表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第一章 芽生えの旅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/76

第三十七話 残りし者

 ヒマリが表紙のページをめくった。


 最初の一ページ目。そこには手紙のような書き出しがあった。ヒマリは日本語の文章を、こちらの世界の言葉に直しながら、一字ずつ声に出して読み始めた。


「『この書を手に取った、日本人へ。』」


 ルミアが軽く息を呑んだ。


「『私は、五百年前、二人の親友と共にこの世界に……された、をもつもの……である。』」


 ヒマリが、ふと、止まった。


「ここって、なんて読むの?」

「召喚……呼び寄せること、それと賢者だな」

「……けんじゃってのは、わたしのスキルと同じ、けんじゃ?」

「この書き方ならそうだろうな」

「ふうん。じゃあ、この人もね、わたしみたいに、施設にいたのかな?」

「時代は違うだろうが、可能性は高い」

「わあ……」


 ヒマリは指で次の行をなぞりながら、時折アーシュに読めない漢字と意味を聞きながら読んでいく。


「『魔王を討ち果たすと、呼ばれたときと同じく女神様が現れ、時空の断裂をお開きになった。勇者と聖女として戦い抜いた二人の親友は、それを潜り抜け日本へと帰還した』」


 ルミアが机に肘をつきかけて止めた。


「……女神様が、お帰しになられたのですね」

「うん。女神様がね、来てね、断裂を開いてくれたんだって」


 ヴィラが少し前に身を乗り出した。


「待て待て。じゃあ、こいつら勝手に来たんじゃなくて、女神様に呼ばれたのか?」

「勝手に来たって……勇者様方が女神様に召喚されたのは聖典に……ああ、申し訳ありません。その箇所は神殿の秘匿事項でした。忘れて下さい」

「そうやってなんでもかんでも隠すから、ヒマリみてえのが苦労すんだろうがよ」

「……そうですね」


 ヴィラが、ぼりぼりと頭を掻いた。


「まあ、今はその話はいい。それで、この賢者はなんで残ってんだ? 親友達と一緒に帰らなかったのかよ」

「だよね、続きみよ」


 ヒマリがページをめくった。次のページをしばらく黙って読んでいた。読みながら、時々文字に詰まって止まる。


「……『私は、残ることを選んだ。日本には家族がいた。帰れば迎えてくれる者たちがいた』」


 静かな声だった。


「『けれど、この世界で私は、つま、を……子を?』」

「妻を娶り、成しただ。結婚をして子どもが出来たという意味だな」

「……『つまを、めとり、子をなした』」


 ヒマリは、少しだけ目を伏せてから、続きを読んだ。


「『この世界で妻を娶り、子を成した私は、新たな家族を、失うことはできなかった』」


「『帰りたい、という気持ちが、なかったと言えば、嘘になる……ここなんて読むの』」

「故郷だ」

「あ、こきょう。生まれた場所、だね」

「ああ」


「『しかし、故郷へ帰りたいと思いながらも、妻と子を置いて帰ることは、私にはどうしてもできなかった』」


 ルミアが、そっと目を伏せた。


「『私は、片方を選んだ。残ることを選んだ。親友達に家族への言葉を託し、見送ることを選んだ』」


 ヒマリは、ゆっくりと、けれど時折、漢字に詰まりながら、ページの終わりまで読んだ。


「『それは正しい選択だったのか、今でも分からない。日本の父母と兄に、自分の口から別れを告げられなかったのは、申し訳なく思う。』」


「『それでも、つまと子と共に過ごしたこの五十年は、私にとって、かけがえのない時間であった。』」


  *


 ヒマリが、次のページをめくった。


 そこからは少し文字の調子が変わっていた。先程までの私的な手記から、次第に論じるような筆致になっている。


「『この覚書を、ここに残す理由を、記しておく。』」


「『勇者……親友たちは、女神様の御業によって無事に日本へと帰還した』」


「『女神様の御業が、常にすべての異世界人に等しく差し伸べられるとは限らない。』」


「『この世界では断裂と呼ばれる空間の歪みが稀に生じる。』」


「『我々を呼び、そして帰した断裂は女神様が開いたものだ。だがこの世界ではごく稀に、異世界へと繋がる自然の断裂も生じる事がある。』」


 ヒマリが、ふと顔を上げた。


「……ねえ、わたし、もしかして、それに落ちたの?」

「……可能性は、高いな」


 アーシュが短く答えた。ヒマリがこくりと頷いて続きを読んだ。


「『私は女神様の御業を、近くで拝見した。時空が裂け、二つの世界が、繋がる。その仕組みを、目で見て、肌で、感じた。』」


「『けんじゃスキルにより、私は、女神様の……、り、かい……?」

「御業を理解、だな」

「うん。『御業を理解し、その仕組みを、明らかにすることができた。』」


 ルミアの目が、わずかに、見開かれた。


「……賢者スキルの力で、女神様のお力を解き明かされたのですか」

「そう、書いてあるよ」


 ヒマリが、続きを読み進める。


「『女神様の御業を、人の手で、完全に再現するのは、並大抵の事ではない。机上の理論であって、実現はむずかしいかも知れない』」


「『だが、いつの日か、私と同じように、誤って、この世界に、迷い込む同胞が、現れるかもしれない。』」


「『女神様が、お呼びにならずとも、自然の断裂を通じて、迷い込んでしまった者には、女神様の御業による、帰還の道は、与えられないだろう。』」


 ルミアの手が、机の縁を、ゆっくりと、握った。


「『その者を、日本に、帰してやりたい。』」


「『だから、私は、断裂——いや、転移門を人の手で、開くための術を、ここに残す。』」


 ヒマリが、ページの終わりまで、読み終えた。


「『これは、迷い込んだ者を、家へと、帰すための術である。』」


「『どうか、この術が、必要とされる時には、間違いなく、その者の手元に、届きますように。』」


 ヒマリは、本の上に置いた指を、少しだけ丸めた。


 家へ帰すための術。

 その言葉だけが、胸の奥に残っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