表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/78

第十四話 岩の道

 ナハル・ファリスを発つ朝、宿の女将が、門の外まで見送りに出てきた。


「グランヴォルトまでいくんだって? 気をつけていくんだよ」

「世話になった」

「いいさ。この子が元気になったなら、それで十分だよ」


 女将がヒマリのほうにしゃがみ込んだ。


「お嬢ちゃん、来た時はふらふらだったのにねえ。すっかり、いい顔になった」

「……あの、おせわに、なりました」

「うん、うん。達者でね」


 女将がヒマリの頭を、ぽんぽんと撫でた。


 ヒマリがぺこりと頭を下げた。それから、もう一度顔を上げて、


「……ありがとう、ございました」


 と、言った。


 女将が目を細めた。


 サクラの背に、ヒマリとアーシュの荷物が括り付けられている。


 これまでと違い、荷物のほとんどをヒマリの収納の中に入れたため、サクラも身軽そうにしている。


 三人と一頭は、街の門をくぐって、また、砂の海へと出ていった。



 砂漠の旅がまた始まった。


 ナハル・ファリスの水路の涼しさは、門を出て半日もするともう遠い記憶になっていた。乾いた風、強い日差し、足を取られる砂。けれど、ヒマリの足取りは行きよりも、ずっとしっかりしていた。


 五日の休養が効いていた。


 歩き疲れた時にはサクラに乗る。それ以外は自分の足で歩く。ヒマリは、そのやり方をもう自然にこなしていた。


 夜は野営をした。


 砂を掘って火床を作り、火を起こす。家を出したら、ゆっくりと食事を摂る。


 それが済んだら、ヒマリの仕事の時間だ。


 収納から、青みがかった小さな魔導具を取り出し、両手で包んで目を閉じる。


 それから、ゆっくりとマナを注いでいく。


 日本から戻ってくるためのマナ。これは自分で三年かけて貯めなければならない。


「今日のは、どうだった?」

「ああ、滑らかに入れられていた」

「ちゃんと、たまってるかな?」

「たまっている。昨日より、わずかに増えている」


 アーシュが短く答えると、ヒマリはほっとした顔をして、魔導具を収納にしまった。


 あれからずっと続いている、夜の習慣だった。



 街を出て、五日目の夜だった。


 ヒマリがマナを注ぎ終えたところで、ヴィラが焚き火の向こうからひょいと顔を出した。


「ヒマリ、ちょっとその魔導具見せてみろ」

「いいよ」


 ヒマリが、しまいかけた魔導具をもう一度取り出して、ヴィラに渡した。


 ヴィラはそれを手のひらに乗せて、じっと見た。目を細めて、何かを確かめるように。


「……ふうん」

「どう?」

「いいね。マナの詰まり方が均一だ」

「きんいつ?」

「ムラがねえってことだ。雑にやるとさ、濃いとこと薄いとこができるんだよ。お前のは、きれいに詰まってる」


 ヴィラが、魔導具を、ヒマリに返した。


「この調子なら、三年でちゃんと貯まるな」

「ほんとう?」

「ああ。俺が保証してやる」


 ヒマリの顔が、ぱっと、明るくなった。


「えへへ……ヴィラさんに、見てもらえて、よかった」

「マナの貯まり具合、見てやるって約束したからな」


 ヴィラが、胸を張った。


 ヒマリが、魔導具を大事そうに、収納にしまった。


 アーシュは、その様子を少し離れた場所で聞いていた。


 ヴィラはルミナスを発つ時言っていた。『お前のマナの貯まり具合とか、見てやらねえと心配だしな』と。ヴィラは、それをちゃんと覚えていた。覚えていて、わざわざ追いかけてきて、こうして見てやっている。


(……ヴィラらしいな)


