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魔の森の管理者と迷い込んだ少女 〜過去を捨てた男と、失った少女の再誕の旅〜  作者: 未白ひつじ


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第十話 街道にて

 バウレン村を出て三日が経った。


 街道は緩やかに起伏し、両脇には牧草地や畑が続いている。もう少し進めば景色が変わり、森や荒れ地が増えてくるのだが、今はまだ、どこか村の余韻のようなものが残されていた。


 ヒマリは最初の一日少し静かだった。


 クレのことを引きずっているのだろうとアーシュは思っていた。だが、何も聞かなかったし、ヒマリも何も言わなかった。


 ただ、歩きながら時々後ろを振り返っていた。



 もうバウレン村は見えない。それでも振り返っていた。



 二日目の朝、ヒマリがぽつりと言った。


「……またいつか、バウレン村に行けるよね」

「ああ。帰りに寄ろう」

「……うん」


 それで十分だったようだ。


 ヒマリはまた前を向いて歩き始めた。



  *



 旅の生活は、森での暮らしと大きくは変わらなかった。


 変わったことといえば、昼食くらいのものだ。だが、その小さな違いから、アーシュはひとつ気づくことになった。


 昼になったら適当な場所に腰を下ろし、昼食の支度をするのだが、旅の昼食は軽く済ませるのが普通だ。


 魔法で火を起こし、湯を沸かして茶を入れる。


 それに、ドライフルーツか干し肉を添えるのが旅の昼食である。


 旅の昼食としては上等な方だが、森の家で食べていたような、食事らしい食事ではないため、アーシュはヒマリが嫌がるだろうなと思っていた。


 ところが。


「絵本で見たおやつ、みたい。こういうの、食べてみたかったんだ」


 森の家を出発した後、最初の昼食の時にドライフルーツを齧るヒマリが嬉しそうにそう言った。


 その一言を聞いてアーシュは気づいた。


(……そういえば、菓子の類を出したことが、無かったな)


 栄養を摂らせなければならない――食事についてはそれ以外のことを考えていなかった。


 だが、楽しみとしての食事というものも確かに必要なのかもしれない、そう思った。


 バウレン村を出て、最初の昼食に出したのは、ミレットがくれた焼き菓子だった。朝食にと持たせてくれたパンとは別に、多めに持たせてくれたそれは二人で食べても五日分ほどはありそうだった。


 ヒマリはそれを大切そうにひと欠けずつ齧って、美味しいと頬をほころばせていた。


(足りさせるにはこういう楽しみも必要なのかもしれない)


 名残惜しそうに手のひらを見つめるヒマリをみて、アーシュは静かにそう思った。


  *


 日が傾く頃に野営場所を探す。



 通常の旅であれば、テントを張るのに適した場所を探すのだが、今回の旅ではもうひと手間かかる。


 ヒマリが家を出したがるからだ。


 家で寝たい、というわけではない。


(ヒマリは、収納を使って、俺の役に立ちたいと思っているのだろうな)


 この世界において収納を使える者は別に珍しい訳ではない。スキルという存在こそ無いけれど、空間魔法の一種『次元収納』として存在しているのだ。


 アーシュには空間魔法の適性がなかったため身につけられなかったが、かつて共に旅をしたハイエルフの男は使えたし、大規模な商会や貴族に仕える者たちの中にも使い手はいる。


 ただ――家を丸ごと収納できる者となればどうだろう。


 かつての仲間であれば出来たかもしれない。だが、それでもあまり聞いたことがないのは確かだ。


(ヒマリのような子どもが、そんなとんでもない収納を使えると、周囲に知られるのは良くないだろうな)


 なので、アーシュはヒマリに「人目につくような場所では使わないように」と、何度か念を押している。


「おうち、だしていい?」

「ああ、いいだろう。この辺りはまだ人通りが少ないからな」

「やった」


 次元収納から家を出して、夕食を作って食べて、眠る。起きたら顔を洗って朝食を食べ、また家を収納する。ヒマリはこのルーティンをすっかり気に入っていた。


 同じく、歩きながら薬草について聞くのもヒマリは楽しみにしていた。


 街道沿いに生える植物を見て、知っているものがあればぱたぱたと走っていき、アーシュを呼ぶ。


「みて、これ、あれだよね」


 そう言って挙げる名前は半分くらいが正解だった。残りの半分はまだ混同している。それでも、半年前には名前すら知らなかったのだから十分だと、アーシュは思っていた。



 村を出てから三回目の夕食が終わった。


 ヒマリはまだどこか寂しげな気配を残していたが、昨日よりはずいぶん落ち着いて見えた。


(……そろそろ、いい頃合いか)


