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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第六話 焚き火の輪

 日が傾き始めると、オアシスの空気がゆっくりと変わっていった。


 昼間あれほどじりじりと焼かれた肌に、ふっと冷えた風が当たる。岩が熱を放ち終え、代わりに空気の方が体温を奪っていく時間だ。ヒマリが上着の襟を引き寄せた。


「……寒くなってきた」

「砂漠は夜が冷える。昼との差が大きい」

「毎日これだと、住んでる人たち、大変だね」

「砂漠の住人には、それに耐える知恵があるから平気だ」

「知恵が……」


 それがどのようなものなのか、ヒマリは興味深そうにドワーフ達を眺め始めた。


 荷車を中心にして、ドワーフたちが手際よく野営の準備を進めている。慣れた動きだ。獣の世話をする者、荷を下ろす者、調理の準備をする者、と役割が自然に分かれている。誰も指示を出していないのに、流れるように作業が回っていた。


 ヒマリはそれを少し離れた場所から見つめている。アーシュの隣で、布の端を握ったまま、じっと観察している。


「アーシュ」

「ああ」

「みんな、すごい」

「慣れているからな。砂漠を渡るのが仕事だ」

「すごい……」


 ヒマリの目の中で、何かが小さく動いていた。



 しばらくして、ガルダがこちらに歩いてきた。


「アーシュ殿。焚き火、こっちにまとめるが、構わねえか?」

「ああ」

「嬢ちゃんも、寒いだろう。近くに来な」


 ガルダが大きな手をひらひらと振った。ヒマリがアーシュを見上げる。アーシュが小さく頷くと、ヒマリは布を引きずるようにして、荷車の近くまで歩いて行った。


 すでに薪が組まれ始めていた。けれど、その薪を見て、ヒマリが小さく首を傾げた。


「……あれ?」


 組まれている薪が、細く少ないためか、火が想像よりもだいぶ小さかったからだ。


「ガルダさん」

「おう」

「これだけ? もっと、たくさん燃やさないの?」

「砂漠じゃあ薪は貴重だからな。一晩持たせるには、これくらいが精一杯だ」

「そうなんだ。これも砂漠の知恵、なのかな……でも……」


 ヒマリが、ガルダの後ろのドワーフたちに目を向けた。背を丸めて、太い指先に息をかけている者がいる。荷車の縁にもたれて、ぼんやりと火を待っている者もいる。みんな、寒そうだ。


 ヒマリが、唇を一度結んだ。


 それから、アーシュの方を振り返り、少し小さな声で言った。


「アーシュ」

「ああ」

「あのね……わたしの、出してもいい?」

「収納している薪か」

「うん。アーシュと集めたの、まだまだいっぱい入ってるから」

「……」

「みんな、さむそう。あったかくしてあげたい。だめ、かな?」


 魔の森をでてから、移動の合間に拾い集めた薪がたくさん収納に入っている。

 そもそも家ごと収納している以上、薪小屋の蓄えもそのまま残っている。少し分けたところで、二人の旅に支障が出る量ではなかった。


(薪くらいならば、構わないだろう)


 アーシュは少し考えてから、頷いた。


「分けてやれ」


 ヒマリの目が、ぱあっと明るくなった。


「うん!」


 ヒマリが収納から薪を取り出した。両手で抱えるくらいの束を、二回。三回。岩の上にどんどん積み上がっていく。


 ガルダの目が丸くなった。


「お、おい嬢ちゃん、それ、どこから出した」

「収納……魔法です」

「おお、その年でもう使えるのか。すげえな嬢ちゃん」


 ガルダが感心したように頷いた。


「うん、師匠がいいから。いっぱい入れられるんだ」

「アーシュ殿の弟子だもんな、たいしたもんだ」


 ヒマリが少し誇らしげな顔をした。


 他のドワーフたちも、薪の山を見て口々に声を上げた。


「おお、こりゃ助かる」

「これだけありゃ、しっかり燃やせるな」

「嬢ちゃん、ありがとよ」


 ヒマリは少し照れたように、布の端を引っ張った。



 薪が組み直された。


 今度は、しっかりと火床が作られている。ガルダが元の焚き火から薪を取り出し、組み上げた木の根元にあてがった。煙が上がり、やがて炎が立ち上がった。


 一気に空気が変わった。


 冷えていた周囲が、火を中心にじわりと暖まる。ドワーフたちが手をかざし、それぞれの場所に腰を落ち着けた。荷車を風除けにして、岩を背もたれにして、思い思いに座っていく。


