表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ
第一章 芽生えの旅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/76

第三十三話 父と母

 翌朝は空気が澄み渡っていた。


 宿の窓を開けると、少し風が冷たく感じられた。ヒマリは毛布を頭から被ったまましばらく窓の外を見ていた。


「お空があかるい」

「ああ、今日はよく晴れている」

「いつもより、あおが、うすいね」

「朝の空は、そういうものだ」

「……ふうん」


 ヒマリはもぞもぞと毛布の中で体を起こし、それからぽつりと言った。


「……ゆうべはね、よくねむれたよ」

「そうか」

「朝までぐっすり、だった」

「……それはよかった」


 アーシュは荷物を整えながらちらりとヒマリを見た。

 昨日はたくさん話した。自分の両親のことも、施設のことも、年齢のことも。


 夜、毛布にくるまって早くに眠ったのは疲れていたからだろうとアーシュは思っていた。けれど、今朝のヒマリの顔は疲れた子どもの顔ではなかった。


 ――何か、大きな荷物を下ろした顔。


 アーシュには、そう見えた。


「神殿の用意が整うのは三日ほどかかるらしい。今日はどうする」

「お店をね、見に行きたい、かな」

「そうか、ならばそうしよう」

「やった!」


 出会った頃と比べたら、ずいぶんと自分を前に出すようになった。


 明るい顔でしたくを始めたヒマリを見て、アーシュは胸のうちに暖かさを感じていた。


  *


 そうして三日が経った。


 神殿からの迎えが来たのは朝食を済ませた頃だった。


 若い神官が一礼をして「神殿長がお待ちしております」と告げた。


 わかったと言って、乗り付けられた馬車に乗り、案内される先は先日と同じ庭の応接室だと思っていたら違った。


 案内されたのは、神殿の裏手にある小さな中庭だった。


 石の塀に四方を囲まれた、ささやかな空間。中央に古い石のベンチが据えられ、その周りを低木と草花が囲んでいる。先日の庭よりもずっと小さくて、けれど、もっと静かな場所だった。


 ルミアがベンチの端に腰を下ろして待っていた。


 神殿長の衣ではなかった。白地に淡い空色の帯を合わせた、もう少し軽やかな衣装だった。


 ヴィラはベンチの反対側の端でだらりと足を投げ出していた。


「おはようございます」

「……おはよう」

「おはよう、ございます」

「ヒマリちゃん、よく眠れましたか?」

「うん。まくらがね、ふわふわなんだ」

「ふふ、それは何よりですわ」


 ルミアが隣の空いた場所をそっと叩いた。ヒマリがちょっとだけアーシュを見上げてから、ルミアの隣にちょこんと座った。アーシュはベンチの向かいに据えられた小さな椅子に腰を下ろした。


