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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第十二話 はじめてのおつかい

 宿の扉を出ると、昼前の街は、人で賑わっていた。


 水路沿いの道を、荷車が行き交っている。日除けの布の下では、商人たちが声を張り上げていた。砂漠の真ん中とは思えない、活気のある街並みだった。


 ヒマリは、アーシュとヴィラの間を、少し緊張した顔で歩いていた。


「まずは、何から買う?」


 ヴィラが、ヒマリに聞いた。


「えっと……ごはんの、ざいりょう?」

「お、しっかりしてんな。じゃ、食いもんからだ」


 三人は、市場の方へと歩いていった。



 食料品の並ぶ一角は、特に賑やかだった。


 乾いた豆、干し肉、平たいパン、粒の大きな穀物。それから、砂漠の街らしく、保存の利く乾物が多かった。


 アーシュが、店先で干し肉の具合を確かめている。ヴィラは、その隣で果物を選んでいた。


 ヒマリは、少し離れた場所で、店の様子を見ていた。


 買い物の経験は一度だけ――ずっと前、旅の途中の宿場村で、青い髪紐を自分で買った時だ。


 あの時は、アーシュがそっと見守っていてくれた。


 だが、今日は様々な店を巡り、多くのものを買うことになる。預かったお金の中で、自分で判断しなければならない。


「ヒマリ」


 アーシュが、声をかけた。


「豆と、穀物を、買っておきたい。お前が、店の者に値を聞いてみろ」

「……わたしが?」

「ああ。これも、練習だ」


 ヒマリが、ごくりと、唾を飲んだ。


 それから、豆を売っている店の前に、おずおずと、歩いていった。


 店主は、恰幅のいいドワーフの女だった。ヒマリが近づくと、にっと笑った。


「いらっしゃい。何が欲しいんだい?」

「……あの、お豆を、ください」

「どれくらいだい?」

「えっと……」


 ヒマリが、アーシュを振り返った。アーシュが、指で「これくらい」と、量を示した。


「……このくらい、ください」

「あいよ。袋は持ってるかい?」

「……あ、しゅうのうに、入れます」

「収納魔法を使えるのかい! 若いのに、大したもんだね」


 店主が、感心したように言った。


 ヒマリが、少し、慌てた。ヴィラに言われたことを、思い出した。


「……まだ、ひよっこ、なんです。魔法使いの、弟子で」

「ほう。師匠について、旅をしてるのかい」

「……はい」

「いい師匠についたねえ。収納が使えるなら、旅も楽だろう」


 店主は、それ以上は、詮索しなかった。豆を量り、ヒマリの差し出した収納の口に、さらさらと流し込んだ。


「銅貨六枚だよ」


 ヒマリが、収納から小袋を取り出して、銅貨を、一枚ずつ、数えた。六枚。店主の手に、乗せた。


「はい、たしかに。まいどあり」


 ヒマリがぺこりと頭を下げた。それから、アーシュたちのところへ戻ってきた。



「ひとりで、買えたよ」

「上出来だ」


 ヒマリの頬が、少し、緩んだ。


 ヴィラが、その頭を、くしゃりと撫でた。


「いいぞ、ヒマリ。その調子だ」



 食料品を一通り買い揃えてから、三人は、別の通りへと移った。


 布や日用品を売る通りだった。


 ヴィラが、薄手の布が並ぶ店の前で、足を止めた。


「ヒマリ、砂漠用の服をもう一着作っとけ」

「うん」


 ヒマリが、布を、一枚ずつ見ていった。白っぽい色、薄い茶色、淡い水色。どれも、軽くて、風を通しそうな布だった。


 ヒマリは、少し迷ってから、淡い水色の布を選んだ。


「どう、かな」

「ああ、いいんじゃねえか。涼しげで、お前に似合う」

「えへへ」


 店主に頼んで、寸法を測ってもらう。仕立ては、夕方までにできるという。ヒマリは、銅貨を払って、出来上がりを受け取りに来る約束をした。


 それから――ヒマリの足が、ふと、止まった。


 通りの先に、雑貨を売る店があった。


 色とりどりの小物が、並んでいる。編んだ紐、木彫りの小さな細工物、貝殻でできた飾り、陶器のカップ。


 ヒマリが、その店に、吸い寄せられるように、近づいていった。


「どうした、ヒマリ」

「……あのね」


 ヒマリが、アーシュを見上げた。