 さっき腕を擦っていた男が、火に近い場所で深く息を吐いた。


「あー……生き返るな」

「ありがたい」

「嬢ちゃんのおかげだぞ」

「あったかいな、いやほんと、あったかい」


 次々に、ドワーフたちから声が上がった。


 ヒマリが、その輪の中で、少し戸惑った顔をしていた。何かをごまかすように、両手を膝の上で握ったり、緩めたりしている。


 頬が赤くなっていた。それは、火の熱だけのせいではなかった。


「……どういたしまして」


 小さな声で、そう言った。


「いやあ、嬢ちゃん、いい子だな」

「アーシュ殿、いい弟子を取ったもんだ」


 ヒマリが、ますます頬を赤くした。けれど、嬉しそうに、目を細めていた。


 アーシュは、その横顔を、少し離れた場所から見ていた。


 冷えていた手を擦り合わせるドワーフたちと、その間に座って照れているヒマリ。火を囲んで、皆がそれぞれの場所で、暖を取っている。


 ヒマリは、自分から気づいた。自分から、アーシュに相談した。そして、自分の収納から薪を出して、皆を火に呼んだ。


(……星の見える村で、お前は言ったな)


 アーシュは、ふと、そう思った。


 小さな村の焚き火で、ヒマリは「こたつ魔法」で女の子を一人温めた。あの夜、納屋の中で、ヒマリは小さな声でアーシュに尋ねたのだ。


──これ、旅をつづけたら、もっと、いっぱい、あるかな。


 アーシュは「あるだろうな」と答えた。冬場はこたつ魔法がありがたがられるだろう、と。


 あの時のヒマリは、その「いっぱい」を、夢を見るような目で口にしていた。


 今、ヒマリは、火を囲んでいた。


 一人ではなく、多くの人を。

 魔法ではなく、自分が出した薪で。

 誰かに言われたのではなく、自分で気づいて。


 あの夜の「いっぱい」が、こうやって叶っていくのかもしれない。


 アーシュは、火を見た。火は、ヒマリが分けた薪を吸い込んで、確かに大きく燃えていた。



 夕食は、ドワーフたちが用意してくれた。


 硬いパンと、香辛料の効いた肉の煮込み、それから干し葡萄。素朴だが、しっかりと味のついた料理だった。ヒマリが一口食べて、目を丸くした。


「……おいしい」

「だろ? 砂漠を越えるからには、メシくらい良いもん食わなきゃやってられねえ」

「香辛料……これ、何が入ってるの?」

「色々だな。砂漠の植物、街で買った乾物。あとは、組合員それぞれの秘伝だ」

「ひでん」

「家ごとに、ちょっとずつ違うのよ。うちのは、嫁さんの家系が代々受け継いでるやつだ」

「すごい……」


 ヒマリが、もう一口食べた。それから、ぱっと顔を上げた。


「ねえ、アーシュ。あの、赤い実、入れたらおいしいかな」

「……どうだろうな」

「ガルダさん、ちょっとだけ、いれてみてもいい?」

「お、嬢ちゃん料理わかるのか? いいぞ、試してみな」


 ヒマリが収納から赤い実を取り出して、ハンカチを開いた。そこから数粒だけつまんで、小さな鍋に落とした。少し煮立ててから、ガルダがスプーンで一口味見をした。


 目が、丸くなった。


「お、こりゃいい。酸味で味が締まったぞ」

「ほんと?」

「ほんとほんと。嬢ちゃん、才能あるぞ」

「えへへ」


 ヒマリが恥ずかしそうに笑った。けれど、目は嬉しそうに細められていた。


 アーシュもその煮込みを一口食べた。確かに、赤い実の酸味が後味を軽くしている。


「……悪くないな」

「ね? でしょ?」

「ああ」


 ヒマリの顔が、ぱあっと明るくなった。



 食事を終えると、ドワーフたちは荷車の周りで雑談を始めた。