 風がざわざわと低木の葉を揺らし、どこかで鳥が短く鳴いた。



「本日の禁書庫の件なのですが」


 ルミアが少しゆっくりとした調子で切り出した。


「行く前に、もう一度きちんと確認しておきたいことがありますの」

「何だ」

「先日、ヒマリちゃんが話してくれたお話ですが、それをもう少し詳しく聞かせてほしいのです」


 ヒマリがルミアを見上げた。


「……日本のお話を?」

「ええ。先日、少しだけ伺いましたわね」

「……うん」

「正直に申し上げますと、異世界の方とお話ができる機会は、ほぼ無いと言って良いでしょう」


 ルミアが一度言葉を切った。


「禁書庫の入館準備が整うまでで構いません。また、お話を聞かせていただけませんか?」


 ヒマリは少しの間、黙っていた。膝の上で指を組んだりほどいたりしていた。


「……うまく話せない、かも」

「かまいません。ゆっくりと、あなたの言葉で話してくだされば」

「どこから、話せばいいのか、わかんないけど……」


 ルミアがゆっくりと頷いた。


「思いつくところから、ぽつりぽつりで構いませんわ」

「……ぽつりぽつり」

「ええ。順番なんてどうでもいいのです」


 ヒマリはまた少し黙った。それから小さく息を吐いた。


「ある日ね、ダンジョンが、日本にいっぱい、出来たんだって」

「そうなんですの」

「うん。昔はね、なかったんだって。でも、二十年くらい前から、できはじめたって、教えられた」

「そんな最近のお話でしたのね」

「はじめは、みんな、こわがってたって。でもね、そのうち、中から、お金になるものとか、つよい道具とか、でるようになって……」

「ええ」

「国がね、管理するようになったの。どこに、どれくらいダンジョンがあるか、ぜんぶ、記録して」

「国が管理を」

「うん。で、探索者たちが、中にはいって、たたかうんだ」


 ルミアが静かに聞いていた。


 アーシュは、ヒマリの言葉の背後で頭の中に地図を引いていた。


 ダンジョンは二十年前に出来たらしい。もしかすれば、自分の死後にダンジョンやスキルが現れたのかもしれない。ヒマリがいた日本は、やっぱり自分がいた日本の未来かもしれない。


 ただ、それを確かめる術はない。想像することしかできない。だから、それは今は置いておくことにした。


 今考えるべきは、ヒマリが語る日本のことだ。


 ダンジョンがあり、探索者が潜り、素材や情報を売って金を稼ぐ。


 仕組みだけなら、この世界の冒険者組合に似ている。けれど、ヒマリの話す日本では、その入口が違った。


 望んで剣を取る者ばかりではない。大人の都合で施設へ送られ、未熟なうちからダンジョンに向かわされる子どもがいるのだ。


 そこまで考えて、アーシュの胸の奥に嫌なものが沈んだ。


「わたしのうちは、お父さんも、お母さんも、たんさくしゃじゃ、なかったんだ。

 お父さんは先生をしてて、お母さんはお絵かきのお仕事してた」

「そうなんですのね」

「二人がお休みの日があってね、お出かけしたんだ」

「ええ」

「その日ね、近くのダンジョンで、スタンピードが、起きてね」

「スタンピード」

「たくさんの魔物が、いっぺんに、外に出てくるの。ときどき、起きるんだって、教科書に書いてた」

「……ええ、わかりますよ。こちらの世界にもありますから」

「わたしたちね……そこの、近くにいたんだ」


 ヒマリの声が少しだけ細くなった。


「お父さんがね、先に、逃げろって言って。お母さんが、わたしを、抱いて、走ったんだ。でもね、おっきな鳥の魔物がね、追いかけてきて……」


 ヒマリが膝の上で手を強く組んだ。


「……お母さんね、わたしを抱えて、しゃがんで、魔物から、かばって……お父さんが、もどってきて、わたしのまえに、立って……」


 声がそこで止まった。


 ルミアがヒマリの小さな手に自分の手をごく軽く重ねた。強くは握らなかった。ただ、そこに手がある、ということを伝えるだけの重ね方だった。


「ゆっくりで、いいですよ」

「……うん」


 ヒマリは長く息を吐いた。それから、また話し始めた。


「……探索者の人たちが来てくれて、わたしはたすかった。でも、お父さんも、お母さんも……もう、うごかなかったんだ……」


 アーシュは膝の上で拳を握りしめ、指の節がわずかに白くなっていた。


「……お父さんたちはね、わたしをまもるために、死んじゃったんだ。スタンピードはね、起きないようにされてるはずなんだけど、あの時は、予想を、こえて、溢れちゃったんだって。だから、近くに住んでた人も、たくさん、ケガしたし、死んじゃったんだ」

「ご両親は亡くなられていると言っていましたが、スタンピードが原因でしたのね……」

「悪いことが、重なって起きたんだって、大人たちが言ってた。でも、わたしはね、よくわかんなかった」


 ヴィラが低い声で一言だけ言った。


「子どもが、わかるわきゃねえだろ……」


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。


 風が低木を揺らし、白い花が一つ、石畳の上に落ちた。


 ヒマリは膝の上で組んだ手を見下ろしていた。

 その小さな手は、もう震えてはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