 アーシュは穏やかな顔で二人を見つめた。



 街を出て八日目の夜。


 ちょっとした騒ぎがあった。


 夜中、サクラが急に「キュッ」と高い声で鳴いて、立ち上がったのだ。


 焚き火を見つめていたアーシュがすぐに身を起こし、周囲の様子を探り始めた。続いてヴィラも大剣を担いで家から飛び出してきた。


「サクラ! どうした!?」

「……何か、いるのか?」

「キュッ」


 サクラが、砂の上の一点を、つぶらな目でじっと見ていた。


 アーシュがマナを薄く広げて探る。


 ……いた。


 砂の中に、小さな何かがもぞもぞと動いていた。


「……砂ネズミだな」

「なんだ、ネズミかよ」


 ヴィラが、大剣から手を離して肩の力を抜いた。


 砂の中から、小さな生き物がひょこりと顔を出した。耳の大きな、砂色のネズミだった。サクラの足元の砂を掘っていたらしい。


 サクラが、その砂ネズミをじーっと見ている。


 砂ネズミも、サクラをじーっと見ている。


 しばらく、見つめ合っていた。


 それから、砂ネズミがぴゅっと砂の中に潜って、消えた。


 サクラが「キュ……」と、少し残念そうな声を出して、また、伏せた。


「……なんだったんだ、今の」


 ヴィラが、呆れたように言った。


 物音で起きたのだろう。いつの間にかヒマリも家の戸口に来ていて、毛布から顔だけ出してその一部始終を見ていた。


 アーシュが視線を向けると、照れくさそうな顔をして、それから、くすくすと笑った。


「サクラ、おともだちに、なりたかったのかな」

「かもな。サクラ、お前、逃げられてやんの」

「ふふ……サクラ、またがんばろうね」


 サクラが、「キュ」と、小さく鳴いた。慰められているのが分かったのか、いないのか。


 ちょっとした、夜の出来事だった。


 けれど、ヒマリはずいぶん楽しそうに笑っていた。



 街を出て、二週間が過ぎた頃。


 足元の感触が、変わり始めた。


 柔らかく沈む砂が少しずつ減って硬いものが混じってくる。最初は、砂の中に小石が現れ、それがだんだんと大きくなると、やがて岩がちな地面が砂の間から顔を出すようになった。


「……砂が、へってきた」


 ヒマリが足元を見ながら言った。


「ああ。砂の海を抜けつつあるんだ」

「もう、おわり?」

「ここからは、岩砂漠だ。砂と岩の、混じった土地だな」


 歩く感触がまた変わった。砂に足を取られることが減って、その代わり、岩を踏み越える場面が増えた。サクラの歩き方も少し変わった。砂の上を滑るような足取りから、岩を確かめるような、慎重な足取りに。


 景色も変わっていった。


 どこまでも続いていた砂の畝が、岩の隆起に変わっていく。赤茶けた岩、灰色の岩、ごつごつとした岩肌。砂漠は砂漠でも、もう「砂の海」ではなかった。


「……なんか、ぜんぜん、ちがうね」


 ヒマリが、周りを見回しながら言った。


「岩石砂漠を通っただろう。あれに、似ている」

「あ、ほんとだ。さいしょのほうの、岩のとこに、にてる」

「ああ。砂の海を挟んで、また岩の土地に戻ってきた、というわけだ」


 ヒマリが、少し考えてから、言った。


「じゃあ、わたしたち、ぐるっと、まわってきたのかな」

「いや、まっすぐ進んでいる。ただ、土地が、そういう順番で並んでいるだけだ」

「ふうん……世界って、ふしぎだね」


 ヒマリが、岩の一つに、ちょこんと手を置いた。砂とは違う、硬くて、ひんやりとした感触。それがヒマリには面白く感じたらしい。



 岩砂漠に入って、三日目。


 前方から土煙が見えた。


 アーシュが目を細める。ヴィラもサクラの手綱を軽く引いた。


「……隊商か」

「ドワーフだな。荷の積み方で分かる」


 それは、十数頭の荷獣を連れた隊商だった。岩を削った道を、ゆっくりとこちらへ向かってくる。先頭を歩くドワーフが、アーシュたちに気づいて片手を上げた。


「よう、旅人さん。グランヴォルトへ行くのかい」

「ああ」

「なら、もうすぐだ。あと三日も歩けば、山が見えてくる」

「助かる」


 ドワーフが、ヴィラとサクラを見て、それから、ヒマリを見た。


「ずいぶん小さい連れだな。砂漠を越えてきたのか」

「うん。ナハル・ファリスから」

「ほう、よく歩いた。グランヴォルトは、いい街だ。ゆっくりしていきな」


 隊商は、それだけ言ってまた砂の海のほうへと進んでいった。すれ違う荷獣の背には、布に包まれた荷が山と積まれていた。鉱石か、あるいは、ドワーフの作った品か。


「グランヴォルトから、来た人たちなんだね」

「ああ。あの荷は、グランヴォルトの品をよその国へ運んでいくのだろう」

「いろんな人が、いろんなとこに、行くんだね」

「そういうものだ」


 ヒマリが、遠ざかっていく隊商を、しばらく見ていた。



 そして、岩砂漠に入って六日目の昼。


 地平線の先にそれが見えた。


 巨大な岩山だった。


 今まで見てきたどの岩よりも、どの隆起よりも大きい。山というより、空に向かってそびえる、巨大な岩の塊だった。頂は雲に隠れ、裾野は、霞んで、地平線に溶けている。


 ヒマリが足を止めた。


 口を半分開けたまま、それを見上げていた。


「……あれ」

「ああ」

「あれが……?」

「グラド・ヴァルカンで、いちばん大きな山だ。あの山の、下に――」


 アーシュが少し、間を置いた。


「炉都グランヴォルトがある」

「あの、山の、した……?」


 ヒマリの声が震えていた。怖いのではなく、圧倒されているのだった。


 砂漠の真ん中の水の街も、白い神殿の街も、エルフの森の街も、ヒマリは見てきた。けれど、山の下にある街というのは、想像の外だった。


「いこう、アーシュ」


 ヒマリが言った。


 その声には、疲れではなく、はっきりとしたわくわくが混じっていた。


「ああ。あと、三日ほどだ」

「三日……」

「楽しみに、しておけ」

「うん!」


 ヒマリが、大きく、頷いた。


 三人と一頭は、巨大な岩山を目指してまた、歩き始めた。


 岩地を進む影が四つ、長く伸びていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