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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第十七話 五玉の想い

 翌朝。


 ヒマリが朝食のパンをちぎっていると、宿の入り口が急に騒がしくなった。


「いるんだろ! アーシュ!」

「ヴィラもおるんじゃろう!」

「あんた達、勝手に押しかけて宿の人らに迷惑だって思わないのかい!」

「そういうお前も来とるじゃろうが!」

「アーシュ! おらが来たべよ!」


 太い声、しゃがれた声、甲高い声、ぼそぼそした声。複数の声が、一斉に響いた。


 ヒマリがパンを持ったまま固まった。


 アーシュが軽く息を吐いて立ち上がった。


「……まさか、向こうから来るとは」

「俺は予想してたぜ」


 ヴィラも、肩をすくめた。


 階段を下りると、宿の一階の入り口に五人のドワーフがわちゃわちゃと立っていた。年配の、けれどそれぞれに体格や髭の編み方の違う五人だった。その後ろにドルフが申し訳なさそうな顔で立っていた。


「わりぃアーシュ。爺さん達を抑えきれなかった」


 ドルフが頭を下げた。


「アーシュ!」


 先頭の一人、背の高い白い顎髭を立派に伸ばした老人が目を見開いた。


「お前、本当に生きとったんか!」

「……ああ」

「わしじゃ! ガリオンじゃ! 覚えとるか!」

「忘れるわけがない、だろう」


 アーシュが軽く頭を下げた。


「アーシュー! お久しぶりだなぁ!」

「久しぶり……だな、グラッド殿」


 恰幅のいい、髭を二本に分けた老人が、ぐいぐいと前に出てきた。


「殿はやめろ殿は! 昔みてえに気軽に呼んでくれ!」


 その横で、小柄な老女が両手を腰に当てた。


「あんた、行方をくらませてんじゃないよ! あたしらがどんだけ心配したか、わかってんのかい!」

「……すまない、ミリル殿」

「殿はおよし。ミリルでいい」

「……ミリル」


 さらに後ろから、痩せ細った老人が、覗き込んできた。


「うちの工房にも顔を出さんかったろう。あんたが消えたと聞いて、うちはずいぶん落ち込んだんじゃぞ」

「トルパ殿、すまない」

「だから殿はやめんかい」


 最後の一人――やわらかな顔つきの老女が、アーシュを見てにこりと笑った。


「またアーシュと会えて、おらうれしいだよ」

「ベナ殿……」

「殿はよしとくれって、みんないっとるべ!」


 五人が一斉に、アーシュを睨んだ。


 アーシュがわずかに、視線を逸らした。


「……気をつける」



 ヒマリは、階段の途中で、その光景をぽかんと見ていた。


 五人のドワーフがわちゃわちゃと、アーシュとヴィラに群がっている。涙を流しているのもいる。アーシュの肩を叩いているのもいる。ヴィラとがっしりと握手をしているのもいる。


 ヴィラがヒマリに気づいて、手招きをした。


「ヒマリ、こっち来い。紹介する」


 ヒマリがおずおずと、階段を下りた。


 五人のドワーフがヒマリのほうを、一斉に見た。


「うん? その子は?」

「あら、可愛らしい子だね」

「アーシュ、お前わらすがおったんか?」

「俺の子じゃない。弟子だ」


 アーシュが即座に訂正した。


 ヒマリが五人の前に立って、ぺこりと頭を下げた。


「……ヒマリ、です」

「ヒマリちゃんか。よろしくな」

「あたしらは、炉都の職人頭でね、皆まとめて『五玉』って呼ばれてんのさ」

「ごぎょく……」

「五つの技を支える玉座、というわけじゃ。鍛冶、彫金、魔導具、縫製、採掘。それぞれを束ねておる」


 ガリオンが、自分の胸を、ぽんと叩いた。


「お前さんは、アーシュとヴィラの連れか」

「……はい、アーシュの、弟子です」

「ほう、弟子か。それはそれは」


 五人が、互いに顔を見合わせた。それからガリオンがヒマリの顔を覗き込んだ。


「アーシュが弟子に取ったというなら、よっぽどの子なんじゃろう」

「……えへへ」


 ヒマリが少し照れたように、笑った。



 宿の主人が、急いで広い部屋に通してくれた。茶が用意され、菓子も並べられた。

 

