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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第十六話 ドルフのおやじ

 翌朝、ヒマリが目を覚ますと、鉢植えの草が昨日と変わらずぼんやりと光っていた。


「……あさ?」

「ああ」

「ここは、朝か夜かわからなくて、ふしぎな気分になるね」

「外はもう、明るくなっている頃合いだ」

「ふうん」


 ヒマリが、ぐっと伸びをした。


 朝食は宿の一階で取った。平たいパンと、甘辛い豆の煮物、それから、ドワーフの好む濃い茶だ。


 ヒマリが茶を一口飲んで、顔をしかめた。


「……にがい」

「ドワーフの茶は、こうだ」

「みんな、これ、のんでるの?」

「ああ。飲んでいるうちに、慣れる」


 ヒマリがもう一口、頑張って飲んだ。顔をしかめて、また一口。飲み干す頃には、もう慣れた顔をしていた。


「ヒマリ、お前、案外大人なんだな」


 ヴィラが、笑った。


「えへへ」


 朝食を済ませて、三人は宿を出た。



 ドワーフの店は、空洞の中段から、少し下った場所にあった。


 工房を兼ねた、しっかりとした石造りの建物だ。店先には武器や防具、魔導具が並べられている。看板にドワーフ文字で何か書かれていた。


 アーシュが扉を押した。


 からりと、ベルではなく、木と金属が触れ合う乾いた音がした。


「いらっしゃ……あん?」


 奥から太い声がした。


 現れたのは背の低い、けれど肩幅の広いドワーフだった。赤茶けた髭を丁寧に編み込んでいる。腕には鍛冶でできた古い火傷の跡がいくつも残っていた。


 ドワーフはヴィラを見て――目を、ぱっと、見開いた。


「ヴィラじゃねえか!」

「おっちゃん! 元気にしてたか!」


 ヴィラが店の中に駆け込んで、ドワーフとがっしりと握手をした。


「しばらくぶりだなあ! 顔を見せに来やがらねえで、どこほっつき歩いてやがった!」

「俺が忙しかったの知って……って、そうだよ、その原因がここに居るんだぜ。どうだ、ちゃんと生きてたぞ!」


 ヴィラがアーシュの背中を、ぽん、と叩いた。


 ドワーフがアーシュをまじまじと見た。


「……おお。アーシュじゃねえか。お前、どっかでくたばったとばかり思ってたぞ」

「そうか」

「たくよお、突然消えたんだって聞いてよ、みんな心配してたんだぞ」

「……すまない」

「まあいい。生きてたなら、それでいい」


 ドワーフが、にやりと笑った。それから、アーシュの顔をもう一度、まじまじと見た。


「おめえ、すこし愛想がよくなったんじゃねえか?」

「だろ? おっちゃんもそう思うだろ?」


 ヴィラが、すかさず乗ってきた。


「ああ、思う思う。前はもっと、こう、岩みてえだったぞ」

「岩、ぴったりだな!」

「……お前ら」


 アーシュが、軽く、息を吐いた。


 ヒマリは扉の手前で、その様子をきょとんと見ていた。


 ドワーフがヒマリに気づいた。


「お、なんだお前さん。アーシュの連れか?」

「あ……はい。ヒマリ、です」

「ヒマリちゃんか。俺はドルフだ。よろしくな」

「ドルフさん」

「アーシュの子……なわきゃあねえな。弟子か?」

「はい、弟子、です」


 ドルフが、アーシュを見た。


「へえ、お前、弟子を取ったのかよ」

「……ああ」

「ふうん。よっぽど、見込んだんだろうな」


 ドルフは、それ以上は聞かなかった。代わりに、ヒマリに向き直って店の奥の椅子を勧めた。


「まあ、座れ。茶でも淹れる」

「あ、朝のんだやつ……」

「はっはっは、苦かっただろう? 俺はあれが苦手でな、薄いの出してやるよ」


 ヒマリが、ほっとした顔をした。



 茶を飲みながら、ドルフがヴィラにあれこれ聞いた。


「で、他の連中はどうしてる。ルミアは元気か」

「あいつ、神殿長になったぞ」

「神殿長!」