 仕事の話、家族の話、別の街での出来事。それぞれが思い思いに話し、笑い、時に酒を回し合っている。ヒマリはアーシュの隣で、その様子を聞くともなしに聞いていた。


 ガルダが、ふと、こちらに視線を投げた。


「アーシュ殿。あんた、最近は、どこにいたんだ?」

「……森にいた」

「森?」

「ルミナリアの東部にある未開地、魔の森と呼ばれているところに家を建て、籠もっていた」

「ああ、あそこか。流石は英雄と呼ばれる男だな」

「ヒマリを見つけて、保護したのも、そこだ」

「ほう」


 ガルダが、ヒマリに目をやった。それから、何か納得したような顔をした。


「嬢ちゃん、そんなところに迷い込んじまったのか……アーシュ殿が居てくれてよかったなあ」

「う、うん……おかげで、助かったよ」

「……結果的にそうなっただけだ」


 アーシュはそう言って、火を見た。


「あんたも、変わったな」


 ガルダが、ぽつりと言った。


 アーシュが、横目でガルダを見た。


「……どういう意味だ」

「いや、悪い意味じゃねえ。昔、あんたと話したってやつから聞いただけだが、かなり無愛想な男だって言っててよ」

「……」

「それが弟子を取って、徒歩で砂漠を渡って、嬢ちゃんを気遣ってるし、話しもおもしれえ。聞いてた話とは、ずいぶん違う」


 アーシュは、すぐには答えなかった。


 火がぱちりと爆ぜた。


「……人は、変わる」


 短く、そう言った。


「そうか、そうだな」


 ガルダが頷いた。それ以上は聞かなかった。


 ヒマリは、二人のやりとりを少し不思議そうに見ていた。けれど、何か聞こうとはしなかった。代わりに、火に手を伸ばして、目を細めた。


 火は、ヒマリが分けた薪で、変わらず燃えている。



 夜が深まると、ドワーフたちは交代で見張りに立つことになった。アーシュも一晩中起きていられると申し出たが、ガルダは笑って首を振った。


「恩人に見張らせるなんて、出来ねえよ」

「そうか」

「薪の礼もある。嬢ちゃんと、ゆっくり休んでな」


 アーシュは少し迷ったが、頷いた。


 ヒマリが収納からテントと毛布を出して、岩陰に二人分の寝床を作った。家を出さないと決めたので、外で寝ることになる。けれど、焚き火と荷車に囲まれた場所は、思ったよりも安心感があった。


 毛布に包まると、ヒマリが小さく息をついた。


「アーシュ」

「ああ」

「今日、すごく楽しかった」

「そうか」

「ガルダさんたち、いい人だね」

「ああ」

「……あのね」

「ああ」

「あったかいって、言ってもらえた」


 ヒマリの声が、毛布の中で少しくぐもっていた。


「……いっぱい、言ってもらえた」

「ああ」

「うれしかった」

「そうか」


 ヒマリは、しばらく黙ってから、もう一度言った。


「……いっぱい、あったね」


 アーシュは、その言葉の意味を、わかっていた。


 星の見える村の夜、ヒマリが望んだ「いっぱい」のことだ。


 それは、今夜、確かにあった。


「……ああ」


 短く、そう答えた。


 ヒマリの呼吸が、すぐに穏やかな寝息に変わった。


 アーシュは、もう少しだけ起きていた。星を見ていた。岩石砂漠の星空が、昨日と同じように広がっていた。けれど、昨日と、何かが違って見えた。


 火の温度のせいかもしれない。

 あるいは、人の声と笑い声が、まだ岩場に残っているせいかもしれない。


 アーシュは毛布を引き寄せて、自分も目を閉じた。


 焚き火の音が、遠くで小さく続いていた。



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