 そこまで見届けたドルフが、ふうと溜息をついて片手を上げた。


「じゃあ、俺は工房に帰るわ!」

「まあ、まて」


 ガリオンが、ドルフの肩に手を置いた。


「お前も半分こちら側じゃろ。ここにいろ」

「……俺ぁ、ただの鍛冶屋ですよ」

「英雄達の装備を作った縁、忘れたとは言わせんぞ」

「……ちっ……逃げそびれたぜ」


 ドルフが、頭をかいた。それから、椅子に、座り直した。


 五玉が、笑った。


 五人のドワーフが椅子に座ると、急に静かになった。それまでのわちゃわちゃした空気が、ふっと、別のものに変わった。


「アーシュ」


 グラッドが、声を少し落とした。


「お前さんが生きとってくれて、本当に、よかった」

「……」

「邪神から護ってくれたと言うにお前と来たら……」


 ヒマリがぴくり、と反応した。


「邪神って、前にルミアと話してた?」


 アーシュが苦い顔をして、軽く視線を五玉に送った。グラッドがすぐに気づいて頷いた。


「……そうじゃな。アーシュ達四人は邪神を追い払った英雄じゃ。まあ、その話は長くなるからの……」


 焦った顔で話を切り上げるグラッドに、ガリオンが補足した。


「アーシュ。わしらには返しきれない借りができた。それだけは忘れるでないぞ」


 アーシュが軽く頷いた。


「だが、俺達もあなたたちに世話になった」

「お互いさまじゃ……というか、あの程度じゃいくら釣りを払えばいいかわからんよ」


 ガリオンが、にっと笑った。


 邪神の話を聞きたいのだろう、ソワソワしているヒマリに、ベナが向き直り声をかけた。


「ヒマリちゃん、アーシュとヴィラはな、昔、おらたちの街をおっきな砂のミミズから守ってくれたんだべよ」

「砂のミミズ……?」

「うんだ、サンドワームっていう、大きな魔物だ。砂漠の交易路をふさいで、街に物が入ってこなくなっておったんじゃが、二人が来て、退治してくれた」

「ドルフさんも言ってたやつだ。アーシュとヴィラが、やっつけたの?」

「うんだ。だから、おら達は、二人にゃ、ずっと頭が上がんねえだよ」


 ヒマリの目が、きらきらと光った。


「……すごい!」

「ヒマリちゃん、その通りだ! ヴィラとアーシュは、凄いんだよ!」


 トルパが、嬉しそうに頷いた。ヴィラが、頬を掻きながら、


「あんま褒めんじゃねえよ」


 と、珍しく照れていた。アーシュは、ただ、茶を飲んでいた。



 話が本題に入った。


「ドルフから聞いた。ヒマリちゃんの杖を作るとな」

「ああ」

「ミスリルがいるって話だな」

「そうだ」

「ドルフからも聞いたと思うが、今、この国にはヒマリちゃんに見合う品質のミスリルが、ない」


 ガリオンが深く息を吐いた。


「採掘ポイントが枯れちまったのは聞いとるじゃろ? 情けない話じゃが、五玉揃って何もできずに頭を抱えとるのよ」

「ドルフから聞いた。開けられない扉の先に、活路があると」


 アーシュが本題に踏み込んだ。


 五玉の五人が互いに顔を見合わせた。それからグラッドが両手を机についた。


「アーシュ、ヴィラ。頼みがある」

「ああ」

「あの扉の謎を解いてくれんか」


 グラッドが深々と頭を下げた。


「あの扉の先に行けば、きっとどうにかなる。これはドワーフとしての勘が告げておる。じゃが、わしらドワーフは……扉の謎を誰も解けなかった」

「ダンジョンは、今、立ち入り禁止だと聞いたが」

「勿論、許可を出す。一般の者を入れんのは、崩落があったからじゃが、今回の件には関係がないしの」


 グラッドが、顔を上げた。


「ヒマリちゃんの杖の素材は、責任を持ってわしらが用意する。じゃから、アーシュ。どうか頼む」


 アーシュが、ヴィラを見た。ヴィラが肩をすくめて、にっと笑った。


「そもそもよお、杖の主役のミスリルがねえから作れねえって話だろ」

「そうだな」

「それがなくてもよ、困ってる奴を助けるのは、俺たちの得意分野だ」

「ああ」


 アーシュが、五玉に向き直った。


「そもそも、俺達はドルフから聞いた時点で行くつもりだった」

「アーシュ、ヴィラ……!」


 五玉が一斉に安堵の声を上げた。



「ところで、あの扉の先のことだが」


 アーシュが、軽く、首を傾げた。


「最低で、何階層あると考えればいい?」

「わからん……が、扉があるのは十階層じゃ。そこから先は誰も知らん」


