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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第十一話 わたしのお仕事

 翌朝、ヒマリは自分の力で起き上がることができた。


 昨日までの、泥のような疲れは、だいぶ引いていた。アーシュが買ってきた薬と、たっぷりの睡眠と、何より砂漠を出たという安心感が、小さな体を少しずつ元に戻していた。


「……あさ?」

「ああ。よく寝ていたな」

「うん……からだ、かるい」


 ヒマリがベッドの上で身を起こした。頬の乾きも、目の下の隈も、昨日よりずっと薄くなっている。


「腹は減ったか」

「……うん、すいてる」

「なら、回復している証拠だ」


 アーシュが、小さく頷いた。



 朝食は、宿の一階で取った。


 焼きたてのパンと、豆の煮込み、それから干した果物。ヴィラはすでに席について、大きな口でパンにかぶりついていた。


「お、ヒマリ起きたか。顔色、だいぶマシになったな」

「うん。ヴィラさん、おはよう」

「おう、おはよう。ほら、食え食え。ここのパンは美味いぞ」


 ヒマリが席について、パンを一口食べた。それから、目を少し見開いた。


「……ふわふわ」

「だろ? 砂漠の真ん中で、こんなパン食えるのは、この街くらいのもんだ」


 ヒマリが、もう一口食べた。豆の煮込みも口に運んだ。少しずつ、食べる速度が上がっていった。


 アーシュは、その様子を見ていた。


 昨日、立つのもやっとだった子が、今朝はちゃんと自分で食べている。子どもの回復は早い、と、改めて思った。



 食事を終えて、部屋に戻った。


 窓の外は、もう日が高く昇っていた。けれど、水路のおかげで、部屋の中は涼しかった。


 ヴィラが、椅子に逆向きに座って、背もたれに腕を乗せた。


「で、ヒマリ。ちょっと聞きたいことがあるんだけどよ」

「なあに?」

「お前の収納、あれ、どんくらい入るんだ?」


 ヒマリが、少し首を傾げた。


「えっと……わかんない。いっぱい、入る」

「いっぱいって、どんくらいだ。家まで入れてんだろ?」

「うん。家と、薪と、お水と、毛布と……いろいろ」

「で、まだ入るのか?」

「うん。まだまだ、入ると思う」


 ヴィラが、アーシュの方をちらりと見た。アーシュは何も言わなかった。


「じゃあ、次だ。中の時間は、止まってんのか?」

「とまってる、と思う……」


 ヒマリが、そう言いかけて、ふと、口をつぐんだ。


 目を、閉じた。


 自分の収納の中を、意識で探る。賢者スキルが、その構造を、内側からゆっくりと教えてくれる。普段は意識しないところを、覗き込むような感覚だった。


「……あれ」

「どうした」

「……場所、わけられる、みたい」

「場所?」

「うん。時間がとまってる場所と……ゆっくり、ながれてる場所と……ふつうに、ながれる場所も、つくれる」


 ヒマリが、目を開けた。少し驚いた顔をしていた。

 まるで、しまっていた箱の奥に、今まで触っていなかった引き出しを見つけたようだった。


「いままで、しらなかった。お肉とかは、自然に、とまってる場所に入ってたみたい」


 ヴィラが、ぱちりと指を鳴らした。


「おお、そりゃ便利だな。じゃあ、あれだ。パン種とか、酒とか、ゆっくり寝かせたいもんは、時間が流れる場所に入れときゃいいんだ」

「ぱんだね?」

「パンを膨らませるやつだ。寝かせると味が良くなるもんが、世の中には色々あんだよ」

「……じゃあ、お肉はとまってる場所、パンだねは、ながれる場所」

「そういうことだ。使い分けりゃ、ずいぶん便利になるぞ」


 ヒマリが、自分の手のひらを見下ろした。


 それから、ゆっくりと、顔を上げた。


「……わたし、それ、できるんだ」

「ああ、できる」

「みんなの、ごはん……おいしくできる、かも」


 ヒマリの目の中で、何かが、ぱっと明るくなった。



 アーシュは、その様子を、椅子に座って見ていた。


「ヒマリ」

「うん?」

「これからは、買った食材をお前に預ける。お前が収納で管理してくれるか」


 ヒマリが、ぱっと顔を上げた。


「いいの?」

「収納魔法は使える者が多いからな。食料や日用品の出し入れ程度なら目立たないだろう」

「やったあ。これからは、荷物、まかせてね」

「ああ、俺にはできないからな。頼んだぞ」


 ヒマリの頬が、見る間に紅潮した。口を、きゅっと結んだ。それから、こくりと、大きく頷いた。


「うん……うん! わたし、ちゃんと、やる!」

「ああ、まかせた」

「えへへ……わたしの、お仕事だ」


 ヒマリが、嬉しそうに、両手をぎゅっと握った。


 その様子を見て、ヴィラがにっと笑った。


「じゃ、善は急げだ。今日は買い出しに行くぞ」

「かいだし!」

「ああ。砂漠を出る前に、食材も日用品も、しっかり仕入れとかねえとな」


 アーシュが、懐から布の小袋を取り出した。


 じゃらり、と硬い音がした。


 それを、ヒマリに差し出す。


「ヒマリ、これを持っておけ」

「……これ、なに?」

「金だ。好きなものを買っていい」


 ヒマリが、目を丸くした。


「……わたしが、つかっていいの?」

「ああ。お前が、自分で選んで、自分で買え」

「ぜんぶ……?」

「いや、全部はだめだ。半分くらいまでにしておけ。残りは、食材と日用品に使う」

「……これの、はんぶん」


 ヒマリが、小袋を両手で受け取った。ずっしりと重かった。中で硬貨が動く音がする。


 その重さを、ヒマリは、しばらく手のひらで確かめていた。


「……だいじに、つかう」

「ああ。だが、けちけちするな。欲しいものは、買っていい」

「うん」


 ヒマリが、小袋を、そっと収納にしまった。それから、ふと、思いついたように顔を上げた。


「あ……収納にいれたら、おとしたりしないね」

「そうだな」

「べんり」


 ヴィラが、それを見て笑った。


「ばっちり使いこなしてんじゃねえか」

「えへへ」


 部屋を出る前に、ヴィラがヒマリの肩に手を置いた。


「ヒマリ、一個だけ言っとくぞ」

「なあに?」

「街なかで収納を使う時はな、『ひよっこ魔法使いくらい』ってことにしとけ」

「ひよっこ……?」

「ああ。店の奴になにか聞かれたら、『時間の流れを、少し緩められるくらいはできる』って言うんだ」

「どうして?」

「売るやつだって、無駄にするやつに売りたくねーだろうし、かと言って、時間止められるとか言ったら、変なやつが目をつけっからな。程々がちょうどいいんだよ」


 ヒマリが神妙な顔で、こくりと頷いた。


「アーシュの弟子なら、それくらいできて当然だ。店の連中も、変な顔はしねえよ」

「アーシュの、弟子だから」

「そうだ。『魔法使いの弟子が、収納の練習をしてる』。それで、ぜんぶ通る」


 ヒマリが、もう一度、頷いた。


「わかった。わたし、ひよっこ魔法使い」

「おう、それでいい」


 アーシュが、扉を開けた。


 水路を流れる水の音と、街の賑わいが、部屋の中に流れ込んできた。


「……行くぞ」

「うん!」


 ヒマリが、元気よく返事をした。


 昨日、立つのもやっとだった子が、今は自分の足で、しっかりと立っていた。


 アーシュから預かった小袋は、収納の中にちゃんとしまわれている。

 それでも、その重みはまだ、手のひらに残っている気がした。


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