「みんなに、お土産、買いたい」

「みんな?」

「うん。クレと、バウレン村の子たちと……リュッカさんと、フィロルさんと、ルミアさん」


 アーシュは、少し、黙った。


 帰り道に、寄る場所。いつか、会う人たち。ヒマリは、その一人一人を、思い浮かべているらしかった。


「……小遣いの、範囲でなら、構わない」

「ほんと?」

「ああ。だが、よく考えて選べ。金は、無限ではない」

「うん!」


 ヒマリが、店の前に、しゃがみ込んだ。



 ヒマリは、真剣だった。


 一つ一つ、手に取って、じっと見て、それから、また戻す。誰に、何が、似合うか。ヒマリは、それを、一生懸命、考えているようだった。


「……クレには、これ」


 ヒマリが選んだのは、髪紐だった。赤みのある、明るい色の紐。


「わたしのと、にてるの。クレ、おそろい、よろこぶかな」

「ああ、喜ぶだろう」


 いつかの旅で、ヒマリは、青い髪紐を、自分で選んで買った。それと同じように、クレにも、髪紐を。おそろい、という言葉が、ヒマリは気に入っているようだった。


「あとね、バウレン村の、ほかの子たちには……これ」


 ヒマリが手に取ったのは、紐のついた、小さな木の細工物だった。振ると、中で何かが転がって、からから、と、不思議な音がする。


「ふってみて、アーシュ」


 アーシュが、振ってみた。からから、と、間の抜けた音がした。


「……変な音だな」

「でしょ。だから、いいの。子どもたち、よろこぶよ、きっと」


 ヒマリが、くすくす、と笑った。


 モッツや、広場で遊んだ子どもたち。彼らが、この変な音のおもちゃを振り回して、はしゃぐ姿を、ヒマリは想像しているのだろう。


「リュッカさんと、フィロルさんには……」


 ヒマリの目が、陶器のカップに、留まった。


 素朴な、けれど、丁寧に焼かれたカップ。同じ形のものが、二つ、並んでいた。


「これ、ふたつで、おそろい」

「ああ」

「リュッカさんと、フィロルさん、ふうふ、だから。おそろいの、カップ」


 ヒマリが二つのカップをそっと手に取った。落とさないように、両手で。


「いいじゃねえか」


 ヴィラが横から覗き込んで言った。


「夫婦でおそろいのカップで茶を飲む。リュッカの奴照れるぞ、絶対」

「ふふ、リュッカさんタジタジになるかな」

「なるなる。間違いねえ」


 ヒマリが嬉しそうに笑った。


「ルミアさんには……」


 ヒマリが店の奥の方を見た。


 布製品が掛けられていた。その中に、薄手のショールがあった。淡い、生成りの色。端に、控えめな刺繍が入っている。


「これ。ルミアさん神殿でおしごといそがしいでしょ。寒い時に、かたにかけられるかなって」

「……ルミアに、か」

「うん。ルミアさん、やさしくしてくれたから」


 アーシュは、ショールを見た。


 ルミアは神殿長として忙しい日々を送っている。その肩に、このショールが掛かる。ヒマリがそれを思って選んだ。


 悪くない、と、アーシュは思った。



 ヒマリが、選んだものを、店主のところへ持っていった。


 髪紐、おもちゃ、おそろいのカップ二つ、ショール。店主が、一つずつ、値を告げる。ヒマリは、収納から小袋を出して、銅貨を、慎重に、数えた。


「……ぜんぶで、いくら、ですか」

「銀貨一枚と、銅貨四枚だね」

「……えっと」


 ヒマリが、銀貨と銅貨を、一枚ずつ、確かめながら、店主の手に乗せていった。途中で、一度、数え間違えて、やり直した。店主は、急かさず、待っていた。


「……はい」

「あいよ、ちょうどだ。まいどあり」


 店主が品物を布で包んでくれた。ヒマリは、それを収納にしまった。お土産用の場所に。食料とは、別の場所に。


 ヒマリがアーシュのところへ戻ってきた。


「……買えた。ぜんぶ」

「ああ」

「お小遣い、まだのこってる?」


 ヒマリが、小袋の中を、覗き込んだ。


「……はんぶんは、こえてないと思うけど」

「なら、残っている」

「うん」


 ヒマリがほっとした顔をした。


 それから、ふと、何か思いついたように顔を上げた。



「アーシュ、ヴィラさん」

「ん?」

「あのね……ちょっと、はなれて、まってて、ほしいの」

「あ? なんでだよ」


 ヴィラが、首を傾げた。


