表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第二章 開花の旅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/77

第三話 岩と空

 ルミナスを発ってから、ちょうど二週間。ようやくグラド・ヴァルカンとの国境を越えた。


国境の検問はあっさりとしたものだった。


アーシュが身分を示す証を見せると、ルミナリア側の衛兵が少し目を丸くして、グラド・ヴァルカン側の衛兵に何かを言った。

 ヒマリのことは弟子だと説明したが、衛兵達はほとんど確認もせず、深々とお辞儀をして二人を通した。


「なんで、あんなに、ていねいだったの?」

「……俺が超越種だからだ。ルミナスでもそうだったろう」

「アーシュって、すごいんだね」

「……面倒なだけだ」


ヒマリがくすりと笑った。


国境を越えると、三十分も歩かないうちに景色が大きく変わった。


これまで、まばらでも生えていた野草たちがそっくり消えてしまっていた。


だいぶ低くなっていた木々もほとんど見当たらない。足元の土は白く乾き切っていて、踏むたびにさらさらと崩れる。空は青く高く、雲ひとつない。日差しが肌に直接刺さってくるような感覚があった。


「ほんとに、なくなっちゃった……」


ヒマリが立ち止まって、周囲を見回した。


「木も、草も……」

「ああ」

「なんか、火星の景色みたい」


 アーシュは少しだけ目を細めた。


「火星、か」


 その言葉を聞くのは、ずいぶん久しぶりだった。


「うん。本で読んだ。岩と砂だけなんだって」

「そうだな、似ているかもしれない」


ヒマリがまた歩き出した。足元の岩に気をつけながら、慎重に歩幅を取っている。


「ねえ、アーシュ。何か、はえているよ」


 ヒマリが指差した先に、丸く膨らんだ、トゲのないサボテンのような植物があった。


「あれはシュタールという。砂漠の植物だ」

「砂漠にも、草が生えるんだね」

「ああ。植物はたくましい」



昼になると、暑さが本格的になってきた。


日差しを遮るものが何もない。岩が熱を吸い込んで、足元からじわじわと熱が上がってくる。アーシュは平気だったが、ヒマリの頬が赤くなり始めていた。


「……あつい」

「日差しよけにこれを使え」


アーシュが背嚢から薄い布を取り出してヒマリに渡した。頭から被って顔に影を作るための布だ。


「ありがとう……アーシュは?」

「超越種だから、これくらいは平気だ」

「ずるい……」

「体の仕組みが違うからな」

「いいなあ……」


アーシュは何も言わなかった。ヒマリが布を被りながら、恨めしそうな顔しながらついてくる。


岩場の陰を選びながら歩いた。完全には避けられないが、少しは楽になる。ヒマリが岩の形を観察しながら歩いていた。大きいもの、小さいもの、平たいもの、鋭く尖ったもの。どれも同じような色をしているのに、形はみんな違う。


「ねえ、アーシュ」

「何だ」

「この岩たちは、ずっとここにいたの?」

「おそらく、千年以上はずっとだろうな」

「せんねん……」


ヒマリが、大きな岩の側面にそっと手を触れた。


「ずっと、ここで空を見てたんだね」


アーシュはその言葉を聞いて、少しだけ足を緩めた。


岩が空を見ている。そういう見方をこの子はする。それがなんだか、心地よく感じた。



日が傾き始めた頃、岩陰に野営の場所を決めた。


風が出てきていた。昼間の熱がどこかへ逃げていくように、空気の温度が急速に下がっていく。ヒマリが首元を押さえた。


「今度は、さむくなってきた」

「砂漠の夜は冷える。昼との差が大きい」

「聞いてたけど、こんなに急に変わるとは思わなかった」


アーシュが収納から薪を取り出してヒマリに渡した。


「焚き火の用意を頼む」

「いいの?」

「ああ、まかせた」


ヒマリが少しだけ考えてから、薪を受け取った。


石を集めて囲いを作り、薪を組む。それからヒマリが手のひらに火を灯して、薪の根元に当てた。しばらくして、細い煙が上がり始めた。


「……ついた」

「ああ、上手くできた」


ヒマリが少し誇らしそうな顔をした。


二人で焚き火を囲んで夕食の準備をした。今夜は干し肉と豆のスープだ。鍋が煮立つ音が、静かな岩場に響いた。


ヒマリが空を見上げた。


「あ……」


星が、出始めていた。


まだ宵の口だというのに、もう数えきれないほどの星が出ている。森の中では木々に遮られていた。ルミナスでは街の灯りが邪魔をした。けれど、ここには何もない。遮るものが何もない夜空に、星だけが広がっていた。


「すごい……」


ヒマリがぽつりと言った。それだけだった。でも、それだけで十分だった。


アーシュも空を見上げた。


確かに、多い。こんなに星があったのかと、自分でも少し驚いた。長い時間を生きてきたはずなのに、こういうものを改めて見ると、まだ驚けるのだと気づく。


「……トバスが言っていたな」

「うん。宝石みたいって。ほんとだよ、ほんとに宝石みたい」


ヒマリが毛布を膝の上に引き寄せながら、首を傾けて空を見ていた。


「アーシュとね、いっしょに見るって、約束してたね」

「ああ」

「……見られてよかった」


その一言が、静かに岩場に落ちた。


アーシュは何も言わなかった。ただ、同じように空を見ていた。


焚き火がぱちりと爆ぜた。煙が細く上がって、星空に溶けていった。



夜が深まると、冷えはさらに増した。


ヒマリが魔導具を取り出して、毎晩のマナを注いだ。石がほんのりと温かくなる。それを確認してから収納にしまった。


「今日も、できたよ」

「ああ」

「三年分の、今日の分。ちょっとずつだけど、すすんでるんだよね」

「ああ、進んでいる。焦る必要はない」

「うん」


冷たい風が頬を撫で、ヒマリが小さく身震いをした。


「そろそろ、家を出していい」

「あ、そうだった。忘れてた」


ヒマリが家を出した。荒れ地に続いて、今度は岩石砂漠の真ん中に丸太の家が現れた。


岩と砂と星空の中に、森の家。


ヒマリが扉を開けながら振り返った。


「なんか……家があると、どこでも大丈夫な気がする」


アーシュはその言葉を聞いて、扉の向こうの見慣れた内装を見た。


どこでも大丈夫。


ヒマリがそう言える場所が、この家なのかもしれない。それがどこへ行っても一緒についてくる。


(なんだか、カタツムリのようだ)


 そう思ったが、口には出さなかった。代わりに、岩と砂の上に広がる星空を見上げた。


 岩と砂の国の夜に、森の家の明かりがぽつりと灯っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