 ドルフが椅子から半分立ち上がりかけた。


「あの嬢ちゃんが神殿長か。天族つってもよ、まだわけぇだろ? 凄えなあ」

「だろ? 俺もびっくりしたぜ」

「リュッカは?」

「ああ、あいつな……結婚したよ」

「は?」


 ドルフが、目を、もう一度、見開いた。


「あのフラフラしてたハイエルフがか? 誰と?」

「フィロルって名前の同族だ。優しいけど、よく喋るタイプの嬢ちゃんでよ。あいつにお似合いのいい嫁さんだったぞ」

「ほう……あいつもようやく落ち着いたか」

「落ち着いたっつうか、落ち着かせられたっていったほうがいいけどな」

「はっはっは、なるほど、尻に敷かれてんのか」


 ドルフが感慨深そうに頷いた。それからアーシュを見た。


「で、お前はどうしてたんだ?」

「魔の森で、暮らしていた」

「魔の森って、東部のか?」

「ああ」

「お前、変なとこに居たんだな。そりゃ誰も見つけらんねえよ」

「住めば悪くはない場所なのだが……」

「そう思えるのは、おめえくれえのもんだ」


 ドルフが、笑った。


「まあ、こうしてつらぁ見せてくれたんだ、それで十分だよ」


 それから、ドルフは、ヒマリのほうに、視線を戻した。


「で、今日はなんの用だ。顔を見せに来るようなやつじゃねえだろ、おめえはよ」

「ああ。ヒマリの杖を作りたい」

「ほう、弟子の杖か」


 ドルフが、ヒマリを、職人の目で、じっと見た。


「マナの感じが……」

「……え?」


 顔をしかめるドルフにヒマリが不安げな声を上げる。


「いや、悪いってんじゃねえ。逆だ、量も質も良すぎるんだよ。こんなちっちゃい体に納まりきらねえたあ、すげえ子みつけたなあ、アーシュ」


 ドルフがヒマリの方に軽く手をかざした。それから、軽く息を呑んだ。


「……ううむ」

「どうした」

「いやな、アーシュが弟子に取るだけは有るなと感心したんだ」

「……まあな」

「分かった。ヒマリちゃんの杖、作ってやろう。だが――」


 ドルフがそこで言葉を切った。


 顔が少し曇った。


「ちょいと、面倒な話があってな」

「面倒な話?」

「素材だ。ヒマリちゃんのマナを通すなら、生半可な金属じゃ駄目だ。ミスリルが要る」

「ミスリルなら、ダンジョンでいくらでも掘れただろう」

「それがな、最近ダンジョンの採掘ポイントが枯れちまってよ」


 ドルフが太い指で机をこんこん、と叩いた。


「三年くらい前まではな、お前が言う通り飽きるほど採れてたんだ。それが、ここ二年くらいでぱったり止まっちまったのよ」

「他の街から、取り寄せるしかない……か」

「ああ。だが、よその街から取り寄せるとなりゃ、値段が跳ね上がる。ヒマリちゃんにちょうどいい品質のをとなりゃあ、とんでもない額になるぜ」

「……そうか」

「なんとかはする。だが、もう少し時間がかかるってことだ」


 ドルフが深く息を吐いた。


「あの扉が開けられりゃなあ」


 ぽつりと、そう言った。


 ヒマリがぴくりと反応した。


「あの、ドルフさん」

「ん?」

「あのとびら、って、なに?」


 ドルフがヒマリを見た。それから、ふっと笑った。


「聞こえちまったか。ダンジョンの奥にな、開かずの扉があんのよ」

「あかずの、とびら?」

「ああ。古い時代の誰かが封じた扉でな、鍵がかかってんのよ。それがまた厄介でな、謎掛けだの、仕掛けだのをいくつも解かなきゃねえんだが、だーれも解けやしねえ」

「なぞとき……」


 ヒマリの目が、わずかに光った。


「あの扉の向こうに、新しい鉱脈があるんじゃねえかってのは、昔から、ドワーフの間で言われてんだ。だが、解けねえんじゃ、どうしようもねえ」


 ドルフが、肩を、すくめた。


「そのダンジョンも、今や立入りが禁じられてるしよお」

「禁じられている?」

「ああ。採掘ポイントが枯れちまって、入っても意味がねえってのもあるんだが、奥のほうで、ちょっと崩落があったらしくてな。何が起こるかわからねえから入るなって、五玉から、お達しが出てんだ」