 ヒマリが、もじもじと指を絡めた。


「……ないしょ、なの」

「ないしょ?」


 アーシュは、少し考えて――それから、察した。


「ヴィラ。少し、向こうで待つぞ」

「え、なんで」

「いいから、来い」


 アーシュが、ヴィラの腕を引いて通りの反対側へと歩いていった。ヴィラは不満そうな顔をしていたが、ヒマリが「ないしょ」と言った意味に、途中で気づいたらしい。


「……あ。そういうことか」

「気づくのが、遅い」

「うるせえな。お前に言われたくねえよ」

「……」


 二人は、少し離れた場所で、待った。


 ヒマリは雑貨屋の店主に、何か小声で相談していた。店主が奥からいくつか品物を出してくる。ヒマリがその中から二つ選んだ。


 何を選んだのかは、アーシュたちの場所からは見えなかった。


 ヒマリは、銅貨を払ってその二つを大事そうに、収納のいちばん奥にしまった。


 それから、小走りで戻ってきた。


「……おわった!」

「何を買ったんだ」

「ないしょ!」


 ヒマリが両手を後ろに組んで、にっこりと笑った。


 その顔が、あまりにも嬉しそうだったので、アーシュもヴィラもそれ以上は聞かなかった。



 帰り道、香辛料を売る屋台の前を、通りかかった。


 色とりどりの粉、乾いた葉、硬い木の実。つん、とした香りが、屋台の周りに漂っていた。


 ヒマリの足が止まった。


「……トバスさんのにおいだ」

「ああ。香辛料だな」


 ヒマリが、屋台の品を、一つ一つ、見ていった。


 赤い粉、黄色い粉、黒い粒。見たことのない色と形が、並んでいた。


「これ、なに?」

「赤いのは、辛みのある実を挽いたものだ。黄色いのは……俺も、名は知らん」

「いい、においがする」


 ヒマリが、屋台の主に、聞いた。


「あの、これ、すこしください。それと、これも、すこし」


 ヒマリが選んだのは、赤い粉と、乾いた葉、それから、小さな硬い実だった。どれも、ほんの少しずつ。


「お嬢ちゃん、料理でもするのかい?」

「……ううん。あつめてるの」

「集めてる?」

「うん。あとね……いつか、あげたい人が、いるの」


 屋台の主は不思議そうな顔をした。けれど、それ以上は聞かず、小さな紙片で小分けしてヒマリに渡した。


 ヒマリはそれを収納にしまった。


 二つに、分けて。


 半分は、自分のコレクションの場所に。もう半分は――いつか、トバスに渡す分として、別の場所に。


「アーシュ」

「何だ」

「トバスさん、これ、よろこぶかな」

「……どうだろうな」


 アーシュは少し考えてから続けた。


「あの男は香辛料を商売にしている。お前が集めたものを見て、目利きを始めるかもしれん」

「めきき?」

「これはいい品だ、これはそうでもない、と、品定めすることだ」

「ふふ、トバスさん、やりそう」

「ああ。やるだろうな」


 ヒマリが、笑った。


 それから、収納をぽん、と、閉じた。トバスへの分はその奥にしまわれている。


 いつか会う日まで、大切に。



 宿に戻る頃には、日が、傾き始めていた。


 ヒマリの収納の中には、たくさんのものが入っていた。食料、新しい服、お土産、香辛料。それから――誰にも見せていない、ないしょの、二つ。


「つかれたか?」


 アーシュが、聞いた。


「ううん。たのしかった」


 ヒマリが、首を、横に振った。


「あのね、おかいもの、ね」

「ああ」

「むずかしいけど……たのしいね」

「そうか」

「うん。だれに、なにが、にあうか、かんがえるの……たのしかった」


 ヒマリが嬉しそうに言った。


 誰に何が似合うのか。それを考えるのは、その相手のことを思い浮かべるということだった。


 クレの笑顔。バウレン村の子どもたち。リュッカとフィロルの食卓。ルミアの忙しい横顔。


 ヒマリは、買い物をしながらずっと、会いたい人たちのことを、考えていた。


 嬉しそうな、それでいて寂しそうなヒマリの顔を見ていると、アーシュの胸の奥で何かが小さく動いた気がした。


 コトリ。


 アーシュはその音を、黙って受け止めた。


 夕日が水路に映って揺れていた。


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