第十一話 たびは道連れ
男は愛想が良かった。
アーシュの見た目に一瞬固まったくせに、ヒマリを見て表情を和らげ、そのまま話しかけてくる度胸は大したものだった。
「旅の方ですかい。こんな街道をお二人で?」
「ああ」
「これはまた……どちらへ向かわれるんで?」
「西だ」
「奇遇ですな! わたしも、ちょうど西に向かっているんですよ。ドラグニルで仕入れをして、ルミナリア中心部に戻る途中でして」
男は四十前後だろうか。中肉中背で、人懐っこい笑みを日焼けした顔に浮かべていて、小柄の荷獣が引く荷車には、布に包まれた荷物が積まれている。
「トバスと申します。香辛料と薬草を扱う行商人でさ。お二人は、どちら様で?」
「アーシュだ。こちらは、ヒマリ」
「アーシュさんと……ヒマリちゃん、というんですか。可愛らしいお名前で」
ヒマリが少し固まった。
――知らない人間に話しかけられるのには、まだ慣れていない。
それでもすぐに「……うん」と、短く返せた。
トバスがアーシュとヒマリを交互に見て、
「お二人は、親子で?」
と、聞いた。
「違う。師匠と弟子だ」
アーシュが短く答えると、トバスが「師匠と弟子!」と、目を丸くした。
「こんな小さい弟子さんを連れて旅とは、なかなか豪気ですな」
「事情がある」
「なるほど、そういうこともありますわなあ」
トバスはそれ以上は聞かなかった。
――踏み込みすぎない距離感。
(……長年の商売で、身についたものか)
アーシュは短くそう値踏みした。
*
その日は近くに村がなかったため、街道沿いで野営することになった。
トバスが帽子を脱ぎながら、
「よろしければ、ご一緒させてもらえませんか」
と、申し出た。
アーシュは特に断る理由もなかったので「構わない」と、答えた。
魔法で火を起こし、焚き火を作る。それを見たヒマリが、次元収納から家を出そうとしたが――
アーシュがそっと耳打ちをした。
「今夜は外で寝るぞ」
トバスの目の前で家を出すのは避けたかった。
ヒマリは少し不満そうな顔をしたが、前に言われたことを思い出したらしく、
「……わかった」
と、素直に引いた。
小鍋でスープを作り始めると、トバスが自分の荷から干し肉を取り出して、
「これ、使って下さい」
と、差し出してきた。
遠回しなスープの催促のようにも思えたが、アーシュが持参した干し肉よりも明らかに良い味が出そうだったので、小さく頷いて受け取った。
干し肉をナイフで削り、鍋に入れる。刻んでおいた香草を入れて、軽くかき混ぜる。その様子をトバスに、じっと見つめられる。
「手際がいいですねえ。誰かに習ったことが?」
「育ての親にな」
「それはそれは……」
……何とも、居心地が悪い、アーシュは眉間に皺を寄せる。
(こういう時、あいつらは、どうしていた……?)
かつて仲間たちと旅をしていた頃をふと、思い出した。四人で焚き火を囲んでいると、同業の冒険者たちが寄ってくることはよくあった。
(そうだ、ヴィラが確か――)
アーシュは背嚢を漁り、薬草酒の小瓶を取り出した。カップを二つ用意して片方をトバスに渡すと、
「おお」
と、顔を輝かせた。
「薬草酒だが、いけるか?」
「もちろん! ありがたくいただきます」
物欲しそうな顔をしていたヒマリには、焼き菓子を二枚、代わりに渡した。
ヒマリは「……むう」と小さく口を尖らせたが、焼き菓子を頬張ると、ふわりと頬をほころばせた。
*
食事の後は自然と情報交換の時間になった。
トバスがまたよく喋る男だった。
荷獣の名前に、街道の様子や近隣の村の話、エルディア連邦の国境が最近少し厳しくなっているという噂話。アーシュは短く相槌を打ち、ヒマリも興味深そうに聞いていた。
「ヒマリちゃんは、どちらのご出身で?」
「……とおい、ところ」
「なるほど。旅慣れているのはそのためですか」
「……そう?」
「ええ、ちゃんと焚き火の前に座って、きちんとご飯を食べて。旅慣れてない子は、もっとおどおどするもんです」
ヒマリは少し考えてから、
「……まえは、おどおどしてたよ」
と、答えた。
