの感度が高いヒマリなら、層の濃さの違いも感じ取れるのだろう。アーシュは納得したかのように頷いた。
一時間と少し、さらに進むとまた揺らぎがあった。
「これで四度目か」
「もう慣れてきたぜ」
ヴィラが笑った。
ヒマリも、もう驚かなかった。「あ、まただ」と頷いて、平気な顔で歩き続けた。
それよりも、道中にみつかる採集ポイントが気になるようだった。
これまで、ハーブや薬草、果物を見つけては、たっぷりと収納にしまっていた。この森階層は、まさに素材の宝庫だった。アーシュとヴィラが知っているものだけでも、かなりの種類があった。
*
こうして、いくつもの揺らぎを越え、いくつもの魔物を片付け、いくつもの素材を採りながら三人は森を歩き続けた。
日の傾きは空に見える太陽の位置でなんとなく分かる。森に入った時にほぼ真上にあった太陽が、今は西に大きく傾いていた。
ヴィラが額の汗を手の甲で拭った。
「アーシュ、そろそろ夜が来るぞ」
「森の階層もダンジョンのルールに沿っているのなら、次はセーフゾーンのはずだ」
「だったらありがてえが、無かったら夜番だなあ……」
うんざりした顔で言うヴィラに、アーシュが首を横に振りながら言った。
「俺は寝る必要がない。その際は任せておけ」
「ありがたく、そうさせてもらうぜ。今日はだいぶ疲れちまったからな」
アーシュは、辺りを見回した。
「む……」
森の奥行きが少し浅くなったように感じる。木の数が減り、開けた場所が増えてきた。マナの気配もこれまでとは違っていて、どこか落ち着いた感じがしている。
その時――
ふっと、空気が緩んだ。
風がふわりと柔らかくなり、森のざわめきがわずかに静まった。重たかった空気が、ふっと軽くなった。
「十五階層に抜けたぞ。どうやらセーフゾーンのようだ」
アーシュが足を止めた。
「おおぉ……助かったぜえ!」
ヴィラが肩をぐるりと回した。
「ほんと、たどり着けてよかったわ。ヒマリも限界だろうし、何より――」
ヴィラが、お腹をぽんと叩いた。
「俺だって腹が減って死にそうだ!」
ヒマリがその横で首をきょとんと傾げた。
「わたし、まだ、そこまで疲れてないよ」
ヒマリが、腕をブンブン振り回して言った。
その時――
ぐうぅぅぅ。
大きな音がヒマリのお腹から響いた。
ヒマリの顔がみるみる赤くなっていく。
「あっ……」
「限界なのは腹のほうだったか」
ヴィラがにやにやと笑った。
「随分と必死に主張してるもんなあ」
「ち、ちがうの! いまの、わたしのおなか、じゃないの!」
「じゃあ誰のなんだよ」
「あ、アーシュ……」
「……俺か」
ヴィラが、ぶはっと笑った。
ヒマリがますます赤くなって、何かを誤魔化すように両手をぱっと前にかざした。
ぽん、と、空間に家が現れた。
森の中の開けた場所。そこに、ぽつんといつもの森の家がちょこんと建った。
「ええと、おうち、出した、から……ばんごはんの、用意しよ!」
ヒマリが早口でそう告げた。
アーシュは思わず、口の端をわずかに上げた。
ヒマリのお腹が「空いた」と訴えて、それをヒマリが顔を赤らめて誤魔化している。
そんな当たり前の、少女らしいことを、ヒマリはできるようになった。
旅を始めた頃のヒマリなら、空腹を訴える前に自分の身体を抑え込んでいただろう。腹が鳴ったとしても、もっと別の反応をしただろう。
今のヒマリには、恥ずかしがる余裕が生まれている。
(いい傾向だな……)
ヴィラがヒマリの頭をわしわしと撫でた。
「いいんだよ、ヒマリ。腹が鳴るのは生きてる証なんだからよ」
「……むう。からかわないで」
ヒマリが口をぷくっと尖らせた。それから、家の中へすたすたと入っていった。
ヴィラがにやにやと笑いながら後に続き、最後にアーシュがゆっくりと続いた。
森の中の十五階層、セーフゾーン。
そこに収まるアーシュの家は、なんだか魔の森を思い出させるようだった。