「ヒマリ。魔法の訓練、するか?」

「……したい!」


 焚き火の前で向かい合いアーシュが手本を見せてヒマリが真似をする。


 これまではマナを感じること、流れを読むこと、そして維持をすることを中心にやってきた。しかし、井戸の一件でヒマリのマナ感知能力はアーシュの想定を軽く超えていることがはっきりした。


 そろそろ次の段階に進む頃合いだ。


「今日は、放出をやってみろ」

「ほうしゅつ?」

「前に、オークが出た時にやっていただろう。体の中にあるマナを手のひらに集めて、そのまま押し出すんだ」


(あ……しせつで、習ってたやつだ。やり方はわかるのに出来なかったけど、今なら……)


 ヒマリが両手を前に出して、目を閉じた。



 アーシュは少し離れて見ていた。


 ――放出は最初の難関と言われている。


 放出にこぎつけるためには、マナが散らないように維持をしつつ、きちんと制御して外に出す必要がある。つまり、これまで習ってきたことの集大成だ。通常ならば、ここまで来るのに半年から一年は掛かるだろう。


(前は変換の一歩手前まで出来ていたが……咄嗟の事だったのか、あるいは――)


 三十秒ほど経った頃。


 ヒマリの手のひらが、うっすらと、光った。


(……再現出来ている)


 アーシュは、小さく目を見開いた。


 安定してマナを外に出せている。やはり、以前オークと出会った際に見せたのはまぐれではなかったようだ。


 それに加えて、ここまで安定しているのは非常に素晴らしい事だ。


 マナの揺らぎが感じられない。初心者にありがちな暴走の気配がまったくないのだ。普通、慣れない内はもっと不安定になるものだ。出すことに必死で、制御にまで手が回らない。


 それがヒマリは初日から両方できている。


 そして、手のひらが光っている。これはマナを光属性に変換し、初級魔法の『照明』を習っても居ないのに使えているということになる。


「……できてる、かな」

「ああ、できている……」

「なんか、むずかしく、なかった」

「そうか……」

(変換はまだ教えていないのだが、難しくなかった、か)


 アーシュは短く答えながら、ヒマリの手のひらの光をじっと見ていた。制御の精度が高い。量も安定している。


(これが賢者スキルの効果なのだろうか? いや、教えられていないことを出来ているのはそうなのかも知れないが、マナの制御はそうではないだろうな)


 賢者スキルだけでは説明がつかない。


 ――ヒマリはアーシュから教わる前からマナの制御が出来ていた。動かし方もすぐに身につけた……いや、今思えば元々知っていたと考えたほうが収まりが良い。


(……何か、下地があったのだろうな)


 施設で何があったのかは分からない。ヒマリが話せる範囲のことは聞いた。もしかすると、自分が想像する"施設"と、ヒマリが言う"施設"は別ものなのかも知れない。アーシュは眉間に皺を寄せてそう考えた。


(スキルが実在している地球……か。気になるが軽々しく聞けることでもない。いずれ、教えてくれるだろうか)


「もう一度、やってみるか」

「うん、やってみる」


 ヒマリが目を閉じた。今度は最初より少し早く手のひらが光った。アーシュは何も言わなかった。


 ただ、ヒマリがいた"世界"の事を静かに考え続けていた。


  *


 四日目の夕方。


 街道の先に人影が見えた。ずんぐりむっくりとした、小柄の荷獣——フムル鳥——に荷車を引かせた男だ。こちらに向かって歩いてくる。


 距離が縮まると、男がアーシュの姿を見て一瞬、表情を固くした。それから、ヒマリに目が留まり少しだけ表情が和らぐ。

 

人から恐れられるのはよくあることだ。目を合わせないようにしてさっと横を抜けていくのだろうと思った。


 だが、男はアーシュたちとすれ違いざまに――


「旅の方ですかい」


 そう、声をかけてきた。


 裏表の感じられない明るい声だった。

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