「今はどうなんです?」
「……すこし、なれた」
トバスが笑った。
「それは良かった」
アーシュは、カップに揺れる薬草酒を見ながら、ヒマリが"なれた"と言えたことを静かに聞いていた。
*
翌朝、荷物を整えていると、トバスが帽子を脱いで深々と頭を下げた。
「あの、折り入ってお願いがあるんですが」
「何だ」
「西の宿場町までご一緒させてもらえませんか。もちろん、護衛代はお支払いします。香辛料でも金貨でも、ご要望に合わせますので」
アーシュは、少し黙った。
「なぜ、俺たちに頼む」
「この辺り、最近山賊が出るんですよ。一人旅の商人が荷を取られたっていう話をバウレンで聞きましてね。旅慣れた方と同行できれば心強いなと」
トバスがわずかにアーシュを見上げた。
「特に、あなたのような……その、ただものではなさそうな方ならば」
「お世辞はいい」
「本心ですよ。昨夜の所作を見ていれば分かります。そうだ、荷車に空きがありますから、ヒマリちゃんが疲れたら乗せられますよ」
アーシュはトバスを見た。
嘘をついている気配はない。同じ方角に向かうなら手間も変わらない。ただ、それだけでは即断できなかった。
(……ヒマリにとっては、悪くないかもしれないな)
昨夜、トバスの話を聞いていたヒマリの横顔を思い出していた。
バウレン村の子どもたちと遊んでいた時のように、知らない誰かと言葉を交わすことがこの子には、きっと必要だ。
――アーシュ一人では与えられないものが、ある。
ヒマリが、トバスの荷獣——ケラ——に、おっかなびっくり草を与えている姿が視界に入った。
(足りてない……と、言われたからな)
誰かの力を借りれば与えることができる。旅の道中で、そういう機会があるのなら利用してもよいだろう。
「宿場町までで、良いんだな?」
「ありがとうございます! 助かります、本当に」
トバスがまた深々と頭を下げた。ヒマリがそれを見て少しだけ笑った。
「……うごきが、おおげさ、だよ」
「いやいや、これくらいしないと気が済まない性分でして。よろしくお願いしますよ、ヒマリちゃん」
「……うん、よろしく」
ヒマリが返した。
――知らない誰かに「よろしく」と言えた。それも、ほとんど迷わずに。アーシュは荷物を背負いながら昨日のヒマリを思い出した。
「……うん」と返すのに一拍、かかっていた。
今のはほとんど間がなかった。小さな変化だが、この子にとってはきっと大きなことだ。
「では、出発だ」
「はいよ! ではよろしくお願いします!」
トバスがケラの背中を叩くと、ガタゴトと荷車が走り出した。
三人は街道を歩き始めた。
*
しばらく歩いたところで、トバスがヒマリに話しかけた。
「ヒマリちゃん、師匠に魔法を習ってるんですって? どんな魔法が使えるんですか」
「……まだ、てのひらを、ひからせるだけ」
「へえ! もう、照明ができるんで? ちょっと見せてもらえますか?」
ヒマリがアーシュを見上げた。アーシュが小さく頷くと、ヒマリは手のひらを前に出し、目を閉じた。
三秒後、手のひらがうっすらと光った。
「おお!」
トバスが、目を丸くした。
「これはすごい。一つも揺らぎが感じられません。かなり筋がいいんじゃないですか、師匠」
「ああ」
「ヒマリちゃん、どのくらい習ってるんです?」
「……半年くらい」
「ほう、それでもう変換まで……」
「放出を教えたのは、昨夜で、変換までは教えていない……」
トバスが固まった。
「……昨日が、初めて、なんですか」
「ああ」
「それでこの精度で」
「ああ」
「習っても居ない照明を出してみせた、と」
「そうだな」
トバスがヒマリを見て、それからアーシュを見てまた口を開いた。
「師匠。この子、とんでもないですよ」
「……知っている」
ヒマリはそのやりとりを聞きながら、自分の手のひらをじっと見ていた。とんでもない、という言葉の意味が分かっているのかどうか。よく分からない顔をしていた。
――この子はまだ、自分がどれほど凄いことをしているのかを知らない。だがそれでいい。
アーシュはそう、思っている。




