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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第二十五話 腹の虫

 三人は、さらに森の奥を目指して歩いていた。


 ずっと森が続くのか、また洞窟に戻るのかはわからない。


 ただ、もしもこの別ルートが通常ルートと同じ規則で構成されているのであれば、少なくとも十五階層までは森が続くのではないかと、アーシュは考えていた。


 僅かに強くなった魔物をあしらいつつ、しばらく歩くと、またマナの揺らぎを感じた。


「ここか?」

「ああ。間違いない」


 ふわりとした膜を抜ける。


 森の景色は、相変わらず変わらない。木の高さも、葉の色も、空の青さも、同じだった。


 だが、その後に出てきた魔物はまた少し違っていた。体長五メートルはある、大きな蛇型の魔物だった。ヒマリを狙って樹上から降ってきたが、近づく前にアーシュが素早く片付けた。


「これまで出なかった魔物だな」

「十三階層にきたから、ってこと?」


 ヒマリが、訊いてきた。


「ああ、そうだ」

「おっ、ヒマリよくわかったな。丁度さっき階層をまたいだんだよ」

「なんかね、マナが、こくなった、気がしたんだ」


 ヒマリは、自分の感覚を、得意げに説明した。


 賢者スキル持ちで、マナの感度が高いヒマリなら、層の濃さの違いも感じ取れるのだろう。アーシュは納得したかのように頷いた。


 一時間と少し、さらに進むとまた揺らぎがあった。


「これで四度目か」

「もう慣れてきたぜ」


 ヴィラが笑った。


 ヒマリも、もう驚かなかった。「あ、まただ」と頷いて、平気な顔で歩き続けた。


 それよりも、道中にみつかる採集ポイントが気になるようだった。


 これまで、ハーブや薬草、果物を見つけては、たっぷりと収納にしまっていた。この森階層は、まさに素材の宝庫だった。アーシュとヴィラが知っているものだけでも、かなりの種類があった。



 こうして、いくつもの揺らぎを越え、いくつもの魔物を片付け、いくつもの素材を採りながら三人は森を歩き続けた。


 日の傾きは空に見える太陽の位置でなんとなく分かる。森に入った時にほぼ真上にあった太陽が、今は西に大きく傾いていた。


 ヴィラが額の汗を手の甲で拭った。


「アーシュ、そろそろ夜が来るぞ」

「森の階層もダンジョンのルールに沿っているのなら、次はセーフゾーンのはずだ」

「だったらありがてえが、無かったら夜番だなあ……」


 うんざりした顔で言うヴィラに、アーシュが首を横に振りながら言った。

「俺は寝る必要がない。その際は任せておけ」

「ありがたく、そうさせてもらうぜ。今日はだいぶ疲れちまったからな」


 アーシュは、辺りを見回した。


「む……」


 森の奥行きが少し浅くなったように感じる。木の数が減り、開けた場所が増えてきた。マナの気配もこれまでとは違っていて、どこか落ち着いた感じがしている。


 その時――


 ふっと、空気が緩んだ。


 風がふわりと柔らかくなり、森のざわめきがわずかに静まった。重たかった空気が、ふっと軽くなった。


「十五階層に抜けたぞ。どうやらセーフゾーンのようだ」


 アーシュが足を止めた。


「おおぉ……助かったぜえ!」


 ヴィラが肩をぐるりと回した。


「ほんと、たどり着けてよかったわ。ヒマリも限界だろうし、何より――」


 ヴィラが、お腹をぽんと叩いた。


「俺だって腹が減って死にそうだ!」


 ヒマリがその横で首をきょとんと傾げた。


「わたし、まだ、そこまで疲れてないよ」


 ヒマリが、腕をブンブン振り回して言った。


 その時――


 ぐうぅぅぅ。


 大きな音がヒマリのお腹から響いた。


 ヒマリの顔がみるみる赤くなっていく。


「あっ……」

「限界なのは腹のほうだったか」


 ヴィラがにやにやと笑った。


「随分と必死に主張してるもんなあ」

「ち、ちがうの! いまの、わたしのおなか、じゃないの!」

「じゃあ誰のなんだよ」

「あ、アーシュ……」

「……俺か」


 ヴィラが、ぶはっと笑った。


 ヒマリがますます赤くなって、何かを誤魔化すように両手をぱっと前にかざした。


 ぽん、と、空間に家が現れた。


 森の中の開けた場所。そこに、ぽつんといつもの森の家がちょこんと建った。


「ええと、おうち、出した、から……ばんごはんの、用意しよ!」


 ヒマリが早口でそう告げた。


 アーシュは思わず、口の端をわずかに上げた。


 ヒマリのお腹が「空いた」と訴えて、それをヒマリが顔を赤らめて誤魔化している。

 そんな当たり前の、少女らしいことを、ヒマリはできるようになった。


 旅を始めた頃のヒマリなら、空腹を訴える前に自分の身体を抑え込んでいただろう。腹が鳴ったとしても、もっと別の反応をしただろう。


 今のヒマリには、恥ずかしがる余裕が生まれている。


(いい傾向だな……)


 ヴィラがヒマリの頭をわしわしと撫でた。


「いいんだよ、ヒマリ。腹が鳴るのは生きてる証なんだからよ」

「……むう。からかわないで」


 ヒマリが口をぷくっと尖らせた。それから、家の中へすたすたと入っていった。


 ヴィラがにやにやと笑いながら後に続き、最後にアーシュがゆっくりと続いた。


 森の中の十五階層、セーフゾーン。


 そこに収まるアーシュの家は、なんだか魔の森を思い出させるようだった。


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