 グラッドが、答えた。


「だが、一部屋で終わりというわけではないだろうと、わしらは考えとる。あの扉の文言から察するに、扉の向こう側は奥深いじゃろう」

「なあ、元のルートは二十階層までだったろ? てこたよ、同じくらいあるんじゃね?」

「かもしれん。だが、到達後に生まれた別ルートじゃ。それ以上の可能性も考えたほうが良かろうな」

「……準備をしておく」


 アーシュが、頷いた。


 五玉が互いに頷きあった。それから、ガリオンが立ち上がった。


「わしらはもう帰る。これ以上長居しては宿の主に迷惑をかけるからな」

「茶代はおらたちが持つで。騒がせてすまなかっただよ」

「なあに、五玉が茶飲みに来て楽しんでたって、自慢出来るってもんですわ」


 片付けに来た宿の主人が笑い、五玉たちもカラカラと笑った。


「あたしらは待つことしかできないからね。頼んだよ、アーシュ」

「ああ、任せておけ」


「嬢ちゃんも、アーシュが居るならだいじょうぶだろうが、気ぃつけんだよ」

「うん、ありがとう、おばあちゃん」



 五玉が帰ったタイミングで昼の鐘がなった。


 アーシュとヴィラは、そのままヒマリを連れて、昼食がてら街へ買い出しに出た。


 試食がてら、屋台で食事を買い食いしつつ、ヒマリやヴィラが気に入ったものは多めに買っていく。今はヒマリがいる。いつでも熱々のものが食べられるのだ。


 他にも霊薬と呼ばれる、傷薬と回復薬をいくつか買い足しておく。アーシュやヴィラは多少の傷ならすぐに治るが、急ぎの時もある。それに、ヒマリが怪我をしないという保証もない。


 他にも、ロープや砥石、布切れなどの消耗品も買っておく。どれだけかかるかわからないため、多めに揃えていった。


 ヒマリがそれを嬉しそうに一つずつ、収納にしまっていく。お土産用の場所とは別の、ダンジョン用の場所に。


「ヒマリ、たのんだぞ」

「うん、まかせて」


 ヒマリが得意げに胸を叩いた。



 夜、宿に戻ってから、ヒマリはベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせていた。


「アーシュ」

「何だ」

「あした、ダンジョン、いくんだよね」

「ああ」

「どんなところ、なのかな」

「行ってみれば、分かる」

「……むう、また、それ」

「楽しみは、とっておけ」


 ヒマリが、少し口を尖らせた。それから、ふと、思い出したように、顔を上げた。


「アーシュ」

「何だ」

「邪神と、戦ったんだよね」


 アーシュが、ヒマリを見た。


 ヒマリの目は好奇心ではなく、むしろ、慎重な色をしていた。聞いていいことなのか、聞いていけないことなのか、確かめるような目だった。


 アーシュは少し、考えた。


「……ああ、そうだな」

「そのお話は、いや?」

「嫌……ではない。だが、今は、待ってくれ」

「……うん」

「必ず話す。長い話になるから、また、いつかだ」

「わかった」


 ヒマリが、頷いた。それ以上は、聞かなかった。


 その横顔を、アーシュはしばらく見ていた。


 聞いていいかどうかを、子どもなりに考えられる子だった。聞かないことを選べる子だった。


(……心配している顔をしていた、な)


 邪神との戦い。

 それは、ただの昔話ではない。


 あの戦いの後、自分は少しずつ、人とは違うものになっていった。

 傷が癒え、力が増し、死から遠ざかるたびに、かわりに何かを置き去りにしていった。


 魔の森に棲み着いたのは、その事実から逃げるためだったのかもしれない。

 日常からかけ離れた場所で、ただ一人静かに火を見る日々は、少なくとも心の平穏が保たれていた。


 けれど――今は。


 目の前には、聞きたいことを我慢して、毛布を引き寄せている小さな弟子がいる。


「あした、たのしみ」

「ああ」

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 ヒマリが目を閉じた。


 光る草の淡い光が、部屋を静かに照らしていた。


 いつか話す。

 そう思えるようになっただけでも、昔の自分とは違うのだろう。

 アーシュは、寝息を立て始めたヒマリを見て、そっと暖炉の火を細くした。


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