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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

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第五話 岩陰の隊商

「アーシュ」


 ヒマリが、赤い実がぎっしりと包まれたハンカチを片手に、嬉しそうな顔をして戻ってきた。


「ずいぶん採ったな」

「収納に、入れると傷まないから、いいかなって」

「そうか」


 慣れた手つきで収納を開くと、大切そうにハンカチを入れていた。

 その流れで思い出したのか、そういえばという顔で


「家、出してもいい?」


 と、言った。


 アーシュはそれに答える前に、少しだけ目を閉じた。


 それから、ゆっくりと息を吐いた。


 体の中心から、薄くマナを伸ばしていく。

 霧を出した時よりも淡く、広く。岩場の起伏に沿わせ、空気に溶かすように。


 ──東に、何かが動いている。


 複数。生き物。それも、ある程度の数。歩調から見て、人と、それから荷を引く獣。距離は、まだ少しある。


 ヒマリが、ぴくりと肩を動かした。


「……アーシュ?」

「ああ」

「いま、なんか……」


 ヒマリが、自分の頬のあたりに手をやった。風があるわけでもないのに、何かがそっと触れたような顔をしている。


「……アーシュの、なの?」

「気づいたか」

「うん、なんか……うすいけど、アーシュのにおいがした」

「におい、か」

「ちがう?」

「いや。そう感じるなら、それでいい。マナを少し伸ばしていた」

「前の、井戸の時とおなじ?」

「ああ」


 アーシュはマナを引き戻した。


「家は、やめておこう」

「え、どうして?」


 アーシュは少し考えた。


 理由を全部言わないこともできた。けれど、ヒマリはもう、相談すれば動ける子になっている。だったら、答えても良かった。


「……人の反応があった」

「えっ?」

「東から。たぶん、隊商か何かだ。あと半刻もしないうちに着く」

「ここに?」

「ここに来るだろうな。水場だ」


 ヒマリが目を丸くした。


「だから、家を出さないの?」

「砂漠の真ん中に丸太の家がいきなり生えていたら、おかしいだろう」

「……そうだね」


 ヒマリが小さく笑った。


「アーシュ、いつもそういうの、ちゃんと考えてるんだね」

「当たり前だ」

「うん」


 ヒマリは赤い実を一粒、アーシュに差し出した。


「すっぱいけど、おいしいよ」


 アーシュは少し迷ってから、それを受け取った。口に入れると、確かに鋭い酸味が舌を刺した。けれど、後から微かに甘みが残った。


「……悪くないな」

「でしょ」


 ヒマリが満足げに頷いた。



 それから、半刻も経たないうちに、東の岩場の向こうから声が聞こえてきた。


 人の声と、それから動物の足音。荷車の車輪が砂を噛む音もする。賑やかなものだった。砂漠の静けさを、まとめて押しのけてくるような音だ。


 岩の陰から、最初に現れたのは荷車だった。


 二台連なっていて、それぞれを大きな獣──ヒマリの知らない、毛の薄い四つ足の動物──が引いている。荷台には麻袋や木箱が積み上げられ、布で覆われていた。


 そして、その横を歩いていたのは、ずんぐりとした体つきの男たちだった。


 背は低い。ヒマリよりも頭一つ高いかどうか、というくらいだ。けれど、肩幅はアーシュよりもむしろ広い。腕は太く、髭は豊かで、よく日に焼けた赤茶けた顔をしていた。


 ヒマリがびっくりした顔で男たちを眺めている。


(前に、国境のまちでみかけた、小さなおじさんと似てる)


「ドワーフ、だ」


 ヒマリの考えていることを察したのか、アーシュが短く教えた。


「お、いたいた、人だ」


 先頭の一人が、こちらに気づいて手を振った。声が大きい。


「兄ちゃん、こんなとこまで徒歩できたのか? しかも嬢ちゃん連れてよ」


 近づきながら、男が呆れたように言った。けれど、その目に警戒の色はなかった。むしろ、おもしろがるような色がある。


「ああ、ルミナリアの旧都──ルミナスから来た」

「ルミナスだぁ!? 兄ちゃん、無茶するなあ」

「承知の上で旅をしている」

「ははっ、剛毅なやつだ」


 男たちは荷車を泉のそばに止めた。獣の口元を緩めてやり、自分たちも水袋を取り出している。慣れた動きだった。


 そして、荷車から降りてきた一人が──たぶん年長者だろう、髭に白いものが混じった大柄なドワーフが──こちらをじっと見た。


「……おや」


 その声に、他の男たちが一斉に振り返った。


「もしかして、アーシュ殿では?」


 アーシュは少しだけ目を細めた。


「……どこかで会ったか?」

「いいや、初対面だ。だが、うちの界隈であんたを知らねえ奴は少ない」

「……」

「ずいぶん世話になったからな。少なくとも俺ら輸送組合は、恩人の顔を忘れねえよ」


 男はそう言って、にっと笑った。歯が白い。それから、ヒマリの方に視線を落とした。


「で、そっちの嬢ちゃんは?」

「弟子だ」

「弟子……ほう。英雄殿の弟子か。そりゃ大したもんだ」


 ヒマリは少し戸惑ったように、アーシュを見上げた。アーシュが小さく頷いたのを見て、ようやく頭を下げた。


「……ヒマリ、です」

「おう、ヒマリちゃんか。俺はガルダ。こっちはみんな、グラド・ヴァルカンの輸送組合の連中だ」


 ガルダが片手をぐるりと回して、仲間を紹介した。男たちが順番にこちらに手を上げる。みんな、よく似た顔立ちをしていた。


「アーシュ殿、徒歩で来たってのは、本当か?」

「ああ」

「いやはや、超越種さんは違うねえ。普通なら水袋抱えて獣引いて、それでもひいひい言いながら越える距離だぞ」

「俺は平気だが、ヒマリには応える」

「だろうな。よく頑張ったな、嬢ちゃん」


 ガルダがそう言って、ヒマリの頭をぽんぽんと撫でた。手が大きく、節くれだっていた。けれど、撫で方は驚くほど優しかった。


 ヒマリは少しびっくりした顔をしたが、嫌そうではなかった。


「で、今日はここで野営か?」

「そのつもりだ」

「なら、俺たちと一緒にどうだ。メシは余分にあるから、わけてやれるぞ? 嬢ちゃんに干し肉ばかり食わせるのも可哀想だろう」

「……いいのか」

「いいも何も、こっちが誘ってんだ。それに、あんたと一緒なら、夜に魔物が出ても安心だしな」


 ガルダがからからと笑った。


 アーシュは少し考えた。それから、ヒマリに目をやった。


 ヒマリは、もう目を輝かせていた。


「……世話になる」

「おう、よろしくな」


 ガルダが太い手を差し出してきた。アーシュがそれを握り返した。


 ヒマリは、その様子をじっと見ていた。

 アーシュの手と、ガルダの手。

 形も、大きさも、まるで違う。


 それでも、二つの手はちゃんと重なっていた。


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