「ごぎょく?」

「炉都をまとめてる五人だ。鍛冶師、彫金師、魔導具師、縫製師、採掘師。五つの技を支える玉座、って意味でな。まあ、要するに職人頭どもだ 」


 ヒマリはふんふんと、頷いた。


 しばらく、ヒマリは、何か考えるような顔をしていた。


 それから、おずおずと口を開いた。


「あの……ドルフさん」

「ん?」

「わたし……なぞとき、すきだよ」


 部屋が少し静かになった。


 ドルフがヒマリを見た。それから、アーシュを見た。それからまたヒマリを見た。


「……お嬢ちゃん」

「うん」

「いやなあ、好きなのはわかるけどよお……」

「うん」

「誰も解けなかった、謎掛けだぞ?」

「……わたしね、ちょっと、わかる、気がするんだ」


 ヒマリが自分の頭を軽く、指で示した。


「あたまの中でね、なんか見えるような気がするの。たぶん、わたしなら、解ける、よ」


 ドルフがぽかんと口を開けた。


 それからアーシュを見た。


「……アーシュ」

「何だ」

「お前の弟子、大丈夫か?」


 アーシュは一度、ヒマリを見た。

 ヒマリが小さく頷くのを待ってから、声を落とした。


「……実は賢者なんだ」

「は?」

「ドワーフなら聞いたことがないか? 賢者の話を」

「賢者ぁ? おい、嘘だろ」

「ヒマリは当代の賢者だ……誰にも言うな」


 ドルフが、椅子から、半分立ち上がった。


「お前さん、なんつう弟子を……」

「長い話になる」

「いや、聞かねえ。聞いたら、頭が痛くなるのが目に見えてる」


 ドルフが、額に手を当てた。ヴィラがいい笑顔でウンウンと頷いている。


 それから、しばらく考えてから、ぽつりと言った。


「うーむ、お前らが来たって、五玉に話しゃあ、あいつらが泣きついてくるかもしれねえな」

「……何故だ」

「サンドワームの恩を俺達は忘れてねえぞ?」

「ずいぶんと昔の話だ……」

「それくらい感謝してんだよ。そんな英雄が二人来てんだ、それを知ったら『また助けてくれ』ってぜってえ言うわ」


 ドルフが、にやりと笑った。


「入場許可なんか喜んで出すだろうし、礼代わりに素材をいくらでもくれるだろうな」

「許可を求めなくとも、向こうが出してくれる、か」

「そういうことだ」


 ヴィラが、横から、にっと笑った。


「いいじゃねえか。困ってる奴を助けるのは、俺たちの得意分野だろ」

「……まあ、そうだな」

「ヒマリも、謎を解きたいんだろ?」

「うん!」


 ヒマリが勢いよく頷いた。


 ドルフがそれを見て笑った。


「うっし、それじゃあ五玉のとこに話を通しといてやる。明日にでも向こうから連絡が来るだろうよ」

「助かる」

「そりゃこっちのセリフだよ」


 ドルフが机をぽん、と叩いた。



 店を出た時にはもう夕方になっていた。


 話し込んでいるうちに昼になり、ドルフからドワーフ料理をごちそうになった後も、まだ話は続いたからだ。


 話の主役はほとんどヒマリだった。


 賢者であることを明かしたため、もう良いだろうと、ヒマリがアーシュの弟子になった経緯を説明すると、ドルフが「ヒマリちゃん、辛かったな」と、男泣きをしてヒマリを困らせていた。


 その流れで、これまでの旅の事をヒマリが話しはじめると、ドルフが夢中になって聞いていて、ヴィラから「孫が来たじいちゃんみてえ」と呆れた顔で笑っていた。


「もう、こんな時間か」

「まだ、お昼すぎのような、気がするよ」

「壁の草が朝よりも強く光っているだろう」

「ほんとだ」

「あれは、夜に一番強く光る。あの具合なら、今は夕方だ」


 この街ならではの、時間の感じ方を聞き、ヒマリが興味深そうにしていた。


 しばらくの間、植物に夢中になっていたが、ふと思い出したかのようにポツリと言った。


「アーシュ」

「何だ」

「ダンジョン、いくの?」

「ああ。話が来たら、な」

「わたしも、いっていい、のかな」

「ああ、お前が、謎を解くんだろう」

「うん!」


 ヒマリが嬉しそうに頷いた。


 ヴィラが横からヒマリの頭をくしゃっと撫でた。


「楽しみだな、ヒマリ」

「うん。すごく、たのしみ」


 ヒマリが笑った。


 空洞の中の街に夕方を知らせる鐘の音が響いていた。



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