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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第八話 砂の海へ

 オアシスを後にして、三人と一頭は北へと歩き始めた。


 ヴィラはサクラの背に乗らず、手綱を引いて隣を歩いていた。


「乗らないの?」


 ヒマリが、不思議そうに尋ねた。


「俺だけ乗ってちゃ卑怯だろ。お前ら徒歩なんだから」

「ヴィラさん、やさしいね」

「そんなんじゃねーよ」


 ヴィラがそう言って、ヒマリの背中を軽く叩いて笑った。サクラも「キュ」と鳴いた。同意しているのか、ただの相づちなのかは分からない。


 アーシュは少し前を歩いていた。風向きを確かめる素振りで、けれど、本当はヴィラとヒマリの話す声を背中で聞いていた。


「ヒマリ、お前、徒歩でルミナリアの旧都から来たんだろ」

「うん」

「どんくらいかかった」

「えっと……えと、十四日くらい?」

「ひゃー、お前、よく歩いたな」

「アーシュが、ゆっくりにしてくれてたから」

「だろうな。アイツのペースなら、とっくにグランヴォルトに着いてるわ」

「グランヴォルト?」

「……アーシュめ、肝心なことを言わねえのは相変わらずだな。炉都グランヴォルト、グラド・ヴァルカンの首都で、今回の目的地だよ」

「そうなんだ」


 ヴィラは苦笑しながら、横目でアーシュの背中を見た。


「ったく、変わってねえとこは変わってねえが、ヒマリに合わせるあたりは変わったよなあ」


 ヒマリが、少し首を傾げた。


「昔のアーシュって、どんな感じで、歩いてたの?」

「あー……」


 ヴィラが、空を見上げて少し考えた。


「歩くのが速くてな。ひとりでさっさか先に行っちまうんだ」

「そうなの?」

「ああ。俺たちのバカ話に入ってくることはなかったが、たまに楽しそうな顔もしてた。嫌ではなかったんだろうな」

「……ふうん」

「今のあいつとは、ちょっと違うわな」


 ヒマリが、前を歩くアーシュの背中を見た。それから、少しだけ笑った。


「今のアーシュは、ちゃんと、まってくれるし、お話もするよ」

「だろうな」


 ヴィラが、にやりと笑った。それから、声を少し落として言った。


「……お前のおかげだな、ヒマリ」

「えっ?」

「いや、こっちの話だ」


 ヴィラがヒマリの頭を、くしゃりと撫でた。



 昼を回った頃、景色が変わり始めた。


 岩が、少しずつ少なくなっていき、その代わりに砂が増えていく。最初は岩の隙間に砂が溜まる程度だったのが、やがて岩そのものが砂に埋もれていくようになった。


 歩く感触が変わった。岩の上を歩く硬い手応えから、砂を踏みしめる柔らかい抵抗へ。一歩一歩、足が少しずつ沈む。ヒマリの歩幅が、自然と狭くなっていった。


「……あるきにくい」

「砂漠の砂はな、歩いた分の半分しか進まねえ」

「えっ」

「だから皆、獣に乗るんだ」


 ヴィラが、サクラの首を撫でながら言った。


「こんな日陰がろくにねえ中を移動するんだぜ? 獣がなきゃつらいってもんさ」

「あ、じゃあさ。ときどき家を出して休んだらどうかな?」


ヒマリがそう言うと、ヴィラが首を横に振った。


「あの家かあ。砂の上だと逆にキツいかもしれん」

「え? どうして? ひかげに、なるよ」

「この暑さだぞ? 屋根も壁もジリジリ焼かれるし、下は熱を持った砂だ。風も通らねえ場所なら、余計に熱がこもるんだよ」


アーシュも頷いた。


「あの家は、森向けだからな。夜ならともかく、昼の砂漠には向かない」

「だからといって、夕方から歩くのもなしだぜ?」

「だめなの?」

「暗くて危ねえし、夜は夜で冷え込みが洒落にならねえからな」

「そっか……むずかしいね、砂漠」


 肩を落とし、とぼとぼと歩くヒマリの肩をヴィラが叩き、ニッカリ笑って言った。 


「ま、そうしょげんなって。ほら、サクラがお前を乗せてえって言ってんぞ」

「……ほんと?」

「ああ、見ろよ。ヒマリの役に立ちたいなって顔してんだろ。なあ、サクラ」


 サクラが、つぶらな眼でヒマリを見た。


「キュ」


 ヒマリの頬が、少し緩んだ。


「そっか、ありがとう、サクラ」


 ヴィラがヒマリを抱え上げて、サクラの背にひょいと乗せた。鞍の前の方に、ヒマリがちょこんと収まる。


「サクラ、ヒマリは丁寧に運べよ」

「キュ」


 サクラが、二歩、ゆっくりと歩いた。


「……ふふ、ちゃんと、ていねいに歩いてくれてるんだね」


 ヒマリが、少しだけ笑った。


 乗ってすぐは鞍を両手で掴んで身体を硬くしていたが、サクラの歩みが穏やかなのに気づくと、徐々に肩から力が抜けていった。


「……ふわふわなのに暑くない」


 サクラの首元に手を置いて、ヒマリが小さく呟いた。


「不思議だろ。俺もよくわからねえが、尻尾のあたりから熱を逃がすらしい」

「すごいね」

「へへ、うちのサクラはすごいだろ」


 ヴィラが胸を張った。自分が褒められたかのように、嬉しそうな顔をしている。


 アーシュが、横目でその様子を見ていた。


 ヒマリが、サクラの背に揺られながら、首元の毛にそっと頬を寄せている。さっきまで「歩きにくい」と言っていた顔に、もう疲れの色はない。


(……これは、助かるな)


 アーシュはそう思った。



 日が傾く頃には、岩はほとんど見えなくなっていた。


 代わりに、砂の波が広がっていた。


 風に押されてできた砂の畝が、地平線の彼方まで続いている。畝の影が、夕日に染まって長く伸びていた。岩の灰色や赤茶けた色ではなく、淡い金色と橙色が地面を覆っている。


 ヒマリが、サクラの背の上で、目を見開いていた。


「……海みたい」


 砂の畝の連なりが、確かに波のようだった。風が吹くたびに、砂が表面を細く流れる。それは、本物の海の白波にも似ていた。


「砂の海、ってよく言うな」

「……うん。海みたい」


 ヒマリが、もう一度同じことを言った。けれど、二度目の言葉には、最初とは違う響きがあった。


 ヴィラがそれに気づいて、横目でヒマリを見た。


 ヒマリは、海を見たことがある。


 あちらの世界で。両親と一緒に。


 ヴィラは、その話をルミアから聞いて知っていた。だから何も言わなかった。ただ、サクラの手綱を握り直して、横を歩き続けた。


 アーシュも、何も言わなかった。


 ヒマリは、しばらく砂の海を眺めていた。それから、ぽつりと言った。


「……きれい」


 その一言で、ヴィラもアーシュも、肩の力を少し抜いた。


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