第三十一話 特別な子
「しっかし、あれだな」
ヴィラが背もたれに頭を預けた。
「……なんだ」
「アーシュの話もびっくりだが、こいつの話の方がびっくりだわ」
「そうだな」
「スキルなんてやべーもん持ってるならさ、ヒマリは日本ってとこじゃ凄えやつって思われてんじゃね?」
ヴィラがヒマリの方に少し身を、乗り出した。
悪気のない素朴な好奇心の声だった。
「……わかんない」
「わかんねえのかよ」
「……スキルはね、みんなもってるから」
「すっげえ世界だな、おい……」
「でも、わたしは二つ持ってるから特別みたい。だから、おじさんが施設に、いれたの」
「施設?」
「うん、特別なスキルを持った子に色々教える学校みたいなとこ」
「なるほど、学校か……つうかよお……」
ヴィラがヒマリの全身をじろじろと見た。
「おめえ、そこでちゃんと飯を食わしてもらってたのかよ」
無遠慮な問いだった。
ルミアがぴくりと眉を動かした。アーシュがカップを置く手をわずかに止めた。
ヒマリは少し俯いた。
それから、膝の上で指を組み合わせた。
こういう時、以前のヒマリなら何も言えなかった。俯いたまま震えて黙り込むだけだった。
けれど、今日のヒマリは違った。
静かに顔を上げた。
「……ごはんは、でてた。でもね、あんまりたべてなかったんだ」
「なんでだよ」
「……たべたい、って、ならなかった」
ヴィラが目を細めた。
「今よりもっとガリガリだったんだろ? そんなの……親がみたらほっとかねえだろうがよ」
「……お父さんと、お母さんはね、もう、いないんだ……」
部屋の空気が、止まった。
ヴィラが何か言いかけて飲み込んだ。
ルミアがゆっくりとカップを机に戻した。
「わたしね、親戚のおうちにいたんだけど……スキル検診に行ったらね、スキルが二つあるって、わかったの」
「スキル検診……?」
「うん、八歳になったらみんな受けるの。どんな、スキルを持ってるか調べるんだ」
「神殿がやっているマナ測定みたいなものですか……」
「そしたらね、施設の人がね、強くなるからって。将来ダンジョンで働けるからって、お勉強のために入れって……お家から出て、施設に行くことになったんだ」
幼い子供を、家から出して施設に入れる。貴族学校にも寮はあるが、あれに入るのは十五になった年からだ。
こんな、まだ親元から離してはならない子を、一人で入れる事はない。
本人の中ではもう整理された過去の話なのかもしれない。あるいは、幼すぎてまだ痛みの形をうまく言葉にできないのかもしれなかった。
だが、それを聞いていたルミアは目を伏せ、ヴィラは唇を引き結んだ。
アーシュは、膝の上で組んだ手にわずかに力を込めた。
「そこで、二年、くらした……と思う」
ヒマリがちょっと俯いた。
それから、また顔を上げた。
「八歳で入って……いま、十歳だから、そうだよね?」
ヴィラが目を見開いた。
「十歳?」
「うん」
ヴィラがぐるりとアーシュを見た。
「おい、アーシュ!」
「何だ」
「こいつ十歳だってよ!」
「……そうらしい」
「そうらしいじゃねえよ!」
ヴィラが長椅子の上で足をばたつかせた。
「おめえ、こいつのこといくつだと思ってた!?」
「……八歳くらいだとばかり思っていた」
「聞いとけよ! 年くらいよ!」
「……そうだな」
アーシュが短く頷いた。
ルミアが「ふ」と、小さく肩を揺らした。
笑った、というほどではなかった。けれど、張り詰めていた空気が少しだけ緩んだ。
「……変わりませんね、アーシュさんは」
「……そうか」
「ええ。肝心な事をちゃんと聞けないところはそのままです」
「そう、だったのか……」
「ヒマリちゃん」
ルミアがヒマリの方に体を向けた。
「びっくりしたでしょう? この人、こういう人なんですよ」
「……うん、アーシュはそうだよね」
「ふふ、流石一番弟子ですわね。よくわかっていますわ。お茶もお菓子もまだまだありますからね。遠慮なく召し上がれ」
「うん、ありがとう」
ヒマリがほんの少しだけ肩の力を抜いた。
ルミアの声のトーンがヒマリの中で何かをほぐしたらしかった。
ルミアは、スコーンを嬉しそうに口に運ぶヒマリをみて目を細めた。
ヴィラは座り直したものの、まだ苦い顔をしていた。
さっきの問いを自分の無遠慮だと後悔している顔だった。
アーシュの記憶にある五年前のヴィラは、もっと単純に怒るか笑うかしかしなかった。アーシュはその僅かな変化に気づき、なぜだか少し好ましく感じていた。
「……そっか」
ヴィラがぽつりと言った。
「親がもういねえのか」
「うん」
「……辛いな」
「前は悲しかったよ。今は、どうだろ。わかんないや」
ヒマリが、少しだけ首を傾げた。
「……いろいろあって、なんか、よく、わかんなくなっちゃったんだ」
ヴィラが頭を掻いた。
それから、ぽつりと言った。
「……そっか」
それだけだった。
けれど、その「そっか」には、さっきの好奇心の声とは違う色が、あった。




